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堆積

「今回の件では、君に個人として過大な負担をかけてしまっている。そのことを、私から直接謝罪したくてね」


 バトラブ家の現当主が、お嬢様の屋敷を訪ねてきたのは、ある意味当たり前だろう。

 なにせ、俺はお嬢様の護衛であって、他の事は全部どうでもいい筈だからだ。

 それが色々あって、バトラブの入り婿の稽古や、その他もろもろまでしょい込むことになってしまった。

 特に、狂戦士の運用に関しては俺がどうにかしなければならない案件である。


「息子や娘は、我知らずに君へ負担をかけていた。その辺りを自覚しただろうが、私から謝罪させてほしい」

「そちらに関しては気になさらなくても構いませんわ。私も鼻が高いですし」


 お嬢様は狂戦士を俺があしらったところを公衆に見せてご満悦の様だった。

 その内本格的なコロシアムの経営に着手するかもしれない。そうなったら、流石に再就職を考えよう。


「どちらかというと、トオンがいい男になりすぎて……そっちの方が胸が辛いわ」


 惚気るお嬢様に対して、俺もブロワも安堵する。

 とりあえず、この二人の仲が良好なことはいいことだ。


「あの戦いがいい刺激になったらしくてね。正直私には嬲っていただけにしか見えなかったけど、殿方にはとても面白かったようね」


 まあ、素人にはそう見えるだろう。実際、それが狙いでもあったのだから、それはそれでいいのだ。

 あの光景を見て、狂戦士は危険だから即殺すべきだとはならないだろう。


「私も身を隠して見に行ったよ。伝説の存在というものは、目の毒だったな」


 改めて、俺へ畏敬の目を向けている。それが少しこそばゆく思う。


「こうなると、君の師匠であるスイボクという人はどれだけの方なのか、私は考えることも恐ろしい」

「それはまあ……そうですね」


 お嬢様も同意しているし、ブロワも無言で頷いている。

 昔はどうだったか知らないが、今のスイボク師匠はとても穏やかな方だ。

 確かに俺なんぞよりもはるかに強いお方ではあるが、なにか俗世にご迷惑をおかけするような方ではないのだ。

 その辺りは安心していただきたい。


「それで、サンスイ君。君の目から見てどうかな、私の息子や狂戦士のお嬢さんは」

「どちらも楽しそうに頑張っていますよ。今は直接指導せずに彼らが手合わせするところを気配で感じているだけですが」


 正直に言って、あの二人はよく噛み合っている。お互いが狂戦士になれば噛み合うのは当たり前だが、それを抜きにしても色々と考えもあっているようだった。

 お互い、現時点で十分化け物だからお互いとしか戦う相手がいない、という問題もあるのだろう。


「少なくとも、今すぐ暴走ということはないと思えます。彼女自身、噴き出す衝動をぶつける相手がいるここは、居心地がいいと思いますから」

「そうかね……貴族としては嬉しいが、父親としては複雑だな」


 おそらく、ハピネが父親に愚痴を言ったりしているのだろう。

 自分の婚約者がお年頃な女の子と一緒に楽しく訓練をしている。さぞ複雑な心境だろう。


「狂気の抑え込みに関しては、実験レベルですね。実戦で使うぐらいなら、何もしない方がいいぐらいです。その理由に関しては、貴方の方がご存知でしょう」

「興奮しすぎて命令を聞かない部下か……確かに厄介極まりないな」


 俺が証明したように、最適な動作よりも最適な判断の方がずっと重要なのだ。

 それは戦闘面よりも戦術面で大きく意味を持つ。これはソペードで教えられたことでもあり、同時に俺も深く共感していることである。

 当然、バトラブだって嫌というほど知っているはずだ。


「こう言っては何だが、『君達』にはある程度の民族性があるように思える。もちろん君達五人の事を深く知っているわけではないが、少なくとも自分から積極的に裏切ろうとは動かない。そう感じたよ、帝国を滅ぼした彼に関してもね」


 その言葉には、少々こちらに気を許している感じがしていた。

 というか、こんなでたらめな連中が、大人しくしているというのが逆に不気味に思えるのだろう。

 一種の開き直りなのかもしれない。


「君の師匠は狂戦士……ああ、マジャンの方では凶憑きと呼んでいたが、彼らの事を悪血を宿しすぎた者と称していたね? 悪血の効果が発現し続けているために、常時興奮状態にあると。しかしそれは、ある意味自然なことだ。世間から見れば君の方が奇異に映るだろう」


 俺は強いから好き勝手に振る舞う、というのは男性の根源的な発想だろう。

 例えその先になにも待っていなかったとしても、それでもそうしたいという幼児的な欲求はあるのだ。

 それはきっと、女性の中にもあるに違いない。お嬢様も、相手は選ぶがそう言う所があるしな。

 しかしそれは、実行されると迷惑だが、理解できることなのだろう。


「私も好きに生きておりますし、好きにさせていただいています。少なくともソペードには、ですが」

「迷惑をかけて、すまないね。しかし、君達がある程度理性的に振る舞ってくれているのはありがたいのだ。変に偏った理想をもって、行動力を発揮されては困る。何が言いたいのかと言えば、周囲から怪訝に思われているとしても、君達は間違えてはいないのだと保証しているのだよ」


 この国で一番強いのではないか。そんな剣士がわがままなお姫様に付き従っている。

 確かに、周囲からは奇異に思われるだろう。特に、こんな小僧っ子なら。


「少なくとも、ウキョウ様さえそうなのだよ。彼は復讐の達成という点に関してはほぼ妥協をしなかったが、お題目として掲げた自由で平等な社会というものに関しては、あくまでも旗印程度で実行に移すつもりはないらしい。彼が政策として重視しているのは、税の軽減と治安の復帰だ。それを最優先に考えている。政治体制に関しては、ほぼ首のすげ替えに収まっているらしい」


 そりゃそうだろう、その帝国が圧政だったなら民衆の識字率は低かったはずだ。それがいきなり解決するわけもない。

 民主主義には、それこそ膨大な手間と予算が必要なはずだ。食うにも困るあの国で、そんな無駄な手間を取るとは思えない。

 『先進的な政治制度』と『安い税金』なら、民衆は後者を取るだろう。犬にだってわかる理屈である。


「君達切り札は確かに強い。しかし、周囲はその強さについていけないのだ。政治も軍事も、できる限り我らに任せてほしい。そうでなければ、双方に軋轢が生まれすぎる。つまり……何かしたいことがあるときは、事前に相談してほしいということだ。特に君に関しては、普段から多大な迷惑をかけている。その点も含めて、大抵の無茶は言ってほしい」


 その点を、誰よりも強く感じたのが正蔵だろう。

 彼は極めて派手に、国家を脅かす力を持っている。

 彼が理想と行動力を持てば、それこそ洒落にならんことになっていたはずだ。

 そしてそれは、他の切り札たちも同じなのだろう。


「我らアルカナはマジャンとは違う、武門の当主と言ってもでたらめに強いわけではない。だからこそ、信じることしかできないのだ。それを甘えと、君に思われるかもしれないがね」

「それなら学園長を抑えて欲しいですわね。流石にサンスイを貸し出し過ぎだと思ってますわ」


 お嬢様のご意見は、自分本位ではあるが正しい。

 そもそもさっき謝っていたように、俺はお嬢様の護衛なのだ。

 お嬢様の傍にいるのが当たり前で、他の事はついでの筈である。


「違いない、確かに一言言っておくとしよう。彼女も大分焦っているが、それは彼女の都合でしかない。君達に嫌われては、それこそ元も子もない。それは承知だろうが、危うい橋を渡ってギリギリの線を探られても不快だろう」


 言われて当然の事だったので、バトラブの当主も苦々しく思いながら頷いている。

 俺達が不満に思うのは当然だとしても、それでも学園長に理解できてしまうのだろう。


「しかし……彼女の気持ちもわかってほしい。学園長はもう高齢だ、いつ死んでもおかしくあるまい。ある意味では『怖いものなし』であり、同時に未練を墓場へもっていきたくないと思っているのだろう」


 やや羨望が、白髪の目立ち始めているバトラブの当主から向けられた。

 少なくとも、ここ五年間全く容姿の変わっていない俺に向けて。


「君がいるうちに、自分が生きているうちに、できるだけ多くの『入口』を作っておきたいと思っているのだよ。それは、私にもわかることなのだ」


 ある意味では、魔法の発達している文化圏特有の悩みだろう。

 魔法が使えて当然という国では、勉強ができる裕福な家系の物にとって、魔法が使えないのは劣等感につながることだ。

 実用性云々を差し置いても、周囲から厳しい眼で見られることもあるだろう。


「もちろん魔法が使えない子供、というのは多くないが珍しくもない。なにせ千人中十人程度だからね。とはいえ、法術の資質が有る子供を除いて、あまりいい想いができないのも事実なのだ。おそらく、その苦しみを誰よりも多く感じているのは、他でもない超一流の魔法使いである彼女なのだよ」


 国中から、魔法の使えない子供が集まってくる。

 魔力を宿さず、他の資質を持った子供がやってくる。

 その彼らに法術の資質がなければ、全面的に諦めてもらうしかない。

 それを、彼女は教師として長く味わってきたのだろう。


「彼女は実践経験こそないが『天罰』が現れるまでは最強にして最高の魔法使いとされていた。だからこそ、一縷の望みをかけて国中や外国からもそうした子供が集まってくるのだ。今までは、それこそ法術の資質を持つ者以外には何もできなかった。そう、君と息子が現れるまでは、だ」


 限りある寿命の人間が習得できないなら、それは剣術ではなく仙術。俺の師匠はそう言っていたらしい。

 そして、その一端ではあるが俺の師匠が生み出した剣術は、やる気さえあれば習得できると皆が証明してくれている。

 しかし学園長先生は、それができずにいたのだろう。


「呪術の資質が有ることがわかっても、むしろ知りたくなかったと思うだろう。神降ろしの資質が有ると分かっても、政治的に教わることはできないだろう。仙術の資質が有るとわかっても、俗世を捨てられる者ばかりではあるまい。狂戦士になれると分かっても、皆がそれを習いたがるかどうか」


 少なくとも俺も師匠も、仙人になることは止めるだろう。どう考えても人生の無駄だからだ。

 まあ、レインに仙術の素質があれば、その時は縁だと思って育てていたかもしれないが。


「しかし、影降ろしの資質が有る子供はそれを習う機会をえた、少なくとも『無能』ではなくなった。それは彼女が今日までどうあがいても達成できなかったことなのだ。ここでさらに新しい希少魔法、彼女たちの里では拳法とされるものを、得ることができるかもしれないという。欲が出ても仕方がないだろう。少なくとも、私もソペードの先代も、中々強くは言えないのだ」


 賢者と呼ばれる国で一番の魔法使いがいる。彼女なら、魔法が使えない我が子に何かができるのではないか。そう思ってしまっても仕方がないだろう。

 そして、それを自分たちの当主に願い、結果として学園長に無理と言われることになった。そういうことが、きっとたくさんあったのだ。


「法術ならともかく、狂戦士になりたいとか、拳法を使えるようになりたいという子ばかりとは思えないですわ」


 一つの事実として、この国には法術と呪術しか希少魔法は存在しない。

 昔は占術というものがあったらしいが、それも断絶している。

 つまりは、必要な技術でなければとだえるのが当たり前で、少なくとも法術ほど有用で求められる力はそう多くあるまい。


「そんなことは学園長もわかっている。だがね、機会さえ与えられなかった負い目が、今も彼女の心に刺さっているのだよ。別に魔法を使えなくても死ぬわけではないし、勉強自体ができないわけでもない。しかし……『嫌な気分』程度でも、溜まりこめば辛いものなのだ。皆が皆、割り切れるわけではない」


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