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暴走

「相変わらず、おかしい強さね」


 格の違いを見せつけた、という表現以外に何もない結果だった。

 ハピネの評したように、怖いもの見たさに集まった面々が、狂戦士を憐れむほどの実力差だった。


 ソペードの我儘姫が、護衛として従えている二人の剣士。

 その内の片方に関しては、ある意味目立つので水面下では有名だった。

 あるいは、問題が大ごと過ぎて、彼を表立って語れなかったこともある。


 最近になって、各家の切り札という形で名が上がるようになった四人。

 その中でも、剣を持たせれば敵なしと名高くなってしまった。


 その彼の名前で、なんの冗談か板の上に首を並べるということもあり、狂戦士が捕らえられたという噂もあって王都からカネの余っている連中が大挙して観戦した。

 その彼らが、毒気を抜かれ切って帰っていく。


 どれ、捕まったという狂戦士の暴れっぷりを見てやるか。

 童顔の剣聖、その間抜け面を拝んでやろう。

 つまらない見世物なら、自分が躍り出て双方倒してみるか。


 そんなつまらない考えが一切捨て去られていた。

 誰の目に見ても『本物』の狂戦士、それをあしらって打ちのめした『本物』の剣聖。

 そのぶっ壊れぶりに、誰もが口から魂が抜けたようだった。


 皆が山水によってのど元に剣を突きつけられているような、狂戦士であるランへ感情移入しているような、そんな状態だった。

 一言で言えば、命拾いをした、寿命が縮んだ。そんなところだろう。


「つくづく化け物だと思うわ」


 バトラブの屋敷で預かっている、ランたち五人。

 彼女達にあてがった部屋の中で、バトラブ一行お呼びテンペラの里一行は話をしていた。

 いよいよもって、山水に挑み、蹴散らされた共感が強まっていたのだろう。

 なお、トオンは観戦していた面々と一緒に稽古をしている。あの戦いで感じたものを、吐き出したくなったそうだ。


「それで、どうするのかしら?」


 山水は彼女を殺すべきだと思っている。そして、それができるのは自分と祭我ぐらいとも。

 あるいは、それだけの実力者だからこそ、殺すべきだと思っているのかもしれない。

 その点に関しては、誰も何とも言えない。事実、そうされてもおかしくない、或いはそうするべきだからだ。


「わからない……何だったんだ、あれは……」


 困惑して、ランはそう漏らした。

 最初の戦いで、自分がどう倒されたのかは理解した。

 縮地で側面に回り込み、頭をつかまれて発勁で倒されたのだ。

 それは、先ほどの戦いで嫌というほどに思い知らされた。

 問題はその理屈を全て知っても、まるで対応できる気がしないということだ。

 彼女の人生では、今までなかったことである。


「人間と戦っている気がしなかった……私は、何と戦ったんだ」


 彼女は未だに銀色の髪だった。

 にもかかわらず、興奮以上に恐怖が渦巻いていた。

 人の皮を被った得体のしれない怪物、それが彼なのだと思っていた。

 本来狂戦士こそがそう呼ばれるべきなのだが、彼女は彼を人間に思えなかった。


「二千年前、貴女たちの里に訪れて壊滅させた男。その弟子よ」


 ハピネの言葉は、一種の諦めが籠った言葉だった。

 子供の手をひねるように狂戦士をひねったのだ。そりゃあもう勝てないわけである。


「馬鹿な、二千年だぞ! なんだか知らんが、そこの、その……剣になる娘が言うことが本当だというのか?!」


 困惑しているテンペラの里の面々。

 彼女たちはそんな人間がいるわけがないと思っていた。

 その反応を含めて、バトラブの一行には懐かしい。


「我は神剣エッケザックス、剣に転じる娘ではなく人間に化けた剣である。数千年の齢を数える神の生み出した剣じゃ。その我の今の主はそこなサイガであるが、その前の主はサンスイの師であるスイボクであった」


 そう説明しているエッケザックスも、はっきり言って呆れていた。

 自分と別れて以降に至った境地をすべて弟子に託しているのであろうが、それにも限度がある。


「スイボクとサンスイは仙気を宿す仙人での、深い森や山にこもり修行することによって不老の肉体を得るに至る。我が知るだけでもスイボクは二千五百年以上生きとるし、その弟子も五百年生きとる。むろん、普通の仙人は一々剣など振らぬらしいがの」


 らしい、というのは彼女が普通の仙人を知らないからである。

 長く存在しているとはいえ、彼女も戦闘用の神宝であり戦闘に関わらない仙人の事は知り様がないのだ。


「はっきり言えば、スイボクは最強じゃった。お主らの先祖も蹴散らしたし、この地上のすべてを歩きつくしたと言っても過言ではない。他の神宝の持ち主とも戦い、悉く討ち果たした。むろん、凶憑きとも戦い、一度も負けなんだ」


 彼女にとっては栄光の日々だった。それを語るとき、その目は安らぎを持っていた。


「つまりは、真に最強という奴よ。奴はこの大地に生きる多くの人間と戦い、自分に対抗できるものは一人もおらぬと証明した男じゃ。ソヤツが五百年かけて鍛え上げ、十分最強であると送り出したのがサンスイである。サンスイ自身はお主らと何も変わらず、世の事など何も知らぬ小僧であろうが、スイボクはそうでもない。奴に勝てるかどうかはともかく、奴より強い者など……スイボク当人ぐらいであろう」


 真に最強、そうなのかもしれない。

 最強は最強でも、この国最強どころか、この世界でも最強に近いのかもしれない。

 そんな無茶苦茶な相手に、勝てるわけがなかったのかもしれない。


「言っておくけど、サイガだって大概でたらめなんだからね?! そこの当たり、軽く考えないでよね!」


 ハピネが弁護する。祭我が山水に勝てるとは言っていない。


「もう一度、ここで確認しましょうか。貴女、どうしたいの? 強い奴と戦いたいっていうのなら、それこそ願いはもう叶っているでしょう? この後どうするのよ」


 山水は強い。それこそ、目の前の彼女をあしらい、殺さずに敗北を認めさせるほどに。

 おまけに老いない。これから先、加齢によって技が衰えるということはないのだ。むしろランの方が先に老いる。

 極端な話、ランの傍に山水を置けば暴れようがないのだ。


「私は……」

「先に言っておくけど、サンスイはかなりの信頼を得ているわ。そのサンスイが、狂戦士である貴女を殺すべきだと進言すれば、それに対して強い根拠を示さないと反対できないわ」


 少なくとも、今彼女が自制を覚えようとしなければ、それこそ殺すしかない。

 興奮したままの彼女は、余りにも危険すぎるからだ。

 彼女が自分を抑えようと思わなければ、彼女は決して止まらない。


「流石に……私もそこまで奇特じゃない。貴女が今のままなら、私はかばわないわ。それこそ、誰がなんと言ってもね」


 流石に、割に合わない。それが本音だろう。

 彼女をそこまで生かしたいとは、ハピネも思っていない。


「実際、貴女自身だって殺されても仕方がないと思ってるんでしょう?」


 びくり、とランは震えていた。

 興奮状態にある彼女は、感情の起伏が激しくなっているようだった。


 殺されるつもりはなかった。

 ただひたすらに、殺すつもりではあったが。

 つまり、殺されても文句は言えなかった。


「……はい」

「正直、貴女を野放しにするのは危険だわ、里に帰ってもらうわけにもいかない。つまり、貴女に関しては殺すか自制を学ぶかの二つしかない」


 万が一にも、ランは逃げ切ることができない。

 一度山水がその気になれば、彼女は必ず殺される。

 だからこそ、彼女は二つの道しかない。


「……正直に言うよ、俺は君に協力してほしいと思っている」


 祭我は迷った末に、自分からラン達へ話しかけていた。

 その目には、覚悟を決めた男の意思が宿っている。


「恥ずかしげもなく言う。俺が強くなるために、君の協力が必要なんだ!」


 そう言って、祭我は力み始めた。

 顔を赤くしながら、どんどん力を込めていく。

 それが何を意味するのか、部屋の中の人間にはわからない。

 分からないのだが、ランだけは目を見開いていた。


「え……?」


 魔法を知らず、それ故に希少魔法も知らないテンペラの里の面々でも、当然のように知っていることがある。

 つまり、拳法を習うには資質が必要であり、資質は一人につき一つだという事。

 であれば、壁を出す力を持った彼が、自分と同じことができるわけもなく……。


「おおおおおおおおおおおお!」


 気合を入れきると、髪が根元から銀に染まっていった。

 それはまさに、彼が一時的に狂戦士化したことを意味していた。


「どうだ!」


 狂戦士になったことで興奮している祭我は、呆然としている一同の前で猛烈に話し始めていた。


「俺は色々説明できないんだけど! とにかく沢山の魔法、拳法を覚えることができるんだ! だからバトラブの切り札扱いされてるんだ! でも、俺はまだまだ弱いんだよ! 最強の神剣をもっているのに、山水には全然勝てなくて! それで正直焦ってるんだ! 今のままだと、空を飛んでいる敵にも勝てない! 飛んでるだけなのに!」


 暴れ出すわけではない、しかし酒に酔っているかのように切羽詰まっている。

 それが狂戦士の症状だと言わんばかりに。


「ものすごくショックだったんだ! だって飛んでるだけだぞ?! 凄いことだけど、珍しくないんだぞ?! それなのに、伝説の剣をもって戦ってるのに! 飛んでるだけの敵に勝てなかったんだぞ?! しかも山水の彼女はあっさり倒しちゃうし! 凄い恥ずかしかったんだからな!」

「あ、ああ……」

「まず飛びたいって思ったんだ! また飛ぶ敵が出てきたときに、また見てるだけとか、本当に冗談じゃないからな! だから飛ぶ練習をしようと思ってたのに! 君が来て、学園長はなんか適当な宿題押し付けて! それで君もスナエが倒しちゃうし! エッケザックスは俺を指名してくれないし!」

「お、おお……」


 赤裸々にぶちまけていく祭我、その場には女子しかいないため誰も止めることができない。


「すげー嫌なんだよ! 分かるだろ?! 俺凄いんだぞ、凄い筈なんだぞ?! なのに山水と違って誰も頼ってくれないんだ! こんなの嫌なんだよ! せっかくなんでもできるのに、飛んでるだけの敵になんにもできないんだぞ! 飛んでるだけの雑魚なのに!」

「う、うん……」

「だから君の力が欲しいんだ! お前が必要なんだ! お前の狂戦士だとか凶憑きだとか、そういう力が欲しいんだ!」

「おう……」

「もう手段を選ぶ気はないんだ! 山水も新しい力が必要だと思ったら手に入れろって言ってたし! そもそも君を逃したら、狂戦士の力は誰からも習えないし!」


 興奮している祭我は狂戦士の力で詰め寄る。

 ランの肩をつかんで強く揺さぶっていた。

 狂戦士同士とはいえ、流石に沈んでいるランと興奮している祭我では話にならなかった。


「さ、サイガ様! もう狂戦士を引っ込めてください!」

「だから……うぉっ?!」


 ランをつかんでいる祭我の腕が硬直し、石になっていく。

 それはつまり、ツガーの叫びを聞いたうえで止まらなかった祭我へのペナルティだった。


「あ、ああ! 分かった! 悪血を静める!」


 山水も指摘していたが、興奮していると我慢しようとすることが難しい。

 そうなった場合、まず自分を鎮めようという気分になれない。

 そうなれば、外部の安全装置が必要だった。

 相手との契約によって状態を変化させる力、セイブ家に伝わる呪術。

 それによって、物理的な拘束の始まった祭我は腕を石にしたまま腰を下ろしていた。


「……ふぅ……」


 腰を下ろして集中を始めると、ゆっくり髪の色が引いていく。

 燃え立つ銀から黒い髪に変わっていく。

 と同時に、彼の腕も石から人間に戻っていた。


「ありがとう、ツガー」

「いいえ……なんか前よりも興奮していませんでしたか?」

「多分、山水の強いところを見て、また色々考えちゃったんだと思う……あいつカッコいいからさ」


 興奮が一気に冷めて、落ち着く祭我。その変化に、周囲は戸惑っている。

 一方で、何とか御せていることにも驚いていた。


「ただ、やっぱり専門家に習いたい。山水に世話になりっぱなしだと悪いからさ」

「専門家……私がか?」

「うん……当たり前だけど、狂戦士になると本当に強くなれる。だけど……興奮して自制が難しい。はっきり言って、エッケザックスを使えなくなるほどに……」


 初歩を覚えることは得意な祭我ではあるが、何事にも限度はある。

 というか、凶憑きになった場合初歩の段階で興奮してしまうのだ。


「当たり前じゃ、興奮している人間が剣術を使えるか。それこそトオンほどならまだしも、お主がその境地に立つなど百年早い」

「う……」

「逆に言えば、興奮した状態に慣れて、制御できるようになれば劇的な強化が望めるであろう。空を飛ぶ敵に対しては何ともならんが、最悪石を投げればよかろう」


 相変わらず空を飛ぶ敵には何ともならない祭我。

 まあ、それは今後の課題であろう。案外、あっさり飛べるようになる希少魔法と出会うかもしれないし。


「空を飛べる者は多いが、狂戦士は一人しかおらん。それこそ仙人でもなければ生涯で二度出会うこともないしの。そういう意味では、まあ優先順位は間違っておらん」

「最初はこれを誰かに教えようかとも思ってたけど……無理だった。なってみたらわかったんだけど、これで我慢とかできない……少なくとも、俺がちゃんと自制できるようにならないと、教えられない。危なすぎる。だから、まずはこれができるようになりたい。力を貸してくれ」


 我欲を前に出す。隠しもしない。

 まずは自分のために、ランから多くを学びたい。

 それはとても分かりやすい事だった。


「知っているだろうが、自制など教えられない……教えることなどできない!」

「それでもいい、一緒に頑張ろう。君は死ぬのが怖いんだろう、生きたいんだろう、俺だってそうだ」


 ハピネが他の四人に共感したのなら、祭我はランにこそ共感している。


『お前には積み上げてきた修練も、理想としていた到達地点も、必死さも理念も創意工夫も一切ない。ただ素質に甘えて、いい加減に生きてきただけだ』

『お前はつまらない、面白くない、くだらなくて退屈だ』

『すべての生き物に、明日は保証されていない。お前も俺も、今この瞬間死んでもおかしくはない。特に、お前はな。さて……今日まで勝利を貪って、最強を甘受してきた、テンペラの里のラン。お前は今死んでも悔いはないか?』


 あの言葉は、自分にだって当てはまるのだ。


「今の自分のままで死んで、それで満足なのか」


 山水やスイボクは、いつ死んでもいいと思っている。

 好きなことを好きなだけやって、そのまま死んでいくのだから悔いはないと言える。

 だが、この場の二人はそうではなかった。

 少なくとも、有り余る才能をぶつけるだけの何かを持たなかった。

 力の限りあがき切って、成し遂げたことなど一つもなかった。

 このまま、彼に何の価値もないと断じられたまま死ぬなど嫌だった。


「い、嫌だ……私は! 私は! まだ死ねない! 生きたい!」


 試合中には言えなかった『私は』に続く言葉を恥ずかしげもなく吠えていた。

 この地に訪れるまで貪っていた、価値のない勝利によって出来上がった自尊心が、その自由を奪っていた。

 彼女は、自由を取り戻して吠えていた。


「悔しい! あんなに打ちのめされて、なんにも抵抗できなかった! 絶対見返してやる!」


 彼女は生まれた時から強かった。

 事実として、敗北したことも苦戦したこともなかった。

 不自由も力不足も、自分の限界も感じたことはなかった。

 それを痛感したからこそ、彼女は改めて強くなりたいと叫んでいた。




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