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傲慢

「マジャンでは最強の者が王になる……それは間違いではないわ。男の貴方ならわかるでしょう?」


 学園長先生は、俺に向かってそう言っていた。


「王様は国を守るのがお仕事だもの。そりゃあ、悪い人が来たら倒せないといけない。兵士を使うか、自分で何とかする。そして一番偉い人が、狂戦士さえも取り押さえられる。王様の人気は凄いでしょうねえ」


 それに、分かりやすくもある。

 例えば誰が正しいのか、という点に関してはとても面倒だ。実際にやらせてみないと、政治の手腕はわからない。

 しかし、強いというはわかりやすい。それが個人としての強さならなおのことだ。


「戦うとしても、王族の中に納まる。仮に王様になっても、他の神降ろしと戦うために鍛錬は欠かせない。そういう意味でも、いいシステムね」


 異議があれば、王に挑戦すればいい。

 王はそれを下せるだけの強さを維持しなければならない。

 無茶苦茶な話だが、筋は通っているのだろう。

 少なくとも、国民は納得しているはずだ。


「ドミノ帝国も似たようなものだった。強い権力を皇帝に預け、巨大な国家を個人の判断で速やかに動かせる。正に巨人だったわね」

「私は一介の護衛、その辺りのことはわかりません」

「貴方は仙人であり、不要なものを諦めて未練を断つことができる人。本当に凄いと思うわ、真似できない」


 尊敬している、感服している。しかし憧れられない、真似ようと思えない。そんな言葉だった。


「そんな貴方だからこそ、ソペードの人たちは皆貴方を信じてる。貴方を裏切らない限り、貴方は期待に応えてくれるって」


 まあ、そうかもしれない。ソペードの人は、とても俺を信頼してくれている。

 それはとても嬉しい事だった。


「でも、みんながみんな、貴方の様に振る舞えるわけじゃない。特別な力は驕りを生み、特別な立場は腐敗を生み、人を駄目にしていく。その点、貴方は誰よりも人間として優れている」


 それは、ちょっと違うように思える。

 学園長先生が何を言いたいのかはわかるが、そう持ち上げるのは困る。


「貴方にとっては不本意でしょうけど、貴方がいると国が安心できるのよ。お隣の国の様にならないためにも、貴方の力が必要よ」


 それは重荷である。

 はっきり言って、一介の剣士が背負っていいものではない。

 過大評価も甚だしい。


「貴方がいる限り、取り返しのつかないことにはなりえない。だからこそ、国も多くを試みることができるのでしょうね。もちろん、私もだけど」



 俺とランは、改めて対峙していた。

 実際に戦ってから二日後というのは、早いのか遅いのか判断に困るところではある。

 一つ言えることがあるとすれば、今の彼女は髪の色が燃え立つような銀に染まっているという事だろう。

 興奮状態の彼女は俺と運動場で対峙していた、公開の場での戦闘ということになるだろう。


「私は、自制が足りないといつも言われてきた。そんなことを言う奴らは、私に手も足も出なかった。弱い奴が何を言っても、何の説得力もない。なのに……なんで私を倒したアンタまで、そんなことを言う!」

「事実だからです。言葉ではなく、体感で証明いたしましょう」


 観客は多い。

 とても多くの生徒や教員が、更には貴族の方々までが観客席を満たしている。

 その一方で、この試合を裁定する審判はいない。

 そもそも、俺と彼女の戦いを判断できる人間など、師匠ぐらいなものだ。


「試合の開始を告げる者もいません、余人の思惑はともかく、私はただ貴女と戦うだけです」

「つまり……もう始まってるってことだよな?」

「ええ」


 俺の返答を聞いて、動き出した彼女は早かった。

 興奮状態、常に頭へ血が上っている彼女にしては、我慢が出来ていた。

 そう思うことにしていたが、こちらに向かってくる彼女の顔は、正に狂気の笑みとしか言えなかった。

 単純に早かった。

 短距離走の理想的なフォームに近い走法で、俺に急接近してくる。

 その速度は人間を越えているが、視認できないほどではない。

 目に映らないほど速い、というほどではない。彼女は精々、目にも止まらぬ速さ、程度だ。

 それでも、狙って遠距離攻撃を当てるは至難だろうし、そもそもそれまでの猶予を彼女が与えるとは思えない。


「おおおあああああ!」


 戸惑いはなく、躊躇もなく、ただ歓喜の中で打ち込んでくる。

 お互い、目が合っていた。彼女は俺の目を見て、俺は彼女の目を見ていた。

 それはつまり、俺が彼女と時間の感覚を共有しているという事でもある。


「だあああ!」


 そんなことは知らん、と彼女は右拳を打ち込んできた。

 それに対して、俺は彼女の動きを見ていた。

 見ていたうえで、彼女が拳の軌道を変化させることができない『機』を捕えていた。


「甘い」


 俺は回避しながら足を払う。

 俺も彼女も、同じ時間の感覚の中で動ける以上、彼女も俺の動きがわかっていた。

 分かっていたが、分かった上で回避できなかった。

 それに驚いている彼女は、前回りに転がりながら受け身を取っていた。

 その上で、俺から距離を取った。実に正しい判断である。


 余人から見れば、彼女が高速で俺に殴りかかり、拳が当たる前に転んで、そのまま反対側へ抜けていったようにしか見えないだろう。

 流石に、トオン辺りは見切っているだろうし、一緒に指導を受けている面々も目が追いつきつつあるようだが。


「……さすが、この国最強の剣士だな」

「なぜ今の一撃を避けられたのか、それが分かりますか?」

「わからん……だが! 分かるまで打ち込ませてもらう!」


 案の定、攻撃を再開する。

 当人が納得するまで、回避に専念することにした。どのみち、そう長くは続かないだろう。


 観客にしてみれば、伝説で語られる狂戦士が実際に動いているところを見るだけでも大興奮だろう。

 実際、滅茶苦茶早いしな。彼女自身、顔も良いので実に見世物にはぴったりだった。

 まあ、見世物として優れていることが、必ずしも勝利につながるとは言い切れないのだが。


「ダメだな、これでは埒があかない! 悔しいが、死角はないようだ」

「そうですね、考えてみることです」


 彼女は色々試していた。

 最高速度を維持したまま俺の足を狙って攻撃したり、胴体を狙ったり、正中線を狙ってもいた。

 視認できたものは少ないだろうが、彼女なりに試行錯誤していたのだ。

 それをすべて回避されたことで、彼女は戦法の変更を必要としていた。


「私は、一昨日お前に負けた。そして、その後にスナエという女に負けた」

「そうですね」

「学んだよ、私の強さは、私の速さは、限度があるとな」


 彼女の能力は、身体能力の活性化、或いは集中力による反射神経の鋭敏化。

 しかしそれは、当然上限がある。際限なく加速できるわけではないし、際限なく筋力が増すわけでもない。

 それらに関して言えば、神降ろしには及ばない。例え彼女ほどの才能があったとしても、だ。


「それで、お前には私の動きが見えている。スナエにもみられていたが、お前は完全に回避できる」

「そうですね」

「つまり、見切ったということだ。お前は私の攻撃を完全に見切っている」


 彼女の同郷である四人は、固唾を呑んでいた。

 何故なら、ランの言っていることは自分に勝ち目がないという証明だったからだ。

 俺に彼女の攻撃は当たらない。そして、一昨日の様に一瞬で気絶させる技もある。

 ラン自身が理解しているように、俺は何時でも彼女を倒せるのだ。


「それで、理由は分かったのですか?」

「もちろんだ、こういうことだろう?」


 彼女がとった手段は単純だった。

 腰を落ち着けて、走るのではなくスリ足で間合いを詰め始めたのだ。

 それは、彼女が知り、破壊した拳法のどれかに近いものだったのだろうと想像はできる。


「どうなんだ?」

「正解です」


 彼女は笑っていた。

 もう俺には回避ができないと笑っていた。

 それはそれで、穴が一つふさがったことを意味している。

 これはこれで、彼女の成長を意味していた。


「これでもう……お前は私を転ばせることはできん!」


 彼女の今までの戦闘は、『常に動き続ける』ことにあった。

 人間の反射神経を凌駕する動きによって、相手の視界から消える。その上で、人体の耐久力を越えた打撃を打ち込む。それが彼女の最善だった。

 それで倒せない人間は、ほぼいないだろう。事実として、彼女は今まで勝ち続けていた。

 問題は、自分の速度をきっちりと認識してくる相手だ。彼女がどう動いても、視認できるなら意味はない。

 むしろ、走りながら戦うという隙を露出させるだけなのだ。


「確かに、腰を落ち着けて戦うのなら、足払いなど早々決まることはない。しかし……今までとは全く違う戦法を取ることが、貴女には難しいのでは?」

「疑うか? なら、お前の体で証明しよう!」


 スポーツ格闘技としてのフットワークではなく、武術としての腰を落ち着けた戦い方。

 それを選んだのは正しい。はっきり言って、最高速度はスポーツの方が上なのだが、動き出しを読めるレベルの話になるとこっちの方が適切だ。


「行くぞ、避けてみろ!」


 彼女の取った構えは、リズムを取るわけではないもののボクシングに近かった。

 拳を主体に格闘をしようとしているので、自然と近づいたのだろう。

 

 その上で、彼女が繰り出す拳は鋭く高速だった。

 遠距離から、大きく踏み込みながらの一撃。


 それを俺が回避すると、彼女はそのまま接近戦に切り替えて連続攻撃をしようとして来る。

 瞬間的には俺も速く動けるが、しかし連続攻撃に対処するとなると、流石に追いつかない。

 彼女の狙いは、極めて正しい。

 これが、体術だけの戦いなら、間違ってはいない。


「避ける必要はない」


 連続の打撃と言っても、腕が増えるわけではない。同時に二つの腕で攻撃するわけでもない。

 俺は連続攻撃に切り替えようとした彼女の、その一発目の腕をつかんでいた。


「ぐ、ぐうう!」


 俺の拘束を振りほどいて、彼女は大きく下がる。

 それはそれで正しい。侵血の爆毒拳を知る彼女なら、警戒して当然だ。

 まして、俺は彼女の腕に発勁を打ち込んでいたのだから。


「そうか……そういうことか」


 流石に、頭をゆさぶったわけでもないのなら、彼女の復帰はとても速い。

 発勁に強い殺傷能力があるわけでもない以上、彼女の再生能力なら腕の一本は早く治るだろう。

 既に一瞬で、彼女の五体は復帰していた。


「お前の拳法には爆毒拳と同じで、触れるだけ当てるだけで良い技があるな」

「そのとおり、発勁という技です」

「一昨日はその技で私の頭を揺さぶって、気絶させたってわけだ」

「正解です」


 得意げな彼女は、獰猛に笑っていた。

 これでもう、手品の種は見破ったと言わんばかりである。


「お前には高速で移動する技もあるんだろう。その二つを組み合わせれば、死角に入ることで常に不意を突ける。それがお前の強みだ」


 確かに、それはそれで正解だ。

 実際、それで多くの敵を倒してきた。

 彼女もその内の一人である。


「お前の言う通り、自制すれば、攻めるのを待てばなんてことはないな。お前、一瞬で遠くへ移動できるが、早く動き続けられるわけではないだろう。できるのなら、私の連打に付き合おうとするはずだ」

「その通りです」

「余裕だな、私はお前の言うように、戦い方を学んだぞ。これでもう、お前と言えども敵ではない!」


 随分軽く見られたものである。

 まあ、走り続けるなんて馬鹿な戦い方を中断すれば、そりゃあ強くなって戦いにくくなるのは当たり前だ。

 多対一ならともかく、一対一でやることではない。


「いえいえ、まだまだ負けません。貴女は簡単に言うが、心を修めるというのは容易ではない」

「ふん、里の老い耄れ共と変わらんことを偉そうに!」


 仙人以外で俺より歳食っているのは、八種神宝ぐらいだと思うぞ。


「あれだけの首を並べた男が、神職の様な事をほざくものだ!」


 コロッセオの中の空気が、一気に重くなる。

 確かに、殺した人間の数や殺し方の異常さなら、俺の方が上だと思い出したのだろう。


「まあ、否定はしない。あの首は、確かに俺が切り落としたものばかりだ」


 先日の供養を思い出す。

 不当に苦痛を与えたわけではないし、正しい罰として屍を弄んだだけなのかもしれない。

 しかし、アレだけのことをしでかして、偉そうなことを言うのも間違っている。


「だがな、ラン。お前こそ分かっているのか?」

「何がだ? お前の口調が、荒々しくなっていることぐらいはわかるぞ? その喋り方が本性というわけだ!」

「そうやって暴き立てるのはいいが、お前はまだ何も成し遂げてなどいない」


 俺はまだ、腰に木刀を刺したままだ。

 そして、彼女に攻撃を仕掛けていない。

 彼女はまだ、俺に攻撃を当てていない。


「お前は、俺に勝てると思っているか?」

「無論だ、ここまでの強さを持つ者と戦えることに興奮している! そして確信した! お前を越えれば、もはやこの世界に私と並ぶ者はいない!」


 やはり、殺しておくべきだったか。

 俺は、縮地で彼女の側面に移動する。

 そして、その肩に手を当てて、発勁で吹き飛ばした。


「なっ?!」

「二つ、訂正することがある。まず俺を倒すことができたとしても、お前にはまだ上がいる。俺の師匠、スイボクだ。あの方から見れば、俺など未だに未熟者でしかない」


 当然、彼女は即座に体勢を整える。

 その上で、俺から攻撃されたことに心底驚いた顔のまま、その顔には汗がにじんでいた。


「もう一つは、お前が俺と戦えているということだ。お前は俺と戦えてさえいない」


 悪鬼羅刹。

 あの首を見て、だれもが思うだろう。これだけ殺した男は普通ではないと。

 その考えは、そんなには間違っていない。少なくとも俺は、必要だと判断すれば殺すことにためらいはない。


「お前に体験させてやろう。心を御した者にしかできない、本当の自由自在というものを」


 狂気がなければ、殺意がなければ、悪性がなければ、正義がなければ殺せない。

 そんな半端者と一線を画する、本当の剣というものを見せてやろう。


「俺の知る限り、俺と師匠しかできないことだ」


 真の自由を手にしたならば、他のすべてを縛り付けて無為に帰す。


「お前は、達人の見切りと若年の運動能力が同居している。型のある動きでは、決して捕えることはできまい。だが、それは俺も同じこと。お前は同じ無形である俺の動きを決して見切れない。そして……」


 相手が人間ならば、俺達の剣は征することができる。仙術と剣術の妙を、この女に示すとしよう。


「お前は、なまじそれに達しているからこそ、実力の差を思い知って地に倒れる」


 俺は、レインを拾ってから師匠に送り出された。

 まだ世間知らずだった俺は、当然世界にどんなものがあるのかまるで知らなかった。

 そういう意味では、目の前のランと何も変わらなかっただろう。

 だが、師匠は狂戦士の事を知っていた。その上で、俺を最強だと言って送り出してくれた。


「お前は、身に宿る暴力を解き放ってきた。武術など、拳法など下らぬと切って捨てる。お前が見てきたものは、武は、拳は、剣は、そうだったのかもしれない」


 コロッセオの気配が張り詰めていく。

 神経が緊張し強張っていく。

 誰もが俺とランに集中していく。



「お前が味わうのは、敗北ではない。無力と不自由だ」

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