理由
結局、この日ランはお休みということになった。
その上で、テンペラの里の面々に飯と宿代替わりに演武をしてもらうことになっている。
毎度おなじみ、広大な運動場だった。もうコロッセオでいいんじゃないだろうか。
「今回は私もまったく知らない希少魔法の使い手が、なんと四人も来てくださいました!」
学園長先生、実にノリノリである。
まあ、研究者としても教育者としても、まったく未知の技術体系には心躍るだろう。
俺だって、発展途上の天才を相手にするよりも、本人が必死になって考えた戦い方の相手をする方が楽しいし。
「浸血を宿す爆毒拳、酔血を宿す酒曲拳、玉血を宿す四器拳、幻血を宿す霧影拳。この四つがあるのよね?」
「うむ、然りである。二千年前我が使い手と戦った者たちじゃな。二千年前に壊滅させたのに、未だに存続しておるとは驚きである」
助手として、我が師の相方だったエッケザックスが解説を務めていた。
実際に戦って倒した相手なのだから、説明は得意だろう。
ちなみに、狂戦士であるランは、俺の脇に座っている。もちろんVIP席なので、お嬢様も一緒だ。
暴れ出したら俺が鎮圧することになっているのだが、お嬢様と一緒で問題ないのだろうか。
護衛としてはどうかと思うが、実際俺の傍が『一番安全』だと判断されているらしい。
固いわけじゃないなら、頭掴んで発勁すればいいだけなのだが。
「それじゃあエッケザックス、彼女たちの魔法、拳法を説明してもらえないかしら?」
「うむ、では我が主よ。浸血を宿す爆毒拳、玉血を宿す四器拳の説明をするので、我を使ったうえで壁を作れ」
いきなりとんでもないことを言い出していた。
それを聞いて、学園内の誰もが驚愕していると思う。
特に、祭我はそれはいいのか、という顔をしていた。
『はよせい、ただ壁を攻撃させるだけじゃ』
「あ、ああ……マキシマム・ブライトウォール!」
やろうとしていることは単純だった。
光の壁を作り出し、それを攻撃させるだけ。
仮に失敗しても、彼女達が軽くケガをするだけである。
「この壁を攻撃すればいいのか」
「こんな拳法があるのか……」
その壁を前にして、二人の少女が構えていた。
どちらも共通するのは、両手両足に何も付けていないこと。
そう、素手はともかく素足なのだ。
これはもう、両足に何か仕込みがありますよと言わんばかりだった。
加えて、両手を見ても傷が目立たない。ないわけではないが、裸拳で戦うにはややきれいすぎる。
なにより気配が魔法以外で、どう考えても特殊な使い手だった。
なので速攻で倒していた。
「爆毒拳……破門開城!」
ぺたん、と爆毒拳の少女が掌を壁に当てる。
そうすると、じわりじわりと彼女の中の侵血が、光りの壁に注がれていく。
誰の目にも見てわかるほどに、光りの壁が変色していった。
「噴!」
掌を離して、距離を取る。
気合を込めると、光りの壁が爆破されていた。
光の壁そのものが爆弾になったように、砕け散っていたのだ。
それが何を意味するのか、この国の人間の方が理解している。
マジャンの兄妹は少々驚く程度だが、この国にとっては驚愕どころではない。
熱や雷の魔法以外では貫通させることができない光の壁を、粉みじんに砕いていたのだ。
「我が流派は侵血を宿す者だけが使える爆毒拳! 殺めることに関して、我らが流派の右に出る者なし!」
『……遅いの。こりゃあ思った以上の未熟者じゃな』
大勢を前に啖呵を切った彼女に対して、エッケザックスは冷ややかな言葉を向けていた。
どや顔のまま硬直する爆毒拳の少女。どうやら、彼女は同じ使い手の中ではかなり弱いらしい。
『見ての通り、爆毒拳は触れた物に侵血を染みわたらせ、爆破する拳法じゃ。掌か足の裏で触れねばならんが、効果は見ての通り。技の性質上長く触れたほうが威力は増すが、物が壁や門ならまだしも人間を相手にするとなると、長々触れるのは自殺じゃ。よって、達人ほど接触が短い間に染み渡らせる』
確かにそうだろう。暗殺するならともかく、格闘をするとなると相当短い時間しか触れられまい。
まあ人体の一部が爆破されるなら、狭い範囲でも十分だとは思うが、それでも短い方が有利だろう。
『ほれ、もう一度壁を』
「あ、ああ」
破られるための壁を構築する。まさに破壊検査だな。
「……四器拳、右腕槍、刺突!」
四器拳の使い手は、手を開いたまま貫手の構えを取った。
その手をオーラ、つまり玉血で覆い、神剣で強化された壁に付きこむ。
すると、人間の指という極めて脆い構造の物が、壁に突き刺さっていた。
「わ、我が流派は……玉血を宿す者が修める流派で……人体の四肢を武器化する打撃斬撃の拳法で……」
『……弱いのう。二千年前の使い手は、気功剣で強化された我に刃こぼれをさせたほどじゃったぞ』
え、師匠が斬れなかったの?!
どんだけだったんだ、二千年前の四器拳の使い手は。
強化された法術の壁を貫いているのに、弱いと言われるなんて、ハードルが高い。
「ま、見てわかりやすいじゃろうな。およそ、戦闘的な法術使いにとっては天敵と言える流派じゃ。当たりさえすれば神宝さえ破壊できる可能性を持った、魔法以上に攻撃力の高い拳法と言えるじゃろう。弱点は……まあ、間合いが短いという事じゃな」
人間の姿になったエッケザックスは、流派、拳法の事は褒めていた。
法術が人間技である以上、それをたやすく破壊する人間技があっても不思議ではないか。
エッケザックスを刃こぼれさせてしまった、当時の師匠がどんな心境だったのか想像するのは難しかった。
「ちなみに爆毒拳の使い手が素足なのは地面を爆破する為じゃ。相手を直接爆破できんでも、足場を塗りつぶしていけば制限できるからの。直接爆破より大幅に威力は下がり法術でも耐えられようが、それでも素の人間を相手にするには十分じゃしな」
さらっと相手の奥の手を説明していくエッケザックス。
秘境から出てきたはずなのに、やたら詳しく説明されて何とも言えない顔をしている二人。
うむ、哀れ。これも彼女達の修行が足りないせいである。
「幻血を宿す霧影拳も派手じゃしな、ちょいと見せてもらおうか」
「え……あ、はい……」
霧影拳の使い手は、ゆったりとした服を着ていた。
多分、『本番』の時は暗器を隠していたのだろう。
もう形骸化しているかもしれないけど。
「霧影拳、八身投射!」
ぶわっ、と彼女の体から八人の分身が現れた。
それをみて、コロッセオにいる生徒や教師たちは……。
ほとんど、無反応だった。
さっきの二人と違い、え、これだけ、という拍子抜けかんさえある。
「その!? なんですか?!」
「幻血は幻影を生み出すことができる。分身を生み出す影気とは根本的に別の物じゃ」
そう、見た限りでは影降ろしとそう変わりはないだろう。
だが実際には、彼女の生み出した分身はただの幻だ。あれは攻撃できないし防御もできない。
「影降ろしの場合実体を持つため精妙な操作を必要とするが、幻血は実体がない分適当に動かしても全く問題ない。なにせ中空に投射することもできるしの」
「そ、そんな簡単に言わないでください! これだって大変なんですよ?!」
「然りじゃな、分身を生み出す影降ろしと違い、幻影を生み出す霧影拳は術者の任意で変化させることができる。逆を言うと、術者は生み出す幻を自力で構築せねばならんのじゃ」
言いたくはないが、何故拳法にしようと思った。
前の二つは素手で戦うしかないと思うし、そっちの方が強いだろう。
でもこっちは、素手で戦う意味が分からない。というか、戦う意味が分からない。
まあ、フェイントができるし相手の視界を隠せるのは強いと思うけど。
「もう一つ言うと、影降ろしの場合自分の分身に視界が遮られるが、幻血が生み出す幻影は術者には透視できるのじゃ。かなり疲れるらしいが、文字通り霧で周囲を覆ったのう」
「……それ、奥義なんですけど」
奥義で申し訳ないのだが、俺や師匠は気配に敏感なので、多分意味がなかったと思われる。
「酔血を宿す酒曲拳……これは二千年前は一番手を焼いた流派でのう、自分の周囲に平衡感覚をかき乱す力場を生み出し、それを利用して投げ技や組技を主体にする拳法じゃった。優れた使い手程広範囲に強力な効果を発揮できたの。意地でも剣で倒そうとしとったが、大挙してやって来た時にはもう全部を諦めて、投石で倒しておった……懐かしいのう」
「私の流派の事を口頭で全部説明されちゃったんですけど……」
師匠の思い出を語るエッケザックス。
一方で対処法を含めて全部言われてしまった酒曲拳の彼女は、何とも言えない顔をしていた。
というか、師匠が諦めるって大概だな……。
「ねえサンスイ、貴方はどうやって彼女をあしらったの?」
「気絶した他の四人を投げました」
お嬢様からの質問に対して、俺は昨日の朝の事を答える。
軽身功で軽くして、放り投げて、ぶつけた。それだけである。
だって、露骨に待ちのスタイルだったし、他の使い手を巻き込まないようにしていたし。
観察眼は大事だし、自分を過信するのも修行不足の証明だよな。
そういう意味では、やっきになって接近戦で倒そうとしていた師匠はまだまだ修行不足だったのだろう。
「本当に地味ねえ……」
「お恥ずかしい……」
多分、師匠が投石するとなると、相手の頭位カチ割るだろうしなあ……。
腕で防御したら腕を折るだろうし、彼らの心中を思うとやるせない。
しかし、投石への防御は基本なので、試合ではなく戦闘をするなら憶えておこう。
結論、修行不足。うむ、修行は大事だな
第一、近づいた相手を転倒させる技を使えるなら、相手は遠距離から攻撃しようとするだろう。
それに対処できなければ片手落ちだ。
「まあこれに関しては直接食らうのが良かろう。希望者をつのり、体験してみると良い」
「あら、それは至言ね! それじゃあみんな、体験してみましょうか!」
エッケザックスの言葉に従って、沢山の生徒や教師が運動場に入っていく。
まあ、一度喰らうのはいい体験だろう。授業なんだし。
「……お前に聞きたい」
俺の隣のランが、不機嫌そうに口を開いた。
おそらく、人生で初めて、これだけ黙っていたのだろう。
「お前はこの国最強の剣士なんだな」
「ええ、まあ。師匠以外が相手なら、負ける気がない程度には」
実際には、勝てない相手もいるだろう。
だとしても、態々探しに行くつもりはない。
正蔵もそうだが、考えだしたらキリがないからだ。
そして、それを実行した先には、師匠の様に失意の日々が待っている。
あんまりにも不毛だろう。
第一、まだ修行するのが楽しいお年頃であるし。
「だから、でしょうね……」
「何がだよ」
「貴女が生かされている理由ですよ」
俺がいるから、俺が彼女を殺さなかったから、彼女は生かされている。
殺しておくべきだった、と今では後悔もしていた。
我ながら、修行が足りないにもほどがある。