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『別にいいわよ。その女を生かしたいというのなら、態々殺すこともないわ。でもちょっと気になるのよね。貴女って、そんなに優しい子だったかしら?』

『バカにしているわけじゃない、本当に不思議なのよ。トオンの妹の、スナエも……』

『なぜ殺さないの、とは言わないわ。何故生かそうとするの?』

『貴女が学園長に言ったように、態々生かすなんてバトラブの名に傷がつくはず』

『保護を明言しないとしても、中々リスキーなんじゃないの?』

『それが分からないぐらい馬鹿ならまあ分かるけども、そうじゃないでしょう』

『彼女が安定すれば、貴女は彼女を保護するはず。保護できるように、相手を整えようとしている』

『なんでそこまで、あの子を生かそうとするの?』



 ランは『常識』にぶつかった。

 この世界に、絶対無敵の存在などあり得ない、空前絶後の存在などあり得ない。

 里では特別扱いされて、誰が何人いてもかなわなくて、この娘に勝てるものがこの地上にいるとは思えない、と言われたところで。

 しかし、閉ざされていた里から一歩出れば、彼女は珍しいだけの天才だった。


 彼女は強かった。

 この世界の最高水準に達しており、その中でも屈指の強さを持つだろう。

 一対一で立ち会って勝つ、となるととても難しい。

 神降ろしの使い手であるスナエが彼女の対処法を知っているのも、逆に言って神降ろし以外が対処しようとすると被害が尋常ではなくなるからだ。マジャンという国では、神降ろしが存在するのは凶憑きと戦うためだ、という言葉があるほどである。

 スナエは凶憑きに出あえば必ず殺すように、父や母から教えられていた。

 それを曲げても生かしているのは、それなりに思うところがあったからであろう。


「……」


 夕刻どきになって、山水はドゥーウェ達と共に学園に戻ってきた。

 その上で、何があったのかの説明があり、一旦バトラブの方で彼女の制御に挑戦してみようという話になった。

 そして、不思議に思いながらもある程度の協力を約束し、その上で井の中の蛙を見ていた。

 失神しているランを信じて世界に出た、四人の希少魔法の使い手。彼女達に言うのであれば、拳法の使い手だった。


「四人とも、希少魔法を前提とした体術の使い手……まあそこそこには強いんでしょうね」


 自身は珍しくもない魔法を少々使える程度で、戦闘などできもしないハピネは打ちひしがれている四人を見ていた。

 少し前の自分達を見るようで、どうしようもない気持ちになっていた。


「貴女たち……少し話があるんだけど。まあ黙って聞いてなさい」


 ソペードの面々からすれば、バトラブの面々は優しすぎる様に思える。

 果たして彼女たちは、こんなにお人よしだっただろうか。

 殺されて当然の危険人物を、態々助ける理由を探してまで助けようとしている。

 殺していいのに殺さなかったスナエも、放置するべきだったのに関わろうとするハピネも、彼女達に対してとても同情的だった。


「貴女たちは危険よ。貴女たちというか、あのランという狂戦士はね。割とあっけなく倒せているけど、それはただ相性が良かっただけ。貴女たちの里で彼女が暴威を振るったように、この国でも彼女を倒せるものは少ない」


 彼女達とこの国にとって幸運だったのは、彼女達が強者を求めていたこと。

 幸い戦時中でもなかったため、彼女たちはこの国で強者を探した。

 聞き歩いた結果、誰もが口をそろえて山水の名を挙げた。

 そして、山水とぶつかるまで大して騒動を起こさなかったのである。


「貴女たちを野放しにすれば、きっとこの国で騒ぎを起こす。この学園にはとんでもない強者がいるから抑えられるけど、他の場所ではこうも行かない。きっと、この国に仕える兵士や騎士が沢山犠牲になる」


 田舎の大将に収まっていればよかったはずだが、それでも彼女たちはあえてこの世界の頂点を求めた。

 そして、この世界の頂点に挑み、正しく惨敗したのだ。


「バトラブは武門の名家。この国が被害を負うのなら、それを未然に防ぐこともまた使命。安心しなさい、寝ているところを襲いはしないわ。私には『切り札』がいる、貴女たちの信じる最強の女を相手にしても、確実に勝てる男がいる」


 ランの最強は常識の範疇だった。

 対処できる程度の最強だった。

 相性が悪い相手には勝てない最強だった。


 だが、そうではない最強も存在する。

 世間にいくらでもいる最強とは一線を画す、彼女達が信じていた形での最強が存在する。

 比喩誇張抜きで一騎当千、万夫不当の切り札が存在する。


「貴女たちの信じたランは、寝て休めば回復するでしょう。そうなったら……今度はスナエではなく、スナエでも勝てなかった、私の切り札をぶつけるわ。貴女たちの信じた女は、正々堂々戦って結局死ぬ。それが貴女たちの旅の終わりよ」


 切り札は、強いのではない。場に出した瞬間、誰が相手でも勝つのだ。

 今だ未熟な祭我も、遠からずそこに至るだろう。現時点でも勝利に徹すれば、ランを相手にしても敗北はない。


「だけど……彼女がその狂気を、狂戦士としての状態を御せるようになれば話は別よ。その場合は、生かしておく価値が生まれる」


 だが、それが嫌だと思っている。

 バトラブの面々は、彼女達を見て何かを思い出していたのだ。


「貴女たちも協力しなさい。難しいことはわかっているわ、興奮状態を維持させていた悪血が収まっても、それでも素のままの性格はそう変わるものではない。その難しさは、私達よりもむしろ貴女たちの方がよく知っているでしょうね」


 彼女達に訪れる未来を描いて、彼女達の打ちひしがれる姿を見て、何かを思い出してしまっていたのだ。


「それでも、協力しなさい。このままだと、貴女たちの信じた人はこのまま死んで終わりよ。もしかしたらここからさらに先があるかも知れない。もしかしたらもっと強くなれるかもしれない。もしかしたら素晴らしい何かがあるのかもしれない。生き延びたところで何にもならないかもしれないけど、このまま死ねば何もかもおしまいよ」


 その言葉には、立ち上がる意思を奮起させようとするものがあった。

 ハピネには彼女達に立ち上がってほしいと思っていた。


「貴女たちがこのままうつむいていたら! あの子はそのまま死ぬって言ってるのよ!」


 そうなっても別に困らない。

 彼女を生かしたせいで、多くの命が失われるかもしれないのに、それでも生きて欲しいと思っていた。

 というよりは、彼女達にランを見捨てて欲しくないと思っていた。


「なぜ、そんなことを言う……」

「お前達からすれば、私達なんてどうでもいいだろう……」

「取るに足らない存在の筈だ……」

「放っておけ……」


 信じたものが、打ち砕かれた。

 割とあっさり、こんなもんだと打倒された。

 だから自棄になっていた。

 自分たちは大したことがないのだと、肥大した認識がしぼんでいた。


「わからない奴らね! このままだとあの子が死ぬって言ってるのよ!」


 ああ、それは何時かの自分のようだった。


「貴女たちが何もしないで、ただ狂戦士を暴走させたら、もう殺すしかないって言ってるの! 貴女たちが見捨てたら、あの子を殺すしかなくなるって言ってるの!」


 あらゆる魔法を使える祭我。最強の神剣に認められた祭我。自分たちの信じた最強の男。

 それが、目の前であっさりと倒されるところを、自分達も見ている。


「助けなさいよ! 守りなさいよ! 見捨てないで頑張りなさいよ! それともなに、あの子が本当は思ったほど最強じゃないからって、もうどうでもよくなって見捨てるっていうの!」


 だから、彼女たちの失意もよくわかる。

 だって、自分達も信じたものがとるに足らないと思い知らされたのだから。


「信じた人が負けたから、あんなのどうでもいいって思ってるの!」


 その彼女達がランを見捨てたら、まるで自分達が祭我を見捨てたようではないか。


「あの子が強いから、あの子に付き従ってたんでしょう?! あの子に憧れたから、里を出たんでしょう?! あの子は凄いから、粗暴でも一緒にいたいって思ったんでしょう?! 自分が強くなったわけでもないけど、あの子と一緒にいれば自分も強くなったつもりになれたんでしょう?!」


 確かに強さに惹かれた。それも事実だ。弱かったら目にもかけなかっただろう。

 だが、一度認めた相手を、負けたからと言って捨てるのは駄目だ。そんなのは最低だ。

 そんな最低の行為を、彼女達にしてほしくなかった。


「あの子が勝つと、誇らしくなれたんでしょう!」


 祭我はソペードの護衛に三度負けた。今では弟子にまでなっている。

 三度も見逃された、三度もあっさり負けた、三度も殺されずに収められた。

 みっともない、情けない、恥ずかしい。

 そう思っている。祭我自身はそう思っている。

 自分達だって、少なからずそう思っている。


「いい所だけ同調して、旗色が悪くなったら嫌いになって放り出すのかって言ってるの!」


 でも、祭我は頑張っている。迷いながら悩みながら、これでいいともこのままでいいとも思わず、前を見て上を見ている。

 死は終わりだ、だが敗北は終わりではない。そして、ランはまだ生きていて、彼女たちはそれを止めることができる。


「彼女を見捨てて、それでどうするの? 誰にも負けないって言ってたくせに騙されたとかって、甘い汁が吸えると思ったの期待外れだったって、調子に乗ってデカい口を叩いてただけでがっかりだって! それで負けた彼女なんて放って、適当に生きていくかって聞いてるの!」


 祭我は正々堂々戦って負けた、それは恥ずかしい事ではない。

 強い敵に負けを認めた、それも恥ずかしい事ではない。

 弱さを知って苦しんでいる、それも恥ずかしい事ではない。


 そんな彼を信じた自分達も、決して恥ずかしくない。

 もしも恥ずかしいとしたら、そんな彼を見捨てることだろう。

 何をかけた戦いだったわけでもない、何かが失われたわけでもない、ただ自尊心に傷がついただけだ。


 同じようにランは傷ついているはずだ。そのランを同郷の彼女達が見捨てるなら、それはとても恥ずかしいことだ。

 

 山水に指導を受けている剣士たちはカプトでの戦いで、斬り倒した相手に自分を重ねた。

 ソペードによって並べられた首を見て、自分達がこうなっていたかもしれないと重ねていた。

 そして今、バトラブの面々は打ちひしがれている彼女達を自分と重ねていた。


「そっちの方がよっぽどみっともないわよ!」


 目の前の彼女達だって、傷ついている。自分達だってそうだったのだ、そんなことはわかっている。だが、このまま放置しても死ぬわけではない。

 実際に戦ってケガをしたのはランで、誰よりも自分を信じていたのはランで、一番自分の敗北を信じたくないのもランで、このままだと死ぬのもランだ。


「一緒に旅をした仲間じゃない! こういう時こそ助けないでどうするの!」


 傷つくことで、誰かに優しくなれるという言葉もある。

 少なくともハピネ・バトラブは、壁にぶつかってしまった彼女達を見捨てることができずにいた。

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― 新着の感想 ―
この話、一番好きなんですよね。 長いこと心に残ってます。
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