希少
「さて、今日こうしてここにいる皆さんは幸運です。別にテストに出るわけではありませんし、利益につながるわけではありませんが、どれだけお金を積んでも得られない稀なる機会を得ていると言えます」
見世物になる、というのも自然では得られないことだった。
今俺はこの学校の学園長先生の紹介に預かっていた。壇上には俺と、先生と、その他四人が並んでいる。
そして、その前にはずらりと生徒たちが、こう、階段状に並んだ机に座っていた。
とんでもない数の生徒たち、或いは教員たちもいる。階段状の通路にもすし詰め状態で、下手したら昔懐かしい通勤ラッシュのようだった。
「稀なる希少魔法、その使い手が四人もこうしてこの壇上にそろっています。二百五十年の歴史を持つ我が校始まって以来の、途方もない幸運です」
「おい、見ろよ。あれがわがまま姫の懐刀だぜ」
「本当にあんな格好してるんだな」
「あの木剣で完全装備の現当主様を叩きのめしたことがあるってよ」
「最強無敵の剣士か……やっぱり希少魔法の使い手だったのか……」
言うまでもなく、俺のお嬢様は壇上のすぐ前にあるVIP席でにこにこと上機嫌だった。
何故なら、自分の自慢の玩具が、世間から賞賛の目で見られているからだ。
というか、同じくVIP席に座っている、おそらく同等の家の格があるであろう、別のお嬢様がとても悔しそうな顔をしていることもあるのだろう。
多分、お互いに水面下では張り合っていると思われる。
「では、紹介を兼ねて実際に実演してもらいましょう。こちらの異国のお嬢様は、遠い南方の国であるマジャン王国のお姫様という、スナエ様です。習得していらっしゃる魔法は獣化魔法だと……」
「神降ろしだ! 獣化などと語るな!」
と、エスニック且つ露出度の高い格好をしている褐色美少女が大きな声を出していた。
なんとなく、仙術に近い、魔法よりも自然寄りの力を感じる。
「あら、ごめんなさいね。では神降ろしという魔法を操ります。彼女の国やその文化圏では、私達の国で法術の使い手が重用されているように、神降ろしという魔法が使えるものだけが王として名乗りを上げることが許されています」
「その通りだ、遠き北方の民よ! 我こそは建国以来四百年、覇を唱えしマジャン王国を統べる偉大なる王家の血統! マジャン=スナエである!」
「おいおい、うちの国よりも長く繁栄してるって言ってるぞ」
「ふかしだろ、そんな国聞いたこともない」
「蛮族の国の王族って言われてもなあ」
結構心無い言葉が聞こえてくる。
実際、お嬢様もブロワも、最初は俺達に対して同じようなこと言ってたような気がする。
日本人だってヨーロッパの人たちを南蛮人だって呼んでたしな。
「ふん、そう軽口が叩けるのも今の内だ! 見るがいい、真に王と呼ぶに値する者の力を!」
そう叫ぶと、彼女の中から猛烈な自然の力があふれ始めた。
「我が王家を守護する偉大なる獅子よ、我が身をもってこの地にその威光を示したまえ!」
彼女自身の体も膨れ上がり、どういう原理か装飾品も一緒に大きくなっていく。
そして、瞬く間に巨大な雌獅子が現れていた。
壇上狭しと四本の足で立つ彼女は、既に驚愕しているこの学園の者たちに威嚇していた。
『どうだ、矮小なる命どもよ! 我が牙と爪こそが王者の証! この力を恐れぬならば、もう一度同じことを言ってみろ!』
巨大化と共に大きくなった声にたいして、誰もが慌てて黙っていた。
無理もない、声っていうか咆哮に近いからな。
「皆さん、違う文化の方を軽んじてはいけませんよ。それは学びの道とは程遠いものです。私も時間があれば、そこでフィールドワークをしてみたいわ。きっと多くの発見があると思うもの」
『ふん、腰抜けぞろいだな!』
「それじゃあスナエ様、一旦王の威光を抑えてもらえないかしら。次の人が術を使えないわ」
『よかろう、我が威はここに示すことができたのだからな』
象ぐらいあった雌獅子が、あっという間に小さくなっていく。
そうして元の褐色美少女に戻っていた。
「見てみて、お嬢様! 凄いね! 女の人が、大きな猫になっちゃった!」
「あらあらそうねえ、不思議ねえ」
お嬢様の隣に座っているウチの娘だけが興奮気味だった。怖いもの知らずにもほどがある。
他国の威信である雌獅子を、大きい猫って……。でも、そんな娘も可愛いなぁ。
流石に無邪気な子供に一々怒る気もないらしく、スナエ姫も抑えてくれていた。
まあ馬鹿にしてるわけじゃないしな。
「それじゃあ次は、ツガー・セイブちゃん、お願いできるかしら」
にこにこと笑いながら学園長先生は次の希少魔法の使い手を呼んでいた。
しかし、その名前を聞いて、全員ではないが多くの生徒や教師たちの雰囲気が変わっていた。
これは、軽蔑と恐怖だろうか。
「まさか、この学園の中に魔法の実演を前に、検証されていない迷信を恐れて迂闊な発言をする人なんていないわよねえ? ましてや教員は」
その辺りに釘を刺す学園長先生。
とはいえ、教室内は相応の混乱があった。
ブロワ辺りなど、露骨に警戒している。
「彼女の家系は、とても有名な呪術師です。その家系の彼女は、当然呪術を扱えます。それじゃあお願いね」
「は、はい!」
しかし、その気持ちも俺は理解できる。
間違いない、彼女から感じる気配は『魔法』よりもさらに不自然だ。
やたら厚手の服を着ている少女は、所作こそおどおどしているが、それでも明らかに異物だった。
「わ、私はツガー・セイブです! 使える希少魔法は、呪術です!」
「皆さんも知っての通り、呪術は時として歴史を動かしてきた危険な術です。ですが、危険だからと迫害するのは蛮人のすること。この学園にいる以上は、その危険性を正しく学び、その性質を理解していきましょう」
そういうと、壇上に用意されていた鉄の剣を指で指示した。
「今日は、呪術師が用いる『変質』の魔法を実演していただきます。これは皆さんが知るように、鉄のように固いものを、柔らかく、脆くする力があるとされます」
「は、はい! できます!」
手に持っていた、絵本に出てくる悪い魔法使いが持っていそうな、歪んでいる木の杖をその鉄の剣に向けていた。
そして、その杖の先からおどろおどろしい何かが向かっていく。
「――――――――――――!」
なんか、人間には発音できそうにない声が聞こえてきた。
決して早くはないが、余りにも不自然極まりないそれに、俺は体の毛が逆立つのを感じていた。
「で、できました!」
「ありがとうございます。それじゃあ私が確かめてみましょうか」
見るからに弱弱しいおばあちゃんが、何やら怪しい術をかけられた剣にとことこと近づいていく。
そして、剣の柄をつかむと、粘土でできていたかのようにぐにゃりと歪んでいた。
金属の光沢はそのままに、鉄の剣はその拍子で重力に負けてねじ曲がり、グネグネしながら床にへたり込んでいた。
大講堂の誰もが言葉を失う。そりゃあそうだ、誰だってこんな術は怖い。
知っているとしても、実演されるとそりゃあ怖い。
「ありがとうね、ツガーちゃん。実演どうもありがとう」
「は、はい!」
「とても貴重な体験だったわ」
学園長先生がフォローするが、しかしツガーちゃんは泣きそうだった。
これだけの人たちに怖がられたら、嫌な気にもなるだろう。
「さて、それじゃあ……」
もう一人の男、俺と同じ黒い髪の黒い目。
そして何よりも学生服っぽいブレザーを着ている兄ちゃん。
間違いない、コイツ俺と同じ日本人だ。
「ミズ・サイガ君、お願いしてもいいかしら?」
「はい!」
俺も大概だけど、コイツも凄い名前だな。
記憶の端に引っかかる感じだと、俺がこの世界に来た時と同じで、たぶん高校生ぐらいだろう。
仙術使い特有の気配は感じないので、多分仙人ではない。間違いなく見た目通りの年齢だろう。
だが、なんだろうか、この感じは。コイツからは、今までにない感じがする。
こう内包している力が、一種類だけじゃないような?
「俺はミズ・サイガ。使う希少魔法は法術です」
「これに関しては、見たことがあるという人もいるかもしれません。ご存知の通り、法術は守りに優れた術であり、癒しの技も内包しています。しかし、まさか誰かにケガをしてもらうわけにもいきません。なので、障壁の魔法を唱えてもらいましょう」
「はい……ブライトウォール!」
太陽に近い感じがする。
神降ろしや仙術に近い雰囲気の術は、光の壁をあっという間に構築していた。
「それじゃあまた私が実証してみましょうね。サイガ君、そのまま壁を維持して頂戴ね」
「はい!」
賢者と呼ばれる学園長先生から、不自然な魔力が吹き荒れる。
これは凄い、炎の魔法ではあるが、いつか見た現当主様のそれよりも大きく強かった。
「バーニング・ソウル」
叫ぶこともなく放たれた巨大な炎の塊。
それは光の壁に衝突して……そのまま弾かれていた。
「あらあら、結構頑張ったけど、こんなものねえ」
飛び散る火の粉があわやVIP席に、かと思ったが炎の欠片の一つ一つもコントロールしているのか、一瞬にして鎮火していた。
足元を見るに、どこにも焦げ目さえ付いていない。
すげえ繊細なコントロールだった。百年も生きてないだろうに、すごいもんである。
「ありがとうね、サイガ君」
「はい!」
「今言った三人はこの学校で皆さんと一緒に、生徒として学んでいきます。もしも興味があれば、礼節と敬意を忘れずに声をかけてみるのもいいでしょう」
え、コイツも学生なの?! 俺は護衛なのに。
というか、異世界に来てまで学生をやるのか、凄い向学心だな。
いや、異世界に来て魔法の学校に入る、というのなら確かにテンプレだが。
「ああ、それからサイガ君は四大貴族のバトラブ家の御令嬢、ハピネ・バトラブさんの婚約者です」
と、更なるテンプレ発言が飛び出してきた。
涼しい顔してるくせに、とんでもない野郎である。
いや、俺も似たようなもんかもしれないけど。
「それから、マジャン=スナエさんやツガー・セイブさんとも対等なお付き合いをしているそうよ。若いっていいわねえ」
は? もう既に三人と付き合ってるの?! 凄いな、凄いテンプレ感だ。
もう五百年生きているので色欲もあんまりないのだが、昔の俺だったらさぞ嫉妬していたか、危機感を感じていたに違いない。
つまり、自分はもしかしたら踏み台転生者なのではないかと。
正直、主人公なんだなあという感想しかわかない。
だって、俺と彼に戦う理由なんてないんだし。
「聞いたところによると、他にもいい人がいるとか……うふふふ、バトラブ家の令嬢も大変ねえ」
サイガ君の婚約者どころか、ハーレム要員のその他大勢扱いされたハピネ・バトラブ。VIP席で顔を赤くして、プルプルと震えている。
王国の大貴族のお嬢さんや、異国の姫に迫害されてそうな呪術師。多分、利発なメイドとか教団の聖女とかもいるな。
なんというか、すげえ懐かしい感じがする。
そうだ、俺って異世界に転移してたんだなあ感がある。
「ふん、サイガは我が国に帰ると決まっている!」
「あ、私はお傍にいられるだけで……」
すげえ、アニメ見てるようなテンプレな会話を、スナエちゃんもツガーちゃんも言ってる!
実は異世界転移じゃなくて、アニメかラノベの世界に転移したんじゃないだろうか?!
「あらあらモテモテねえ……いいわねえ、私もあと十年若かったらハーレム入りしてたかもねえ」
笑えない冗談を言う学園長先生。
いいや、あと六十は若くないと駄目だと思う。
「それじゃあ最後は、皆が知っている彼を紹介しましょう。ドゥーウェ・ソペードの護衛としてこの学校に滞在することになる、シロクロ・サンスイ君です」
ややざわついていた大講堂が、一気に緊張する。
その一方で、壇上の他の三人は俺の事を知らないようだった。
別に有名になりたいわけじゃなかったのだが。
「サンスイ君に関して説明は不要でしょうねえ。ソペード家の御令嬢の護衛として、国内では知らない者がいないほどだもの」
「私は知らぬぞ! 教えろ!」
「あら、スナエさんは外国の方だったわね」
「すみません、私も引きこもりで……」
「それじゃあ他にも知らない人がいるかもしれませんから、紹介しましょうね」
ウチの、お嬢様が、凄い、嬉しそうにしてる!
「シロクロ・サンスイ君は、この若さでこの国一番の剣士で知られています。童顔の剣聖とまで呼ばれ、木剣一本で如何なる重装備の騎士も一撃で倒していたとか」
バトラブ家の御令嬢から、凄い恨みがましい眼で見られている気がする。
なんであんな嫌な女の部下が、そんなに名高いのよ、という視線だ。
その視線を受けて、とんでもなくお嬢様が上機嫌だった。もしかして、入学はその為のものだったのか?
家の格も同等だし、ある意味少ない競争相手なんだろう。
「ねえ、お嬢様! パパが凄いねって言ってるの?」
「そうよ、貴方のパパは、私の護衛で、この国で、この世界で一番強いのよ」
違います、お嬢様。俺には師匠がいて、その師匠の方が強いんです。
それをずっと言ってるのに、一切訂正してくれないし。
別に私が言っているわけじゃないもの、と言う感じでどこ吹く風だった。
「彼は仙術という、私でも聞いたこともない希少魔法を扱えるそうです。どうかしら、一つ実演をお願いしてもいい?」
どうしよう、仙術って技の殆どが地味なんだけど。
木刀を固くしても、だからってなるし……縮地をやるにはちょっと狭いし。
「それでは、その、軽身功をお見せします……」
俺は自重を軽くして、軽くジャンプしてみた。
それは風船が浮いていくようにゆったりと浮かんでいって、そのまま天井に手が付いていた。
誰もが俺の事を見上げているが、しかしここから先を期待されても困る。
「以上です」
ふわふわと地面に着地する。
最強の剣聖、とかいう男の希少魔法を見て、誰もが期待外れな顔をしている。
特にお嬢様は、分かり切っていたであろうに露骨に不満そうだった。
仕方ないじゃないですか、仙術って派手なもんじゃないし。
「ぷふ」
ハピネ・バトラブ様なんか失笑してるし、お嬢様の機嫌も悪化してるし……。
仕方ないじゃないですか、派手なもんがいいとは限らないんですし。
そもそも剣士なんだし、これで良いじゃないですか。
「はっはっは! なんだ、ぴょんぴょんと跳ぶのがこの国で最強の剣士か! これならばサイガなら楽勝だな!」
大笑いするスナエ姫。引き合いに出されたサイガも、結構がっかりしているようだった。
そりゃあそうだ、俺だってきっとがっかりしていただろう。最強の剣聖なんだから、なんたらかんたら斬りとか期待するよな。
「そうよ、サイガなら最強の剣聖だって敵じゃないわ!」
と、バトラブ家御令嬢もノリノリだった。
いや、なんで戦うという流れになっているのかわからない。
ただみんなの前で希少魔法を使いましょう、と言う程度の話だったのでは?
「あらあら、身の程知らずは何処にもいるのねえ。貴女の男がどれだけの物かわからないけど、私の護衛の方が強いに決まっているじゃない」
「なんですってぇえええ?!」
「おいおい、ハピネ。やめろよみっともない」
口論している二人に割り込む形で、サイガってのはとんでもないことを言い出した。
あれだ、王様に無礼な口の利き方をするあれだ。言っちゃいけないことってあるだろうに。
いくら婚約者だからって、大貴族の御令嬢に『みっともない』はないだろう。
「だって、この女が!」
「どっちが強いかなんてどうでもいいじゃないか」
良いこと言うなあ、それは俺も言ってみたいなあ。
言ってもお嬢様はまるで聞いてくれないだろうけど。
「パパの方が強いよねえ」
「そうよねえ、一々比べるまでもないもの」
それをあおっていくスタイル。良いんだろうか、止めなくて。
戦う俺達をそっちのけで、ヒートアップしていくお嬢様たち。
いいんだろうか、学園長先生はこの騒ぎを放置して。
「あらあら、いいじゃないの。机上の空論にならないように、実践も時には必要よねえ。」
駄目だ、ゴーサインだしたぞ。一体何を考えているんだ。
遅かれ早かれこうなると思っていたのかもしれないけども。
もしかしたら、俺の仙術をもっと見たいと思っているのかもしれないけど。
「それじゃあこの後は、運動場に出ましょう。演習の延長と言うことでね」
実践っていうか、実戦じゃないっすかねえ。