成長
今回、俺は五百人ほど斬り殺した。
そのこと自体に問題はない。それは善悪ではなく、単に身を守るかどうかの問題だ。
確かに王家はそうなることを期待してた。確かにソペードは彼らが攻め込みやすいように誘導した。
だがそれでも、彼らは勝算をもって、お嬢様とレインがいる屋敷を狙った。その結果、返り討ちにあった。
それだけのことで、何か問題があったわけではない。
少なくとも俺は、今回の一件でソペードを見限るということはなかった。
五百人を斬首せよと言われても、斬首というのは人道的な処刑方法の一つだし、そこまで抵抗はなかった。
問題は、俺がついうっかり晒し首という言葉を使ってしまったことにある。
その結果、ソペードは王都にある屋敷の前に、ずらりと五百人の首を陳列していた。
丁寧なことに簡単な防腐処理をしてまで、五百人の首を木の板の上に並べたのだ。
「こんなことを言うのはどうかと思いますが、並べすぎだと思いませんか」
トオンや祭我を含めて、俺の指導を受けている面々と一緒に、その首を見ることにした。
晴天の下、怖いもの見たさで現れた通行人も、まさか本当にずらりと五百の首が並んでいるところを見て、慌てて帰っていく。
その一方で、俺の指導を受けている面々は開いた口が塞がらないようだった。
というか、絶句して顔を引きつらせている。
「五百人全員を並べるとは、流石に過剰だと思います」
「そうね……流石に美観を損ねるわ。でもまあ、貴方の場合そこまでしないと強さが伝わらないでしょ」
お嬢様がそうおっしゃるが、伝わってくるのは俺の強さではなくソペードの残虐さだと思います。
まあそれはそれで大事なものかもしれない。少なくとも俺だったら、ソペードにケンカを売るのは控えるだろう。
「……サンスイ殿、彼らを全員一太刀で斬首されたのですか」
「ええ、まあ……主命だったので」
肌の色の濃いトオンが、蒼白になりながら訊ねてくる。
それに対して、俺はやんわりと応えていた。
やんわりと伝わったのかどうか、非常に不安ではあったのだが。
そもそもまあ、こうして敵の首を並べてみると改めて思う。
あのダヌアが俺や師匠の事を敵視していたことが、かなり正しい事なのだと。
確かに俺は強いけども、それは世間一般から見ればさぞ異常に違いない。
命令されたからと、五百人も斬首したのだから、狂人で間違いはない。
「……俺は、『傷だらけの愚者』を守るときに、切り捨てた奴らを見てこう思ったんだ。俺達が斬った奴と、俺は大して違いがないって」
そう言ったのは、トオンでも祭我でもなく、ごく普通に俺と戦って負けた剣士の男だった。
「今までは、そう考えたことはなかった。相手が弱かったなら、それは死んで当然、相手が強ければ、俺の方が強いって思ってた。だが……この並べられた首を見て、改めて思う。そこで並んでる首も、きっと俺となんの違いもない」
改めて、俺やお嬢様を見る。
「ただ、アンタとの関わり方が違っただけだ。アンタの弟子になった俺は生き残り、アンタの弟子になれなかった奴らは俺達に殺され、アンタの敵になった奴は……このざまだ。そういう意味じゃあ……」
「ああ、私も同じだっただろう。私も、ここに並んでいたかもしれないな」
剣士の言葉に、トオンも同意していた。
まあ、確かに殺そうと思えば、殺せと言われていれば、殺さなければならない相手なら、誰でも殺していただろう。
今までの人生で、殺せないと思った相手は師匠ぐらいなものだ。
「剣に生きれば、それは当然でしょう。誰かに殺されるのか、それが変わるだけの事」
自己弁護をするわけではないが、こうして並んでいる首のすべてが、殺されて当然だった。
結果的に俺が殺したというだけで、俺が殺さなければソペードの兵士によって殺されていただろう。
そして、それは今回死ななかった彼らにも言えることだった。
「そうかもしれない。でも、俺はこう思う。山水に負けて良かったって」
祭我がそう言っていた。俺と戦っていた時、死ぬとは毛ほども思っていなかった彼がそう言っていた。
目の前に並んだ首を見て、自分が死んでもおかしくなかったと改めて思い知っていた彼は、感謝に近い感情を俺に向けていた。
「俺だけじゃない。山水と戦って負けてここにいる人は、皆感謝していると思う。殺意をもって向かってくる相手を、殺さずに征することができる山水に負けたことが、運が良かったって思ってる。山水に感謝しているだけじゃない、出会いの幸運に感謝してるんだ」
なんか、無理矢理持ち上げられているような気がする。
結局のところ、ソペードと敵対したかどうかで結果が変わっただけだ。
これだけ殺しても、眉一つ動かさない男に感謝するのはおかしい。
でもまあ、きっと師匠も同じ気分だったのだろう。
俺だって師匠を尊敬しているが、師匠自身は自分の事を余り強く主張しない人だった。
少なくとも、彼らにとっては俺との出会いは幸運だったのだろう。
ただまあ、ごろりと並んだ首の前で言われても困るな。シチュエーションって大事だと思う。
「剣に生きれば、いずれこうなることもあります。私の弟子になり、私の剣を学び、私の強さを習ったとしても、戦場に立つ限りいずれはこうなるでしょう」
老いによって肉体的な限界を悟り、後進を育てる立場に回る。
それが彼らが至れる最大の幸福なのだろうが、そこにたどり着くことは不可能に思えてしまう。
「それでも……私が言うのもどうかと思いますが、幸運なのでしょうね」
今を大事に生きる。それが何かに感謝できる日々。
だとすれば、俺との出会いを幸運と感じる彼らは、きっと幸せ者なのだろう。
でも防腐処理がされた首の前では言わないでほしい。今ならブロワの気持ちもわかる。
今、レインと一緒にお買い物を楽しんでいるブロワに、もうちょっと配慮しようと素直に思える。
「これから先、私のもとで修業をしているというだけで狙われるかもしれません。それでも構わないというのであれば、今後も指導をいたしましょう。今回の一件で確信しましたが、私は皆さんのおかげで強くなっていると思っています」
え、という呆れの感情が伝わってくる。
納得しているのは、それこそエッケザックスだけだった。流石元師匠の剣、その見識はとても正しい。
「では後で説明しましょう。というか、今すぐ場所を変えましょう」
晒し首を見た人たちからの視線がいたい。
この場を一刻も早く離れたかった。
※
「さて、では本日は対集団の戦闘に関して解説をさせていただきます」
学園の前に移動した俺たちは、学園の生徒や教員から恐怖の目で見られつつ、対集団戦闘の復習をすることになった。
というか、先に言ってくれれば対集団の予習だってしたのだが。
「では、まず集団戦闘の強みに関して解説しましょう。学園の生徒の皆さん、十人ほど前に出てください」
「……お前が行けよ」
「嫌だよ、お前がいけ」
いつも自分達を指導している男が、主の命令とあれば五百人を平気で殺すことができる男だと知られているため、生徒たちの顔がこわばっている。
別に、俺と戦いましょうとか言っているわけではないのだが。
とにかく、教師たちが十人を前に出させる。多分、教師たちは下手したら自分達にお鉢が回ってくるのではないか、と危惧しているのだろう。
進行が円滑になったのはいいことだ。
「では皆さんに、五対五で戦ってもらいます」
その言葉を聞いて、全く何の関係もない面々も安堵していた。
まさか、十人を相手に戦闘中の斬首を解説するとでも思っていたのだろうか。
「ただし、武装は双方違うものを使用してもらいます。片方には刃引きしてある鉄の剣を」
そう言って、俺は用意していた鉄の剣を五本手渡す。
当たり前だが、刃引きしてあっても痛いもんは痛い。
なので、それを渡されていない方は蒼白だった。
「もう片方には、盾と槍を。どっちも木製ですが、こっちの方が有利ですので」
そう言って、訓練用の木でできた武具を渡す。
木でできているので、当然軽い。普通なら心もとなく思えるだろう。
渡した盾が薄いとはいえ体の半分が隠れるほど縦に長く、木でできた槍が三メートルほども無ければだが。
「その上で、皆さんは全員右手で槍をもち、左手で盾を持ち、横に詰めて並んでください」
つまり、極めてオーソドックスなファランクス陣形、のようなものだった。
木の薄い盾ではあるが、斬りかかる部位をほぼ完全に隠している。
加えて、長い槍は相手を一方的に攻撃できる強みがあった。
「では、勝てないと思ったら降参してくださいね」
「「「「「降参します!」」」」」
まだ何もしていないのに、鉄の剣を渡した方が敗北宣言をしていた。
実に正しい判断である。勝てないと思ったら、と言ったので、早ければ早いほどいい。
というか、観戦しているお嬢様もそりゃあ勝てない、という顔だった。
「賢明ですね。これが対集団でされると困ることの一つです。全体が一つの生き物の様に動くことで、死角を完全に埋めることができるのです」
長い槍を持っていることで『間』の有利を保ち、全員の盾で壁を作ることによって心理的な優位を保つ。
見るからにわかりやすい、集団戦闘の基本となる陣形だった。
「ああやって密集された場合、確かに勝ち目はないように見えます。長い武器は確かに強い、間合いの不利は早々覆されるものではない。とくに、屋外なら更に」
障害物の多い室内では、長い武器は動きを制限される。それは三メートルもある槍ならなおのことだ。
つまり、屋外なら長い方が有利ともいえる。しかし、素人がやっても鉄壁に見える並びも、そう見えるだけなのだ。
「そのままにらみ合ってください。その上で……生徒の方はまた二人来てください」
今度はすんなり二人来た。
そして、その彼らに訓練用の木の剣を渡す。
「では、お二人は五人の側面へ斬りこんでください。あんまり強くたたかないように」
それを聞いて、槍を持っていた方も剣を持っていた方も、同時に対応しようと動き始める。
剣をもっている方はあっさり九十度横を向き、迎撃の構えを取った。
しかし……。
「お、おい! ぶつかってるぞ!」
「邪魔だって! ちょっと下がれよ!」
うむうむ、実に予定通りの動きだった。
長い槍を持っている側の五人は、また密集陣形を作ろうとしているのだがそう上手くいかない。
自分達の持っている槍が長く、仲間と隣り合っているので、隊列の入れ替えに手間取っているのだ。
そして……鉄の剣をもっている方は横から斬りこもうとした生徒に威嚇し、木の槍と盾を持っている方はあっさりと槍の間合いの内側に入られてしまっていた。
「このように、集団の強みである陣形は、向きを変えることがとても難しいのです。もちろん、訓練している兵士でも、これは同じです。それに関しては、経験者も多い事でしょう」
剣をもっている散兵と、槍を持っている陣形を組んでいる兵。
その有利不利は見るからに明らかだった。どうやら素人にも玄人にも納得してもらえたらしい。
「加えて、集団にはもう一つの不利があります。剣をもっているほうの五人の方は、背を合わせて外側への円陣を作ってください」
他の生徒たちは全員、一度下がってもらう。
その上で、俺は手から木刀を抜いていた。
そして、それだけで剣を持っていた生徒たちは強張ってしまう。
そりゃあ怖いとは思うが、流石に嫌な気分になった。
「例えば一対一の場合、狙われるのは常に自分です。ですが、集団で戦う場合必ずしも自分が狙われるわけではない」
縮地を繰り返し、五人と順番順番に対峙する。
ハンカチ落しみたいだな、と思いながら俺は気の抜けている一人の頭を打った。
もちろん、力は全く加えていない。
「それが、精神的な隙を作ります。そして、その隙をつくことが対集団戦闘で重要なことです」
少なからず、俺が指導している剣士の面々は頷いていた。
斬られると思っている相手を斬ることと、斬られないと思っている相手を斬ることには明確な違いがあるのだ。
「今までの私は、縮地による機動力で隙のある相手を見つけて、一人一人を倒していました。ですが、それは最近の指導によって改善されました」
はっきり言って俺が縮地で消えていたら、見稽古をしている方も実際に戦っている方も、一切稽古にならないのだ。
もちろん、俺だってそうである。
「例え相手が多数であっても、包囲されても、確実に全体を俯瞰して対処できる。仙術に寄らず剣術で対応できるようになる。それが今の私の境地です」
言われてみれば確かに、と全員が理解していた。
初期の立ち回りと、人の目を意識した立ち回りの双方を見ている面々は、納得をしてくれているようだった。
「先日の襲撃者に関しても同様でして、彼らを殺すことには仙術をほぼ使っていません。その上で首を一太刀で落とす、という縛りさえこなせるようになったのです。これが私が皆さんと修行した成果ですね」
これには納得してくれなかった、残念である。