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風習

「それじゃあ、ノアが治ったら皆で王様のところへいくっぺ! ……って! パンドラ以外全員おる?!」


 非常に今更過ぎることに驚くダヌア。

 その驚きは、その場の全員にとっては今更過ぎるものだった。

 神が生み出した八種神宝。ディスイヤが運用しているパンドラ以外のすべてが、この場所で邂逅していたのである。

 というか、今後は継続的に右京が五つの神宝を運用することが決定していた。

 このまま放置すれば、それこそ六つの神宝をまとめて運用することになりかねない。


「……恵蔵ダヌアがそちらに必要なことはわかっている。我が国よりも、そちらの方が必要としているだろう。だが、流石に六つを得るというのは……」

「ん……そうか、それもそうだ。欲をかくとろくなことがない」


 恵蔵ダヌアと箱舟ノア。その双方が今この場にあるわけで、両方あれば多くの問題が解決するだろう。

 だが、それはあまりにも欲張りというものだ。それでせっかく締結された和睦が不意になっては元の木阿弥である。


「ノアに関しては、俺は手を出さねえよ」

「ああん?! おめ、ノアがいねえと今お腹空かせてる人んところへいけねえべ!」


 右京はすんなり引き受けていた。その一方で、ダヌアは物凄く抵抗する。

 正直に言って、ノアは高速移動ができるというわけではない。

 それでも地形を無視して進み続けることができる船というのは、破格の運送能力だった。

 そして、ダヌアはその辺り妥協が難しい。


「一日か二日、なんも食えねえ。それどころかこれからもずっと湯だか粥だかわかんねえようなもんしか食わねえ子の気持ちがわかるだか!」

「まあ待て、ダヌア。お前の気持ちは、このエリクサーにはよくわかるぞ。だがな、我らが集まりすぎるとろくなことにならんのはお前も知っての通りだろう。いいや、お前が一番よく知っているはずだ」

「う……」

「ダヌア、このエリクサーを信じろ。我らが主は口こそ悪いが、お前の好む施しの心の持ち主だ。良き主を支えることこそ道具の本懐、施しの心を持つものが、飢えた者に悪いことするわけもあるまい」


 猛烈に抗議するダヌアを、エリクサーは鎮めていた。

 絶対に妥協しない、という姿勢をあっさりと妥協させていく。

 実際、ノアを持ち帰ろうとすれば、それこそ戦争もんである。


「ノアに関しても、ノアが選ぶ主を決めてもらうように交渉する故気にするな。手紙を交わすもよし、何であれば偶に会いに行けばよかろう。そこまで広い国でも無し、隣り合っているのならお前の足でも往復できよう」


 勝手にずいずい話を進めていくが、その内容には異論はない。

 実際の所、ノアの条件は極めて緩い。無力な民衆を収容して、災害が去るまで耐えるという特性上当たり前だが、死にたくない人間を使用者と認めるノアは、潜在的にあらゆる人間が使用者になれるのだ。

 加えて、アルカナ王国には人間が大量にいる。国王が使えないとしても、他の誰かに使わせればいいだけだ。


「……ノアが目え覚ますまでは一緒にいるっぺ。それぐらいよかろぅよ」

「うむ、よしよし。ということになったぞ、我が主よ」

「ああ、悪いな。全部お前に任せきりだった」


 右京にとっても文句のない結論である。国王の顔を見る限り、異論があるようでもなかった。


「ふははは! 我が主は王になった男! であればでんと構えるのが筋というものだ! それに我は杯、心を解きほぐすことに関しては任せてもらおう!」

「何気にコミュ力高いよな、お前。外交任せちゃおうかな……いや、でもコイツ居ないと俺が暗殺されるか」

「なに、利害の一致というものだ、別に交渉をしたわけではない。ダヌアはやる気のある倉故に必要とされれば頷くし、争いを好まぬ故に諭せばわかるのだ。まあ、それ故に他の大概の神宝とは相性が悪いのだが」


 少なくとも、ダヌアを見る他の四つの神宝の視線は冷ややかだった。

 ある意味、道具であることを、自分の機能を卒業した彼女に対して、否定しなければならないと思っているのだろう。


「期せずして、神宝を得たわけだが……エッケザックスよ。もしよければノアの機能を教えて欲しい」


 結果的に、八つの神宝の運用権を殆ど得た国王は、混乱しながらも確認を取った。

 空を飛べる船、というだけでとんでもなく有用なのだが、その辺りは確認せねばなるまい。


「固くて飛べるだけじゃな、他に目立った機能などない。そこまで速く跳べるわけではないが、そこの『棒』と合わせればそれなりには早く飛べよう」

「棒扱いするな!」

「ではそこの半壊したノアの脇で槍にでもなってみよ」

「……断る」


 そそくさと、ノアと視界が重ならないようなポジショニングを取るヴァジュラ。

 どうやら、自分よりも大きい神宝に対しては抵抗があるらしい。


「さっきもダヌアが言っておったが、我を用いねば壊れぬ船ではある。実際、スイボクは壊したしのう」

「師匠の知られざる一面……」


 山水は昔の師匠がどういう男だったのか、断片的に知って新鮮な気持ちになっていた。

 師匠のすべてを知っているわけではないとしても、今のスイボクしか知らない山水には想像もできない話だった。


「我の知る限り、飛んでるコレを壊せるのは我を使ったスイボクと、そこの魔法使いだけじゃな。昔スイボクが戦った相手の中には、飛んでさえいなければ壊せるかもしれぬ、という可能性を持った猛者は何人も居った。全員が非常に攻撃的な希少魔法の使い手であったな。とはいえ、流石にここまで派手に壊すことができるのは、やはり我を使ったスイボクとそこのじゃな」


 その言葉を聞いて、その場の全員が山水を見た。

 極めて地味な、一人の剣士を見たのである。

 その彼は師匠をことあるごとに持ち上げていたが、それが真実味を帯びていた。


「貴方、一度師匠に派手な技を習いに行ったら?」

「お嬢様、その場合お嬢様が存命中には間に合わないかと」

「……面倒ね、仙術って。パパっと覚えられないの?」

「無理です」


 山水が無理というのなら、まあ無理なのだろう。

 というか、今の正蔵並の火力を山水が発揮できるようになれば、それこそ他の家は立つ瀬がない。


「とにかく、我がわかるのはその程度じゃ。飛ぶ船をどう使うかなど、それこそ人間が考えることじゃろ。我は八種神宝の中でも唯一の純粋な戦闘用じゃ、他の事はわからん」


 国王の質問に対してエッケザックスが答えたのは、どれぐらい固いか。それだけだった。

 事実上無敵、という程度には硬いと分かったが、あんまり参考にはならなかった。


「あとは本人に聞くが良かろう、どうせ押せば流されるし」

「感謝する。とはいえ、確かに使い道は多そうだな。問題は……単品では切り札たりえぬという事か」


 国王は、ちらりとノアを見た。

 半壊しているが、本来絶対的な強度を持つ、空を飛ぶ船である。

 これを最も『戦争面』で有効活用するのならば……。


「思えばだ、カプトよ」

「はっ! 何でしょうか」

「今回の戦争、戦ったのはお前の者だけだ。確かに最も支出が多かったのは我ら王家であり、そちらに実害はなかったが……支出も一応は不始末という形になる。これで一切そちらに利益がなくば、それもアルカナ王国の在り方に沿うまい」


 矛盾というものがある。論理的な破たんを意味するものだ。

 だが、如何なるモノをも破壊する魔法と、その魔法以外は防げる船。

 その二つが合わされば、矛盾はない。


「ショウゾウ以外で、使い手を決めてもらえ。それで盤石の体制になるはずだ」

「……お言葉に甘えさせていただきます」



 なにがなんだかわからぬうちに、何が何だかわからないことになったアルカナ王国とドミノ共和国の歓談。

 アルカナ王国としては、切り札たちの顔合わせ程度のつもりだったのだが、結果として神宝たちの顔合わせになってしまった。

 悪いことではないのだが、状況が混迷を極めたともいえる。


「しかし、この眼で神宝のうち七つが揃ったところを目にする日が来るとは驚きだ」


 前向きに考える柔軟さのあるトオンが、バトラブとソペード一行には救いだった。

 王族領地に戻る一行は大型の馬車の中で揺られながら、実戦以上に披露した後始末を想いつつ、なんとか調子を取り戻そうとしていた。


「まあ、そうじゃろうな。我らも創造されて長いが、アレだけ揃うなど稀も稀。場合によっては八つすべてそろうやも知れぬのう」


 神宝が揃っているカプトから一足先に離れたエッケザックスも、あの空気は応える物があったらしい。

 というか、エッケザックス自身が他の神宝と会いたくなさそうだった。別れられてホッとしているようでもある。


「それで、ブロワ。どうだったの、バトラブの切り札君は」

「ええ、私の助力などほぼ不要でした」

「へえ……ところで、亡命貴族の中に飛べる使い手はいた?」

「い、いましたが……」

「そう、そいつらは誰がどう倒したのかしら。もちろん、あらゆる魔法を使える神剣の持ち主が景気よく焼き払ったのよね?」


 この場にハピネがいない、という事でもドゥーウェは相手を蔑む機会を見逃さない。

 自分が送り込んだ懐剣が、切り札を援護したことを確認しつつ嘲っていた。


「いやあ、我ら戦士が三人いても手も足も出ないところを、鮮やかに倒してのけたブロワ殿の風の冴えは素晴らしかったぞ! 流石は我らが師匠の相方だな、ドゥーウェ殿もさぞ鼻が高い事だろう」

「ああ、その……とても助かりました、ありがとうございます」


 それに対して、男性陣は素直に応じる。

 実際、ドゥーウェが送り込んだブロワがいなければ、あの場での膠着状態が長く続いていただろう。

 ブロワを援軍としてカプト領地に送り込んだ、ドゥーウェの判断は極めて正しかった。

 とはいえ、素直に礼が言えるのは男二人だけ。その一方でスナエは悔しそうな顔をしている。

 どちらがドゥーウェを喜ばせるかなど、一々言うまでもない。


「まあ、他所の家の切り札と違って、私のサンスイは一人でなんでもできるもの。現に、私の屋敷を襲った奴らは皆殺しよ」

「え、ええ……容易い敵ばかりでしたから……」


 長旅のせいか緊張したせいか、あるいは大規模な魔法を見たせいか、すやすや眠っているレインを抱えつつ山水は応じた。

 その表情は、浮かばない物だった。


「ど、どうしたんだ?」

「……日本の知識を披露してしまったんですよ。具体的には、数百人分の晒し首を」


 晒し首、その言葉を聞いて祭我は硬直する。

 確かに日本の古い風習ではあるのだが、そんな風習を普及させる意味が解らなかった。

 よりにもよって、なぜ晒し首を異世界で教える。


「晒し首? それは何かな、サイガ殿」

「教えよ、サイガ! あの女がいい気になっているのが気に入らぬ!」


 マジャンの兄妹が興味津々だった。

 こういうシチュエーションの小説をよく知ってはいるが、それを文章で他人へ説明することはとても辛い。


「晒し首っていうのはね……説明したくないな」


 数日前に、山水が通った道を祭我もたどっていた。

 まさか、人生で外国人に晒し首というものを解説する日が来るとは思わなかった。

 というか『晒し首っていうのはね』という言葉が自分の口から出たのが嫌だった。


「あら、そんなに気になるんでしたら、皆さんでご確認なさってくださいな。今、王都にあるソペードの屋敷前に『飾って』ありますわ」

「ほう、飾るものなのか。晒し首というものは、言葉からして余り穏やかではない気がしたが、飾るものならそう悪いものでもないな」

「なんだ、脅しおって。ただの飾りつけなのだろう?」


 違うんです、とは言えない日本人二人。

 遠い昔の風習とはいえ、自分の国で行われていた風習を恥じつつ、無言で馬車に揺られる切り札たち。


 そののち、『首狩り』『処刑人』『死神』という具合に山水の二つ名が増えるのだが、それを知って祭我は自分に二つ名がなくてもいいかもしれない、という気分になるのだった。

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