就任
空から船が降ってくる。その言葉を、山水以外が言えば鼻で笑っただろう。
この場に五つの神宝が揃っていなければ、きっと落ちてくるものが何なのか確信は持てなかったはずだ。
加えて、ダインスレイフが正蔵の魔法を『ノアでも耐えられない』と言っていなければ、少々の時間を要したはずだ。
「……どういう確率だ」
空へ向かって大規模な魔法を唱えたら、空を飛んでいたノアに直撃した。
その確率を思うと、山水の言葉は笑えるものではない。
しかし、燃え上がる巨大な何かが落下している様は、その場の全員がなんとなく見えてきた。
そして、このままだと直撃、ではないにしても胸糞の悪いことになりかねない。
「一応言っとくけどさ、俺は壊すことしかできないからな」
正蔵は、もしかしたら言われるかもしれないと思って、自分にできることはないと言った。
もちろん、もしかしたらヒトやモノに当たる前に消滅させることも必要かもしれないが、幸いこの近辺には人間以外に壊れて困る物はない。
「祭我」
落ち着いてはいるものの、取り繕う余裕はないのか、山水は祭我の傍らで硬直しているエッケザックスの肩をつかんでいた。
「借りるぞ、いいか?」
「あ、ああ」
状況はそれなりに深刻だ。笑い話に近いが、少なくとも神宝の前で他の神宝を消滅させることは心苦しい。
そして、山水ができる、ということは確実に成功する。
「エッケザックス。二度目だけど、行くぞ」
「あ、ああ……」
復讐の妖刀ダインスレイフが斬った相手の血族を探知できるように、気象を操る天槍ヴァジュラが素のままの天候を予知できるように、ウンガイキョウが自分に写った道具を鑑定できるように、エッケザックスにも特殊な知覚が備わっている。
それは、触れた相手が『最強』を志す者かそうでないかを判別する機能。そして、そうではない者には触れることもできないように拒絶する機能である。
そして、スイボクの弟子である山水は当然の様に資格者だった。
かつての師匠の様に、最強の神剣をその手にして、更に他へ指示を飛ばす。
「ヴァジュラ、悪いが上昇気流を起こしてくれ。竜巻ほどじゃなくていいから、軽く」
「はぁ? それぐらい自分でやれ! お前仙人だろう!」
「師匠には風の乗り方を習っても、風の起こし方は習ってない。自然な風を頼む」
仙人が雲に乗っている姿は、この世界でもごく一部の地方では絵になっている。
それは山水も同様で、やろうと思えば雲の上で寝転がることもできる。
しかし、やろうと思ったことはない。仙人ゆえに欲求が薄いこともそうなのだが、そもそも上空へ飛ぶことが面倒なのだ。
縮地は縦軸では作用せず、それ以外で高速移動の手段がないからだ。一応、跳躍することぐらいはできる。しかし、上空へ移動するとなるとどうしても軽身功で浮くのは遅いのだ。
そして、魔法の不自然な風ではなく、神宝による自然な風の方が、飛ぶには易いのだ。
「ガタガタ言うな、ほら行くぞ」
右京もやや慌てながら、ヴァジュラを叩いて槍に変化させる。
別に狂人でもないし、破壊衝動があるわけでもない。
意図したわけではないが、自分がねだった結果こうなったのだ。無関係の物が壊れたらそれなりには慌てる。
「上昇気流で良いんだな?」
「いったん浮けば、後はそれに乗りますので」
流石に、空から落ちてくる船を浮かせるほどの風圧を発生させることはできない。
よほど強力な竜巻を発生させればその限りではないだろうが、それには地理的な条件も絡むので容易ではない。
それでも、神宝が瞬間的に起こす突風である。
その場の誰もが、目を開けられないほど強い風が真下から真上へ吹きあがっていく。
「ブロワ! ついてきてくれ!」
「わかっている!」
その風に乗って、ブロワとエッケザックスをもっている山水が舞い上がる。
猛烈な速度で上昇していく二人は、近づいてくる巨大な船に向かって微調整をしていた。
流石に豪華客船だとか軍艦ほどには大きくない。それでも、半分焼け落ちている船体は、当然の様に二人よりも大きかった。
『ノアだ! 我らの中でも最大の神宝だ!』
「ブロワ、俺は船体を浮かせる! そっちは……」
「瓦礫を吹き飛ばすのだろう? 分かっている!」
燃え上がっている瓦礫の破片が、バラバラになりながら散逸している。
軌道から考えて船体が下の面々に当たることはないだろうが、瓦礫はそうもいかないだろう。
燃え上がる瓦礫は、風に揺られてどこに落ちるかもわからない。
「私の風で、吹き飛ばす!」
「ちがう、そっちは祭我に任せろ!」
『ブロワとかいったな、上を見ろ!』
山水もエッケザックスも、既に炎上している船体に触れて、軽身功を発動させていた。
固定されていない物なら多少大きくとも浮かせることができる軽身功ではあるが、物が防御性能の高いノアである。
たとえ攻撃ではないとはいえ、神剣を介さなければ影響を与えることは難しかった。
「上…ヒト?!」
ブロワは瓦礫を弾きながら上を見た。そこには、上空から落下してくる人影が見えた。
それを見た瞬間、彼女は自分の立ち位置を調整し、ゆっくりおとし始めた。
上空へもやんわりと風を送り、落ちてくる人影側も軌道を調整し、減速させる。
体勢を変えさせて、頭から落ちるのではなく、スカイダイビングの様に地面と平行にする。
それだけでも彼女の速度は目に見えて遅くなった。
そして、できるだけ彼我の速度差が少ないように調節しつつ、その体をしっかりとつかむ。
「ノアの使用者か……!」
幸いというべきか、或いは不幸なことになったのか、落ちてくる人は一人しかいなかった。
自分がどんな相手を抱えたのかもわからないまま、ブロワは二人分の体重を支えながら減速する。
当然、頭上から降ってくる瓦礫を吹き飛ばしながら。
「しかし……どういう偶然だ、まったく」
上空を改めてみれば、そこにはゆっくりと下降していく船体と、それに張り付いている山水の姿が見えた。
ある意味、仕事の内容は自分よりも簡単なので、その辺りは心配しない。
加えて下の面々を見れば、カプトの領主と祭我、そして正蔵の護衛が多重の壁を構築していた。
それは空から風に揺られつつ落ちてくる船体の一部を受け止めるには過剰なほどであり、その結果下の面々は完全に無傷だった。
その上で、改めてブロワは、抱きしめている相手を確認する。
目を回しているのか気絶しており、全く動く気配はない。
それはむしろありがたかったのだが、相手を見て一安心する。
「よかった、黒い髪ではないな」
髪は緑の、小柄な女性だった。
とりあえずこれ以上状況が混とんとされては困るので、ややこしい状況が回避できたことは喜ぶとしよう。
上空から、ゆっくりと山水が降りてくる。
半壊し燃え上がっている船は、ボロボロのまま地面へ降りていく。
それよりも先に、ブロワは光の壁に守られている自分の主の元へ向かっていった。
「それにしても……我が目にしても信じられん。まさか、箱舟ノアをこの目にしようとは……」
そう感嘆したのは、他でもないアルカナ国王だった。
伝説の八種神宝の中でも最大とされる船。その威容は、半壊して燃え落ちていなければ、さぞ格好が良かったに違いないと残念に思わせた。
「まさか人がいるなんて……」
今更ながら、自分の魔法がヒトを傷つけたことにがっくりくる正蔵。
もうちょっとギャグ描写っぽい状態ならよかったのだが、どう見てもラストダンジョンへ突入する際に、我が身を犠牲にして特攻を決めたようにボロボロだった。
「気にすんなって、俺が悪いんだよ、俺が。まさか上空を神宝が浮かんでるなんて、だれが想像するってんだ。とはいえまあ、謝るのは俺だ、そうだろうエリクサー」
「うむ、ここは任せるが良い!」
転がらないように横へ寝かせている、草原で燃え続けるノア。それに向かって歩み寄る右京は、手に聖杯エリクサーを持っていた。
そして、黄金の杯の中に入っていた透明な液体をばしゃりと振りかける。
ただそれだけで、一瞬にして船の火災は収まっていた。それこそ、振りかけられた液体が、一切関係のないところまで。
「聖杯エリクサーの効果だ。コイツはな、壊れた物を直す力がある。物限定だけどな」
『はっはっは! 危うく神の元へ帰る所だったな、ノア! しかしまだ運命が残っている、お前はまだこの世界でやることがあるということだ!』
鎮火したものの、当然破壊された船はそのままだった。
そのままなのだが、ゆっくりじっくり引き寄せ合うように、壊れた破片が集まってくる。
それはまさに、生き物のように自己修復を始めていた。
「とはいえ、これだけデカいもんだ、それなりに時間はかかりそうだな」
「うむ。ノアめ、とっさに危険を察知し防御をしつつ回避したな。流石は救命船だ、と褒めるべきか」
どうやら、うっかり撃墜してしまったノアはゆっくりと直るらしい。
そうなると、後は謝罪でどうにかなりそうである。
一同は一安心だった。流石に、ついうっかりで伝説の船を撃沈しては、いい気分にはなれない。
「……この場で一堂に説明をするが、我の口からでいいか」
妖刀ダインスレイフは、この状況を説明するための確認をした。
八種神宝はこの状況を完全に理解しているのだが、その一方で他の面々は状況を把握していないだろうという配慮である。
当然、黙って促すのみだ。神宝の口から、直接話を聞きたいところである。
「我ら八種神宝は、使用者が死亡すると三通りの対応をしていた。一つ目は次の主を待つこと、エッケザックスとパンドラがこれに当たる。そちらの国で保管されていたのは、その『二つ』が出会いを待っていたからだ」
既にその辺りの事をあらかじめ聞いてる右京は、惜しそうに箱舟を見ていた。
欲をかきすぎる気もしているが、これがあれば大分状況が違ったのかもしれない、と思っている。
「二つ目は創造主である神の元へ戻る場合だ。これは我ら四つの神宝が該当する。つまり、神に次の使用者を決めてもらうことになる。ちなみに、今回の様に破壊された場合は強制的にそうなる。たとえ使用者が存命でもな」
ああ、やっぱりと日本人たちは納得する。
自分達も似たような経験があるので、その言葉には納得するしかない。
一方で、この世界で生まれた面々も同様だった。
はっきり言って、一つ二つならまだしも四つも個人が持っているなどどう考えてもおかしいのだ。
それこそ、神から直接手渡されたという発言の方が、よほど説得力がある。
「最後がノアとダヌアだ。こいつらは……使い手を定めずに放浪している」
その言葉には、隠しきれない不快感があった。
燃え上がっていたノアを見る目は、優しいわけでも悲しげでもない。
強いて言えば、蔑んでいるようだった。
「ノアはな……まあ共感できる理由で主を定めていない。コイツは、使われないことに意味がある道具だからな」
その言葉を聞いて、この世界の住人は首をひねる。
はっきり言って、道具とは使われるためにあるのだ。
例え神が作ったとしても、道具である限り目的が存在する。
玩具であったとしても、余暇を充実させるという目的があるのだ。
その道具が、自分を否定するとはどういうことなのか。
「もしかして、救命胴衣的な?」
祭我は思い出していた。
元の世界で、『ノアの箱舟』がなんのために存在していたのかを。
ノアの箱舟とは、神の怒りを逃れるために存在する。もっと言えば、洪水から身を守るために存在していたのだ。
「それは右京も言っていたな、大体あっている。このノアは移動の為ではなく避難するためにある。死にたくない者を使用者と認め、安全な場所へ送り届けるために存在しているのだ」
ダインスレイフの言葉は、この世界の住人にも概ね理解できた。
帆船などで最後の手段として備え付けられている、小舟の様な物なのだろう。
確かにそれは、使われないことが一番なのだろう。そんなものを使う時点で、使用者はさぞ困っているに違いない。
だがわからないのは、主を決めない理由だ。少なくとも、いざという時の備えの為に、この地上で主を待つべきではないだろうか。
「厄介なことに、この箱舟の中は快適なのだ。いいや、正しく言えば中にいる人間を、強制的に前向きな精神状態にする効果があるのだ」
なんだそりゃ、という気持ちと、それはわかるという気持ちが混在していた。
確かに、生きる希望は避難した人間には必要なものである。
とはいえ、強制的に、となると話が違うように思える。
「中毒症状があるとかそういう話ではないのだが、エリクサーの様に強い意志を持った人間を主とするならまだしも、死にたくないと思っているだけの人間など世の中に腐るほどいる。そして、大抵の場合この船の中で暮そうとするのだ。馬鹿馬鹿しいことに、コレはそれを嫌がった」
話を聞いていて、たしかにそれは誰にも使われたくないな、と人間は思う。
なにせ、緊急時に避難するための船なのに、そこで引きこもられてはたまったものではあるまい。
少なくとも、人間の視点からすると嫌だった。もっとも、道具の視点から言えばそうでもないようだが。
「愚かなことだ、道具をどう使うかなど製造者にさえ決める権利はない。家として使われるのなら、家として機能すればいいだけだ」
道具であるダインスレイフは、その思考を否定していた。
「第一、アレの中が一番安全なのは事実なのだ。そこで暮したいというのなら、暮させればいい。それだけだ」
ダインスレイフ自身、復讐のための妖刀ではあるがそれ以外の使われ方をされたこともある。
例えば使用者が自分の血を吸わせて、行き別れた家族を探すとか、もっと単純に獣の調理に使うとか、製造者の思惑を否定する使い方もされている。
それでもいいと、ダインスレイフは思っている。少なくとも彼女としては、ノアの傲慢が許せないようだった。
「……アレ? じゃあそこの子は?」
正蔵の質問で、誰もが落下して気絶している少女を見ていた。
そう、使用者を決めないというのなら、この場で寝かされている少女は何だというのか。
その子がノアの使用者なら、使用者を定めていないことを咎めることはおかしいと思うのだが。
「その前に、もう一つの神宝について説明する」
「ダヌアに関しては我が語りましょう。いいわね、ダインスレイフ」
質問に答えず、質問を引き継いだのはウンガイキョウだった。
地面に寝かされている少女、緑の髪をしている、さっきまで土仕事をしていたような格好の、ややふくよかな姿をしている少女だった。
多分、適当な村に紛れ込ませれば、そのまま農作業になじむだろうという格好だった。
「恵蔵ダヌア。施しの精神を持つものを使用者と認め、中から無尽蔵に料理を出す能力を持った神宝。その性質として、料理を求める者と味覚を共有し、彼らが食べたことのある料理を再現することができる」
ある意味で、無尽蔵に贋作を生産できるウンガイキョウと同じタイプの神宝だった。
にもかかわらず、敵視にちかい眼をしながら話をしている。
「我の贋作が一年で消えるのと同様に、ダヌアの料理は一日で消える。とはいっても、食べれば血となり肉となる。食べ過ぎれば太るし、酒を飲みすぎようものなら……病気になることもあるでしょうね」
その辺りに関しては、この世界の物語として残っている。
ダヌアが生み出した料理は、一晩で消えてしまうという。
表現が違うだけで、意味は一緒。保存ができないという問題だった。
「まあ、それはいいのよ。我も似たようなものだしね。でも、問題なのはダヌアの行動方針よ。コイツは、それを嫌がって人間のフリを始めたの」
それこそまさに、今回右京が直面している問題だった。
一時食糧援助を受けることができたとしても、先々の事を考えるとやはり不安だった。
百年後の国庫より明日のメシだが、同じぐらい来年の収穫も大事なのだ。
「一日で消える自分の料理では、どうあがいても飢えている民を満たせない。そう考えたダヌアは……自分で人間の様に食料を生み出そうとしたの」
その言葉は、一瞬思考を止めるものだった。
何を言っているのか、まるで分らない。
「右京は内政チートだって言ってたけど、まあそんなところね。ダヌアは道具でありながら人間の姿を利用して、農業の知識を蓄えていった。蓄えた知識を運用して、各地の人間たちの食糧事情を解決して回っているのよ」
無尽蔵に食糧を生産できる神の宝ではなく、寿命がない人間として農業を学び、各地に効率的な農業を教えているということ。
場合によっては一日で消える料理よりも有用性は高いだろう。
だが、そんな人類への奉仕者を語るウンガイキョウは、心底苛立たしそうだった。
「神が作った道具である私達は、人間ではない。どっちが優れているかは関係なく、全く違うものよ。それを『このバカ』は……道具が人間を抜きに勝手な行動をするなんて!」
ウンガイキョウは、上品な姿とは程遠い足さばきで、寝ている少女の頭を蹴っ飛ばしていた。
それを見れば、流石に正蔵でも理解できる。つまり、この少女はノアの使用者ではなく、同志なのだ。
「起きなさい、ダヌア!」
右京はあらかじめ、ダヌアとノアが一緒に行動していると教えられていた。
山水は気配を感じ取って、相手がエッケザックスたちと同じ神宝だと見抜いていた。
そして、今この瞬間に、全員が彼女こそ無尽に食料を生産する『恵蔵ダヌア』なのだと理解していた。
「う……」
「起きなさい! 貴方も大概頑丈なんだから、地面に激突したわけでもないのに気絶なんてして! この恥さらし共!」
起き上がった、緑色の髪をした少女。
ダヌアはしばらく呆然とした後、背後で修復されているノアと、目の前でエッケザックスを握っている山水を見た。
「あがいたんでぇ~~~~!」
方言らしい言葉と共に、ダヌアはウンガイキョウを無視して山水につかみかかっていた。
「おめ、スイボクの弟子だべな! 許さねえど、ノアをあんなにしてまあああああ!」
「え、いや、俺は……」
「フカスでねえ! エッケザックス持ってて、そんな格好している奴が、スイボクとかんけえねえたあ言わせねえっぺよ! われぁ、怒っただあ!」
さっきまでウンガイキョウがダヌアを怒っていたように、ダヌアは山水に怒っていた。
その存在を認められないと、不倶戴天の敵を見たように怒鳴っていた。
「ノアが何したっぺかあ! 空飛んでただけだべ、ぶっ飛ばすたぁどういう了見だあ!」
「ちょ、ちょっと待って! ぶっ飛ばしちゃったのは俺だって、ダヌア!」
慌てて横入りする正蔵。そう、彼は何も悪くない、少なくとも実行したのは正蔵だった。
そして、どっちかというとノアを助けたのが山水だった。
「あがいたんでぇ~~! エッケザックス以外が、どうやってノアをあんなにするだあ!」
「いや、魔法で、こう……」
「魔法なんかであんなふうになるかっぺ!」
間違っていないだけに、中々反論がしにくい。
まさか、目の前でもう一度実演するわけにもいくまい。
それこそ、もう一度やったらまたなんか撃墜してしまうかも知れなかった。
「ノアはなあ……ノアはなあ、我と一緒にずっとやってきただよ! このままじゃあ、カミサマの所にもどっちまうじゃにゃあか!」
「お、落ち着いてください、俺は確かにスイボクの弟子ですが、エッケザックスの主というわけでもありません。これは今、あそこの彼から借りているだけでして……」
「メシも食わねえで遊んでばっかの奴の弟子だべ! 剣なんか振ってる暇あったら、鍬もって耕せや! 腰に剣さしとるのが偉いとでも思っとるんだぎゃあ?!」
微妙に否定できないことを突いていくダヌア。
その背後で拳を震わせているウンガイキョウと、それをいさめているダインスレイフがいた。
とにかく、状況がややこしくなってきている。
「ウンガイキョウ、お前の主張は正しいと思うが、今回は我らの主の失態だ。撃墜しておいて、蹴飛ばすな」
「わかってるわよ……でもあの子が偉そうに説教なんてするから……」
神宝の自己主張は置いておくとして、今回悪いのは一方的に正蔵や右京である。
少なくとも、許可を出した国王やカプトの当主ではあるまい。
「フハハハ! 熱血しているな、ダヌア! 農家魂を感じるぞ!」
一方で、一切空気を読まずに男装の少女になったエリクサーがダヌアの肩を叩いて、その動きを止めていた。
当然、ダヌアにはエリクサーにノアを助ける機能があると知っている。
「あがいたんでぇ~~、エリでねえか! ひっさしぶりだなあ! もしかしてノアのことは……」
「うむ、既に直し始めている。明日の朝には人間の姿になれるだろう!」
「あ、あんがとなあ! あんがとなあ、エリ! 我は嬉しいだよ!」
再会の抱擁を交わす、二つの神宝。周囲との温度差はひどいが、とりあえず山水は解放された。
その隙に、エッケザックスを祭我に返す。今自分が持っていると、絶対にろくなことにならないという判断だった。
「相変わらず、農業の方は順調か?」
「百姓ってのは、大地とお天道様あってのもんだべ。イナゴが出ることもあるし、そうそうぱぱっとはいかねえっぺよ。こういう時、ヴァジュラやパンドラがいてくれりゃあなあと……つい思っちまうだ」
「そうか、専門外故にわからんが、大変だな! だが、諦める気はないのだろう?」
「当然だっぺ、みんなお腹いっぱいママ食わせるためなら、我はノアと一緒にどこまでも行くべよ!」
「そうかそうか、ではお前に頼みがある。実は我らの主が国家の経営をしているのだがな、農業が遅れているらしいのだ。我にはわからんが、数年に一度不作が出るらしい。知識と経験のある専門家が必要なのだ!」
突然話を変え始めたエリクサー。
その手腕を前に、誰もが更に呆然とするしかない。
「ぬな、おめ、王様に使われてるだか?!」
「うむ、恐怖の独裁政権だ! 命令一つで、なんでも言うことを聞かせられるぞ!」
「それじゃあ、肥え撒いても誰も文句言わねえだか?!」
「うむ、むしろ国民全員に撒かせることができるぞ、糞尿を!」
その時、国王とカプトの当主は気づいた。
それに遅れて、ステンドと右京も気付いていた。
今、ドミノ共和国に五番目の神宝が招かれようとしているのだと。
「我の言う通りに、国中の百姓が農業するだか?!」
「そうだ、我らの主に雇われればな!」
「あがいたんでええええ! 我、いっぺえがんばるっぺよ!」
永遠の友であるノアが炎上していたことも忘れて、国中に命令できる立場を喜ぶダヌア。
それとは対照的に、極めて独断で国の要である農業を縁故採用したエリクサーは、自分の主にサムズアップしていた。
「……ねえ、我が主。あの子と私を一緒にしないでね」
「ああ、うん」
もうどうしていいのかわからない、怒りに打ち震えるウンガイキョウに対して、右京は頷くことしかできなかった。