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政略

 亡命貴族たちは、連帯責任ということで馬車の中へ押し込められていく。

 助けてくれと叫ぶ者、殺してやると呪う者、ただ無念の涙を流す者。

 彼らに共通することがあるとすれば、結局自力では何もできなかった者たちだということだろう。


「なあ、パレット様。もし彼らを助けたらどうなるんだ?」

「きっと、私達を恨むでしょう」


 正蔵は自分の舵を任せている少女に訊ねる。

 それに対して、パレットは哀し気に応えていた。

 確かに全員が全員、圧政に加担していたわけではないだろう。

 だが、加担してなかったものだけは助けるとしても、それはそれで問題になる。

 果たして、家族を殺されて怨恨が残らないだろうか。助けてくれてありがとうと思えるだろうか。


「その恨みが、また争いを生むのでしょう」


 はっきり言えば、そうならない可能性もある。

 恨みを抱えるとしても、誰もがその恨みを爆発させるわけではない。

 恨みを抱えたまま、墓まで持っていくこともあるだろう。

 心中の怨恨など、裁かれることではない。本来なら、国家といえども裁くことは許されないことである。


 だが、今回は口実がある。

 亡命した貴族が、三つの事件を各々で起こしたという事件だ。

 そのうちの一つは、亡命先の国王がいる宮殿内での暗殺未遂である。

 右京が危惧していたように、国王が殺される可能性もあり、それによって彼らが利益を得る可能性もあった。

 つまり、国王への殺意がなかったとは誰にも言いきれなかったのである。

 国王の殺害未遂、それは一族郎党皆殺しにされても文句の言えない案件だった。


 だからこそ、全員殺す。罪はないかもしれないが、殺していい理由がある。なによりも、生かしておく理由がまったくない。


「そうか……」

「もちろん、彼らを殺しても怨恨は残るでしょう。それでも、できる限りの事をしなければならないのです」


 亡命貴族は皆殺しにされる。それは確実なことだ。ダインスレイフをもつ右京がいる以上、誰か一人でも血族を逃がすということはほぼ不可能である。

 少なくとも、このアルカナに亡命した貴族たちは、決して逃亡することはできないのだ。

 それでも、必ず怨恨は残る。燃え上がるのか、くすぶったままなのかは別にして。


「……私を恨みますか?」

「いいや、これでいいさ。多分、これが一番少ないんだろう」


 目の前で、これから殺されにいく沢山の『家族』を見送る。

 それは正蔵が殺した軍隊に比べて余りにも少ない。少ないが、罪悪感は余りにも大きかった。

 そして、戦争の後始末にしても少ないのだろうと納得してしまう。


「アルカナもカプトも救われた。俺が守りたかったものは守れたんだ。それでいいよ」


 この争いで誰が得をしたかといえば、やはりアルカナ王国でありアルカナ王家なのだろう。

 少なくとも、他の四大貴族は目立って損をしていない。三つの切り札がそれぞれの機能を発揮し、人的にもほぼ損失はなく終わったのだ。

 そしてアルカナ王家はほぼ満点の結果を得ていた。少々の食糧支援をしただけで、隣国の権力に自分の血を送り込み、その上で四つの神宝を得るという成果を上げたのだ。


「他の事をどうにかしようってのは、きっと欲張りなんだ」


 正蔵がその気になれば、彼らを助けることができたかもしれない。

 しかし、正蔵が彼らを助けるということは、彼らの国の民を焼き払うことを意味していた。

 その上で、アルカナから多大な支援を引き出して、それでようやく彼らは救われる。

 余りにも、失われるものが多すぎる。


「気に病むな、とは言わんが……結局、彼らは逃避し続けただけなのだ。かれらこそ、忍耐を知らなかったのだろう」


 カプトの領主は彼らの『救われなさ』が救われるように祈っていた。

 彼らの主張にはそれなりの利がある。彼らが反抗したところで、皇族にはねのけられるのが関の山だっただろう。彼らに圧政へ抵抗することはとても難しかったに違いない

 だが、彼らは逃避していただけだ。忍耐はそこに無い。

 彼らは正論を言っていたが、それはあくまでも言っていただけだ。

 彼らが真に国を思うなら、どのような形であれ革命の時に死ぬべきだったのだろう。

 

「彼らは、今も昔も自分の事しか考えていない。口にするすべてが浅はかなのは、その為の理屈付けをしているだけだからなのだ」


 それはそれで間違っていない。しかし、彼らは余りにも限度を超えていた。

 視野が狭くなる余りに、何もかもを見失っていた。


「彼らは民衆に甘えていたのだ。餓死者が出ようと滅ぶ村がでようと、自分達も辛いのだから仕方がないと、民衆も我慢してくれるに違いないと甘えていたのだ。それは、今もだ」


 右京は民衆を利用した。それは扇動であり詐欺だった。

 それは事実だが、民衆を最初に見放したのは帝国側だ。帝国が見捨てたからこそ、右京が手を伸ばす余地が生まれたのだ。

 そして、目的を達成した今も、右京は民衆の手を取っている。


「『傷だらけの愚者』よ、気に病むことはない。誰もがやるべきことをやった、この場に残ったものは全員自分の立場の責務を果たした。そして、運ばれていく面々はため込んだ負債の責任を支払いに行っているだけだ」


 カプトの当主に続き、国王も正蔵をねぎらった。

 仕事とは命を維持するためにある。であれば、どんな仕事も命がけだ。

 そして、それを命惜しさに投げだせば、その先には死だけが待っている。

 少なくとも、彼らの怠慢で余りにも多くの命が失われたことは、或いは彼らの我儘で多くの命が戦場に投げ込まれたことは、責任をとらねばならぬことだった。


「そして、この場で最も偉大な仕事をしたのはお前だ。お前がこの国に被害を出さずに戦争を治めたことで、この国はドミノと和解をすることになっても、民衆は大人しくしているのだ」


 国王は彼に感謝を示していた。

 そう、数の上ではあるが、誰よりもこの国に貢献したのは紛れもなく正蔵だった。


「もちろん、バトラブの次期当主も良くやってくれた。マジャンの王家の二人も、汚れ仕事を良くこなしてくれた。国王として感謝する」


 王家としては、国王のいる宮殿を襲撃させるという国家的な犯罪を誘発するために、カプトの宮殿の防備をあえて薄くしていた。

 如何にエリクサーがあるとはいえ、そんな無茶ができたのはバトラブの切り札である祭我がいたからに他ならない。

 実際、ドミノとアルカナの関係を破たんさせるために、国王やカプトの当主を狙うという可能性は存在していたのだから。

 確かに他の切り札たちに比べると絶対的ではないが、それでも法術を増幅して戦える祭我は十分異常な戦力である。


「おっ、どうやら最後の人が来たようだ」


 右京は少しばかり意地悪く笑っていた。

 草原の向こうで歓声が聞こえる。おそらく、ソペードの切り札とその一行が到着したのだろう。

 彼を師と仰ぐ一団が、勝利の報告をしているに違いない。


 実際、凄まじい戦果だった。

 特別な使い手でもないはずの集団が、同じように雇われた倍の人数を相手に一人の犠牲者も出さずに一蹴した。それはとても異常なことである。

 つまりは、彼という男が指導者としても優秀ということだった。


「呆れるほど有用な男だな」


 国王の恨みがましい言葉と共に、王女とドゥーウェ、ブロワと山水。そしてレインの乗っている馬車がこちらへ進んできた。

 そして、中から出てきたのは、憔悴している山水とブロワ。苛立たしそうなステンド、愉快そうなドゥーウェ。そして、きょとんとして周囲を見ているレインだった。


「あの子が……」


 右京がちらりと目配せをすると、ダインスレイフは短刀の姿に変わっていた。

 鞘に納められているその刀を、右京は自分の指先に乗せていた。

 そうすると、まるで磁石に吸い寄せられるように、鞘に納められたままの切っ先がレインに向いていた。

 分かり切っていたことではあったが、それは彼女の出自が確定した瞬間だった。


「なるほどな」


 こちらに向かってくるのは、さっきまで拘束されていた貴族の子供と何も変わらない、山水の義理の娘であることだけが助けられる理由という、一人の娘だった。


 やや心配そうな国王は、右京の表情が陰鬱なものになったことで安堵していた。

 結局のところ、復讐するかどうかというのは本人の顔を見なければわからないのだ。

 繊細な問題だけに、細心の注意を払っていた。

 そして、それは杞憂に終わったのだと確信する。


「お父様、ご無事で何よりです」

「うむ……そういうお前は少々顔色が悪いが、どうした」

「少々、趣味の悪いものを見ました」


 王都で再現された『日本の風習』を目にして、数日経過しても陰鬱な気分が一向に晴れない彼女は、父親を前にしても辛そうな顔をしていた。

 その話を聞いただけでげんなりしているブロワと、自分がうっかり口を滑らせたことを後悔している山水。

 割とご満悦な『武門の娘』であるドゥーウェと、話を聞いていないレイン以外は壊滅的なことになっていた。


「そんなことよりも、お父様。そちらの方を紹介していただけませんか?」


 おぞけを振り切って、ステンドは知らない黒い髪に黒い眼をした男を確認する。

 相手のあることではあるが、自分の夫になるかもしれない相手だった。


「うむ、新興国ドミノ共和国の最高議会議長、フウシ・ウキョウ殿だ」

「ご紹介に預かりました、風姿右京です」


 覇気が無くなっているが、それでも一国を背負うものとしての矜持を身に宿して、右京はステンドに挨拶をしていた。


「ウキョウ殿、こちら私の娘のステンドです」

「お初にお目にかかります、議長殿」


 ややステンドの方が年上に見える。

 とはいえ、人種の違いによるもので、年齢は概ね一緒だろう。


「ご縁があれば、そちらに嫁ぐことになるかと」

「そうですか……正直、なるべく早く来ていただきたいですね」

「理由をお伺いしても?」

「ええ、何分今私の国は大忙しでして。それこそ、女房の手も借りたいのです」


 一国の王女に対して、中々飛ばしている発言だった。

 内政官が足りないので、議長の妻になってもこき使う、と宣言しているようなものだった。


「……そうですか、それは私も楽しみです。妹たちはどう思うか知りませんが、私が貴方の元へ嫁げば、貴方も手が大分空くでしょう」

「ははは! それは楽しみだ」


 そんな彼に対して、ステンドも飛ばしたことを言う。

 お前の国を乗っ取ってやる、と大きな口を叩いていた。


「中々仕事熱心なお嬢様をお持ちですね、国王陛下」

「ええ、おかげでこの年まで嫁ぎ先もなく」

「そうですか、そうかもしれませんね」


 世の中には見合い結婚があり、つまりは個人の都合を越えた政略結婚が存在する。

 これも運命といえば運命ではあるが、少なくともステンドと右京の相性はそう悪くないようだった。

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