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忍耐

 当然だが、アルカナ王国に亡命した帝国貴族のすべてが、今回の事件にかかわっていたわけではない。

 そこそこ賢い貴族、あるいは志の低い貴族は、適当なアルカナ貴族と婚姻関係になろうと必死だった。

 同じ亡命貴族や、アルカナ王国内で比較的地位が低いとされている貴族たちと競り合い、何とかいい所に婿入りないし嫁入りしようとしていた。


 そもそも、帝国貴族といっても全員が裕福な暮らしをしていたわけではない。

 皇族や上位の貴族、本家から搾取されていた貧乏貴族もたくさんいた。

 そんな彼らにしてみれば、祖国が復活しても帰る気はなかっただろう。

 ありていに言って、自国でも何一ついいことがなかったのだから。

 しかし、このアルカナ王国では被害者だった。つまり、可愛そうな一族としてそれなりにいい暮らしができていた。

 それを維持したい、と思う輩がいても不思議ではあるまい。


 もっと言えば、今回の一件をきちんと知っていた者ばかりではなかった。

 情報が速く伝わる家もあれば、それを探る家もあり、どうでもいいと素知らぬ顔をしている家もある。

 そもそも、アルカナ王国はそこそこ広く、情報の伝わりは必ずしも早いとは言えなかった。


 つまり何が言いたいのかというと、今回の一件で国王は国内に亡命したすべての貴族を差し出すという約束を交わしたわけだが、それが因果応報だった貴族とそうではない貴族がいたわけで。

 さしあたり、カプト領地で暮していた亡命貴族たちは、まったくもって意に沿わぬ形での帰国を余儀なくされていた。

 その前段階として、拘束されていた。軟禁どころではなく、全員が拘束服を着せられていた。


「アルカナ王国、国王陛下……この度は何とお礼を申し上げればよろしいのかわかりません」


 その上で、彼らは正蔵の小屋の、すぐ前の草原に集められていた。

 その彼らの前で、憎い反逆者とこの国の王が握手をしていた。


「我が国は愚かな皇族に支配され、その言葉に従うばかりの貴族に搾取され、結果とても貧しい国でした。その政治体制を正すために、私は武力による革命を起こしましたが、それは結果としてより深刻な困窮を招いてしまいました」


 その茶番が、どういうことを示しているのか。

 つまり、過程や原因はともかく、結果としてアルカナ王国と新生ドミノは友好関係に達したということだった。


「その困窮を、私はこの国に押し付けようとしました。亡命貴族を受け入れているという言いがかりをつけて、この国に侵攻し、人々を殺し財産を略奪し、食料を得ようとしていました」


 とても真剣に、とても真摯に、ドミノの新しい主は父と子ほどに年の離れたこの国の王の手を、感謝で強く握っていた。


「その我が国に対して、この王国は多くの援助をしてくださいました。その寛大なお心に感謝の言葉が見つかりません」

「気に病むことではない、貴殿は一国の長として決断を下しただけだ。我が国も困窮すれば、同じことをしただけであろう。こちらに運があっただけの事、決して愚かでも無策でもない」


 アルカナ王国は、亡命貴族たちには一度も示したことの無いものを、風姿右京に示していた。

 つまり、慈悲の心である。ただ優しいだけ、ただねぎらうだけではない。物理的な援助を前提とする、一国の王としての契約をする顔だった。


「我らの出会いの始まりは、とても残念なものだった。貴殿は飢えていく民衆を見捨てられず、我が国はそれを防がねばならなかった。しかしこれからは違う、我がアルカナ王国は新しいドミノと、新しい関係を作っていくであろう」

「ありがとうございます……」


 シワのある手を、右京は強く握っていた。

 涙をあふれさせながら、強く握っていた。



「さしあたり、亡命貴族の財産は全て換金し、その上で食料としてそちらの国にお返ししよう。絵画や宝石など、持ち帰っても仕方あるまい」

「いやあ、ありがとうございます。おかげで国のもんも冬を越せます!」



 国家の契約は終了し、茶番が始まった。

 心底軽蔑した顔で、国王は亡命貴族たちを見下し、右京はゲラゲラと笑いながら亡命貴族たちに感謝を示していた。


「いやあ、本当にありがとうだな。お前らにはなんて礼を言えばいいのかわからないぜ」


 老若男女を問わず、拘束服を着せられて草原に寝転がされている亡命貴族たち。

 彼らは呪いの言葉を何とか堪え、助命嘆願の機を待っていた。

 はっきり言って、ここで殺されるぐらいなら幸福な死に様だ。

 祖国に帰れば、すべての罪を押し付けられる。そこから始まる苦痛は、他の誰でもない彼らが良く知っている。


「皇族はまだともかく、流石に貴族まで皆殺しにするつもりはなかったんだ。この国に攻め込む理由としてお前らを差し出すように頼んだが、俺個人としてはどうでもよかった。金目当てっていうか、まあぶっちゃけ食料が欲しかっただけだからな」


 何もかも解決した、という表情の右京はノリノリだった。ありていに言って、有頂天だった。

 目の前の『かわいそうな貴族』に向かって、たえない感謝を示していた。


「それなのにお前らと来たら、態々自分から追い出される口実を作ってくれて……俺の国の不満のガス抜きになってくれるだけじゃなくて、沢山の食料も一緒にくれたんだから、本当にありがとうとしか言えないな」


 ただの事実として、この国に亡命したすべての貴族は右京の新しい国造りの礎となる。

 亡命貴族とその財産を持ち帰ることによって、ドミノ共和国の臣民は再び彼を新しい『皇帝』と認めるだろう。


「敵対していた俺に、身を捨ててまで助けてくれるとか……! お前らすげえいい奴だな! お前らのおかげで人生逆転ホームランだわ!」


 仮に、彼に恋をしている乙女がいたとしても、その恋が覚めるほどに彼は醜悪だった。

 その醜悪さを見ても、国王は軽蔑の目を亡命貴族たちにだけ向けている。

 とてもではないが、今の右京を見て意見を変えている、とは思えなかった。


「まったく……お前らのおかげで、復讐が完遂できそうだ!」


 憎悪をにじませた、憤怒をにじませた男は、歓喜で拘束されている貴族たちに感謝していた。

 つまりは、皇族を全員殺し、皇帝を処刑し、その上で国家を運営していくという彼の復讐が、ここでほぼ盤石なものとなっていたのだ。


「で、なんか言いたことがある?」


 老人は嗚咽していた。子供は涙を流していた。若人は絶望のあまり半笑いをしていた。

 そして、亡命貴族の中でも比較的発言力のあった男が、ヌリが怒りに震えていた。


「勝ったつもりか?」


 その言葉を聞いて、右京は真顔になっていた。


「帝国を打倒し、帝都を落し、帝政を覆し、皇族を根絶やしにし、我らさえ処刑する。それで勝ったつもりか?」


 それをすべて成した右京は、彼が何を言いたいのか理解していた。

 そんなことは、彼自身が良く知っていることだったからだ。


「それで、お前のお題目は達成させられたのか、詐欺師!」

「……そうだな、お前の言う通りかもしれないな」


 アルカナ王国は、最初から右京の事をある程度評価していた。

 評価、というのは正蔵や山水の様な、内戦をするまでもなく国家を転覆させられるほど無茶ではないということだった。

 内戦をしなければならなかった。内戦をする理由があった。

 内戦という、極めて不経済なことをしなければ国家を覆せなかった。


「これで、お前が言う所の豊かな暮らしが民衆に訪れるとでも思っているのか!」


 近くにいたカプトの当主や、パレットはその言葉を聞いて胸を痛めていた。

 無茶苦茶極まる発言ではあるのだが、それなりの理があると分かっていたからだ。


 その一方で、護衛としているバトラブの面々には、それが分からない。

 もちろん、正蔵にはもっとわからない。


 帝国がそのまま悪だったとは思わない。しかし、亡命貴族たちを見るに、相当あくどい内政だったとは思う。

 なまじ、アルカナ王国の貴族を知るだけに、ドミノの亡命貴族の言葉が負け惜しみにしか聞こえなかった。


「お前だけが耐えていたと思ったか! お前達民衆だけが我慢しているとでも思ったか! 我ら貴族は、皇族に対して何の反感もなかったと思っているのか!」


 その言葉を、右京は黙って聞いていた。


「我らも皇帝の成すことがすべて正しいとは思っていなかった! むしろ、間違いだらけだと思っていた! 我らに対しても不利益な事ばかりだった! 我らとて、皇帝の圧政に耐えていた! だがな! 耐えねばならんと思っていたのだ!」


 自分が起こした内戦によって、多くの血が流れたことを知っている。

 自分が焚きつけた一揆によって、多くの犠牲者が出たことも知っている。

 内戦のあとの戦争で、一方的に多くの働き手が殺されたことも、その家族が泣いていることも知っている。

 その彼らに甘言の限りを尽くした、自分の詐欺の手法を誰よりも知っている。


「皇帝は絶対なのだ!」


 別に、山水や正蔵、右京のように特別な存在だったわけではない。

 皇帝といっても、皇族の生まれというだけで、希少魔法の血統だったわけでもない。

 皇族に生まれた人間が、みんな人格者なわけでもないし、優秀とも思っていない。

 だがそれでも、皇帝は絶対でなければならなかった。


「そうでなければ、国が乱れるからだ! お前がやったようにな!」


 皇帝の執政が拙いものであり、それどころか悪政だったことも知っている。

 そんなことは、比較的近くにいた自分達が、あるいは政治の末端だった自分達の方が知っている。

 だが、それでも皇帝を立てねばならなかった。そうでなければ、国が割れてしまう。

 皇帝がどれだけ愚鈍で愚昧で暴君で暗君だったとしても、それを下そうとすれば内戦になってしまう。

 その結果が、より国を疲弊させるのだ。


「少なくとも! お前が叛逆をするまでは! 隣の国へ攻め込んで食料を奪わねばならぬほどには、困窮していなかったのだ!」


 それは事実だった。

 そんなことは、言われなくてもわかっている。

 そして、今右京の周辺に彼の臣民はいない。

 だからこそ、彼は黙してそれを聞いていた。


 彼が私怨から内戦を起こし、結果自分の兵士として死んでいった多くの民がいたからだ。

 最高級の武器を持たせたとはいえ、略奪を命じた男たちがいたからだ。


「勝ったつもりか、詐欺師! お前は私怨で国を乱しただけだ!」

「そうだな、お前の言う通りだ。まだ勝っていないな、確かに俺はまだ何も成していないな」


 少なくとも、政治はまだ終わっていない。

 如何なる肩書になるとしても、右京はこれからも国家を運営しなければならない。

 そして、政治に終わりはない。右京がやったように、国が亡びるまで政治は続くのだ。

 容易ではない、疲弊した国の立て直しが待っている。


「息子よ」


 その言葉は、祭我が良く聞く言葉だった。

 バトラブの当主から、良く言われていたことだった。

 あるいは、ソペードの当主からも厳しい言葉を送られた時も、似たような感想を抱いていた。


「息子よ、お前は随分と優しい様だ。この地に赴いた時から分かっていたが、お前は随分と責任感があるな」


 アルカナ王国の国王は、ドミノの若い皇帝に優しく肩へ手を置いていた。


「大分いろいろなことも見えている。安心だ、これなら我が娘も任せられる」


 言葉巧みであり、激しいところがある。それは革命家に必要なものだ。

 もちろん王にも必要なものだが、王はそれだけでは足りない。

 優しい必要はないが、多くのことが見えている必要はある。


「さて……ずいぶんとまあ、我が娘の夫になる男へ暴言を吐いたものだ」

「陛下……今からでも遅くはありませぬ、その男と手を組むことはおやめください! その男は、一度恨めば国さえ亡ぼす男です!」

「そうだな、まったくもって頼もしい」


 少なからず、羨ましくも思う。

 彼は自分の行動が歴史書に乗ると言っていた。確かにそうだろう、建国した男がその国で語られないわけがない。

 だがそれは、自分にはないものだ。数十代も重ねてきた王の、そのうちのひとりでしかない自分には望めない物だ。


「少なくとも、耐えるという不毛な行為をしていただけのお前達よりは良い」

「……皇帝を支えることこそ臣民のあるべき姿! そうでなければ、どうなるのかなどあの国を見ればわかること! 今、あの民衆が何をしているかご存じないのですか! 我らに生活の苦の原因を押し付けて、現実を見ずに血に酔いしれる彼らの事を、ご存じないとおっしゃるのですか!」

「国王とはな、国の顔だ」


 ドミノとは少々政治体制が違うとはいえ、国家の頂点に立つ男は冷酷に、ヌリだけではないその場の亡命貴族全員に語り掛けていた。

 愚かにも被害者面をしている、すべての貴族を見捨てると宣告していた。


「つまりだ、皇帝が愚かだったならば、全員が愚かだったということだ。少なくとも、政治にかかわるすべての者がな」


 お前ら全員馬鹿だ、と他ならぬ一国の王に言われた彼らは、呆然としていた。

 この場で唯一、自分達を助けることができる男が、価値がないと言い切っていた。


「仮に、この私が今突然死んだとしよう。だが、代わりの王はいくらでもいる。私が死ぬことで、他の王がその王なりの治世をするであろうが、それはこの私と大差があるものではない」


 替えが効かない個人が英雄ならば、その英雄がいなければ機能しない国家は未成熟であると言える。

 アルカナ王国には、当代の王が崩御したとしても、後を任せることができる王族が沢山いる。


「それはそちらも同じことだ。皇帝が腐っている、無能で愚鈍だというのなら、お前達全員が無能で愚鈍だというのだ」


 例えば、皇族や王族の中にも、数人は箸にも棒にも掛からぬ輩がいるだろう。

 王族といっても人の子である、全員が全員有能ということはない。


 しかし、そんな者が王になった場合どうなるか。周囲がまともならば、なだめすかして良い方向へ転がしていくだろう。

 結局のところ、皇帝だの国王だのといっても、一番上の立場で命令するだけの人間でしかない。

 仮に絶対王政だったとしても、周りがその命令に従わなければそこまでの筈だ。

 皇帝だからといって、周囲を洗脳して意のままに動かせるわけではないのだから。


「皇帝が腐っているというのなら、その周囲も腐っていたのだろう。まさか、皇帝だけが利益を得ているとでも? 金は誰かに渡さねば意味を持たぬのだぞ、まさか皇帝以外の全員が善良で被害を受けていたと言うまいな」


 打倒されたドミノの皇帝。

 確かに彼は暴君であり、自分の利益しか考えていなかったのだろう。

 それは、この場の貴族の言葉からしても明らかだ。

 だが、皇帝だけではない。皇族だけでもない。

 単に偏りが存在していただけで、彼が利益をもたらしていた相手も確実に存在していたはずだ。


「耐えろとほざいたが、耐えられぬから反乱したのだろう。国が丸ごとひっくり返ったのだ、それこそ民衆の殆どは耐えきれなかったのではないか?」

「それでも……それでも耐えねば、国が割れるのです! 現にドミノは貴国から援助を受けねばならなくなった!」

「国家百年の計とほざくか? 何時か名君が誕生し、すべての不幸が帳消しになるとでも?」

「その通りです!」

「馬鹿馬鹿しい、それまでに生きている人間がどれだけいる」


 確かに、国家は残るかもしれない。暴君の圧政に耐えることで、国家は存続するかもしれない。

 だが、人間は死ぬ。右京が煽り、恐れたように、今日の糧がなければ人間に明日はないのだ。


「民衆が何人死んでも関係ないと思うか? それはそうだな、それは民衆も同じだ。臣民も我らに対してさほどの敬意も興味もない。機嫌を取ってやろうとは思っているが、追い落とされた我らがどうなると知ったことではないのだ」


 そうではない民もいるだろう。

 だが、そうではない民の方が多いのだ。


「お前達がこれから味わうことは、正当なる報復だ。自分の国に帰り、民衆から正当な罰を受けろ。お前の国の民衆が、帝政に不満を持ち立ち上がったのだとしたら、その不満の根源の責任はお前達にもあるのだ」


 そもそも、帝政に問題があった。それはこの場の全員の共通認識だ。

 元々火種は帝国の各地にあったのだ、それを利用したのが右京というだけで、その火種の存在の責任は政治に携わった全員にある。

 当然、この場の貴族も含まれる。


「わ、私は政治に関わっていません!」


 そう叫んだ女性がいた。

 拘束されたまま、助命を求めていた。


「私の子供も、罪はない筈です!」


 自分は何も知らなかったし、何もできなかった。子供など、更になんの責任もない筈だった。

 だというのに、このまま殺されるなど理不尽すぎる。


「この子が何故罰を受けねばならぬのですか、国王陛下!」

「何故、罪がなければ罰されないと思うのだ? 責任がなければ、何故罰を受けないと思うのだ?」


 心底不思議そうに、国王は訊ね返していた。

 質問の根幹にかかわることに、貴族の女性は返す言葉もない。


「暗君の政治によって飢えて死ぬ農夫の子供は、何かの罪があったからそのようなことになったのか?」


 ただの事実として、帝国の貧困は深刻だった。だからこそ、手に武器を与えられれば迷わず領主の家を狙ったのである。

 そして深刻な貧困とは、つまりは餓死者が大量に出ていたことを意味している。


「想像力が欠如しているな、お前達は知っていることを理解していない。人はな、飢えれば何でもするのだ。だからこそ、そこには細心の注意を払わねばならないのだ」


 人は飢えれば獣になる。

 物乞いもするし、盗みもするし、殺しもする。国家を転覆させることもある。

 そんな当たり前のことを、貴族たちはわかっていなかった。


「貧しい者はな、富む者が憎くて仕方がない。食えなければなおのことだ、彼らは飢えを知らないことにさえ腹を立てている。お前達は、日々満ち足りていたのだろう? ではその報いを受けるがいい」


 王国にしても、或いは国王にしても、別に亡命貴族が憎いわけではない。

 逃げてきた彼らを受け入れる度量もある。大人しくしているのなら、受け入れてやろうとは思っていた。

 少なくとも、こうして外交に利用するつもりはなかったのだ。

 だが、彼らが復権を望み、それに自分達をまきこめば話は別だ。


 ステンド・アルカナも言っていたように、アルカナ王国にとって利益のある共闘なら、それなりには助力もありえた。

 百の投資で百の安全、百の見返りがある。という虫のいい話はないとしても、それなりに商談ができる内容ならそれもアリだった。

 だが、少なくとも亡命貴族たちは風姿右京の様に、ヴァジュラによる天候操作という恩恵以上のものを用意できなかった。

 王家が右京に対して『切り札』としての役割を求めたことを考えないとしても、これから先数十年気象を支配できることは甚だしい利益が見込めることだった。

 それこそ、四大貴族をして反対意見が出ないほどにである。ヴァジュラが常々自己申告しているように、天を操ることができる男など、替えは効かないのだ。


 そう、替えは効かない。

 場に出せば勝利が確定する切り札は、アルカナ王国に現在『五つ』存在する。

 その五つは、それぞれ役割が違うというだけで、適切な条件で使用すれば必ず成功へ導く。

 だが、それは一枚ずつしかない切り札なのだ。

 今回彼らが正蔵を殺そうとしたように、切り札といっても一つの命。場に出す前に殺されることは十分にあり得る。

 そんな切り札を、まともに領地経営もできない輩に貸すことなどできはしない。


「ふざけるな! 我らを絶やして何になるというのだ!」


 それに、そもそも彼らは理解しているのだろうか。自分たちの主張に潜む、根本的な破たんが。


「ヌリよ、ではお前達を生かしておいて何になるというのだ? 我が国の要人を殺そうとし、我が国の来賓を殺そうとしたお前達を生かしておいて、我が国にどのような利益があるというのだ」

「……それは!」

「この場の全員が関係しているとは思わん。だがな、これだけの事件を起こしておいて、知らぬ存ぜぬでは通るまいよ」


 助けないお前達が悪い。

 そう言えればどれだけ楽だろうか。

 だが、それを言えば何もかもが破たんする。

 そして、既にとっくに、何もかもが破たんしている。


「なあ、貴族様」


 右京が邪気を放ちながら訊ねていた。

 その顔には、汚れの無い笑みが蘇っている。


「お前の言う通りだ。俺は詐欺師だよ、元々駄目だったあの国をもっと駄目にしてしまった。王様を名乗ったことはないが、それでも俺は暗君であり暴君なんだろうさ」


 最初から、こうなると思っていた。

 だが、それでも復讐に燃えていた右京は、その御題目を掲げて内戦を起こした。

 飢えた子供を抱えている父親に、乳が出ないことで赤子を泣かせている母親に、重税に苦しむ農夫に、あいつらが全部悪いんだと吹き込んで、武器を渡したのだ。

 

「だが、ドミノはもう俺の国だ。お前達の居場所は何処にもない」

「ふざけるな、神宝を持っているだけが取り柄の小僧が、のぼせるな!」

「お前達の言葉を借りるなら……今お前達が復権しようとすれば、更に国が乱れるということだ」


 確かに、右京の扇動によって国は乱れた。

 国力は大いに下がり、結果的ではあるが彼の失策によって多くの働き手が死んだ。

 少なくともこの時点では、力があるだけの若造が勢いによって国を乗っ取ったと言われても仕方がない。

 しかし、既に国は政権が代わっている。ここから復権するとなれば、多くの犠牲が出るだろう。


「お前は、その点に関してなんて言うんだ?」

「このままお前に任せれば、どうなるかなど火を見るよりも明らかだ! お前に国家の運営などできるものか!」

「大丈夫だって、お隣の国から結構優秀そうな人を引っ張れそうだからな。お前らよりは仕事を任せられそうだし」


 仮に、軍事面に関して素人で構成するとしても、今のアルカナとドミノが手を組む状況になれば、どの国も二の足を踏むだろう。

 アルカナには正蔵が存在し、ドミノにはウンガイキョウが存在する。

 その双方が手を組む以上、他国はうかつには手が出せない。


 とはいえ、国政面に関しては話が別だった。

 内政に関しては、庶民の中の商家から人数を引っ張ってくるとしても、当然無理が出る。

 そういう意味では、貴族たちの復権もあながち的外れではない。


「アルカナに、ドミノを差し出すというのか!」

「お前らのやろうとしたことと、どう違う?」


 議長を名乗ろうが皇帝を名乗ろうが王様を名乗ろうが、とにかく右京の発言力は下がる。

 どうしようもなく、実務面でアルカナに依存してしまうからだ。

 だが、そんなことは今更だった。

 仮にこの場の貴族たちが復権するとしても、実務面もへったくれもなく、多くの援助を受ける見返りを求められ多くの要求を通されるからだ。

 もうドミノは、単体では国家を維持できない。どのみちアルカナにある程度の協力をしてもらう必要がある。

 帝国と共和国、どちらを選ぶかはアルカナに決定権があるのだ。


「実務を任せることと、政治的な貸し借りは違う!」

「ああ、はいはい。でもまあ、そのなんだ。お前にもう一度教えてやるから、お前の口からお前の仲間全員へ教えてやってくれ」


 皇帝の暴政に耐えていた貴族もいたのだろう。

 まったく政治に携わらなかった、貴族階級というだけの女性もいるのだろう。

 国の事など何もわからない子供たちがいるのだろう。


 しかし、右京の眼には彼らが哀れだとは映らなかった。

 彼が散々先導していた、やせ細っていた民衆の姿に比べれば、余りにも幸福な人生だった。

 偶々偶然、人生の最後で酷い目にあうというだけで、今日までお腹いっぱいご飯を食べている貴族たち。

 ただそれだけで、暴政に耐えていた『臣民』からすれば極刑に値するのだろう。



「我慢しろ。例えお前達が死ぬとしても、それが国の為だ」

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