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解説

 期せずしてなのか、一晩で三か所が同時に襲撃されるという珍事が明けて、学園前のソペード屋敷には腐臭が漂い始めていた。

 うんざりするほど大量の死体が、大量に寝転がっていた。


「相変わらず見事な腕だな」


 ソペードの元当主は、目の前の光景を見て感嘆していた。

 大量の死体たちは、首を斬られて死んでいる。逆に言って、全員首以外にケガは見られない。

 死んだ後で踏まれたとかそうした損傷はあっても、他には一切怪我がない。

 つまり、執拗なほど首だけを切っていたことを意味している。加えて、全員一太刀で首を落されていた。

 それを成した男が、とても眠そうな顔をしていた。

 普段ならこの時間にはとっくに素振りをしているのだが、昨晩殆ど眠れなかったこともあって、とても眠そうである。


「昨日は視界からいきなり消えたりしないで、殆ど歩きながら戦ってたのよ」

「ほう」

「おかげで観戦しやすかったわ。褒めてあげてね」


 山水の最大の武器といえば、一瞬で視界から消える縮地である。

 これをされると本当に一瞬で見失うので、集団戦闘では特に脅威となる。

 そして、それを意図的に使わずに戦うとなると、相当の苦戦をする筈だろう。

 だが、そうならなかった。対集団戦闘であるにも関わらず、視界から消えずに相手をし続けていたのだ。


「普段の訓練が生きたか?」

「慧眼恐れ入ります」


 山水は剣の指導をするにあたって、自分の体術を相手に見せなければならなかった。

 つまり、観戦している者たちにも見えるように立ち回らなければならなかった。

 当然、縮地を使わずに集団の中で戦う必要が生じていた。それが結果として、彼に不要だった技術を学ばせていた。

 縮地さえあれば不要なはずの、集団の行動を支配する立ち回りである。


「彼らの指導をしているうちに、集団からの意識を自分に集中させることを覚えました」


 一種、誘いといってもいいのだろう。

 相手に打ち込ませないような立ち振る舞い、相手に打ち込ませやすい立ち振る舞い、そうした物を山水は集団を相手にすることによって学んでいた。

 指導をする、という行為が結果として修練に結びついていた。


「これはこれで、仙術からの脱却なのかもしれません。師が言う所の、生きた剣かと」


 縮地などを用いずとも、歩法や剣捌きだけで多人数を相手に立ち回る。

 なるほど、それは確かに生きた剣なのだろう。誰にでもできるからこそ剣術なのであるし。


「首を斬ったこともか?」

「これは……お嬢様からの指示でして」


 その点に関しては照れて恥ずかしそうにしていた。

 ソペードの元当主には、照れる理由がよくわからない。

 王女やドゥーウェも彼が顔を赤らめているところを見て、理解に苦しんでいた。


「後半は只の作業でした。首を落とすことに関して失敗はありませんでしたが、やはりあざといと言いますか、これ見よがしといいますか。若さが出てしまいました」


 数百人の首を落とすことが若さというのなら、そんなことを言うほど老成している山水は相当感覚が狂っている。

 とはいえ、ソペードの元当主にはそれが分かっていた。なるほど、確かにこの剣聖にとっては好ましくあるまい。


「なるほど、技の自慢をしているようだと?」

「はい……首を斬ろうと思ったことがなかったので、しばらく没頭してしまいました。あまり良くないことです」


 例えるなら力自慢の大男が、中身のない鎧を斧で真っ二つにしてそれを誇っているようなもの、ということだろうか。

 聞いている三人には、理解はできても共感はできない境地である。


「手を抜いたというわけではないのですが、手を入れ過ぎたと言いますか……趣味が悪い、といいますか、あまり上品ではありませんでしたね」


 今現在、ソペード屋敷の前にはソペードの兵士達が早々に集められて、その死体の処理をしていた。

 その彼らは時折山水の姿を見て、馬車の荷車に積まれていく死体を見て、その言葉に共感していた。

 はっきり言って、ありえない。

 これだけたくさんの武装している人間を相手に、首だけ執拗に切り落としていくなど普通ではない。

 仮にドゥーウェが命じていたとしても実行に移せるとは思えないし、完遂するのはもはや異常の域だった。


「首を落とせる状況になったとき、首を落とす。その程度なら構わないと思いますが、態々首を落とすために相手の姿勢を制御するというのは……」


 ソペードの兵士たちは、時折首や胴の切断面を見ていた。

 それを見て、調理場を思い出したとしても不自然ではあるまい。

 骨と骨の境目へ、綺麗に刃が通されている。

 もちろん、太い首を落とすために相応の力を込めているのだろうが、それを差し引いてもあり得ないことに切断面が綺麗だった。

 力任せに切断したとは思えない、組織の崩れがない『調理』がされていた。

 それが一つ二つなら、どれだけよかったことか。

 全ての首と胴が、厭味ったらしいほどに丁寧に斬られていた。

 その首の顔を見る。やはり、今の自分達と同じぐらい恐怖で固まっていた。


「やはり、技としては余分かなと……」


 首を斬り落とせと命じられた。

 魔法を使わなくても首を斬り落とせると思った。

 やってみたらできた。全員にやって失敗せずにできた。

 でもこれはちょっと趣味が悪いと思った。

 剣聖の剣は、価値観が違いすぎて困る。


「とはいえ、人体の構造をしっかり把握できていることを確認できました。そういう意味では、いい試験になりました。剣士としては、人間の骨格の構造をしっかりと把握しなければいけませんからね」


 山水の説明を聞いて、その異次元さにあきれるドゥーウェ。命令した自分としては『残酷に殺しなさい』程度の認識だったのだが、実行している山水は多くの事を考えながら戦っていたのかを知るとうんざりしてしまう。

 ステンド王女など意味不明さに閉口し、たじろぐほどだった。


 山水自身が良く戒めていることなのだが、そこらの石で頭を叩けば人は死ぬのだ。

 なんで人間の骨格の構造を剣士が知らなければならないのだ。


「もちろん、骨格だけではなく筋肉や神経、反射や習性なども把握しなければ剣士としては一流ではありません。ある意味、骨格が一番把握が簡単ですからね」


 本人は惜しみなく術理を解説しているし、近くで聞いている近衛兵達も納得しているのだが、それでも女性二人はその執念に理解ができなかった。


「私の場合、背が低いので角度が大変でしたね。首の、脊椎の関節は多いのですが、その分稼働域が少なく切り込む場所が狭いですから。首だけ斬り落とすのは相手を踏んだり別の誰かを足場にしなければいけませんでした」


 かろうじて、そこだけは理解できる。

 確かに首を切るときは相手を転ばせるか、或いは飛んだり跳ねたりしていた。


「首は太いですから、魔法の類を使わずに両断するとなると、剣に重さを乗せた渾身の一振りである必要があり、それも相手の姿勢を完全に制御して剣の刃を痛めないように斬りこむ必要があります。それに、首を斬るからと力んでしまえば、余計な力がこもってしまう。そうしていたら、一太刀では斬れませんし、途中で疲れてしまいます。やはり数百人を相手にするとなると、些細な失敗の積み重ねが脅威になりかねませんね」


 ただ相手を殺せばいい、ただ相手の首を落とせばいい。それができるだけでも、相当に難易度の高い事である。

 しかし、それを武装している数百人を相手に、戦闘しながらこなすとなるとそれが必要なのだろう。


「とはいえ、数百人と殺し合い、その全員の首を落とす剣術に合理性があるかといえば……やはり加虐な行為というほかありません。教えられませんね、これは」


 教えられた側も困るだろう。

 首を切断するときはこうすればいいと言われても、そんなことを実行することなど人生では一度もないだろうし。


「実際、百人も斬ったあたりからは相手側も恐怖で硬直して、膝から崩れている方もいました」


 恐怖が相手を大きく見せる。山水が首を斬り続けたことで、誰もが恐怖で身動きができなくなっていた。

 そういう、威嚇や恫喝に近い行為だった。正直、好ましくない『作業』だった。


「お嬢様には失礼ですが、王女様の前で実演するには、刺激が強く後味も悪かったかと」


 仙人として長く生きた山水にしてみれば、痛めつけて殺したわけではない以上、今回の斬首も決して不当な行為ではない。

 彼らは襲撃を目的として徒党を組み、ソペードの屋敷へ夜襲していた。それこそ、仮に生かして捕まえたとしても、極刑は免れないほどに弁解の余地がない大罪である。

 そんな彼らを殺すことは、彼の理屈から言っても正当だった。

 よって、命じたドゥーウェやその彼女を咎めない周辺に関しても、一切反感はない。

 誰かを殺しに来た男たちが、返り討ちにあった。それだけの事である。

 だからこそ、無駄に凝った殺し方をしたことを恥じらっていた。


「殺し方にこだわるなど悪手です。全体を常に見て、しかるべき時に相手を叩けばそれでいいとは思いませんか」


 普段木刀で戦っている山水は、それこそ頭を叩くか喉を突くかである。

 敵の剣を奪えば、腹を刺すか胸を貫くこともある。

 だが、殺し方にこだわったことはない。その場その場で、最適な攻撃をし続けていただけだ。

 しかし、やろうと思えば、命じられれば実行できる。それが今の山水だった。


「それにしても、臓物がはみ出なかったことはいいとは思いますが、凄い数の首ですね」


 朝の日に照らされる中で、死体の上に涼し気に佇む。

 剣士であり仙人、剣聖の名に恥じぬ立ち姿に、誰もが息を呑んでいた。


「もしもさらし首にするとしたら、とんでもないことになりそうだ」


 仮に、今回の一件を歴史に刻むとすればどうなっているだろうか。


 自分の娘と雇用者を守るために、剣聖は敵の剣を奪いながら立ち回った。

 月夜の元に彼の冴えはすさまじく、争いが終わったときにはすべての襲撃者の首が草原に転がっていた。


 事実を列挙したとして、今の山水の姿を誰が想像するだろうか。

 実際にこうして会っているからこそ、逆にしっくりくるのではあるが、後世の者は決してこれを理解できないだろう。


 仮に彼の姿を特に残したとしても、精神異常者としてしか理解されまい。

 それほどの凶行なのだ、戦場であえて斬首をするというのは。

 だが、事実は異なる。通常の神経ではないとしても、異常な神経でもないのだ。


「とはいえ、これでレインやドミノにまつわる事柄は解決したということでしょうか、ご隠居様」

「……カプトでの交渉次第ではあるがな。お前は最善を尽くした、良くやってくれたぞ」


 少なくとも、彼と話をしていても危うさはない。

 すぐにでもこの場の全員を殺せるはずの男は、とても穏やかだった。




「ところで、そのさらし首とはなんだ?」


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