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迎撃

 帝国貴族、或いは亡命貴族たちにとっては悲劇としか言いようがない。

 いきなりなんの突拍子もなく、四つの神宝を持った革命家が民衆を扇動し、反乱軍を結成した。

 通常ならその首謀者を殺せばいいところだが、最悪なことに聖杯エリクサーを所有していた。


 聖杯エリクサーは、幸運を呼び招くような代物ではない。

 何もかもが都合よく動き、彼を中心に物事を動かせるようなものではない。

 エリクサーがもたらすものは、単に個人としての生存だ。生きる気力を持つ限り自分が死なないだけで、他の不都合なことはいくらでも発生する。

 彼が率いる軍勢が百戦百勝するものではない。エリクサーを持っているだけの男が、革命を成功させられるものではない。


 しかし、彼には他にも三つの宝があった。

 妖刀ダインスレイフはともかく、天槍ヴァジュラ、実鏡ウンガイキョウは特に役立っていた。

 これらによって、彼はあまりにもわかりやすく民衆を扇動した。

 雲を操る槍によって己の絶大さを示し、無数の武器によって民衆に実行力を与え、帝国の民衆を意のままに操っていた。


 口先だけの理想と民衆にだけ甘い顔をする政策を語り、我に大義と力があると豪語していたのだ。

 そうして、国家の事など何もわからない民衆をたぶらかし、己の為の反乱軍に仕立て上げたのだ。


 そんな男一人を殺せばよかったのだが、当然上手くいくわけがない。

 エリクサーが彼だけは死なせず、彼は何があっても叛逆を諦めなかった。


 その結果、帝国は転覆した。余りにもあっけない事だった。

 三百年以上の歴史を誇る帝国は、どこから現れたかもわからない男によって、因果関係もへったくれもなく滅亡していた。


 青い血を流す彼らは、隣国に避難した。持ち出せたのは、僅かな財と手勢のみ。

 親戚筋をたどり、故国を想いながら亡命したのだ。

 そして、アルカナ王国で肩身の狭い暮らしをしながら、雌伏の時を過ごしていた。

 いずれ、故郷に凱旋するその日を夢見て。


 そして、アルカナ王国には祖国を奪還することが容易な戦力が揃っていた。

 ドミノ帝国を復興させるだけの余裕もあった。皇族の生き残りも、貴族が確保していた。

 つまり、アルカナ王国はその気になればいくらでも自分達を救うことができたのだ。

 にもかかわらず助けず、叛逆者を相手に国交を樹立しようとしている。下剋上を成しただけの男を、対等の相手と認めようとしている。


 それで、自分達はどうすればいいのだ。

 この理不尽が支配する世の中で、ただ過去の栄光を懐かしみながら余生を過ごせというのか。


 とまあ、当事者たちにとっては残酷なことだった。

 一歩下がってみることができる者達にとっては、失笑どころか呆れる話である。

 何故わからないのか、がわからない。

 それは今行われていることも同じだった。彼らの行動は理性的に目標を達成するためのものではなく、感情的な思い込みで行われていることだった。


 王国が危惧した、亡命貴族が行いそうで、されると困ることは三つ。

 一つはカプトの宮殿で、叛逆の首謀者である風姿右京が殺されること。

 一つはカプトの切り札、興部正蔵が奪われるか殺されること。

 一つはソペードが預かっている、山水の義娘レインが奪われるか殺されること。


 一つ目に関しては完全に怨恨を由来にする殺害計画である。

 憎い仇を殺したい、ただそれだけの理由で、エリクサーに守られている男を殺そうとしていた。

 ある意味一番わかりやすく、ある意味では真っ当な恨みによる犯行である。

 それをされた場合、まず確実にドミノ共和国は破たんする

 もちろん、亡命貴族たちは復権しようと祖国に帰るだろうが、その思惑が成功する保証はどこにもない。


 二つ目に関しては、それなりに意味があった。

 王家の目論見は、どうあがいても戦争を仕掛けた相手に援助をすることである。

 余裕ができたらもう一度攻め込んでくる、という可能性は捨てきれない。

 それでも国内の世論を黙らせることができるのは、正蔵という大量破壊兵器がいるからだ。

 彼がいる限り、何度攻め込まれても被害を受けることさえない。一方的に殲滅できる。

 だから援助しても問題がない。しかし、彼が死ねばその保証はなくなる。

 結果的に、右京は援助を受けることができなくなる。右京は政治的な求心力を失い、追い立てられたかもしれない。


 三つめはどうしようもないほど愚かな判断だった。

 もし、帝国へ凱旋できるのであれば、次期皇帝を確保している貴族が国政を担う。

 それはつまり、大いに甘い汁を吸うことができるということだった。

 どうやって帝国を復活させるかは一切考えていない。とにかく絵に描いた餅を掌中に入れようとしているだけだ。


 この三つが一つでも成功すれば、アルカナ王国にも被害が大きかった。

 というか、アルカナ王国の最高権力者たちは総意として嫌がっていた。


 仮にも国家の最高指導者を和睦に呼んで、亡命貴族の仕業と『見せかけて』暗殺したと思われれば大恥もいいところであるし、少々歪とはいえ政権が安定した隣国の崩壊を意味している。それによって内戦が再び起これば、山賊となった難民などがこちらに攻め込んでこないとも言い切れない。その場合、カプトの治安は大いに悪化するだろう。


 正蔵が死んだ場合、今後他国への牽制が難しくなる。

 いなくなっても致命傷というわけではないが、彼がいることで被害が激減していることは確かなのだ。

 国家全体への利益という事なら、彼の存在は他の切り札たちを大きく突き放している。


 レインが死んだり奪われた場合、山水がどう動くのかまるで分らない。

 俗世に未練がない彼が娘を失えば、そのまま山だか森に帰りかねない。

 ソペード以外から見ても、彼の存在は一剣士にとどまらない価値があるのだ。


 問題はこの三つの計画のどれを、亡命貴族が実行に移すかというものだ。

 ここで重要なのは、亡命貴族たちは情報収集能力には大したものがあったとしても、意思決定能力があるわけでも統率力があるわけでもないということだった。


『何、あの反逆者が国王と和睦の会議をするだと?!』

『何、あの破壊をした男が隔離されている場所が分かった?!』

『何、皇族のご落胤がソペードに?!』


 という情報を知っても、全体で共有しようとは思わないし、レインに関しては抜け駆けをもくろむのが当然と言えた。

 よって、各地に散った亡命貴族たちは各々で勝手にその犯行に及ぼうとしていた。

 戦力を分散させている愚、といえば確かにその通りだが、アルカナ王国側もその全てに対応しなければならなかった。


 いっそ全員を一か所に集めることができればよかったのかもしれないが、それは却下された。

 まず、正蔵が危ない。一応呪術によって勝手な魔法を封じているが、当人の膨大すぎる魔力によって何が起きるのかわからない。

 はっきり言えば、彼が原因で都市ごと重要人物が全滅する可能性がないとは言い切れなかった。

 加えて、レインに対して右京がどう動くのかわからなかった。当人がレインを復讐の対象とするのか、それは本人に確認しなければわからないところだったからだ。


 よって、三人の重要人物は全員別の場所で保護されることになったのである。





「あのあばら家だ」


 カプトの領地は、貧者への施しが厚い地でもある。

 なので逆説的に言って、食い詰め者が多いともいえる。

 であれば、金銭さえあれば命知らずたちを雇うことも簡単だった。


 狙う場所が町はずれの小屋ということも、襲撃者を多く集めることを容易にしていたのかもしれない。

 少なくともカプトの宮殿に忍び込んで、他国の要人を殺すよりは心理的に楽だった。

 男一人殺すには十分な報酬を全員に配っており、加えてそれは前金でしかなかった。成功報酬は、彼らの人生を変えるものだった。


「あのあばら家に住んでいる男を殺せ。それが済めばお前達には残りの報酬を渡してやる」


 そんな金額を、百人以上の荒くれ者に渡した貴族の顔は優れない。

 はっきり言えば、この行為が自分の利益につながるとは思えなかったからだ。

 『天罰』と呼ばれるべき興部正蔵を己の戦力にすることができれば、こんな薄汚い連中を雇うことなどなくとも、自国を取り戻すことができたはずなのだ。

 にも関わらず、殺すことになってしまった。


「……忌々しい」


 これから、世界最強の魔法使いは死ぬ。どこにでもいる暴漢の手にかかって、そのまま死ぬ。

 『小銭』で雇った、金目当ての者たちによって苦しんで死ぬのだろう。

 自分に忠義を誓っていれば、多くの名誉と賞賛を得ることができたはずなのに。


「『傷だらけの愚者』とはよく言ったものだ……愚か者め」


 事前に、あの小屋を守るものが少数の聖騎士とはわかっている。

 普段はいる応援が宮殿の警備に割かれ、結果的にその穴を埋めるために、自分同様の荒くれ者で数合わせされていることも知っている。


「いいっよっしゃ!」

「さっさとぶっ殺そうぜ!」

「金払いのいい雇い主で良かったぜ!」


 雇っている人数はこちらの方が倍以上に多い。

 であれば、数の利によって雑魚を蹴散らし、そのまま守りが固いだけの聖騎士を押しつぶせばいい。

 正蔵が魔法を使えば後方に陣取る自分も危ういとは知っているが、カプトの許可がなければ魔法を使えないことも調べている。

 よって、彼はこの作戦が成功すると信じて疑っていなかった。

 彼の視点では正しいものだった。少なくとも、他の作戦よりはまだ、成功率が高かった。


「よし……いくぞ!」

「おう!」

「楽な仕事だ!」


 血気に逸る、腕に自信がある貧民たち。彼らを雇った亡命貴族は、当然のように見下していた。そして、それは彼ら自身にも言えることだった。

 これから向かう先の小屋を護衛しているという、自分達の半分ほどの傭兵たち。彼らに接近が気取られぬように、松明を消して向かう、ということはなかった。

 むしろ多くの松明を掲げて、その人数を隠さずに主張しながら進軍していく。


 彼ら自身の自覚として、人数が多い方が強く、人数の不利を悟れば逃げ出すのが当然だった。

 確かに金は欲しいが、命には代えられない。そして、相手が同数だったとしても逃げを意識するが、倍なら考えるまでもない。

 よって、自信満々で彼らは進軍していく。正しい認識によって勝利を確信し、頭の中には報酬の使い道が巡っている。


「来たか」

「ああ、来た」

「……迎え撃つぞ」


 カプトの切り札を守るために配置された傭兵たちは、確かに一切の身分を持たない者たちだった。

 しかし、誰もが臆することなく剣を構えていた。倍の数など恐れるに足りず、と穏やかな顔をしていた。

 この護衛を完遂しても、彼らにはささやかな報酬しかない。後方には聖騎士や、正蔵直近の護衛もいるが助太刀されることはない。

 あくまでも、倍の敵を独力で破ることが彼らの役割だった。

 それでもいい。それぐらいでいい。


 山水と立ち合い彼の指導を受けた者たちは、彼の指導の成果を実感したいという欲と、今後も彼の指導を継続して受け続けたいという欲に満ちていた。


 故に、引かない。

 一人も逃げず、気勢を発することもない、夜空の下で静かに剣を構える傭兵たちに不信感を抱く襲撃者たち。

 しかし、人数の利はそのままで、武装にもほとんど差はない。ならば、突っ込まない理由がない。


「「「うぉおおおおおおおおお!」」」


 戦場で声を出すのは、相手を恐れさせると同時に自分の中の恐れをごまかすためである。

 如何に自分側の軍が有利だとしても、何人かは死ぬだろう。その何人かの内の一人が自分になるかも知れない。

 だとしても、そんなことになるわけがないとごまかして、相手が逃げることを期待しながら斬りかかっていく。

 できれば、痛い思いをすることもなく、疲れることにもなりたくないと思いながら。


『戦場では、ためらわないものが生き残ると言います。それも間違いではありません』

『命の奪い合いでは、まず自分の中の恐怖と戦わねばなりません。そうでなければ、自分を殺そうとしてくる敵に立ち向かうことができません』

『だからこそ、命知らずが勝つのでしょうね。それは間違いではない、合理的です』


 山水の教えを思い出しながら、ソペードに雇われた剣士たちは『昔の自分』と何も変わらない襲撃者たちを冷ややかに見ていた。

 目先の欲で、安易な経験則で、数の利を妄信して、恐怖をごまかしながら斬りかかってくる『昔の自分』を憐れみさえしていた。


『では、お互い命知らずならどうか? 体が大きい方が勝つのか、装備が良い方が勝つのか、それとも運が良い方か』

『生き残った方が勝者でしょう。ですが、それが強者と言えるのかどうか』

『自分より小さい者にしか勝てない者が、貧乏人にしか勝てない者が、偶然や天運にゆだねる者が、貴方の目指す強者なのか』


 装備は変わらず、人数は倍。その事実は変わらない。

 普通なら逃げ出すところかもしれない。そういう恐怖がないわけでもない。

 しかし、単純な話だ。一人が二人斬ればいい。それで敵は全滅する。


 『山水に出会う』までの自分なら失笑し呆れる理屈も、今なら信じることができる。

 それが難しいと分かっていても、それが彼に近づく道ならば前に進むことができる。


『気合だとか気勢だとか、そういうものが大事なことは事実です』

『ですが、それは前提であり、そこから先がある』

『私が信じる強者は、私に剣を教えてくれた人は、その先を私に見せてくれました』

『貴方達にも、それをお見せしましょう』


 怖いが、怖くない。

 殺到してくる者たちに、ソペードの傭兵たちは無言で迎撃していた。


「だああああ!」

「ふ……」


 振り下ろされてくる、鉄の剣。当たれば致命傷は免れない、体重を込めた一撃。

 それを受けるわけではなく、気を削ぐために下がって回避する。

 大地に振り下ろされる剣は、持っている男をつんのめさせる。

 剣で受けるか、頭を割るつもりの剣だった。走りながらのそれが空振りすれば、完全に死に体となる。

 山水なら、その機を逃さないだろうと思いながら、機へ打ち込めない自分の未熟を呪う。

 しかし、それでも十分だった。相手は攻撃を外し、こちらは剣を振り上げている。

 つまり、相手が攻撃を外したことに気付いても、こちらは攻撃を外す余地がなかった。


「ひっ……!」


 命知らずといっても、無防備な体勢で斬りこまれる恐怖に身がすくむ。

 一瞬で防御態勢を作れればまだ活路はあったにもかかわらず、思い出した恐怖によって彼は眼を閉じてさえいた。

 まあこんなものだ。自分もそうだった。師匠なら殺さずに倒せるだろう。

 そう思いながら、首へ一撃を入れる。当然、猛烈に血が噴き出し、自分にかかる。

 一人殺した、ということに達成感を感じた自分を恥じながら、更に前に進む。


「クソが!」


 一人目から視線を動かし、二人目を見る。松明を持っていた目の前の男は、気が不完全だった。

 自分の前の男が斬り倒してくれるだろう、という期待を抱いていた彼は、そこから自分が戦わねば、と決意を固める時間が必要だった。


「ふっ!」

「がっ!」


 それを待つことなく、先の先を制する。

 渾身の一撃を入れる必要はない、首を狙って、素早く一太刀入れるだけでいい。

 仮に即死しなかったとしても、致命傷にならなかったとしても、その時点で心は折れてしまう。

 ごまかしていた恐怖が噴出して、何もできなくなってしまう。そこから再起する時間、適切な処置をする時間を、出血が奪っていく。


 そして、止めを刺すよりも先に前へ進む。

 既に二人斬っているが、前に敵がいる以上斬りこんでいく。


「ひっ!」


 三人目は、既に心が折れていた。

 他の敵がどうだかわからないが、自分に向かってくる敵が鮮やかに味方を切り伏せたところを見て、既に心が負けていた。

 放置しても無害かも知れない。そう思うほどに、三人目は体が硬直していた。

 だが、斬る。未熟な自分に、見逃すことは許されない。


「な、なんなんだよこいつらは!」

「畜生、聞いてねえぞ!」

「なんでこんなに強……!」


 山水の様に、全体を見る視野はない。

 しかし、目の前の敵を見る限り、傍らの同志たちも敵を一方的に切り捨てているようだった。

 優位だったはずの戦いが、一方的に蹴散らされていく。

 それはつまり、双方にとって常識だった敗走が、人数の多い方に起こるということだった。


 そして当たり前だが、剣の歩法として後ろに下がることと、全力疾走していたところから背を向けて逃げ出すことでは、一歩目の速さがまるで違う。

 恐怖でおぼつかない敗走と、背を向けた敵を追う追撃では、その足の速さが違う。


 つまり、一方的な迎撃から、更に一方的な追撃に戦いは変わっていた。


「馬鹿な……」


 それを遠くから見ていた亡命貴族は絶句していた。

 彼は決して手抜きをしたわけではなく、全力を尽くした。

 敵の情報を理解して、それに必要な戦力を準備して、その上で行動に移したのだ。

 それが、完全に失敗していた。


「……まさか、傭兵に扮した精鋭か! そうか、罠だったのか!」


 遠くから見ていた亡命貴族は、鮮やかに撤退した。

 馬に乗りこんで、そのまま逃げだす。実に正しい判断だった。作戦が失敗したならその場を全速力で離脱する、それはもっとも賢い判断だった。


 問題は、彼が逃げる場所などこの国にはどこにもないということだった。

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