学園
俺に色々教えてくれた家庭教師から聞いたのだが、アルカナ王国はかなり広い王国らしい。基本的に封建制で多くの貴族が土地を治めているのだが、流石に王家には直轄の領地もあるとか。
ソペード家を含めて四大貴族は王家に次ぐ権力を持ち、相応の土地を持っているとか。
よって、魔法で飛んでいくならともかく、ゆったりと進む馬車は領地を出るまでがまず長く、そこからさらに王家の領地にあるアルカナ学園を目指すとなると更に遠かった。
道中立ち寄った街で演劇を観たり、或いは夜盗をとっちめたりとしながら俺たちはようやく到着した。
「ふうん……思ったより大したことはないわね」
自分で通いたいと言った学校に来て、第一声がそれだった。さすが四大貴族の本家のお嬢様である。
とはいえ、感じる気配からしてさほど誇張でもない。なにせ最高学府だけに建物全体からして『濃厚な不自然さ』が漂っている。おそらく、魔法的な何かが込められていると思われる。
建物自体は、ある意味普通だった。おそらく日本の大学とそう変わるまい。
つまり、お嬢様の実家と大差ないのだ。
そりゃあそうだ、この学園に施されているなにがしかの防御術があったとして、それが四大貴族の御屋敷とそう大差があるわけもない。
お嬢様が何を期待していたのかはわからないが、期待外れだったようだ。
「ねえサンスイ、貴方はどう思う?」
「そうですね、随分厳重に魔法が施されているとしか」
「レインは?」
「お嬢様のおうちの方が凄いと思います!」
「あらそう? それじゃあちょっと拍子抜けね」
こういう時子供と言うものはありがたい。
口ではややつまらなそうだが、大分機嫌を持ち直してくれたようだ。
とはいえ、これは一種頂点にいるからこその悩みだろう。
なにせどこに行っても、自分の家にある物以上の物が無いのだから。
その理屈で俺に興味を持って雇用してくれたのかもしれない。
実際俺も、素振りを始めて最初の数年は本当に苦痛だったから、代わり映えのない日常に飽き飽きしている気持ちもわかる。
付き合わされる方としては、たまったものではないのだが。
「あらあら、四大貴族のお姫様には、私の学園も退屈かしら」
さっきの言葉を聞いていたらしき、品のいい高齢の女性がこちらに声をかけてきた。
髪は全て白いが手入れはされており貧相な印象は無い。
むしろ眼には力があり、ボケだとかそういうものは感じさせない。
腰も伸びていて、杖を持っているが自分の足でしっかりと立っていた。
「あら、賢者と名高い学園長先生ですね?」
「そんな大したものじゃないわ。ただ長く生きているだけよ」
好々爺、というとおじいさん風だが、にこにこと笑うおばあさん。俺もブロワも、レインも控える。
おそらく俺達と違って、爵位の様な物もちゃんとある、地位と気品のある御仁だ。
お嬢様もこういう人が特別嫌いと言うこともないので、ちゃんと気を使い始めた。
学園が大したことがないと言っている時点で、既に手遅れだとは思うのだが。
「今日からお世話になります、ドゥーウェ・ソペードです。どうかご指導ご鞭撻のほどをお願いしますわ」
「あらあら、私達の学校で教えられることなんて、多分貴女の家でも教えてもらっていると思うわよ?」
挑発的なことを言うが、しかしじゃれ合いの様な雰囲気だった。
ブロワもレインも少し困っているが、二人とも怒気を感じられない。
喧嘩をしているというよりは、楽しくお話をしているだけのように見える。
そして、学園長先生が先導する形で俺たちは学園の中を歩き始めていた。
当然と言えば当然だが、内部で行われていることは普通の学校と一緒だった。
「でも、新しい刺激を求めているのなら、領地に閉じこもるのではなく学校に来ることは良い事ね」
なんというか、この人の話し方からは師匠の事が思い出せる。
師匠もこうやって、のんびりとした話し方をしている人だった。
きっと今でもあの森の中で、ひたすら素振りをしているのだろう。
「恵まれすぎている上にしなければならないことがない貴女は、さぞ退屈なんでしょうね。でも一度興味を持つことができたら、そんなことを考える暇もなくなるわ」
修行を怠ってはいないが、あの時期ほど没頭はしていないからなあ。
客観視するに、やっぱり朝から晩まで剣を素振りするのはおかしいし。
「私もすっかりお祖母ちゃんだけど、まだまだ知りたいことが沢山あって飽きないわ」
「賢者と呼ばれ、この世のことを知り尽くしていると言われる貴女がですか?」
「言ったでしょう? 私は只長生きしているだけなのよ。知らないことなんて沢山あるわ」
そう言って、ある教室の、その前に案内してくれた。
俺の事を、この上なく露骨に見ている。
「とくに、希少魔法なんて知らないことが多いぐらいよ。この学園でも法術の指導者はともかく、他の術に関しては文献を読むのがやっとでね」
希少魔法、魔力を用いずに使われる、魔法ならざる魔法。
その使い手である俺の事をじろりと見ていた。
「わがまま姫の持つ、最強の剣。その片方である童顔の剣聖サンスイ、一度お会いしたかったわ」
気難しいドゥーウェ・ソペードには二人しか護衛がいない。
片方は風魔法の天才にして刺突剣の使用者、男装の騎士ブロワ。
もう一人は木刀一本で如何なる騎士をも倒す、童顔の剣聖サンスイ。
この二人さえいれば、一軍さえも恐れるに値しない。
という噂を意図してお嬢様は流している。
それだけ彼女は自己顕示欲が強く、自分の配下に対して自信を持っているのだ。
俺としては、師匠に遠く及ばない腕前の男が剣聖と呼ばれていることにどうかと思っているのだが、その辺りのことは聞き入れてはくれなかった。
「できればこの学校で、貴方の希少魔法の講義をしてほしいわ」
「すみません、俺はまだ師匠から一人前の認可を得ていないのです」
俺も正直、師匠からは素振りの指導しか受けていない。
それはつまり、魔法を教わろうと思ったら朝から晩まで剣を素振りするという退屈な授業にしかならないということだ。
そもそも人間の寿命で習うようなもんじゃないし。
「あらそう、残念ね。でも、魔法を使って見せてくれるぐらいならいいでしょう? 私はね、できれば全ての希少魔法の使い手に間口を開ける学園にしたいの」
教室の中には、それはもう大量の文献があった。
書物、巻物、紙の束。見ているだけで眩暈がしそうだった。
印刷技術があんまり発達していないであろうこの世界では、これは全部肉筆なのだ。
「希少魔法の中で重要視されるのは法術ぐらいで、後は対抗策を知るために呪術ぐらい。他の特異な希少魔法は使い手が少なくて、貴方のように指導者を得ることは極めて稀よ」
いや、どうだろうか。
確かに俺は良い師匠にあったと思うけど、それは俺がこの世界に来た時に家族が全員死んでいたからで。
仙術の才能があるからって、仙術を教えてあげたいとは思えないな。仙術憶えるころには、家族とか全員死んでると思うし。
「御国は実用性ばかり考えるけど、学校なんだからもうちょっと考えて欲しいところよね」
そう言って、学園長先生は教壇の前に置かれていた椅子に座っていた。
「ここが私の部屋なのよ。何分書きすぎるものだから、こうして使っていない教室を丸々占拠しないと、足の踏み場もなくてね」
ううむ、教室に置かれた大量の本棚や机。その上を埋め尽くす大量の資料。
これを全部ひとりで書いているのだとしたら、それはもう凄すぎることだった。
正真正銘、賢者と呼ぶしかない。
「さて、改めてようこそ私の学園へ。歓迎するわ、ドゥーウェ・ソペードさん。貴女にも熱中できることが見つかるといいわね」
お嬢様は無能も野心家も嫌いなので、こういう穏やかでおちゃめな人の方が好きだろう。
お兄様やお父様もからかっているが、割とすぐに飽きてどっかにいこうとするしな。
少なくとも、お嬢様がこの学園に来たのは良いことだと俺は思っていた。
「ああ、それからレインちゃんもこの学校の幼年部に入るのよね」
「はい、お願いします!」
「あら、小さいのに元気で礼儀正しいわねえ」
いやあ、俺の娘は可愛いなあ。
ちゃんとあいさつできるとか、しつけができている証拠である。
半分ぐらい、俺じゃなくてお嬢様が躾けてくれたけども。
「それで、ブロワちゃんとサンスイ君は本当に勉強は良いの?」
「私は既に師から剣も魔法も一人前と認可を得ております!」
ブロワは力強く答えていた。
あくまでも護衛としてここにいるのであって、皆と一緒にお勉強をするつもりはないと言い切っていた。
実際、クラスも違うだろうし護衛にならんしな。大体俺だって勉強が好きってわけでもないし、仙術のクラスがないのならなおのこと無駄である。
「ご厚意はありがたいのですが、私もお嬢様の護衛としてここにおりますので」
「そう、残念ね……特にサンスイ君は」
「あら、公開授業と言う形ならお貸ししますわ」
言うと思った。
自分の宝物を自慢したくてたまらないこのお嬢さまは、その機会を虎視眈々とうかがっているのだ。
とはいえ、自分から言い出すのも格好悪いと思っている節もある。実際カッコ悪いしな。
「それは良かった。実はねえ、今この学園にはサンスイ君を含めて『四人』の希少魔法の使い手がいるのよ。今度それを実演してもらうから、その時は協力をお願いねえ」
自分の自慢の護衛が、四人の中の一人扱い。
それに対してややいら立っているようだが、そう気にするほどの事もない。
何故なら、仙術使いなんて早々世間に出るわけがないんだから。
「それに、その内の一人はサンスイ君と似てるから、もしかしたら同郷かも知れないわね」
……え、もしかしてそういう事?