条件
占術による細やかな未来予知によって、祭我は剣に変化したエッケザックスを手に戦闘の準備をしていた。
トオンもスナエも、迷うことなく臨戦態勢に突入し、右京の前に出ていた。
『彼はエリクサーを持っている。エリクサーの効果は、担い手個人に天運を与えること。つまり、君達がカプトにいれば、調度都合よく彼の助けになれるはずだ』
エリクサーの効果は単純ながらも決定的だ。持ち主に生きる強い意志がある限り、決して暗殺は成功しない。
しかし、逆を言えば効果を知っている者は救援に使うことはたやすいのである。
「マキシマム・ブライトウォール!」
「うぉっ?!」
エッケザックスによって強化された光の壁で、武器を構えている右京を保護する。四方を囲んでしまえば、祭我が死なない限り中の右京は安全だ。
如何に右京にエリクサーがあるとはいえ、念には念を入れなければならない。
「その男を殺せ!」
それを察したのか、暗殺者たちも祭我を狙う。
正しい判断であり、同時に間違っていた。
奇襲した暗殺者たちは、夜襲用の暗い服を着ているが、武装自体は室内でも問題ない程度の片手剣だった。それを炎の魔法で燃やしながら斬りかかってくる。十人ほどの襲撃者ながら、その全員が。
その殺傷能力は、防具を着込んでいない三人には過剰なほどだった。
「ふん、その程度の火を恐れるとでも思ったか!」
先日、超一級の魔法使いに遅れをとったスナエである。燃え盛る剣に思うところがないわけではない。
いいや、はっきり言えば先日の敗戦を思い出していら立っていた。自分の未熟、神降ろしの限界を思い出したのである。
神降ろしが影降ろしに対して有利なのは、その肉体の堅牢さにある。それに対して、火の魔法は巨大な獣になった神降ろしの使い手にも十分なダメージを負わせることができるのだ。
だがそれは、結局のところ相手が一流以上であることに加えて、彼我の距離がある程度開けていればの話である。
巨大な獣になるのではなく、普段祭我がやっているように全身に毛が生える程度の獣化で身体能力などを高めれば、凡庸な剣士が彼女の動きを見切れるわけもない。
むしろ、闇の中で斬りかかってくるにもかかわらず、その居場所を教える間抜けぶりにあきれるほどだった。
「がああああああ!」
壁、柱、天井。それらを足場にして敵の背後を取ると、そのまま蹴りや手の爪で致命傷を負わせていく。
それはまさに縦横無尽、目にも留まらぬ早業だった。
「流石だ……腑抜けていたわけではないな!」
流石に、速度そのものは神降ろしに及ばない。しかし、剣士としての俊敏性と、影降ろしによる躊躇いの無い踏み込みもまた相当の速度を持っている。
トオンは動きの決まっている分身を三体放ち、その一太刀で致命傷を負わせていく。
「火の魔法は使うべきじゃない、法術はもう使っている……! 神降ろし、影降ろし!」
果たして、彼らはその動きを見切ることができたのだろうか。
全身を獣に変えて、更に分裂し、自分達に殺到してくる多くの分身たち。
全ての祭我が神剣を腰の高さに構えて、ただ命知らずに突っ込んでいく。
その、単純極まる自爆戦術は、燃える剣を持っていた者たちを等しく串刺しに、めった刺しにしていた。
「ふう……」
「分身の数が多すぎるな。あれでは互いにぶつかり合うぞ」
「あ、はい!」
一安心する祭我に、トオンは助言する。
実体のある分身だけに、互いにぶつかり合ってしまうのだ。
影降ろしとしては、余りいい戦術ではない。
「っと……もう大丈夫だ」
「ああ? なに言ってるんだ」
光の檻が解除されたことによって、四つの神宝で武装している右京が自由になった。
その歩き方から、武術の経験が浅いと分かる程度には、祭我は剣術を理解していた。
しかし、右京はためらわずに獰猛な笑みを浮かべたまま、ダインスレイフで一体一体暗殺者たちやその死体を刺していく。
「残心だろ、残心。お前だってなんか色々使えるみたいなら、これぐらいの警戒はしとけよ」
まだ息が合った者も、そうでないものも、体に残っていた血が宙を舞ってダインスレイフに吸われていく。
それは、まるで命をも妖刀に吸われているようであり、事実として徹底的に殺されていた。
「それに、安心だと? 随分デカいことを言うな、この宮殿の中の刺客が今の奴らだけだとでも?」
「そ、それは……」
闇の中でも獰猛に笑う右京。その顔に対して、最強であるはずの祭我は反論できなかった。
「ふむ、おっしゃる通りだ。では如何する? 我らは国賓である貴方の護衛を務めるぞ」
「それなら話は早え、国王陛下とカプトの当主様に合流する。あの二人が、今一番危ないからな」
右手にダインスレイフを持ち、左手にヴァジュラを持ち、右京はそのまま歩いていく。
まるで、自分の歩く先が既にわかっているようだった。
「この城で命が狙われるのは、俺と、国王と、カプトの当主の三人だ。この中の誰が死んでも、講和できなくなる!」
それが亡命貴族の狙いだと、右京は見抜いていた。
上手くいくかどうかはともかく、成功すればこの和睦交渉はどうしようもなくなる。
それは右京にとって最悪の一手だった。
「はっはっは! 中々愉快じゃないか! もうとっくに殺されてるかもなあ!」
ずしずしと、護衛されるべき最弱の男が前に進んでいく。
自棄気味の顔で、迷いなく前に進んでいく。
「……なんだコイツ、いきなり水を得た魚の様に……一番弱いくせに、偉そうなことを」
「父上を思い出すな、スナエ。ああして国を引っ張ってくださっていたな」
「……そうですね……中々の覇気です」
それに続く形で、三人も歩き出していた。
彼の判断は正しい。確かに国王とカプト家当主が心配だった。
それに、彼らの近くには親衛隊や聖騎士がいるはずである。
敵の数がわからない以上、味方は多い方がいい。
「貴方の国の護衛は?」
「祭我、俺の国の奴らにそんな高度なことは期待するな。去年まで農夫やってたような、装備がいいだけの連中だぞ。奇襲されたら死んでるし、奇襲されなかったら気付いてねえよ」
何気にぼろくそに言いながら、それでも迷いなく前に進んでいく。
聖杯エリクサーの効果によって、己が見出した活路が臭うようになっていた。
あてずっぽうで進んでいるようで、しかし確実に二人のいるであろう場所へ向かっていたのだ。
「でも……どうやってこのカプトの宮殿に亡命貴族の刺客が……」
「時間と金さえあればどうにでもできる。ワイロなんて雑な手じゃなくて、門番の家族を人質にとるとかな。人がいる城で万全の警備なんてできるかよ」
祭我の疑問に、饒舌に答える右京。
国家転覆を成功させただけあって、その発言は一々物騒だった。
「気付いてるか? 不気味なぐらい人が少ないぞ」
「そうだな……これは、まさかカプト側の配慮か?」
「流石王子様、中々勘がいいな! この宮殿、意図的に警備が薄くされてやがる!」
余りにも人が少なすぎる。
如何に電気がない時代とは言え、国賓を招いているにもかかわらず警備の兵が一人もいない。
それはつまり、カプトの本家で何かの意図があるとしか思えない。
「ああはは、クソが……受けるな!」
「そんな……なぜそんなことを?」
「知るかよ! 聞けばいいだけだ!」
怒っているのか笑っているのか、嬉しいのかどうでもいいのか、言葉から分かるのは興奮していることだけだ。
少なからず、意図が読み切れていないことは確かである。
少なくとも彼には、こんな茶番に付き合う意味が分からないらしい。
「俺は死なねえ! エリクサーがあるからな! にもかかわらず、王と大貴族の当主様が命をかけるだと? 何のために! 分からないなら、聞くしかねえだろうが!」
祭我はその予知で、前方と後方から向かってくる敵を認識した。
この静かな夜の建物で、大きな声を出しているのだから当然だろう。
「敵を自分に引き寄せて、国王やカプトの当主への負担を和らげるつもりか?」
「だとすれば、私たちに一言欲しいな! 望むところではあるが!」
「向かってくるなら、確実に倒す!」
はっきり言って、戦争が続行すれば一番困るのはドミノの長である右京だ。
よって、何が何でも国王たちには死なずに済んでもらう必要がある。
できることは何でもしなければならない。そう、自分に引き寄せることになったとしても。
とはいえ、倒すのは祭我たちなのだが。
「影降ろしの使い手に挟撃など無意味!」
「神降ろしの使い手が、挟まれたぐらいで窮するか!」
前後へ分身を飛ばすトオンと、三次元の動きで今も叫んでいる右京を抱えて回避するスナエ。
その二人の動きを見ながら、自らトオンの分身と共に前方で突進する祭我。
『貴方の法術は強い、エッケザックスで強化されればさらに強い。であれば、貴方はそれに自信を持てばいい。私に破られたことなど気にすることはありません、そんなことを言い出せばキリがない。最善が正解とは限らないですが、最善が絶対ではないことを理解しつつ勇気をもって流れを作ってください』
師匠と仰いだ、剣聖の言葉を思い出す。
『最悪なのは、膠着状態です。相手と力比べをしてはいけませんし、受け続けなければならない状態を作ってもいけません。動き続けろという意味ではなく、何時でも複数の場所へ動けるように心がけてください』
挟撃された状態で、自滅覚悟の火の玉などの攻撃をされれば、自分はともかくトオンやスナエが怪我をするかもしれない。
そう思えばこそ、祭我は主導権を得るために前進する。
「狙うなら……まず俺から狙え!」
エッケザックスによって強化された、法術の鎧。
それは彼が信じる最強の防御であり、これを打ち破る手段は存在しないと、エッケザックスでさえ言い切ってた。
これに勝利した者は、山水一人。この場に彼がいない以上、自分が負けるなどあり得ない。
「……そこか!」
自らが囮になろうとした祭我だが、それに刺客が付き合う理由はない。
エッケザックス云々を抜きにしても、法術の鎧は熱や雷の魔法がなければ、そうそう突破できるものではない。法術はドミノでもアルカナでも比較的一般的な希少魔法。であれば、その対処は心得ている。
「逃がさない!」
法術を使う戦闘者との戦いで、最善手は距離を取り逃げること。
魔法と違って遠距離攻撃の存在しない法術は、距離を取れば何もできない。
そして、法術の使い手を標的から引き離すことができるなら、それはそれで成功と言える。
しかし、占術による未来予知がそれを許さない。
姿を見せて逃げ出そうとした刺客たちの姿を予知できるならば、影降ろしと神降ろしの重ね掛けで分身を放てばいい。
剣を持たせて直進させる。単純すぎる動きしかできない分身を予知した場所へ特攻させる。
「ぎゃああああ!」
「な、なんなんだよコイツは?!」
「ああああ!」
全員殺していく。刺し貫かれていく。
いいや、油断は禁物だ。先ほど右京がやって見せたように、残心が必要だ。
ここで確実に仕留める。
「……死ね」
再度分身を放つ。倒れている刺客たちに向かわせて、めった刺しにする。
非情な行為だが、確実に守り切らねばならないし、捕縛する余裕もない。
「それでいい、やればできるじゃねえか」
虚を突かれた。
本人にその気はないだろうが、残心を終える、という矛盾した心中だった祭我の肩に、右京は自分の手を置いてねぎらっていた。
「だが、まだ何にも解決してねえぞ。この国の王様の所に急がないとな!」
浸っている暇はない、と背中で語りながら前に進む。
その姿を見て、祭我は正蔵の言葉を思い出していた。
国を滅ぼした、最強の男。自分の知る最強のいずれとも違う男。
「なるほど、これが彼の器量か。激しくも若々しい! お前も見習うべきだぞ、スナエ!」
「……はい」
気づけば彼を抱えて退避していたスナエは、それに頷いていた。
それを彼に褒めてもらえて、嬉しく思ってしまった。
突然の襲撃に対して覇気を燃やし、明確に目標をもって前に進む。
その背中はどこまでも頼もしい。一国を統べる勇敢な王の姿だった。
「俺も……負けてられないな」
『英雄』の姿を見て、嫉妬ではなく羨望してしまう。
彼が自分をスカウトしたら、乗ってしまいそうだった。
そして、それは良くないことだと理解している。
※
「ドミノ共和国、最高議会議長、風姿右京だ! この先にいる国王陛下とカプトの当主殿に、夜分ではあるが話がある!」
護衛ではあるが、あくまでもアルカナ王国側の戦力であるはずの三人を従えて、遂に右京は王たちを守る親衛隊の前にたどり着いた。
相当意図的に、一点集中で守られた区画には、完全武装の騎士達が並んでいる。
その彼らへ三人をけしかけそうな勢いで、右京は声を張り上げさせていた。
「お待ちしておりました、議長殿。陛下と当主様はこの奥の部屋でお待ちです」
「貴方様一人と、その神宝だけお通しするようにとの命令をいただいています」
つまり、ここまで送った時点で、三人の護衛はお役御免ということだった。
いいや、あくまでも護衛の役割ということなのだが。
「……そういうことだ、世話になったな、三人とも。ここまで連れてきてくれてありがとう。ここから先は、俺と王の問題だ。元々そのためにこの国へ来たんだ、心配はいらねえ。ありがとうな」
感謝、ねぎらいの言葉を送ると、そのまま振り向かずに親衛隊の守る区画の奥へ進んでいく。
ここから先で何が話し合われるのか、それは気になるが気にしてはいけないことなのだろう。
「それじゃあ、二人とも! このまま宮殿の中の賊を掃討しよう!」
「そうだな、まだ暴れたりぬしな」
「ああ、これはこれで貴重な機会だからな」
ここから先の彼を守ることはできない。しかし、この周辺の賊を掃討することはできる。それが結果として、この場にいる彼を守ることになるだろう。
もちろん、そんな必要は何処にもない。だが、そうしてあげたい、そうしたいと思わせるカリスマ性が彼にはあった。
そして、それこそが王たちの畏れるものなのだと、既に三人は理解していた。つまり、王の敵とは王なのだと。
※
「夜遅くに失礼する!」
がちゃり、と扉を開けると、四つの神宝で武装している英雄は苛立ちを隠さない挨拶をしていた。
厳重に守られた部屋の中では、二人の権力者が優雅に酒を飲み交わしていた。
どんちゃん騒ぎではないが、それでも死地を乗り越えてきた男には苛立たしい。
「どうやら盛り上がっていた様子、俺の分の酒もあるので?」
「うむ、君を待っていたのだ」
「若々しい覇気だな、昼間とは別人のようだ」
予め用意されていた椅子に座ると、火照りを覚ますように酒をあおる右京。
その目はぎらついており、余裕は何処にもない。その一方で、妖刀は腰の鞘に納め、天槍は壁に立てかけていた。
今、この部屋に三人しかいないと理解したうえで、言葉を交わそうとしていたのだ。
「まずは、詫びねばならないな。実は先日、我がアルカナ王家は、多大な金銭を報酬として帝国貴族たちに渡していた。その報酬を活用した結果が、これなのだろうな」
予定通り、と言葉だけで謝罪する国王。
慇懃無礼さのある彼に対して、右京は観察を止めない。
とにかく、全く真意が読み取れなかった。
「謝罪の証として、我が国に落ちのびた帝国貴族たちは全員そちらに引き渡そう。それこそ、老若男女を問わずにな。当然、その国から持ち出した国富も付ける。少々の色を添えて、だ」
「……それは分かった。帝国貴族たちがうっとうしくなって、こっちに処分を任せようってのは、まあ理解できる」
今回の一件は、余りにもことが大きすぎる。国賓として招いた右京の事を、亡命貴族たちが殺そうとするなど正気ではない。
怨恨があるのは確かだが、実行すればどうされても文句は言えまい。
そして、警備を務めるべきカプトや王国が、詫びの形として食糧支援をするのも当然と言える。
「それが、この国のなんの役に立つ?」
はっきり言って、アルカナ王国は圧倒的に有利だった。戦争が続行しようが、このまま講和しようが、ドミノが有利になることはあり得なかった。
だからこそ、こうしてここに右京はいる。
「今回の一件、連中が暴走したのは事実だろうが、連中をアンタらが放置したのも事実だ。態々損をするような真似をしてまで、貴族共を外に追い出したかったのか?」
アルカナ王国の国情を知らない右京は、その辺りの事がわからなかった。
態々ドミノ共和国に恩を売るような真似をして、一体何になるというのだ。
「……ふぅ、多少は利害得失がわかるようだな。そうでなければ、こうして話す時間が無駄というものだ」
国王は安堵していた。少なくとも、亡命貴族よりはマシだったからだ。
助けてもらって当然だとほざく輩よりも、助けるからには裏があるのが当然だ、と思う男の方が信頼できる。
逃げ出した貴族よりも、追い散らした側が有能なのはある意味当たり前だった。
「端的に言おう。我がアルカナ王家は、君が欲しい。四つの神宝を持つ、君こそが欲しいのだ」
「……何を、馬鹿なことを」
「我が国の体制を良く知らぬ君には、我が王家の心中などわかるまいよ」
自分達が使えないとしても神宝を取り上げて、右京から力を奪うことに意味を見出すことはあるだろう。
しかし、如何に神宝を使えるとはいえ自分ごと引き入れたい、という気持ちが理解できなかった。馬泥棒に、馬の番を任せるようなものである。
「君がこうしてカプト領地に訪れた以上、君は革命家としてだけではなく為政者としても気骨のある人物だと理解できる。今もこうして、冷静に話ができていることも含めてな」
「君が如何なる理由で帝政を崩壊させたのかはわからない。しかし、少なくとも国王陛下と私は、亡命貴族たちよりは君の方が隣人として好ましく思う」
アルカナ王国の二人は、ドミノの皇族は捕えられているだけで、まだ生かされているとは知らない。
だからこそ、仮にドミノ帝国を復権させる場合には、亡命貴族たちが国のかじ取りをすると思っていた。
その辺りのすれ違いもあってか、併合するつもりだけはないアルカナ王国は、目の前の彼を新しい支配者として認めていた。
「……矛盾してるんじゃないか? 確かに俺はそっちの国を亡ぼす気はない。だが、俺の国を出る気もないぞ。俺が出たら、そっちの想像通り瓦解する」
「私には、未婚の娘が何人もいる。そのうち何人かを、君に嫁がせたい」
その言葉を聞いて、右京は物凄い顔をしていた。
確かに、それなら結果として双方の目論見は達成される。
「俺は俺の国に残ったまま、アルカナ王国の婿になる、か」
「ヴァジュラには天を操る力があると同時に、天候を予測する力もあるという。ドミノとアルカナは隣国だ、片方が干害ならもう片方にも影響はある。いざという時、君にはその力を両国の為に使ってほしい」
他ならぬ右京自身が知っていることだが、攻め滅ぼすという行為は労力を多く必要とする一方で、その後の負担も著しい。
だからこそ、アルカナ王国は併合を嫌がっている。
しかしその一方で、理由があるのなら援助してもいいとはおもっている。
回収できる『貸し』なら、こちらの余裕が崩れない程度には貸し付けてもいい。
「このまま講和しても、手に入るのは使えない神宝だけ。ドミノと戦争で勝っても、疲弊した土地と、怨恨を残した君が手に入るだけだ。それならいっそ、負けて君を援助する方が得るものは大きい。君がドミノを離れられないなら、ドミノに席を置いたままでも力になってほしい。それが我が王家の望みだ」
「……過大評価だな。だが納得はできた」
「ただし、そこには一つ条件がある」
なにからなにまで、ドミノはアルカナに貸しができた。
態々損をする形で、勝てるドミノを引き込もうとしてくる。
その一方で、アルカナには諦めてもらわなければならないことがあった。
「今、我が国には殺されては困る人間が三人いて、その全員が狙われている。その内の一人が君だ」
「……残り二人は、貴方達二人では?」
落ち着いてきた右京は、落ち着き払った会話をした。
いよいよ、自分に損をさせようとしている件が見えてきたからだ。
「違うのだよ……カプトである私も、王である陛下も、どちらも死んでも替えは効く。だが、死なれると替えが利かない人間が君以外に二人いるのだよ」
その二人が死ねば、話は一気にややこしくなってしまう。
そうなれば、この講和も一気にご破算だった。
「君への条件というのはだね……皇族を一人見逃してほしいということなのだ」
レインと正蔵。この二人もまた命を狙われ、今まさに窮地に立たされていたのだった。