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価値

「いかがでしたか、彼は」

「ある意味普通だな。警戒した分、拍子抜けだったわ」


 当たり障りのない話をして、共に神宝たちの話を聞いて、それで初日は終わった。

 終わったがゆえに、国王とカプトは話をしていた。

 ようやく隣国の首魁と話ができたのだ、すべてはこれからと言える。


「そうですなあ……やや薄情に思われるかもしれませんが、国主としては間違った行動はしておりません」

「我らに頭を下げることも含めてな。引き際を心得ているのは良いことだ。こちらも話が早くて助かる」


 どうやら彼以外は烏合の衆らしい。であれば、彼を知ることが隣国を知ることになる。

 彼を知らなければ、国家戦略など立てようもない。


「どうやら、皇族の抹殺に関しては情で動いているが、国家の運営に関しては義理でやっているようだな。職業意識というものかもしれん」

「深い思い入れがない分、無理と悟れば切り替えが早い。ありがたいですな」


 理想や信念によって帝国を打倒したわけではなく、皇族憎しで帝政を打倒した。

 それ自体はダインスレイフの持ち主であることによって確実だったが、それは検証できた。


「雷切の娘に関しては……まだ何とも言えんな。とはいえ、皇族の恩恵なく過ごした娘まで憎く思うとは限らんが」

「それこそ当人の『情』しだいですな。情は測れるものではありませぬし、或いは本人にもわかりますまい」


 一番肝心なのは、レインが復讐対象に含まれるかどうかだった。

 その一点次第では、それこそ殺すしかない。というか山水が殺しに行きそうである。


「あの男が曲がりなりにも国を治めている状態はありがたい。下手に突っつけば、それこそ思考停止した輩が攻め込んでこないとも限らん。労力の無駄も甚だしい」

「彼に死なれるのは、余り良くありませんなあ。それで、如何ですかな? 彼は引き入れるに値する男でしょうか?」

「……まだだな。まだこれからだ」


 アルカナ王国にとって、ドミノ共和国はこのまま国体を維持してほしい。

 繁栄しても衰退してもいいが、とにかく難民が大量に流れ込んでくることは避けたい。

 攻め込んで統治する、というのはもっときつい事だった。国土が倍になるなど、耐えられるものではない。こればかりは、四つの切り札をフル回転させてもどうにかできることではないのだ。


 ではアルカナ王家はどうか。

 右京の性格や人格次第ではあるが、できれば引き入れたい。四つの神宝を保有している彼は、箔だけではなく実用性も高い。

 文字通り国家一つを転がせて見せた男だ。実績から言えば、アルカナ王国の切り札たちをも凌駕している。

 とはいえ、仮にも一国の主である右京を引き入れるとなると、相当の難事である。

 右京自身も理解しているが、政治的にも物量的にも、彼とウンガイキョウが抜けると諸外国から土地を切り取られることは確実だ。

 それこそ、全面戦争による勝利や、併合などに至らなければありえない。そして、それは国家の利益にはならない。


「とはいえ、試す価値はある」

「そうですか……それはようございました」


 右京が玉砕覚悟で戦争を続行するような馬鹿ではないと分かった以上、できれば引き入れたい王家としては、レインを諦める様に誘導していきたいところである。

 それが成功すれば、右京を取り込むこともそれなりに希望が持てる。

 そして、それにはもう一つ前提をクリアする必要があった。


「さて、こうなると問題なのは、帝国貴族ですな」

「うむ、既に見限られたと判断しているであろう。我らがこうして『反逆者』を受け入れている以上、帝政を後押しすることはないと認識するであろうしな」


 亡命した貴族たちには、今の疲弊したドミノ共和国さえ落す力はない。

 よって、何から何までアルカナ王国を頼らなければならないのだが、アルカナ王国はドミノ帝国を完全に見限り、共和国を正しい国として認めつつある。

 そうなれば、亡命貴族たちは何をしでかすのかわからない。


「となると……狙われるのは『三人』。一人として彼らの手に渡すわけにはいきませぬな」

「鍵を握るのは、やはり『雷切』か……忌々しいと思うのは、やはり私の所感でしかないのだろうな」


 童顔の剣聖は、ありえないほど強い。

 そして、その強さを武門のソペードは測りかねていた。

 だからこそアルカナ王国最精鋭部隊にぶつけることで、その『程度』を確かめようとしたのだろう。

 その結果、相手にもならないという結末が待っていただけで。


「奴は素朴な男だ。単にソペードに仕えているというだけでな」

「おっしゃる通りかと」

「……競争相手でなければ、こうも頼もしいというのに」


 国王は少なからず、帝政が羨ましいと思っている。

 己の国を、意のままに、才覚のままに運用したいと思っている。

 それは真実だ。四つの家の四つの切り札を、己の思うがままに運用したい。

 それができるのならば……それはさぞ……。


「まあよい、競争相手が強大ならば、張り合いがあるというものだ」



「エッケザックスがあんなにケンカっぱやいなんて……」

「まったく……せっかくこうしてお前と一緒に遠出ができているというのに、面倒な事ばかりだな」

「政治とは面倒なものだ。戦争で簡単に失われるものを減らすためには、こうしたことが必要なのだよ」


 バトラブ一行は、憤慨して興奮しているエッケザックスを連れて、夜の風にあたっていた。

 神宝たちの会話は、正直しょうもないものであり過ぎたため、途中で双方の主がしばいたのである。


「……正直、すまんかったと思っている」

「そう思うのなら、品格を持つべきだ! 全く、最強の神剣が聞いて呆れるぞ!」

「まあまあ……それにしても、エッケザックスが他の神宝に会った時、スイボクと一緒だったんだな」

「うむ、二千年前に奴らと会い、その使い手と交戦することもあった。その五百年ほどあとに、スイボクは我と袂を別ったのだ」


 スイボクには、既にこの場の全員があっている。

 その上で、なぜエッケザックスを捨てたのか、実例と説明の両方によって理解している。


「ダインスレイフはその時我らの離別を予言しておった。元々我とダインスレイフは剣と刀という似た武器ながら、その目的からして大きく異なっているからな」


 最強の神剣エッケザックス。その機能は『広義の魔法』を増幅すること。

 復讐の妖刀ダインスレイフ。その機能は『切った相手の血を吸い尽くす』こと。

 共に、神宝と呼ぶほかないのだが、この二つの武器は使用者の性質が違いすぎる。


「我は最強を目指す者を主と認める。つまり、目的としての『剣』だ。だがアヤツは違う、アレは復讐という目的を達成するための『手段』なのだ」


 まあ、そうなのかもしれない。

 スイボクも言っていたが、最強とは目的であって手段ではない。

 正蔵がそうであるように、真の最強は手段にするには過剰すぎるのだ。


「我は我が使われることを好む。しかし、奴は自分の刃が血に濡れる必要さえないと思っている」


 革命軍を結成し、多くの者に武器を与えて決起することで、復讐を達成する。その行動の全てが、復讐の妖刀とは程遠い。まったくその機能を活かしていない。

 それでも、ダインスレイフは満足なのだろう。


「達観しよって……何様じゃ」


 とはいえ、今更ではあるが『最強』を客観視してしまったエッケザックスは、その言葉を否定できない。認めることができないというだけで。


「エッケザックスが悪かったわけじゃないし、スイボクさんが悪いわけでもないよ。それはわかってる」

「……うむ」


 カプトの宮殿で夜風に当たる三人は、悠久の時の中を生きる神宝と仙人の事情に触れているのだと理解していた。

 余りにも、気が長すぎることばかりだった。夜の星を見上げたくなるほどに、年月を重ね過ぎたことばかりだった。


「だが、俺の神宝たちが悪いのは事実だ。謝りに来たぞ」


 槍と杯、短刀と鏡。それらを持っている男が現れた。

 当然、ドミノ共和国の最高権力者である、風姿右京その人だった。


「これはこれは、新しい皇帝殿ですか」

「自国民からもそう呼ばれてるよ。もういっそ自分でもそう名乗ろうかと思ってるぐらいだ」


 トオンからやや挑発の混じった言葉をもらい、それに対して弱気になりながら答える右京。

 彼は窓際で涼んでいる四人の脇に赴き、同じく夜空を見上げていた。


「ええっと……どこの誰だったか?」

「マジャン=トオン。ここから遠く離れた国の、王族でございます」

「ああそうか……ここは良い国だろう。俺の国に来なくてよかったな」


 とても弱気な言葉だった。

 とても、一つの国を征服した男の言葉には思えなかった。

 その一方で、トオンは眼を輝かせていた。


「『俺の国』ですか……しびれる言葉だ。男子たるもの、一度は憧れる」

「まあな、確かにそれはあるぞ。結構嫌な気分になってるが、それでもなあ……」


 トオンの言葉を聞いて、右京はその目で遠い己の国を見た。

 戦火に焼かれた、自分が滅ぼす音頭をとった国を見た。

 国を滅ぼそうとして立ち上がり、国を滅ぼし、前政権の者たちを悉く殺そうとしている最強の男は、その目に自分の国を見た。


「一応議長だって名乗ってるのに、大抵の奴は新しい皇帝陛下万歳って叫んでる。貴族の蔵を自分でぶっ壊して、その中身を勝手に持ち出しているときも皇帝陛下万歳ときたもんだ」


 帝国の国民は、皆が飢えていた。

 その空腹を満たすきっかけになった右京を、ただそれだけで信じている。


「俺の国の奴らは、俺の御題目なんてとっくに忘れてる。俺が口から先の出まかせで口にした、公平で平等な国なんて忘れてる。公平も平等もわからないのさ」


 そこには、生きることに疲れた男がいた。

 その一方で、踏ん張って踏ん張って、なんとか持ちこたえようとしている男がいた。


「俺の周りの連中はもっとクズだ。貴族を倒して、自分が新しい貴族になるんだって、口にはしてないが本気でそう思ってる。公平も平等も考えてない、自分に都合のいい社会を作ろうとしている。いいや、社会もなにも考えてないな。ただ、目先の欲しか考えてない」


 こき下ろしている。

 大いに蔑んでいる。

 その一方で、安らぎをその眼に見出せる。


「自分勝手な理由で国を滅ぼして、ただ血がつながっているってだけで老若男女を問わずにとっつかまえて、全員殺そうってヤツには似合いの臣民だ。俺の復讐は臣民を利用したもんだったが……あいつらだって俺を利用してた。共犯者なのさ、俺達全員が」

「そう卑屈になることも無いだろう、建国者よ。お前は力なき王を追い立て、その土地に生きる民に認められた新しい王だ。何を卑下する、お前の力を誇ればよい」


 スナエが、他国の『王』に不遜な口を叩く。

 その一方で、言葉自体には敬意が感じられた。


「自分の力に誇りか……そうかもな。たしかに大したことをしたとは思ってる。それが本当の復讐だと思ってたからな。だが……これは全部神からもらった力だ。心中複雑でな……」

「ダインスレイフ辺りからは、自分達を全部捨てるように言われなかったか?」

「……ああ、言われたよ」


 エッケザックスの問いに、素直に頷く右京。

 その顔には、過去の自分を嘲り、哀れむ表情が張り付いていた。


「俺は、神から四つの宝をもらった。自分にとって不都合なことは何も起こらない人生が待っていると思い込んでいた。実際に待っていたのは、この宝を求めてやってくる鼻息の荒い奴らだった。今でもそう変わらないのかもな、俺自身に価値なんてないんだろう」


 その自虐を聞いて、祭我は胸が痛むのを感じていた。

 そして、傍らにいるスナエの手を強く握る。

 ここにいる、確かな人と手をつなぎたくなっていた。


「それでも……俺はここにいる。投げ出すつもりは一切ない、まだ俺は死ねないんだ」


 自分にしか使えない道具が、自分の価値なのかもしれない。

 それでも、自分は国家の長として敵国にいる。やるべきことはまだあった。


「そういえば、エッケザックスの主、祭我だったか? お前はどういう……」

『我が主、注意なさい』


 彼の背に担がれていた、ウンガイキョウが注意を勧告していた。

 その言葉には、確かな緊張感がある。


『魔法の武器で武装した男たちが、暗闇に隠れているわ!』


 皮肉な話ではあるのだが、贋作を生み出すウンガイキョウはその性質上、道具の真贋や武器の性能を理解することができる。

 妖刀ダインスレイフが復讐の対象を追跡できるように、実鏡ウンガイキョウはその鏡に映した『物』を見分けることができるのだ。それこそ、暗闇にあっても色づいているように。


「……おい、一応聞くが……お前らは俺を殺す気か?」

「そんなわけなかろう。エリクサーの主を殺す算段を付けるなら、当人を直接狙うものか」


 右京の『お前ら』は、バトラブ一行に向けてのものだった。

 それを、ばっさりとエッケザックスは切り捨てる。


「俺は、この国に恨まれることはできてないんだがな」


 攻め込んだ国ではあるが、全く被害は出せていない。バトラブの切り札である祭我は、カプトとはなんの関係もない。

 スナエもトオンも、この国とは遠すぎて縁がない。

 つまり、カプトが放った刺客ではない。


「ってことは……はぁあああああああああ!!!!!!」

 

 建国をなした男が、獰猛に笑う。

 討つべき邪悪な敵を見つけた、正義を掲げる革命家の顔に変わる。

 覇気が満ち足りて、生気がみなぎってくる。




「まだ滅ぼされたりないか、『ドミノ帝国』!」




 闇から、白刃がきらめいて飛び出した。

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