神宝
「会談に俺も出席を?」
「うむ、君とエッケザックスに同席してほしい」
改めて、カプトの当主とアルカナの国王はカプトの領地で、ドミノ共和国の新しい最高責任者を迎えようとしていた。
隣国の新しい主が如何なる人物なのか、見極めるための会談である。戦争という不幸な形で始まった両国の関係ではあるのだが、少なくとも王家もカプトも、『異邦の独裁官』を悪だとは思っていなかった。
「向こうは会談にあたって、武装の解除を良しとしなかった。エリクサーを持っているのなら当然と言えるがね」
「故に、こちら側も武装が許されているわけだが……国の格を示すためにも、神宝を持つ者を用意したい」
双方が互いの戦力を把握していれば、カプトの領地に侵攻されることはなかった。
示威であり威嚇ではあるのだが、実際の戦争で失われたものを思えば、遅すぎるともいえる。
「俺は構いませんが……エッケザックスは?」
「……ダインスレイフを含めて、エリクサーやヴァジュラ、ウンガイキョウと会うか……嫌だが仕方あるまい」
「……なんで嫌なんだ?」
「そもそも我ら八種神宝はお互いが嫌いなのだ。お互い、設計思想や存在意義が違いすぎて、しかし己こそ最高の『道具』だと思っている。それで話など噛み合うわけもあるまい」
少女の姿をしている剣は、不承不承受け入れていた。
彼女にしてみれば、四つの神宝を所持している敵の首魁の、その神経が知れなかった。
「……私はショウゾウを知っているからか、不安で仕方がない。一応聞きたいのだが、その四つの神宝は危険ではないかね?」
カプトの領主は、今更のように不安をあらわにしていた。
ついうっかり、この領地を吹き飛ばすのではないか、と気が気でないのだろう。
自分の切り札はそれができるだけに、どうしても安心材料が欲しかったのである。
「問題ない。パンドラではあるまいし、その四つを持っているところで大暴れなどしようもない」
「そうなのか?」
「そうだぞ、我が主よ。我を知るならわかるだろうが、神が生み出した道具といっても人間が使うための道具だ。人間の手に余るほどのものではない、パンドラ以外はな」
パンドラ、その存在を聞いて国王もカプトの当主も顔を曇らせていた。
散々思わせぶりなことを聞かされている祭我は、どんどん怖くなってくる。
一体パンドラとは何なのだろうか。
「とにかく、その四つがあるからといっても、精々数人を殺して取り押さえられるのが関の山であろう。本人が頭抜けた武勇を持っていたとしても、それが常識の範疇ならトオン一人でも鎮圧できる」
「それを聞いて安心した。そうであろう、カプトよ」
「おっしゃる通りです、陛下。それなら何が起きてもこの国は揺らぎませぬな」
なまじ、山水や正蔵を知るだけに、国家を揺るがす個人を思うと中々油断できないようだった。
その二人がどちらもこの場に来れないだけに、なおさらである。
「しかし……ダインスレイフか……」
ぬぬぬ、とエッケザックスは嫌そうな顔をしていた。
本当に、どうしても会いたくないようだった。
※
「改めて、こりゃ凄いな。本当にミサイルでもぶっ放したのか、それとも爆撃か……」
国境を越えてカプトの領地に向かう風姿右京は、当然カプトの意図通りに正蔵が耕した大地を見ていた。
そしてそれは、少なからず気骨をもって彼の護衛をしていたドミノ共和国の兵士たちの心を折っていた。
自分の仲間が殺した相手に、頭を下げに行く。いくら攻め込んだ側とはいえ、納得しているのは右京一人だった。
だが、こんな光景を見れば、抵抗する気概も失せるというものだ。
「……これ、もしかしたら他の世界からとんでもないのを引っ張ってきたんじゃないだろうな。完全に世界観が崩壊しているぞ、地面ごと。なあお前ら、これをできる神宝はあるか?」
『ないな』
『ないわね』
『無いぞ!』
『……わ、我なら数カ月かければこれぐらい何とかできる!』
天を自在に操ると豪語する、天槍ヴァジュラは抗議する。
確かに数カ月連続で豪雨を降り注がせれば、それなりに地形を変えることもできそうである。
問題は、それが敵軍を一掃するレベルではないだけで。
「まさかこの国、日本かアメリカとつながってないだろうな。自衛隊とか米軍とかが来たら……今頃俺の国は吹っ飛ばされてるか」
ともかく、右京は目の前の光景を忘れることにした。
仮に、この破壊手段が二度使えるものではなかったとしても、戦争続行する余力はドミノにはない。
戦記ものの『悪役』ではあるまいに、首都が陥落するまで戦うなどあり得ない。
元々利益のために始めた戦争だ、失敗したなら損切するしかない。
「とにかく、この戦争を終わらせないとな……」
如何に神宝を持つとはいえ、個人としての力はない右京は、僅かな恐怖とそれ以上の使命感を持って敵地に臨んでいた。
※
「この度は、交渉に応じていただき感謝の言葉もありません。私はドミノ共和国の最高議会議長、風姿右京と申します」
「アルカナ王国、国王である」
「四大貴族、カプト家当主です。この度は不幸なすれ違いによって多くの犠牲が出ましたが、これ以上双方の傷を大きくしないためにも、この会談で穏便にことを治めたいものです」
圧倒的優位に立つ余裕からか、右京を迎えた二人の権力者は穏やかだった。
一種拍子抜けするほどだったのだが、右京は顔を引き締めていた。
とにかくできるだけマシな条件で講和しなければ、ドミノに未来はないのだ。
「長旅でお疲れでしょう、宴席を設けてありますのでどうぞ」
「我が国の所有している神宝も、そちらの神宝を迎えることになっている」
「まて」
どろん、と妖刀ダインスレイフがその姿を人間に変えていた。
陰気な雰囲気を持った、質素な格好をした若い女性。
その姿になったダインスレイフは、確認しなければならないとばかりに人間の権力者に聞いていた。
「それはまさか、パンドラではあるまいな」
「いいえ、アレは……失礼ながら、この場にはふさわしくないかと。ここにきているのはエッケザックスだけです」
「賢明だな」
ダインスレイフの安堵は他の三つも同じだったらしく、安心して人間の姿になっていく。
どうやら、よほど嫌われているらしい。
「ノアやダヌアじゃなくてよかったわ……あの二人もとことん話が合わないものねえ……」
とても複雑な刺繍のされた長袖の服を着ている、やや背の低い女性に化けたウンガイキョウは、気の合わない面々と顔を合わせずに済んでいることを喜んだ。
「ノアは使われないことに意義を見出している訳の分からない子だし、ダヌアに至っては人間の真似事が大好きだものねえ。やっぱり道具は使ってこそ価値がある、そう思うでしょう我が主様?」
「その二人の事は知らないが、お前に関しては感謝しているよ」
「まあ……! 聞いたでしょう、貴女達! やっぱり私が一番価値がある道具なのよ!」
きゃあきゃあと大喜びするウンガイキョウ。
その彼女を否定するように、人間に変化したヴァジュラがその頬をつまんでいた。
「ふん、使いつぶされる量産品に、価値などない。やはり天をも動かす唯一無二の道具こそ、神の宝として意義がある。そうではないか?」
とても大きい女性だった。二メートル近いのではないかという長身と、それに見合った長い手で、ウンガイキョウのほほをつまんでひねっていた。
やんわりとした暴力行為である。
「いだだだ!」
「だから、そのなんだ、主よ……替えの効く道具よりも我の方が国家の柱ではないか? そう思うのではないか?」
「たった一人しか使えない道具を王様が持っていてどうするのよ!」
共に国家戦略級の価値があるだけに、張り合っていく二人。
しかし気付いているのだろうか、神宝たちは。
国賓として招かれているにもかかわらず、国辱を晒していく自分の道具に、とても激しい怒りを燃やしている自分たちの主が凄い顔をしていることを。
「申し訳ありません、国王陛下、カプト殿。少し時間を置けば黙るかと……私が余計に口を挟むと火に油でして……」
「いやいや、神の宝に人間の論理は通じぬだろう。心中察するに余りある」
「神の道具は気難しいですからなあ……」
議題はともかく、悪い意味で女性的過ぎる言動の二人を見るに、三人の男性はなんとも言えない気分になっていた。
その一方で、その二人の争いを喜んでいるのがエリクサーだった。
「おお……なんという気迫! お互いの価値を語り合い、その優位を競う! これが一人の使い手の元に集った神宝の宿命……! 双方、頑張れ! 我はどちらも応援するぞ!」
「応援するな、エリクサー。これだから道具を主体に考えている輩は困る。道具が己を尊重してどうするというのだ」
少年と見間違う顔立ちで、服装も男子そのものであるエリクサーは争いを助長していた。
あるいは、情熱を良しとしているのかもしれない。人間の迷惑はあまり考慮していないらしい。
そんな同類に呆れているダインスレイフは、申し訳なさそうに右京に軽く頭を下げていた。
「済まぬな、先に行ってくれても構わんぞ」
「お前らみたいな危険物を置いて行けるか。ウンガイキョウもヴァジュラも、そろそろ行くぞ。宴席に一人で立たせるつもりか?」
結局、ケンカをしていた二人は一時休戦をして、カプトの屋敷で設けられた宴に赴くことになった。
※
「久しぶりじゃのう、ダインスレイフにヴァジュラ、ウンガイキョウにエリクサー。かれこれ二千年ほどぶりじゃな。お主ら全員が一人の主に仕えるとは珍しいこともあったものじゃ」
政治や戦争の話を置いて、とりあえず歓談することになった両国の主導者たち。
その呼び水になったのは、やはり旧交あるエッケザックスだった。
祭我の隣に立つ少女の姿をした彼女に、四人は懐かしいものを感じていた。
「エッケザックスよ」
「なんじゃ、ダインスレイフ」
「やはり捨てられたな」
「……うるさい」
使い手が変わっている、その事実を指摘されるとエッケザックスは顔をそむけた。
妖刀は露骨に呆れた表情で、神剣を諭していた。
「だから言ったであろう、最強を目指すならば何れお前は捨てられると」
「やかましい! 終わってからならなんとでもいえるわ!」
「終わるもなにも無かろう、最初からそうなると知れていたぞ」
涙目で抗議するエッケザックスと、それ見たことかというダインスレイフ。
その会話を聞いて、右京は首をかしげていた。
「二千年間、お前ら会ってないんだよな。二千年経ってるんなら、捨てるとはそういう問題じゃないだろ。死んでるだろ」
「それがねえ、エッケザックスの前の主は、ま・え・の・主は、変わり者の仙人だったのよ。仙人、分かる? 人間なのに寿命がない連中よ。大抵の仙人は瞑想したり座禅したり座ったまま動かないんだけど、スイボクっていう仙人は仙人なのに剣士っていう変わり者でね、エッケザックスの主になるぐらい強さを求めてたのよ! 馬鹿みたいでしょう?」
何がおかしいのか、とても嬉しそうに笑うウンガイキョウ。
どうやら、二千年前から因縁があったらしい。聞いている人間たちには想像ができないスケールである。
「寿命がない、ってことはまだ生きてるのか?」
「多分ね、エッケザックスがそういう顔しているし、死んではないでしょう。捨てられたのよ、あの子!」
「くっくっく……あれだけ自慢していた主に捨てられるとはな……哀れだなあ、エッケザックス。何が永遠に最強を求める最高の主人だ、捨てられては世話がない」
ヴァジュラもそれに加わっていた。
会話から察するに、エッケザックスは二千年前、同じ神宝に自分の主をとても自慢していたらしい。
そんな彼女が文字通り棄てられて、ヴァジュラもウンガイキョウも、とても嬉しいようだった。
「黙れ、棒! 槍の形をしているだけで、槍と機能がまったく連動していないお主にバカにされたくはないわ!」
「ぼ、棒だと?! 相変わらず、小さい道具はこれだから困るのだ! 我が槍の、その穂先が見上げても目に入らぬのだからな!」
「棒は棒であろう! 雲をつついて天気予報ができるだけの棒が、自分を刃物などと勘違いしよってからに!」
「ぬぬぬ、貴様とて似たような『物』であろうが! 剣の形をしているというだけで、実際には魔法の増幅装置であろうに!」
「我には剣としての誇りがある、どの時代も仕える相手は剣士と決めている! お前の主はなんじゃ、槍の心得があるように見えぬがなあ! 主を見れば道具がわかる! 大方、武器として使われているのはダインスレイフの方であろう!」
「……憶測で物を語るとは、小さい道具はこれだから困る!」
まったく穏やかではない会話が始まっているが、しかし右京と祭我だけは、奇妙な連帯感を感じて握手をしていた。
バトラブの後継者とはいえ、この場で発言権がない祭我と共感できることに、国家元首としては右京にメリットなどない。
しかし、言い争う道具たちを見て自分達が友だと理解してしまっていた。友を得ることに、深い喜びがある。それが戦友ならなおの事である。
二人は固い握手を交わしていた。
「大体、復讐と違い最強を目指すには果てなどない。最強を目指すことが、主にとって幸福なことではないとも言ったはずだ」
「黙れ、ダインスレイフ! 復讐というのなら、神の宝など必要あるまい! 寝込みを襲って頭をそこらの石で潰せばいいだけであろうが!」
「それでも構わんと言ったはずだ。我らは道具であり使い手が目的を達成するための手段だ。現に我が主は復讐の対象を集めているが、我を刃として使っているわけではない。それでも我は主が満足そうなので、十分満ち足りているぞ」
伝説の武器、道具。八種神宝。その内五つが集まっている、この宴の席。
低レベルなのか高レベルなのか、スケールが小さいのか大きいのか、彼女たち特有なのかありふれているのか。
よくわかるようなわからないような会話、或いは言い争いだった。
「お高くとまって、使い手を選ぶ貴方らしい末路ねえ、エッケザックス!」
「何をほざくかウンガイキョウ! 誰に使われてもいいなどと、矜持の無いことをほざきよってからに!」
「必要としている人たちに使われてこそ道具でしょう? 魔法が使えなきゃ、貴女なんて正に無用の長物じゃない! やっぱり道具はどんな人にも使えてこそよねえ!」
「ほどなく消える道具のニセモノを作るだけが取り柄のお前に何がわかる! 道具を作るものを軽んじているではないか!」
「すぐ消えるからいいんじゃない。備蓄なんてばかばかしい、道具は使って使って使い倒すためにあるの。真贋なんてもっとくだらない、重要なのは使えるかどうかよ!」
一つはっきりしていることがあるとすれば……このまま何千年も言い争い続けるだろう、ということだった。
「うむ、うむ、エッケザックスもダインスレイフもヴァジュラもウンガイキョウも、元気があって実に結構! このエリクサー、とても嬉しいぞ!」