意図
俺は今日も学園の前で指導を行っている。しかし、俺の指導を受けている人数は激減していた。
俺が見限られたとかそういうことではなく、単純に多くの男たちがカプトに向かったからだ。
「その分、貴方達に時間を割けるわけですが」
「……」
正直、いいのだろうか。俺の元で修行を受けている面々はもう五人ほどであり、全員が近衛兵だった。
俺に敵意を向けながら、身分を隠している彼らに対して集中指導を行っていた。
「野暮なことは申しません。時間は有効に使いましょう」
「当然だ!」
近衛兵五人は、俺を包囲しつつ打ち込む機会をうかがっていた。
とはいえ、早々打ち込ませることはない。機を探る、後の先、先の先を探ること自体がある意味では道半ばともいえる。
「包囲している相手に対して機をうかがう……それは良くないですよ」
五人で一人を包囲する。それはとても正しいし、通常なら勝ったと言っていいだろう。
だがそれは全員が槍を持ち、先制を取ることが前提だ。
「一人が斬られている間に打ち込む、というのは……五人では少ない」
五人で一人を包囲する。それはつまり、目の前の相手を一人倒せばそのまま包囲が突破できることを意味している。
俺は抜き胴で目の前の相手を倒し、そのまま倒した彼の背後へ回る。それだけで包囲網は瓦解し、慌ててこちらに向き直った四人を各個撃破していく。
お互いまったく防具を着ていないのならば、相手や自分の身軽さを前提に考えるべきだ。
「相変わらず、腹が立つ奴だ……呼吸を合わせて突きこめば、その呼吸を読んで全員の攻撃を避けるのだろう?」
「それはそうですが……それは私の場合の話ですし」
「我らはお前に勝ちたいのだ」
気持ちはわかるが、それで包囲の優位を手放しては意味がない。
後の先、先の先をうかがうということは相手に主導権を渡すに等しい。
包囲したのであれば、多少強引に攻め込むのも戦術だとは思う。
「それに……お前の機は、相変わらず読み切れん」
「見えては来ていますね。それはわかります。流石の技量ですね」
「……馬鹿にしているわけではないのだろうがな」
酷な言葉だが、彼らは俺憎しで力が入りすぎている。
その一方で、本人たちの才気や経験によって、機を己の物にしつつある。
他の面々と試合をした場合、殆ど負けていなかった。力で押し切るのではなく、機を読んで打ち込んでいた。
流石に場数を踏んでいる。水がしみこむように強くなっていた。
「ただ、私を相手にすると力が入りすぎている。いつも言っているように、試合での一振りも実戦での一振りも、普段の練習通りの一振りでなければなりません。心中はお察ししますが、それが剣に出るのは未熟ですよ」
「わかっている!」
分かっている、けどどうにもならない。それもまた未熟。
というか、普通だ。その普通を克服するために、更に修行が必要なのだろう。
「……強くなっているのはわかるし、お前の言う機も理解できる。だが、それでもお前には未だに一太刀も浴びせられん」
体に火傷を負っている近衛兵がそんなことをおっしゃる。
悔しい気持ちはわかるが、流石にちょっと修業を付けただけの相手に一太刀入れられたらそれは色々不味いだろう。
俺の人生は何だったのかということになる。師匠も言っていたらしいが、俺たちは基本的に負けるのが嫌なのだ。
「自分で言うのもどうかと思いますが、私に対しては剣が固くなっていますが、他の方に対しては十分機を読めるようになっていますよ」
「……わかっている。剣とは難しいものだ」
俺に勝ちたいから努力しているけど、勝ちたいと思いすぎて剣が固くなる。剣は本当に難しい。
「ではいったんここで止めましょう。その……王女様がこちらに向かって来ています」
「なんだと?!」
驚く五人。そりゃあ驚くだろうが、俺の方が驚いている。
どう考えても親衛隊としか思えない質の気配の中に、俺への敵意が満ちた女性がこちらに向かっていた。
というか、お嬢様もご一緒である。
「……私の接近を悟っていたか。憎い奴だ」
「あらあら、それぐらいできなければ私の護衛は務まらないと思いません?」
完全装備の騎士を五名ほど連れて、お嬢様と王女様が現れた。
というか王女様と会うのは数年ぶりである。やはり大人びていた。
そして、目つきがきつい。物凄く敵意を向けている。
「お会いできて光栄です、王女様」
俺は膝をつき、礼をする。もちろん俺の指導を受けていた五人も頭を下げていた。
相手が王女様なので、頭を下げるのは当たり前だ。近衛兵であることを隠しているとしても、何の問題もない対応である。
「……ふん、相変わらず忌々しいほど何も変わっていないな、お前は」
あの時から数年が経過し、ブロワもお嬢様も俺より背が高くなっていた。
にもかかわらず、俺は何の変化もない。これから先も変わることはない。
「お前から見れば、この世の全てがどうでもいいと思っているのだろうな。我らの怒りも、苦しみも、悔しさも、憤りもな」
「そのようなことは決して……」
「その余裕は、私のことなどいつでも殺せるからか?」
いかん、難癖をつけられ始めたぞ。
しかもお嬢様、俺が困ってるのを見て凄い顔しているし。
「お前は最強で無敵だ。私はおろか、この国さえお前にとってはその内滅びるものだ。どうせ娘が独り立ちすればこの国を去り、この国が滅びた後も深い森にこもって修行を繰り返すのだろう? 更なる高みとやらを目指してな」
ものすごいイライラしている。気配を感じるまでもなく、言葉からそれが伝わってくる。
泣く子も黙る威圧感が彼女から発せられていた。
こういう時に、王族としての人間力を発揮しないでいただきたい。
「……まあいい。お前の弟子を、私の護衛と戦わせてみて構わんな?」
「弟子、というわけではありませんが……彼らが良ければ構いません」
ようやく本題に入ってくれた。
最初からそのつもりだったのか、俺が修行を付けていた面々が立ち上がり剣を構えて、武装してる面々と対峙した。
双方ともにこの国、或いはこの世界における最高峰の実力者である近衛兵。
装備こそ違うものの、互いの腕を知っているはずの同僚だ。違いがあるとすれば、ここ数カ月の過ごした時間だろう。
「どうやら双方ともにやる気があるようだな」
「あらあら……サンスイ、貴方はどっちが勝つと思う?」
「恐れながら、実際に立ち会うところを見るほかにないかと」
俺が修行を付けていた側が全員手抜きをして俺に恥をかかせるつもりなら、勝敗は論じるまでもない。
だが、双方ともに気力に満ちていた。流石の最精鋭部隊である。
「では私が開始の合図をしよう。双方、その武を我が前に示せ!」
お嬢様の視線は、この戦いの『勝敗』を問うものだ。俺が鍛えた方と鍛えていない方、どちらが勝つかだけをお嬢様は気にしている。
それはそれで間違いではないし、おそらく王女様もそれを気にしているだろう。
だが、俺や近衛兵の面々は違う。王女様の護衛を務めている面々は盾や鎧、兜で武装している。対して、俺が鍛えていた方は簡単な皮装備しかしていない。
にもかかわらず、俺が鍛えた方が圧を発し、完全装備の側が恐れを感じている。
流石に双方ともに崩れることはないが、戸惑いを感じられる。
俺の指導によって得たもの、生まれた違いを感じ取っている。
「はじめ!」
王女様が開始の合図をすると共に、申し合わせたように皮装備の面々は走るわけではなく静かに歩みを進めて間合いを詰めていく。
それに対して、完全装備の面々は盾を構えて受けに回っていた。如何に鍛えているとはいえ、金属の防具で身を固めている方とそうではない方には、俊敏性で差がある。
加えて、互いに寸止めに近い形で試合をする以上、防具そのものの意味が薄い。つまり一概にどちらが有利とはいえない。
しかし、そういう問題ではない。
「……解説しろ」
「して差し上げなさい」
王女様もお嬢様も、素人目にも明らかな差を感じ取っていた。
それの説明を、まだ何も終わっていないのに俺へ求める。
「私が指導をするまでもなく、あの五人は最初から強かったのです。私が教えたことといえば、素肌剣術故の機を読むこと。しかし、それ自体はあの場の十人誰もができることです。問題は、それをどのレベルの相手にできるのかという事」
互いに踏み込めば剣が当たる。そういう間合いに達していた。
そこまでくれば、金属装備の面々も打ち込む。手にした剣で、斬りかかる。
それを、皮装備の側は冷静に回避し、更に踏み込みながら兜を叩いていた。
「恐れながら、王女様を護衛している方々はわかってしまったのです。どう動いても、一太刀を受けるのは自分達だと」
五対五で立ち合い、結果は皮装備の側の圧勝。
それは俺の指導が彼らの血肉になっていることを意味していた。
「……そうか」
無表情を保っている王女様の心中は、僅かに声色へ出ていた。
苦悩、納得。その双方があった。それは近衛兵十人全員の心中でもある。
お嬢様、もうちょっと感情を顔に出すのをやめましょう。
「同条件ならもう少し差はあると思います。それに、お互い万全の状態でしたからね。試合ではない状態では、今の事がまたできるかどうか……」
「修行が足りないと?」
「ええ、その通りです」
「お前は、それができるのだろう」
「……はい」
その言葉を聞いて、王女様はわずかに顔を歪ませていた。
「童顔の剣聖……雷切か」
「ええ、自慢の護衛ですわ」
「であろうな」
お嬢様はとても上機嫌だ。その一方で、王女様はそれを否定しなかった。
その上で、確認作業とは別の話題を切り出していた。
「お前が指導した者たちは、ほとんどがカプトに赴いている。バトラブの切り札も含めてな」
「ええ、これもお役目です」
「自信の程は」
「わかりません、相手次第でしょう」
そもそも俺は、向こうで何が起きるのかも聞いていない。
何もわからない。誰とどう戦うのか、俺は知らないのだ。
それで自信の程も何もない。
「相手次第か、確かにそうだ。お前の指導を受けた者たちもそうだが、それは私達にも言えることだ」
雰囲気が変わったように感じられる。
私情ではなく、もっと大きい関心事を感じ取れた。
「私達はまだ、ドミノ共和国の首魁を知らなすぎる。これでは策など練り様もない」
とても当たり前のことを口にしていた。
たしかに、四つの神宝を持っているとしても、人格面に関してはなんとも言えない。
「奴はまだ、当たり前の事しかしていない。確かに我が国へ攻め込んだが、それは単に必要なことをしただけだ。私もウンガイキョウがあり無尽に国宝を持っていれば、隣の国へ食料を奪いに赴くだろう」
今回攻め込まれた件に関しては、カプトの切り札が一掃したこともあってさほど憎んではいないらしい。
少なくとも、お兄様やお父様も同様の反応だったし、そこまでおかしい事ではないのだろう。
「つまり、まだわからないのだ。我らはなにもわかっていない。今回の交渉では、奴を知るためという意味が大きい。できれば取り込みたいところだ、神宝は使い手を選ぶし義理堅く気難しいからな」
仮に条件を満たす相手がいたとしても、かつての持ち主に義理立てをするかもしれないと。
エッケザックスを見るに、それはありそうだ。
できれば四つすべてを扱える者がそのまま欲しいところなのだろう。
となると、俺には懸念がある。
パンドラという鎧を持っている奴は、ただそれだけで同じ神宝を四つも持っているドミノの首魁と同等なのか?
一体どんな神宝なのか、俺には想像もできない。
「お前にも結果として仕事をしてもらうことになる。余計な忠告だとは思うが、気を抜かぬことだ」