本心
生まれながらの王は存在する。
生まれた瞬間から、玉座を約束された王は存在する。
しかし、生まれながらの反逆者、革命家となるとそういない。
先祖代々迫害されていたとして、そもそも反逆の余地などそうそうない。
反逆するには力が必要であり、力があるということは生きる以上の余力があるという事。
そして、それがある者が、叛逆に対して熱意を持てるかということになる。
「まったく、こっちは地道にチェスをやってたっていうのに……無粋な輩もいたもんだ」
皇帝は、自らを天と呼ぶこともある。そして、それは概ね間違いではない。
国を内側から突き崩すとなれば、それこそ天に挑む覚悟が求められる。
「いいや、そうでもないか……」
そう、そういう意味では『天』は彼に反逆の機会を与えていた。
「なあ、皇帝陛下」
仮にアルカナ王国で叛逆を唄っても、大抵の民衆は良しとしなかっただろう。
現状の暮らしが当たり前だと思っていれば、人間は大抵の不満は諦めることができる。
しかし、生存を維持できなくなれば別だ。食えなくなるほど搾取されれば、『愚かな民衆』も立ち上がる。
「き、きさま……!」
「ちょっとへこむことがあってな、その間抜け面を拝んでやる気をもらおうと思ってな」
議長、そう呼ばれている黒い髪に黒い眼の男は、狭い部屋に軟禁されている恰幅のいい男を鉄格子越しに話しかけていた。
恰幅のいい男はそれなりに高価な服を着ており、飲食も保証されており、拷問なども受けていなかった。
だからこそ、目の前の議長に対して怒りを燃やす余裕を持っていた。
とはいえ、仮に鉄格子で隔離された部屋から脱出したとしても、彼の人生は明るいものではないのだが。
議長の悪趣味によって生かされている彼は、この部屋が文字通り最後の砦だった。
「……何が起きた」
「アルカナに攻め込んだら返り討ちにあった」
「ふは、ふははは! 当然だ、馬鹿め! 栄光ある帝国軍ならともかく、食い詰めた農民を集めたような軍隊でアルカナ王国を攻め落とせるものか!」
その食い詰めた軍隊に攻め滅ぼされた男は、それを忘れたかのように大喜びだった。
議長の敗北が心底嬉しいと、自分の勝利だと疑っていないようだった。
「やはりこのドミノを治めることができるのは朕だけなのだ! 朕だけが、貴い血を持つ朕だけがこの国を治めることができる! それ以外の者がこの国を支配できるものか! 維持することができるものか!」
この部屋を脱することができる。
そして、再び玉座に座り帝冠を被ることができる。
彼はそう信じているようだった。
その滑稽な姿を見て、議長はやややる気を取り戻していた。
やはり、復讐の相手が元気だとやりがいが感じられる。
「朕に泣きつきに来たのだろう?! この朕にその神宝を献上し、この国を正しく治めて欲しいと、我が叡智を求めてきたのだろう?」
「ぷふ……いいや、違う。お前はこのまま拘束する」
「馬鹿な! 朕を抜きにこの広大な国を治めることができるものか!」
目の前の議長はにやにやと笑っている。元皇帝を嘲っている。
訪れることのない未来を夢に描いている男を馬鹿にしている。
「お前が皇帝に復帰しても、死んだ人間が蘇る訳じゃああるまい。ここからどうやってどうにかするつもりだ」
「ふん、勝った負けたで戦争を考えるからそうなるのだ! 早急に和平を結べばよい! アルカナ王国は古くから親交のあった国だ、朕が復権すれば気前よく講和を受け入れ、祝いとして多くの食料を貸し出してくれるであろう!」
「思ったよりも小さい奴だ。ここは既に負けていることを棚上げして、朕が復権すれば地獄からよみがえり自分のために戦うとか言ってほしいところだな」
皇帝を道化扱いしている謀反人。その嘲笑に対して、皇帝は声を張り上げていた。
「そもそも! 貴様がその神宝を最初から朕に献上していればよかったのだ! そうすれば国は乱れることなく、繁栄を謳歌していただろうに!」
「……そうかもしれないな」
議長はそもそも、この国の人間ではなかった。
であれば、この国が気に入らなければ脱出すればよかった。
それですべての問題が解決していた。少なくとも彼はそこまでこの国に肩入れすることはなかった。
「神宝は使い手を選ぶ! 故に朕を前にすればどの神宝も大喜びで仕えたに違いない!」
「それなら『本人』達に否定されただろ」
「貴様がそう言わせたのであろうが! どこの馬の骨とも知れぬ輩に力を貸すよりも、大帝国ドミノの皇帝である朕に使われる方が喜ぶに違いない!」
圧倒的な自尊心と絶対的な自信、自負。その滑稽さを議長は笑う。
自分に都合のいい現実しか受け入れない皇帝を前に、議長は優越感を得ていた。
「根拠のない自信は何処からくる? 根拠そのものを吹っ飛ばしてやったというのにな」
「まだ妄言を吐くか、貴様は!」
「妄言はお前の方だ。確かに革命が成功するまでは俺の方が何を言っても妄言だっただろう。だが、今は違う。今は俺がこの国のトップだ」
「反逆者風情が! 帝冠を奪い玉座にふんぞり返ったところで、体の中の卑しい血は変わらぬわ! いっそ滑稽というものだ、誰もがお前を笑っているに違いない!」
「別にいいのさ、お前が落ちるところまで落ちれば満足だ」
嗜虐の喜びに震える議長は、悔しさで硬直する元皇帝を笑っていた。
「俺はお前に復讐するために、この国を乗っ取ったんだからな」
「……その言葉を、他の者が知ればどう思う?」
「どうも思わない。今この国を支えているのは、俺の神宝だからな。俺が死んだらそのままこの国は終わりだ。そして、俺に代わってこの国を乗っ取ろうなんて気骨のある奴は、俺の周りにはいない。いるとしても、俺のやっている皇族狩りが済んでからだろうな」
皇族狩り、それ自体は異常なことではない。
国家の頂点に成り代わった者が真っ先にすることは、前政権の残り香を断つことだからだ。
その意味では、皇帝が今も軟禁状態にあることがおかしいのだ。
「いいことを教えてやろう、お前の親戚である皇族の残りはあと五人だ」
「そ、そこまで……そこまで殺したというのか! 我が妻たちや子供たちを殺しておいて! まだ飽き足らぬというのか!」
「殺した、というよりは捕えたというべきだな。全員牢屋に放り込んである。抵抗して殺した奴もいるが、ほとんど全員捕えたぞ」
全員がぶくぶくと肥え太った、いけ好かない男や女ばかり、というわけではない。
少々傲慢なところはあるが、それでも可愛い子供たちや年頃の乙女も多い。
その彼らを、議長は全員殺すつもりだった。
「て、天を恐れぬとはこのことだ! 呪われろ! 我らを殺してみろ、貴様の子々孫々を呪い続けてやる!」
「今ここにいる俺を呪い殺したらどうだ? できるもんなら、だが」
この世界には呪術師がいる。呪いというものは実在する。
しかし、皇帝にその力はなかった。もちろん、その一族もである。
「俺は憶えているぞ、お前の命じた部下が、俺の世話になっていた街を焼き滅ぼしたことをな。あの時からずっとそうだ、お前のやることは的外れだ。あの時俺を殺しておけばよかったものを、俺だけを殺し損ねた」
「お前が神宝を差し出せばよかったのだ!」
「そうだな……まさかお前が、お前の部下が、自分の国の街を滅ぼすほど馬鹿だったとは思わなかった」
甘く考えていたのだろう。
まさか、自分の人生にそんな不都合なことが起きるとは思っていなかった。
「お前という男を、神宝を四つも持っていた男を隠していたあの街が悪いのだ!」
「それは否定しない。今にして思えば、あの街の人たちも俺の恩恵を独り占めしたかったんだろう」
旅の噂で神宝をもつ者がいると、当時皇太子だった元皇帝の耳に入った。
そしてそれを差し出すように、当時の議長が世話になっていた街に命じた。
それを如何なる意図か、町の有力者たちは隠そうとした。
不満に思った元皇帝は、自分の軍隊に命じて街に攻め込んだ。
ちょうど、当時の議長が留守にしている時に。
「その時、俺は本当にいなかった。雨雲を作りに行っていたからな」
「元々、大人しく差し出せばよかったのだ! 相応の報いというものだ!」
「そうだな、街の人たちもさぞ後悔したことだろう。今から俺がやるように、老若男女を問わずに皆殺しにされるとは思っていなかったはずだからな」
神宝を持つ彼を出せと、皇帝の部下は命じた。今はいないと、街の有力者も流石に真実を言った。
しかし、その言葉を元皇帝の部下が信じるわけもなく、同時に真実であっては困ることだった。
元皇帝の命令を果たさねば、彼の首も危ういからだ。
街を一つ焼き払い、探しに探して、それでも見つからなかった。
そこでようやく彼らは諦め、そのあとで元議長は街の残骸にたどり着いたのだ。
自分の作った雨に打たれながら、何が起きたのかを知ったのだった。
「だが……少なくともあの街の人は、俺には優しかった。俺はそれが嬉しかったんだ」
はっきり言えば、その時初めて神宝の使用者になったのだろう。
強大な権力に挑む者に、雷雲を操る力を与える天槍ヴァジュラ。
復讐を成す者に、怨敵の血を吸い尽くす力を与える妖刀ダインスレイフ。
道具を集めるのではなく使用する者に、無尽の贋作を与える実鏡ウンガイキョウ。
生きるという強い意志を持った者から、病や災いを遠ざける力を持った聖杯エリクサー。
四つの神宝、その全ての条件を満たしていたのだ。
「俺はお前に復讐すると決めた。お前だけじゃない、お前の命令に従った連中も、お前の蛮行を見て見ぬふりをした有力者たちも、全員まとめて復讐すると決めた!」
「愚かな……貴様には大局が見えていない! 愚かな者に強大な力を与えることが、どういう意味を持つのか! そして皇族に逆らうことがどういう結果を生むのか知らしめることがどれほど意味を持つのか!」
「結果は出た、お前の国は滅びたぞ。俺から神宝を奪おうとして、皇帝に逆らった者を迫害して、その結果がこれだ」
議長も今では国を統べる身だ。元皇帝の言っていることがそこまで間違っているとは思っていない。
似たようなことをやっている身でもある。しかし、それでも目の前の元皇帝は間違っている。
「お前の親族を全員、お前の前で殺す。そして、お前を最後に殺す。それが俺の復讐だ!」
「お前は狂っている!」
「俺を狂わせたのはお前だ! 世話になってた人たちをみんな殺されて、それでどうしてまともでいられると思う!」
目の前の元皇帝は、ただの人間だ。
特別な資質を持つわけではなく、特別な技術があるわけでもない。
それなりに教養はあるかも知れないが、珍しいことでもない。
ただ皇族に生まれ、比較的優位な場所にいただけの男だ。
「お前を恐れていた奴らが喜びながらお前を殺す、お前達を殺す! そして、俺でなくとも新しい誰かに従って生きていく!」
「我ら皇族が、この国を導くものがいなくなれば、この国が長く持つものか! 現に貴様は、既に負けているのだろう!」
「じゃあお前も負けているだろうが、勝ち負けなど下らんと言ったのもお前だろう! 負けたぐらいで終わるものか! お前の親族を全員殺すまで、俺は諦めないぞ、『皇帝陛下』!」