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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
傷だらけの愚者
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簡単

 亡命貴族たちはひそかに、或いは特に隠すこともなく期待していることがあった。つまり、アルカナ王国とドミノ共和国の戦争である。

 ドミノ共和国に食糧問題が存在し、それがほぼ解決されていない以上、この国に攻め込んでくる可能性は高かった。

 加えて、自分達は恨まれているという自覚もあった。少なからず、為政者とは市民に嫌われるものだからだ。

 もちろん、『愚かな民衆が高貴な自分達に刃向かった』と思う者も多かったのだが。


「完全に想定外だ」


 亡命貴族のヌリは、細かいことは考えていなかった。

 ただアルカナ王国とドミノ共和国が戦争状態になれば、そのままアルカナ王国の後押しによって祖国を再び治めることができると思っていた。

 少なくとも、アルカナ王国にとっても共和国という思想は危険だと思っていたのだ。

 アルカナ王国でもそうした思想が広まらないためにも、つまりは革命が燃え広がらないようにするためにも、水際で押さえるべきだと思っていたのだ。


「まさか、甘いカプトにここまでの力があったとは」


 そして、程度はともかく、普通ならそうなるはずだった。

 カプトの切り札、出すだけで場の勝利が確定する絶対の自信。

 山水と違い、余りにもわかりやすく絶大な効果を発揮する『傷だらけの愚者』。


「この力があれば、我らはもう何におびえることもない、へりくだることもない!」


 正しい認識だった。

 正蔵の人格や技量など一切関係ない。彼がその場にいるだけで如何なる国家も前に進むことはできず、如何なる反逆者も平伏するだろう。

 その破壊の力の前には、誰もが無意味。


「キョウべ・ショウゾウ……奴を確保するぞ!」


 再び栄華を取り戻すべく、ヌリは動いていた。

 世界最強の魔法使いを掌中に収めるために。


 そして、居場所を見つけることは簡単だった。

 そもそも、全く隠していなかった。

 物流の経路もなく、周囲に価値のある資源もない。

 ただ広い、人里から離れた陸の孤島に、ぽっつりと家が一軒建っている。

 貴族の主観を抜きにしても粗末な一軒家。その家の中に、正蔵は『保管』されている。


 素人目にも厚遇とは程遠い環境で生きている彼を見て、ヌリの顔は歪に歪んでいた。

 なにせ、誰がどう見ても軽く扱われていたのだ。これはもう、亡命貴族たちにスカウトしてほしいと言わんばかりだった。

 もしもカプトが彼に厚遇の限りをしていれば、流石に亡命貴族もそれ以上の厚遇は約束しづらい。

 しかし、こんなあばら屋で暮しているのだ、ちょいと高く評価してやればきっと喜ぶに違いない。

 自分達に忠義を誓い、大喜びで命を捨てるに違いない。なにせ、こんな奴隷扱いなのだから。


「どなたですか?」

「儂は帝国貴族のヌリという者だ。中にいる男に用がある!」

「ここを通すことはない! 早々に立ち去っていただきたい!」


 とはいえ、当然の様に護衛、或いは牢番がいた。

 聖騎士という、法術の使い手で構成された贅沢な一団だった。それが十名ほどで屋敷を守っていた。

 守りに優れた聖騎士たちである。おそらく、自分の護衛程度ではどうにもならないだろう。


「え、なに、どうしたの?」

「貴方は何もしないでください!」

「別に戦闘しているわけじゃないみたいだし……」

「そういう問題じゃありません!」


 小屋の中からひょっこりと、特に危機感もなく正蔵が顔を出す。

 戦闘になっていれば話は別だったかもしれないが、なにやら揉めているようなので顔を出していた。

 そんな彼を、護衛の一人であるイストが抑え込もうとしていた。

 とにかく、この大量破壊兵器には有事に備えて寝ていてほしいのだ。できれば永遠に。


「俺に用事があるみたいだしさあ」

「貴方は何もしないでください!」

「……わかった、じゃあ大人しくしてるよ」


 そう言って引っ込む。その程度には知恵もついていたらしい。

 しかし、引っ込みが効くのは彼だけだった。


「お引き取りください!」

「ここまで来て帰れるか!」


 ヌリが引き下がるわけはないし、聖騎士たちは更に引き下がる気がない。

 なにせ、国家を滅ぼす爆弾の奪い合いである。

 価値が価値だけに、引き下がるわけがない。


「ここはお通しできないのです!」

「なぜだ!」

「カプトの当主様と聖騎士隊長からのご命令です!」

「ええい! いくらほしいのだ!」

「いくらもらおうと通せません!」


 聖騎士の全てが高潔とは、流石に誰にも言いきれない。

 実際、『傷だらけの愚者』の護衛などやりたいとは思えないことだ。どうせならパレットを守りたいのである。

 しかし、実際に正蔵の魔法を見て、自分達が何を守っているのか全員が理解していた。

 下手をすれば、この国が焦土になるのである。今彼を差し出すということは、即ち国家を滅ぼす力を差し出すに等しい。


「無許可で近づく輩は、殺しても構わないと言われているのですよ!」

「なんだとぉ?!」

「さあお帰りください!」


 最悪殺してもいい。その言葉は決定的だった。

 少なくとも、貴族であるヌリにとっても当然すぎる言葉だったからだ。


「よかろう……では後悔させてやるからな!」


 できればカプトに接触せずに口説きたかったが、それは失敗に終わった。

 ならば、と彼は日を改めることにした。



 そして……。



「ん?」

「お初にお目にかかる。私はヌリという帝国貴族の者だ」

 

 ほぼ日課のように破壊痕に訪れていた正蔵は、護衛達と共にヌリに接触されていた。

 そして、そのまま交渉が始まってしまったのである。

 それは、ある意味とても残酷なことだった。


「君に話がある」

「何か?」

「君は、カプトに不満があるのではないか?」

「無いぞ」

「護衛の前では、いいや、君を拘束している輩の前では言いにくいだろうが、無いとは言わせない」

「無いぞ」

「あのあばら家に押し込められ、冷遇されている君が現状に甘んじているわけがないだろう」

「無いぞ」

「世界最強の魔法使いである君には、もっとふさわしい待遇があるはずだ」

「……どうしよう、この人俺の話全然聞いてくれないぞ」


 三回も不満がない、と答えたのにまるで通じていないヌリに対して、護衛達もやや困っていた。

 あばら家で一緒に生活している五人は、少なからず不満があったのだ。

 他の護衛達は別の出張所があるのだが、この五人だけはそうでもなかったのである。


「君の価値はすさまじい。君の絶大な力があれば、この世にできないことは無いだろう」


 力こそ、権威。それは間違いではない。

 力があれば、ヌリたちは王国に逃げ込むことはなかったのだ。

 そして、誰も逆らえない力が目の前にあるのだ。

 手を伸ばすのは当たり前だった。


「いや、そんなことないと思うけど」


 素で応じる正蔵。そして、実際彼の事を良く知っている護衛達は全力で頷いていた。

 そもそも、先日の爆撃に関しても、五人がいなければ成立しない戦術だったのだ。

 この男は国を滅ぼせる魔法使いなのではない。大規模な魔法しか使えない魔法使いなのだ。

 無能ではないが、有能とは程遠い男なのだ。


「魔法ってのはアレですよ、壊すのが取り柄ですからね。俺も他にできることなんて大したもんじゃないですし」

「しかし、それは君にしかできないことだ。だとすれば、あのような扱いなどされるべきではない。君は英雄の筈だ。なぜあんな家に押し込められて、納得して生活できる?」

「豪邸に住んだら、吹き飛ばすかもしれないんで」


 その回答に対して、流石にヌリも止まっていた。

 その言葉を証明するものが、正に自分の横にあるからだ。


「俺って、あの家を五・六回ぶっ飛ばしてるんですよね。寝ぼけて寒いな~~って思ったら炎上して、ちょっと蒸すから風が欲しいと思ったら家が吹き飛んで……」


 護衛達が頭を抑える。全部事実だったからだ。

 この男は意のままに魔法を使うことができるのだが、その一方で『意』の方が全く制御できていない。

 それこそ『不意』に思うだけで魔法が発動してしまうのである。


「もしも豪邸に住んでたら、それこそいつもびくびくしないといけなんですよ~~。町の中で暮すのも、街ごと吹き飛ばしちゃいそうだし」

「そ、そうか……」


 もしもこの光景を見ていなければ、頑丈な家や城を用意すると言っていただろう。

 だが、この荒野を見て尚同じことを言う度胸はない。

 この男の魔法を防ぐ手段など、彼は持ち合わせがないのだ。


「ですからまあ、あの家じゃないと落ち着かないっていうかなんていうか」


 いきなり完全に大前提が崩壊していた。

 冷遇されていると思ったから、口だけでも厚遇を約束すればこちらに転ぶと思っていたのだ。

 用意していた甘言の全てが破たんしてしまう。

 とはいえ、この程度で諦めるほど彼は諦めが良くない。


「それは分かった。しかし……その力を有効に使う気はないかね?」

「え?」


 それには興味がわいたのか、露骨に嬉しそうになった。期待に胸を膨らませていた。


「今、この王国は戦争を終わらせようとしている。その動きが活発だ」

「そう聞いているけど」

「君はそれでいいのかね?」


 強者として、力を持つ者として、誰もが欲求を持っている。

 それが腕力であれ権力であれ、手にした力を振るいたいという『魔力』に抗うことは難しい。


「我ら帝国貴族は、祖国を奪還するために動く。つまり、これから君が力を振るう機会がいくらでもやってくるということだ」

「それはつまり……」

「そうだ、君の魔法、『天罰』によって反逆者たちを誅するのだ!」


 山水に『雷切』という異名が付いたように、正蔵にも『天罰』という二つ名が与えられた。

 文字通り天から降り注ぐ、抗いようのない神の如き力という意味もある。だが、叛逆者たち、略奪者たちに罰を与えたという意味も持つ。


「それって、俺に貴方の故郷を吹き飛ばせってことですよね」

「なに、問題ない。別に汚染されるというわけでもないのだろう? 街も城も、最初は父祖の誰かが作ったのだ。奪われたそれを我らが壊し、再建する。当然の事だろう?」


 元をただせば、あの国にある全ての設備は皇族や貴族の為にあるのだ。

 それを反逆者たちが利用している、その事実だけ考えても壊すべきなのだ。


「ヤダ」


 露骨に嫌そうに、正蔵は断っていた。


「俺はアンタの事が信用できない。だからアンタの国を取り返す手伝いはしない」

「き、貴様! その口の利き方はなんだ! 私は栄光ある帝国貴族だぞ?! その私が、自らこうしてお前を雇ってやろうと言っているのだ!」

「だから、ヤダって言ってるんだ。とっとと帰ってくれ」


 確かに壊れた物は治せる、死んだ人の数も何れは元に戻るのだろう。

 それができる程度には、人間は強い。それは日本人である正蔵も知っている。


「ふ……ふざけるな! 何が気に入らないというのだ!」

「全部だよ。俺に自分の国を攻撃させようってのが気に入らないし、壊れた物は直せばいいとか簡単に言うのはもっと気に入らない」


 直せないほど壊れた物も、新しい物を持ってくればいい。

 死んでしまって治せない人も、代わりの人が必ず用意できる。

 だが、新しいものを作ることも、死んだ人の哀しみを越えることも、断じて簡単ではないのだ。

 簡単ではないことを簡単に言うヌリを、正蔵は軽蔑していた。自分同様に、直すことも作ることもできない男に、自分の魔法を預ける気はなかった。


「俺がカプトに魔法を預けているのは、カプトの人が守ることの難しさや治すことの大変さを知っているからだ。あの人たちが全員凄く『いい人』だとは思ってないけど、それでもカプトに暮らす人たちのために頑張っていると思う。アンタはどうでもいいと思ってるんだろ、自分の国の人なんて」

「なんだと!」

「見ろよ、俺の『作った』ものを。アンタは国中をコレにするつもりなんだろ?」


 現実とは思えない魔法使いの成した、この世のものとは思えない魔法と、その結果として残ったこの世のものとは思えない地形。


「カプトの人が、パレットがこれをまたやれっていうなら、またやるさ。きっとそれが一番、カプトで暮している人たちのためになる。でもアンタは違う。それが一番簡単で、一番自分にとって得だからなんだろ? そんなことには付き合えない」

「……なんのための力だ!」


 この光景を見て、確かにヌリは思ったのだ。

 この力で、一方的に反逆者共を焼き払いたいと。

 この力はその為に、自分達のためにあると思っていた。

 そして、実際に反逆者たちはこの荒野の中で残骸も残していない。

 だがまだ足りない。全員をこの荒野に埋めなければならないのだ。


「お前は『天罰』だ! 間違った物を、者を、国を! 破壊するための力だ!」


 アルカナ王国に所属する四人の切り札は、決して主を裏切らない。

 それが切り札たちの民族性なのか、それとも貴族たちの人心掌握術が巧みなのか、それはわからない。

 しかし、確かに相互に理解は存在していた。


「お前が壊すべきものはそこにいる! 罰を受けるべき罪人が、悪党が、そこにいる! お前なら簡単に壊せるはずだ!」


 意思を持つ大量破壊兵器は、そのことを否定しない。

 だが、簡単にできることの尻拭いの大変さは、この世界に来て沢山学んだことだった。

 自分にできない大変なことを、誰かにさせるのはとても心苦しいことだ。


「天罰を下すかを決めるのは神様だ。それで、アンタは神様なのか?」


 正蔵を『天罰』と呼ぶのならば、その『天罰』を下す権利を持つ者が神なのだろう。

 そして、今この瞬間神と呼べるのは『カプト』なのだろう。



「神様なら自分でどうにかしてくれよ。『簡単』なんだろ?」

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