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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
傷だらけの愚者
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恐怖

「それにしても、このバトラブの屋敷で君達と話をするのは久しぶりだね」

「そうね、お父様。なぜかいつもソペードの方だったものね」


 バトラブの屋敷に集まっている、祭我のハーレムとトオン。

 彼らは特別な任を受けるために、ここへ集まっていた。


「結論から言おう、サイガ君、スナエ君、トオン君。君達には、カプトの領地に向かい国家間の交渉に備えて欲しい」


 はっきり言って、責任重大すぎる内容だった。

 少なくとも、自分の家の跡取りや、他国の王族に頼んで良い事ではないように思える。


「ふん、荒事対策なら私の出番だ。マジャンの神降ろし、その猛威をお見せしよう! そうですよね、兄上!」

「違いないな、スナエ。ここで降りれば父からなんと叱責されることか。我ら兄妹に声をかけていただき、ありがとうございます。必ずや期待に沿いましょう」


 マジャンの王族二人は二つ返事だった。

 少なくとも義の無い話ではない。国家間の会談の場で暴力を振るうものがいれば、それはマジャンの理屈から言っても大罪だ。鍛えた剣と爪、発揮することに迷いはない。


「お父様、私は?!」

「お前は駄目だ。戦えぬ者が赴いていい場所ではない」


 スナエとエッケザックスだけが同行を許されていることに、ハピネは憤慨する。

 しかし、武門の当主である父親は頑としてはねのける。今カプトに赴くということは、正に修羅場へ赴くということなのだから。


「サイガ様……大丈夫ですか?」

「ああ、怖くない。でも、どうして俺が? そういう事なら、山水の方が……」


 ツガーの心配に応えながらも、祭我は不審に思っていた。

 確かに祭我なら護衛もある程度できるだろう。だが、最適で経験もある山水が参加しているのなら不要にも思える。


「彼はカプトには赴かない。これはソペードの判断であり、私も支持している」


 その言葉を聞いて、誰もが顔を曇らせていた。

 絶対的な信頼、という意味ではこの場の誰もが彼を認めていたのだ。

 彼がいるかいないかで、作戦の成否は大きく揺らぐ。


「その上で、私は自分の切り札を信じている。あの時から君は強くなった、折れず腐らず、剣聖のもとで己を鍛えてきた。それは彼の元で戦うためではなく、彼の不在でも戦えるようになるための筈だ」


 そもそも山水は護衛という点では相方一人で事足りる。

 双方ともに機動力も高く、ほぼ穴はない。

 そして人を指揮する経験もない。本人が近づいて叩いた方が早いからだ。


「……わかりました。ただちょっと気になるんですが、今回の件はバトラブの独断ですか?」

「カプトや王家には話を通してある。ことは外交に絡むし、カプト領に切り札を送り込むとなると当然の手続きだ。ソペードの方も、サンスイ君に指導されている者を送り込むつもりらしい」

「それじゃあディスイヤは?」


 今回の件は、どうやら五つの家の最優先事項である『国益』に絡む問題だ。

 であれば、如何に無関係とは言えディスイヤが何もしない、というのはあまりにも不思議だった。


「ディスイヤにも、『考える男』という切り札がいると聞きました。彼は参加しないんですか?」

「ああ、それはない」


 最初から期待もしていない、という顔でバトラブの当主は答えていた。

 その表情はまるで、来たら困ると思っている顔だった。


「火に油を注ぐようなものだ。ディスイヤは彼をどう扱っているか知らないが、パンドラの性質上絶対に投入されることはない」

「当然だ、我が主よ。パンドラの担い手を護衛につけるなど阿呆の極みだぞ?」


 同じ神宝であるエッケザックスが同様の反応をしていた。

 一番理解しているであろう彼女がそういうのならば、きっとそうなのだろう。

 それにしても、災鎧パンドラとはどのようなものなのか。


「ともあれ……いい機会だ。カプトの切り札と顔を合わせるといい。今後も協力することもあるだろう」

「……え?」


 てっきり、傷だらけの愚者を守る任務を帯びるのかと思っていた。

 当人の火力こそ戦術級、戦略級と聞くが、その一方で接近戦がまるでできないという。

 その彼の護衛が、自分達の任務だと思っていた。


「あの、交渉に備えると言いましたが……まさか俺が交渉するんですか?」

「そんなわけなかろう、国家間の交渉に関してはカプトと王家が対応する。バトラブが口を挟むことではない」

「それじゃあ、何しに行くんですか? カプトの切り札を守るためじゃなくて、何のために?」

「もちろん国益だ。とはいっても、国が亡ぶかどうかではなく、名誉にかかわるものだがね」



「お父様ったら……可愛い娘の婚約者を、他の国の王女と一緒に戦場へ放り込むなんて!」

「力なき身で貴い身にある哀しさよなあ、フハハハ!」


 祭我とトオン、そしてスナエがカプト領地に向かう。

 その事情と内容を聞いて、ハピネは憤慨していた。


「スナエ、この国では女性はしとやかにあるべきというのが文化だ。その代わり、男は強くあろうとしている。それは事実だろう」

「む、兄上……」

「済まぬな、ハピネ殿。我が妹は貴女同様に恋心を燃やしているのでな、中々油断できぬ難敵故に隙を見ては優位に立とうと躍起なのだ。許してほしい」

「兄上?! 私はハピネのことを恋敵などとはおもっておりません!」


 マジャンの二人はじゃれ合いながら覇気を燃やしていた。

 その一方でもう一人の同行者である祭我は、やや弱気そうな顔をしていた。

 そんな彼を、ツガーがとても心配そうに見ている。


「サイガ様、やはり怖いですか?」

「うん……少し怖いな」


 山水と戦い三度負けるまでは、こんな風に不安を感じることはなかった。

 山水にも指摘されたように、今の自分は肩に力が入っている。


「昔の俺はさ、負けるなんて全然考えたこともなかった」


 頑張れば必ず勝てる、根拠もなくそう思っていた。

 どう頑張っても、勝てない。手の内の全てを知った上で、更に勝てない相手がいる。


「こんなこと言ってもわからないと思うけど、『最強ガチ勢』だったよ。ただレベルを上げてスキルを覚えて、武器をゲットすれば『ゲームを無双クリア』できると思っていた俺とは、山水は次元が違った」

「そ、そんなこと言ったって! 五百年も修行してた奴に勝てるわけないじゃない! ずるいのはあいつよ! それに、あいつみたいな奴ばっかりな訳じゃないし!」


 祭我が何を言っているのか、この場の面々にはわからない。

 しかし、ただ木刀をもっているだけの剣士でしかないはずの山水が、どれだけ遠いところにいるのかはわかっている。

 その上で、あいつがおかしいのだとハピネは援護していた。


「そうだけどさ……いないとも言い切れないじゃないか。それに、少なくとも向こうからしたら俺だって似たようなものだし……」


 きっと、山水が同行してくれるなら全く不安など感じなかっただろう。

 だがそれは弱くなったわけではない。それは強くなった証なのだ。


「サイガ様……怖いのでしたら、行くのはおやめください。私は心配で心配で……」

「ツガー……違うんだ。怖いけど、それでも行くんだよ。だって、このままじゃ終われないんだ。今諦めたら、きっと俺はもう駄目になってしまう」


 仮に、山水がもっと弱かったら、自分を殺さなければ勝てない程度の実力だったら、きっと自分は最初の段階で殺されていた。

 確かに自分は三度負けた。三度負けて、山水の強さを学んで、戦うことが怖くなった。

 だが、怖いと思わないことが強さなのではない。怖くても何とか踏ん張るのが強いということなのだ。


「怖いってことを知らないのは、強いってことじゃない。怖さを知らないまま死ぬってだけだ」


 正しく言えば、自分が死ぬかもしれないと、欠片も思わないことが強さなのではない。

 自分を殺せるものが沢山あると、そう知った上で生きていくことが強さなのだ。


「そうだろう、エッケザックス」

「うむ、良き男の顔だ。我が認める、『最強』の男の顔だ」


 ツガーを慰めながら、祭我は己の剣に問う。

 剣は答える。強さとは、まず死を遠ざけることにある。死を遠ざけるには、死を恐れなければならない。


「ツガーよ、お主は良き女だ。我が主にとって、本当に必要な『女』は、お主の様な女かも知れぬな」

「え、エッケザックス様?! お、お戯れを!」

「我が主にとって帰る理由になる女がいる、それは土壇場では力になる物だ」


 スナエとハピネが絶句している。

 微妙に、いや、明らかにツガーと祭我がいい雰囲気だった。

 その事実だけで、二人は硬直してしまう。


「フハハハ! 男女の仲とはわからぬものだな。それはそれとして、こうして師の元を離れて戦えることは幸運だ。なにせ我らが師匠は、それこそいかなる奇襲も未然に防ぎきる男ゆえになあ……あこがれもするが、やはり出番がないことは寂しい。あの人は……本当に強いからな」


 結局、今回の面々は妥協で選ばれたのだ。そんなことは、全員がわかっている。

 なまじ山水を知る故に、彼がいれば何もかも解決する問題だと分かっているのだ。

 だが、今回はそれができない。だからこそ妥協で多くの人員を投入している。


「こうして、あの方とそのご息女の為に戦えるのだ。弟子冥利、剣士冥利に尽きるのではないか、兄弟よ」

「……はい、トオンさん。必ず成し遂げ、生きて帰ります!」


 今回の作戦に参加する男たちの心は一つ。

 即ち、必ず山水のもとに吉報を持ち帰ること。

 容易ならざることかもしれないが、それでも心の底からそうしたいと思っていたのだ。

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