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旅路

 光陰矢の如しとはよく言ったもので、五百年をひたすら素振りをしていただけの俺は、人の世の目まぐるしい移り変わりに眩暈がしそうだった。

 レインを拾って五年ほどが経過した。主にソペード家の領地で過ごしていた俺は、その間主にこの世界の、この国の文字を学んでいた。

 最低限の勉学は身に着けるようにと、お嬢様からつけられた家庭教師から散々罵倒されながら、俺は日々を必死で勉強していた。

 というか、五百年も素振りしかしていなかった男が、言葉が通じるとはいえ文字をそうあっさり習得できるわけもない。

 毎日毎日、渡された黒板のちっちゃいのに、書き取りをする日々。

 紙が希少と言うことで、チョークで書いては消し書いては消しを繰り返すことになった。

 その一方で、歴史の授業は結構楽しかった。

 例えばアルカナ王国は割と最近成立した国で、およそ三百年ほど前に建国したらしい。

 ソペード家も似たようなもので、建国当時から王を支えていたとかなんとか。

 つまり、俺が二百歳ぐらいの時にこの国は興ったのだ。人間の国にしては、結構長持ちしている方ではないだろうか。

 俺の祖国なんて一応二千年ぐらい歴史があるけど、その間内乱ばっかりだったしなあ。


「パパ!」


 とまあ、楽しくないお勉強の時間を支えていたのは、日々すくすくと成長していく我が娘レインだった。

 銀色の髪を伸ばしている幼子は、どこからどう見ても俺の娘に見えないが、逆に考えて俺に似ているのは完全に罰ゲームだろう。

 当たり前だが、俺に似ていなくてよかったなあ。


「お嬢様に失礼はしていないか?」

「うん!」

「そうか~~」


 すくすくと育ったレインは、お嬢様からもブロワからも可愛がられており、のびやかに過ごしていた。

 とはいえ、俺は全く外見上の変化がないので、もはや親子と言うか兄弟だろうが。

 その内、ブロワ同様に俺を抜いていくのだろうと察しは付くが、それはまだ先の事である。寿命がなかろうとも、別に不死身と言うわけでもないし。


「……お前は本当に老けないな」


 俺の背を抜いてしまった、美少女剣士から男装の麗人剣士に昇格したブロワ。

 彼女はレインを抱えている俺を見てそんなことを言う。まあ、傍から見れば普通にそうだろう。

 俺も見た目は成長期だしな。精神的にもそんなには成長してないし。


「何よりも情けないのは、そんなお前に未だ勝てない私の未熟さだ。あれから鍛錬を積んでいるのに、未だに私はお前に及ばない……」

「あらあら、そんな向上心を持ち続けている貴女も素敵よ? 強く美しい私の自慢の護衛ですもの。幼さと強いだけが取り柄のサンスイより頼もしいわ」


 美しく、放漫で豊満に育ったお嬢様。

 俺は同行を許されていないが、社交界では彼女を一目見たいという男が、わんさかいるとかいないとか。

 四大貴族の御令嬢なのに、未だに婚約や結婚もせずに、好き勝手に過ごしている。

 いい加減適齢期だと思うのだが、現当主であるお兄様も元当主であるお父様も、どちらも結婚を許していない。

 老化しない俺が言うことではないが、多分彼女の人生的にアウトだと思うのだが。


「さて……それじゃあそろそろ行きましょうか。いいわね、レイン」

「は~い!」


 気難しいお嬢様は、未だに護衛を俺とブロワの二人だけにしている。

 一応レインもその扱いなのだが、今の娘にそんな力があるわけもなく、実質二人で二人を守っていた。

 そして、今まで自分の領地で気ままに過ごしていたお嬢様も、思うところでもあるのかこの国の最高学府に進学することになった。つまり、貴族の子供が通う学校である。

 態々付近に屋敷まで建てて、そこから通うということになった。その辺り、俺を含めて極力男との接触を止めたいお兄様とお父様の意思も見て取れる。


「お出かけだね、パパ!」

「ああそうだな」


 流石に勤めて数年が経過していることもあって、俺も馬車に乗ることは許されていた。

 結構高価な馬車と言うことで、舗装されていない道でもほとんど揺れるということもなく、尻が痛くなるということも全くなかった。

 御者の爺さんも慣れたもので、ゆったりとことこと学校を目指して走っていった。

 正直に言って、これから過ごす場所が学校近辺になるというだけで、なにか変わるということもなかった。

 もちろん、俺が主役なのではなくお嬢様が主役なので、そのお嬢様にとっては大きな変化があるのだろう。

 というか、それをお嬢様自身が期待している節もある。


「あの、お嬢様! どうして学校に行きたいの?」

「暇だからよ、最近は本当に退屈で嫌になるわ」


 レインの無邪気な質問に、大貴族のお嬢様は結構凄いことを言う。

 確かに何か趣味があるわけでもないのに、金も美貌もあったらそりゃあ暇だろうが、学校は勉強をするところだと思います。


「ねえサンスイ、この辺りに山賊とか盗賊の気配はない? あるのなら襲われてみたいのだけど」


 この人は山賊か盗賊を何だと思っているのだろうか。

 山賊も盗賊も、確かに悪人だが貴族の道楽でしばくのはちょっと違うと思う。


「お嬢様、危ないことは避けていただきたいのですが……」

「良いじゃない、ついでよ。それに貴方達ふたりは最近まともに戦っていないじゃない。たまには私にその力を見せて欲しいわ」


 この人はもしもの事とか考えてないんだろうか。

 退屈しのぎで山賊に襲われたいとか、くっ殺せじゃ済まない気もする。

 護衛って、究極的にはそこに立って何もしない、と言う状況が一番いいのだけど。

 軍隊と一緒で抑止力が一番重要だと思います。


「サンスイ、どうなんだ」

「あるけども……」

「それならばその進路を指示しろ」


 ブロワも嫌そうな顔をしていた。だが、それでも彼女はお嬢様の御遊びに付き合うつもりらしい。

 お嬢様を危険にさらすのは忍びないが、それはそれとしてお嬢様の御意志に背きたくない。

 自分が撃退すれば問題ない、という自負によるものだった。

 確かにまあ、近くにある気配はそんなに問題がなさそうだったが。


「分かりました。少し遠回りになりますが、その道を御者に指示します」

 

 すまん、御者の人。レインはきょとんとしているけども、この人にしてみればたまったものではないだろう。

 俺もブロワも自分にある程度の実力があるからいいものの、この人完全に一般人だからなあ。


「すみません、次の分岐を右へ……」

「はいはい、分かりましたよ」


 馬の手綱を握っている御者さんも、まあ仕方ないね、君達大変だねえという顔をしていた。

 確かに戦うのは俺達であって御者さんには関係ないのだけども。

 良い人ではあるが、野生だと長生きできない人だ。既に長生きしているけども。


「儂も十分ソペード家にお世話になりましたし、孫にも小遣いをやれています。ここで死んでも悔いなんてありませんよ」


 無茶苦茶覚悟していらっしゃる。

 死んでいい命などどこにもないので特別扱いはできないが、死なれると嫌だなあ。


「大丈夫です、盗賊団と言っても数十人程度ですから」

「ほっほっほ、この老骨よりもお嬢様とレインちゃんの事を気にしてあげてくださいな」


 いや、そういうわけにはいきませんよ。



 あえて本来の道から外れたこともあって、日はとっぷりと暮れていた。

 夜更かしする習慣がないのでもうぶっちゃけすぐ寝たいし、レインももう寝ていた。

 馬車はあえて山道のど真ん中で休憩し、獣も山賊も襲いたい放題の状況だった。


「サンスイ、近いな。人数が多いだけに私でもわかるぞ」

「ああ、夜目が利かないだろうし、俺が敵を叩くからブロワはお嬢様とレインを頼む」

「あら、先に片付けてしまうの? どうせなら相手に襲わせてからにしたいわ」


 注文の多いお嬢様だった。

 停車している馬車の中で、ランプのほのかな明かりを頼りに作戦会議をしている俺達に、とんでもないことを言い出す。

 できなくはないけども、その無茶に何の意味もないわけで。


「勘違いしていないかしら二人とも。私は山賊退治なんてことがしたいんじゃなくて、自分達が強者だと勘違いしているお山の大将を相手に、貴方達の強さを見せつけて優越感に浸りたいの。サンスイが先制で奇襲したら、それこそ勝負にならないじゃない」


 俺の実力を理解しているからこそ、そんなことをおっしゃる。

 確かに仙術を操る仙人たる俺は、夜目が利くどころか目をつぶっていても森の中の山賊を一方的に奇襲し続けることができる。

 それはつまり、お嬢様から見れば退屈な戦いになるということだ。


「私は無様なところが見たいのよ、殺さずに打ちのめして、現実を理解させなさい。もちろんできるわよね?」


 寝ているレインを撫でながら、お嬢様はそんなことをおっしゃる。

 できなくもないが、できたところでなんだというのだろうか。その辺り、もう俺が失って久しい感性である。


「お嬢様の御心のままに」

「全力を賭します」


 とはいえ、命令されたからにはやることは決まっている。

 幸い、周囲の気配はそんなに大したことはない。先制を譲っても、さほど問題は無いだろう。

 そう思っていると、馬車の周りが明るくなり、ランプの炎ではない松明の燃える炎が匂い始めた。

 馬車の中で、俺達とは違う『部屋』で寝ている御者にも壁を叩いて軽く合図をした。

 確かにこの世界では高齢だろうが、俺よりも年下であることに変わりはない。

 むしろ、ずっと無駄に過ごしていた俺よりも価値のある命だ。


「おらあ、出てきなあ!」


「あらあらうふふ、理想的な展開ね」


 レインを寝かせたままランプの明かりを消して、とても楽しそうにお嬢様は馬車の外へ出て行った。

 それに俺もブロワも続く。一応ブロワもアイコンタクトしてくるが、出合頭に攻撃をしてくるほど相手はこっちに殺意を抱いていない。

 その程度の機は、気配で分かる。


「こんな夜更けに何用かしら、この馬車の家紋を知って、私達の夜を乱すというのなら覚悟することね」


 何時か俺が言われたようなことを、彼女は周囲に言っていた。

 既に四方を松明を持った無法者たちが囲んでいる。人数は気配通りに、数十人ほどだろう。

 全員が武装しており、しかしその気配は楽観に満ちていた。

 もはや戦うまでもなく、ただ縄で縛ってお楽しみ、という心境だった。

 野生にはない油断と慢心だが、状況的には間違っていない。


「ソペード家のわがまま姫だろ? 大方スリルを楽しみたくてこの山でご一泊なんだろうが……肝試しをするにゃあ、この山はちょいと過酷すぎたようだな」

「馬鹿ねぇ、ソペード家は武門の名家。その家紋を知って突っかかってくるなんて……もう死ぬしかないわね」

「っは! そんなマークが何だってんだ? そんなもんにビビる俺達じゃねえ!」


 出会ったばかりの頃の俺ならともかく、やはり四大貴族のソペード家はかなりの名門で、こんな犯罪者たちも知っているようだった。

 そこで怖気づいて逃げればお嬢様以外は平和だったのだが、あろうことかこのバカ共はそうと知った上でふっかけてきやがった。


「これからどうなるかわかるか、お嬢様。お前とお隣のかわい子ちゃんは、それはもう酷い目に合う。まず縄で縛り、ひっぱたいて言うことを聞かせる。お嬢ちゃんのおうちに手紙を送って、その身代金が届くまで慰み者になり続けるのさ。反省するんだな、この山じゃあ、俺がルールなんだよ!」

「あら、お優しいのね。じゃあ私も慈悲をあげるわ。二人とも、まず動けなくなるまでぶちのめして、それから縄で縛って山道に放置しましょう。運が良ければ助かるでしょうしね」


 俺は木刀を抜いて、ブロワはレイピアを抜いた。


「馬車に傷をつけることは許さないわ」

「「はい」」


「っは! ガキが二人いたところで何だっていうんだ! やっちまえ!」


 仙術では自然の気配を強く受け取ることができる。

 そして、それはつまり相手の攻撃してくるタイミングを認識できるという事でもある。


「お前は防御に回れ。私が制圧する」


 だからこそわかるのだ、この場の誰よりも攻撃的になっているのは、他でもないブロワだと。

 風の魔法を操る彼女は、その魔法を解き放っていた。


「トルネードウォール!」


 不自然な、突発的なつむじ風。

 それによって一瞬だけ馬車の周囲を風が薙ぎ払った。

 お嬢様を含めて、その内側の俺達には一切風の影響がない繊細なコントロールだった。

 機先を制するその魔法は、楽観に支配されていた山賊たちに意表を突き、さらに言えば不安を与えていた。


「貴様らはもはや許しがたい。無知は罪と言うが、既知で犯した罪はそれ以上に重いと知れ……お嬢様の慈悲に感謝することだ、私はお前達を切り刻みたくて仕方がない!」


 微妙に俺をディスっている。それにしても相変わらず沸点が低い。

 多分、やりすぎで何人か殺すな。


「ま、魔法使い?!」

「聞いてねえぞ?!」

「落ち着け! 相手は大貴族様の護衛だ、それぐらいはいるに決まってるだろ! 所詮はガキが二人だ! とっととお嬢様を捕まえちまえ!」


 山賊の頭目らしき男が怒声を上げる。

 確かにお嬢様を押さえられてしまえば大問題だが、お嬢様の脇には俺が木刀を構えていた。

 それはおよそ不可能である。


「ウインドスライサー!」


 剣から放つのは、不自然なる真空の刃。

 魔力によって生み出された鋭利な刃は、逃げ腰な山賊たちから切断していく。


「ぎゃああ!」

「ひい! 鉄の剣が切られちまった!」

「駄目だ、この女強すぎる!」

「こんなの無理だ、俺は逃げるぜ!」


「逃げるんじゃねえ!」

「逃がすか!」


 軍隊だって勝ち目がないなら遁走するが、山賊の様な無法者なら更にあっさりと逃走を判断する。もちろん、それはそれで十分賢い。

 狩りの失敗は群れの存続にかかわるが、人間は嫌になったら群を変えられるのだ。そこまで帰属意識も強くないだろうし、そりゃあ逃げる。仮に誘拐が成功して一生遊べる金が手に入っても、自分が死んだら意味がないしな。


「とっととその小僧を片付けろ!」

「あの魔法使いが戻ってくるまでに倒しちまえ!」

「おい、このガキ木刀なんか持ってるぜ?」

「こりゃあ楽だ! おい、とっととやっちまえ!」


 今の俺は、一応職人の方が作ってくれた『着流し』と、これも職人の方が作ってくれた木刀である。おまけに草履。

 ちゃんとした人が作っているというだけで、どこからどう見ても安っぽい男だ。

 そりゃあ風の魔法で空飛んだり真空の刃を飛ばしてくる奴よりは弱そうだろう。


「オラ……ブッ!」

「ソラァ……がっ!」

「だ……べひょ!」

 

 俺は気功剣さえ使っていなかった。

 相手は簡単な鎧しか身に着けておらず、兜さえ装備していない。

 そんなのを倒すのに、仙術など不要。普通に木刀で頭をブッ叩いていくだけで事足りる。


 松明の明かりが照らすとはいえ、夜の森は暗く、こちらの輪郭がうっすらと分かる程度だろう。

 だが、こっちは相手が何処にいて何をしようとしているのか丸わかりだ。

 どうにかできないわけがない。


「な、なんだこのガキ! やたら強いぞ?!」

「何やってやがる、相手はガキで、玩具の剣を振り回してるだけだろうが! 斬る度胸もない奴なんざ、とっとと倒しちまえ!」


 俺は全員の心境が読めていた。

 この場に集まった面々は、ただ金に目がくらんでいるだけだ。

 できることなら戦いたくないが、何もしなければ分け前など期待できない。

 だから賑やかしとしてここにいる。俺が木刀を持っていることで調子に乗っているが、それでも戦意が薄すぎる。

 全員が殺到してくればそれなりに対応を考えるところだったが、一人一人しかかかってこないのだ。


「不味いぞ……そろそろあの魔法使いが戻ってきやがる!」

「早くしろ! 囲め!」

「何やってるんだ、相手は一人だぞ!」


 例えるなら、ドッチボールだろうか。

 一対一で対峙しているのであれば、危機感をもって臨むだろう。

 だが、相手はこっちを多数で囲んでいるのだ。当然気が緩む。

 どうか自分に襲い掛からないでくれと、そう祈ってしまう。

 俺が倒した仲間を見て、ぞっとしてしまう。

 自分以外の誰かが倒してくれと、他人事のように考えてしまう。

 

 別に読心術が使えるわけではないが、その程度の気配は感じ取ることができる。

 そして、それが見えるのであれば持っている武器が何であれ、相手の数が何人であれ、踏み込んで叩く。それだけで全ての問題が解決するのだ。


「ふ、ふ、ふ、ふ、は」


 踏み込んで頭を叩く。

 すれ違い様に腹部を叩く。

 振りかぶった相手の足をへし折る。

 俺を無視してお嬢様を狙う輩の後頭部を薙ぐ。

 落ちている剣を拾って、馬車の裏に回り込もうとしていた奴らに投げる。

 ただそれだけで、見る間に数が減っていく。


「サンスイ、貴方は強いし凄いのもわかるけど……地味ね」


 それは言わないでいただきたい。

 俺が習ったのは剣術と仙術で、そんな派手なことは一切できないのだ。

 そして、その必要もなく山賊はばたばたと倒れていく。


「私にそういうものを期待なさらないでください。派手さでしたら、ブロワがやってくれますから」


 既に周囲に無事な山賊はいない。

 俺は腰に木刀を納めると、そのまま山賊たちを道の脇に並べていった。丁度連中が縄を持っていたので、それを使って縛っていく。

 ブロワが倒した輩は結構な傷を負って居るが、因果応報と言うことで運に頼むとしよう。

 どうせ捕まったら、良くて縛り首だろうしな。というか、ぶっちゃけそれどころじゃないし。


「お嬢様、血の臭いを嗅ぎつけて狼が集まってきます。如何しますか?」

「あら、そうなの。流石にお腹のすいた狼さんを倒させるのは申し訳ないわねえ」


 意地悪く笑うお嬢様、その(もと)へ殲滅してきたブロワが飛翔して戻ってくる。


「申し訳ありません、ご命令に背き、ほとんどの者に致命傷を。朝まで持たないでしょう」

「そうねえ、じゃあ私達余所者はそろそろお暇しましょう。馬も怯えているようだしね」


 意識を保っている山賊や、或いは気絶から目覚め始めた山賊たちの恐怖に歪む顔。

 それが地面に落ちた松明によって照らされている。

 それを見てお嬢様は大層満足したようで……上機嫌に馬車へ戻っていく。

 心得ていた御者も御者台に戻り、馬の手綱を握っていた。


「ま、待ってくれ! このままじゃあ、食い殺されちまう!」


 ろっ骨を折られた上に縄で縛られている山賊の親玉はみっともなく命乞いをしていた。

 まさかここまで護衛が強いとは思っていなかったのだろう、さっきまでとはえらい違いだった。


「あら、貴方は確か自分がこの山のルールだとおっしゃっていたような気が? 他所の者の私達はともかく、この山で暮す狼なら貴方のルールに従うのでは?」


 慇懃無礼だった。

 とても楽しそうに、しかしもう飽きたようで、眠そうに彼女は馬車へ入っていく。

 俺達も入り、ゆったりと走り始める馬車。そして残されるのは抵抗できない山賊と、その肉を狙う飢えた狼たちだ。


「それなら、なんの心配もないでしょう。むしろ貴方の縄を切って、そのまま傷の手当てもしてくれるのでは?」


 いや、その可能性は無いな。接近してくる狼たちは、大分空腹の様だった。


「ごきげんよう、朝日が見れるといいわね」


 こうなると、いっそ殺した方がよかったかもしれない。

 走り出した馬車の中で悲鳴を聞いたり死臭を嗅ぐ俺は、すやすや眠っているレインを見て、彼女との出会いを思い出していた。


「思った通りの事しか起きなかったけど、これはこれで楽しいわね」

「お嬢様、このような遊びは控えるべきかと……」

「ブロワ、私の命令を守れなかったうえに、この上指図までするの?」


 そう言われては、ブロワも黙るしかない。

 とりあえず今日の所は皆が無事でよかったと思うべきだろう。

 ただ、この調子で明日も明後日もやるのではないかと思うと、俺は何とも言えない気分になっていた。

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