結論
今回が最終回です。
竜との一日戦争が終わり、国境も安定状態に達した。
アルカナ王国とオセオ王国は停戦を祝って大規模な祭りを催すことになった。
オセオ王国の同盟相手である旧世界の怪物たちと、宝貝を使用するアルカナ王国側の代表による試験的な競技も行われる。
ガス抜きであり代理戦争であった。人々はどちらが勝つかで一喜一憂し、結果いかんでは小規模な暴動にもつながっていた。
しかしそれも正規兵によって速やかに鎮圧される。
祭りは順調に進んでいく。
そんな祭りの催しの一つが、ソペードの銀鬼拳の披露であった。
バトラブはすでに『血統の祖』を抱えているが、それに対してなんの備えもしない、というわけにはいかない。
以前から訓練を積んでいた五人の若人が、大勢の人々の前で修業の成果を披露する。
名誉と責任がかかわる大きな催しだったのだが、その当事者である五人の若者はすっかり気の抜けている顔をしていた。
全員が舞踊用にも似た豪奢な武術着を着ているが、それに対して表情は腑抜けそのものであった。
一世一代の晴れ舞台だというのに、何も終わっていないのに安心しきった顔をしている。
責任者であるソペード家の現当主は、彼らへ指導をしていたボウバイに話しかける。
「大丈夫なのか?」
「緊張しているよりはいいですよ。下手をしたら観客相手に暴れかねないんですよ?」
「それもそうか。しかし……息子から聞いていたが、それほど深刻に悩んでいたのだな」
名誉ある大会を前に白黒山水の調子が悪くなっている。
結果いかんではソペードが壊滅的被害を受けるかもしれない。
明るくない想像したかれらは、ウィン家の面々と全面協力して事態を解決しようと頭をひねっていた。
これはもう一回寝るか、と不安に思いながら寝るしかなく……翌朝にはサンスイの調子は戻っていた。
彼らの虚脱ぶりはすさまじかったという。
逆にサンスイが気を遣う羽目になったとか。
「なんかすいません。俺がもっと早く考えをまとめていればよかったんですけどねえ」
(一人で考えるのではなく、相談していればよかったのだが……うまく説明できないのなら同じことだな)
自分の頭の悪さを恥じているボウバイに対して、当主は特に何も言わなかった。
(それにしても、ボウバイという無学な男をここまで育てるとは……サンスイも大したものだ)
サンスイは自分が指導した剣士から『かくあるべき』を教わった。
それは彼が正しい剣士を育成したという最高の証明であろう。
(変な話だが、私はアイツを弟のように思ってきた。弟が成功していて、うれしいなど……分不相応かもしれんがな)
「ところでソペード様。もうすぐ武神奉納試合が始まりますけど、どうなってほしいですか?」
ボウバイからの質問に、ソペードは悪戯っぽく笑った。
それはくしくもボウバイと同じ顔であった。
「もちろんサンスイやスイボク殿の勝利を願っている。順当にいけばそうなるだろうし、サンスイやスイボク殿にもしものことがあればソペードやアルカナ王国にとって大打撃となるだろう」
「そうですよね! 俺としてもサンスイさんには頑張ってほしいです!」
サンスイが負けるかもしれないし死ぬかもしれない。
それについて大騒ぎしていた者たちを否定するわけではない。
だがそれでも、本当は心のどこかでそうではない可能性も願っている。
「だがな……そんな順当な結果では、サンスイ自身も退屈だろうよ」
「そうですよね! 俺としては……どうせ勝つならトオンさんに優勝してほしいです!」
「ああ、そうだな……そうなれば、ソペードとしても最高だろう」
聞く者によっては青ざめるような話を、二人の男はしていた。
彼らは空を仰ぎ、雲のように浮かんでいる大八州を見上げていた。
※
大八州には仙人を奉る神社がいくつもあるのだが、その中でも最も大きい神社の一つがフウケイを奉る神社である。
現在はここにガリュウやゴクの石仏も奉られている。
フウケイが健在だった時にはここで武神奉納試合……諸流派の剣士が集まり、フウケイと戦う権利をかけて試合をしてきた。
フウケイが去り、スイボクとサンスイが現れた今も、ここで試合が行われようとしている。
だが挑戦相手がサンスイやスイボクに代わったというだけではない。
一人一人が情念を燃やし、己の中に押し込めている。そのわずかな漏れが境内を満たしていた。
これは以前にはなかったものだ。
拝殿の階段で座っているスイボクもまた同じように熱を発している。
今日ここで最強の剣士を決める戦いが始まる。
剣に人生を費やしてきた者たちが、この上なく燃える状況だ。
その中にはトオンもいる。
周囲の剣士たちはほとんどがこれから始まる戦いに集中しているが、彼は少しだけ余裕があり周囲の剣士たちを観ていた。
(確かにスイボク殿は理想の剣士だった。型稽古でしか使えないような繊細な技を、彼は余裕で成功させてくる。当初はまったく相手にならなかった。だが……理想的な対応であっても、何度も練習していれば慣れてくる。型稽古を成功させてくるとしても、私も型稽古はしてきたのだからな……!)
(受けるにしても避けるにしても、その動きは複数用意されている。運任せで突っかかれば、されてほしくないことを的確に選んでくる……だがそれも理論の範疇だ。ありえない動きをしてくるわけではない)
(初見殺しは通じない、意表を突くことはできない。実力で勝つしかない。上等だ、最高の相手ではないか)
彼らは全員が牙を持っている。
スイボクやサンスイという無形に至った剣士へ、自分たちなりの回答を示そうとしている。
当のスイボクを相手に練習を積んだこともあって、十分な勝算があるのだろう。
(ドゥーウェにも誓った通り、必勝の気構えではある。だがこの場の誰に負けても恥ずかしくはない)
それぞれが自分の信じる流儀を貫き、そこにいる剣士に勝とうとしている。
それはとても素晴らしいことだ。
トオンもまた己の流儀、白黒山水の生徒としての流儀を貫くつもりだった。
サンスイやスイボクにたどり着くまでに負けるかもしれないし、たどり着いても無様をさらすかもしれない。
この試合にはそれだけの実力者がそろっている。だが弱い者しか出ない試合に出てなんになるのか。この水準だからこそ参加する意義がある。
トオンは今の己が人生で一番強いと信じている。
そのうえでこの試合に臨むつもりだった。
どうなっても悔いは残さない。勝ち抜いて、サンスイやスイボクに勝ちたいという願いがあるだけだ。
「失礼します」
白黒山水が現れた。
彼が神社の境内に入ってきたことで、集中していた剣士たちが意識を彼に向ける。
思い出すのは彼とガリュウの試合だ。
そう、試合だ。
彼一人が強いというだけなら、剣士たちもここまで熱狂することはなかっただろう。
これは仮想の話ではない。
大八州にはフウケイがいた。アルカナ王国にはスイボクとサンスイがいた。
それでもここまでの熱はなかった。
ガリュウという男がサンスイと剣を交えたからこそ、ここまでの熱が生じている。
彼らはガリュウと己を重ねた。いや、重ねたいと願っている。
勝ちたいという気持ちはあるが、それより先に戦いたい気持ちがある。
その気持ちを裏付けるだけの実力があった。
サンスイは微笑みながら目を閉じた。
(ああ……彼らに勝ちたいな)
ボウバイに言われていたこととは無関係に、勝利を求めている。
己もこの試合に参加する権利があると認められた。
あえて、トオンや他の知り合いに挨拶することもなく、スイボクの隣に座った。
それが合図になったかのように、剣士たちも屋外で正座をして、スイボクの方を向いた。
「我が弟子サンスイも来たことだ、そろそろ始めるとしようかのう」
スイボクはあらためてじろりと周囲を観た。
まぎれもなく世界最強を誇る男は、武神奉納試合の開始に合わせて宣誓をしていた。
「儂は俗人のころ、初めて木刀を手に持った時……村の男衆を全員殴り殺した。その時に儂は初めて、己が一番強いのだと感じた」
もはや四千年前。当時の年齢もあって、思い起こすも霞のようなこと。
だがそれでも彼の原点であり、自分がなしたことや思ったことに関しては強く記憶している。
「それより多くの修行を積み、多くの術を学んだ。それが悪いわけではない。じゃが……負けそうになっても相手より上の術で倒せばよい、という逃げの思考につながっておった」
天地を自在に操れるのならば、文句なしに強いのだろう。
だがそれは己がやりたかったことではない。
今のスイボクは自分の苦悩を言語化できている。
「次元違いの強さを持っていると言えば格好はつくが、つまるところ同じ条件で勝てぬということ。素手で戦うはずが武器を使う、武器で戦うはずが術も使う。そのようにして勝っても楽しいわけがない」
それが一つの真実である。
スイボクはそこであえて結んだ。
誰も否定していない。なぜならこの場の誰もが同志だからだ。
「それを認めたとき、儂は柔い思想に走った。世界最強だけが最強ではない。素手で強い者、剣で強い者、術で強い者。それらを細かく分ける諸流派。それぞれの中で強い者が各々で最強を名乗ってよい、無理に世界最強など決めなくてよい。昔の己のように、勝つことにこだわりすぎるべきではないとな」
誰もがぶつかる、道の行き止まり。
この場にそろった剣士たちも、むやみやたらに否定する気は無い。
それはそれでよい武道なのだろう。
だがそれが最強か、というとそれは違う。
今はそう言い切れる。
「儂が間違っておった。逆張りでしかなかった」
スイボクは荒く手を握った。
「最強とは……俺が座っている場所のことだ! 俺はこの世の誰よりも強い! 誰が何人相手でもかまわない。俺が全員ぶちのめしてやる! 俺が世界で最強の男だ!」
退化しているのか。それとも進化しているのか。
議論に意味はないが、このごく小さい集団の中では規範であるのだろう。
「術をつかってもいい、剣をつかってもいい、素手でもいい! どんな条件でも同じ土俵で戦い、そのまま勝ってやる! そして、もしも俺に勝つ者が現れたのなら! それが次の最強だと認めよう!」
最強とは目標の一種である。
己なりの到達地点を目指すことは素晴らしいことだ。
だが、妥協して何が最強か。
最強が目標の一種だとしても、全ての目標が最強と呼ぶに足るものではない。
他者と全力で奪い合ってこそ最強と呼ぶ価値のある王座だ。
「ああ、そうだ。俺は最強の座に座っている! 俺を倒して、その席に座ってみろ!」
スイボクは目の前にいる剣士たちにそう伝えた。
だがそのうえで隣に座っているサンスイも観ている。
「俺の前に誰が立つのか、今から楽しみで仕方ない」
和やかに健闘をたたえ合う決着など、誰も求めていない。
この場の全員が最終的に全員死んで、最後のひとりが立っているだけという決着でも構わない。
なんの面白味もないことに、スイボクが勝者になってもそれでいい。
妥協しているのではない。むしろ妥協していない。
これが競い合うということなのだから。
いざ、最強をかけて祭りが始まった。
皆様、本作を最後まで読んでくださりありがとうございました。
ここまで長い文章を読了するには、多くの時間と労力を要したでしょう。
そのうえで……。
2025年10月3日。
この話を投稿した当日に、書籍の最終巻となる11巻が発売されました。
この物語とはまっっったく異なるエンディングを迎えております。
最後まで読んでいただければ、結論が全然違うことに驚いていただけると思います。
ぜひご確認願います。
最後に……拙作をここまで読んでくださったすべての読者様へ、あらためて感謝の言葉を。
本当にありがとうございました。




