資格
ステンパー・ソペード 初登場 432話
悪血を宿しており、現在は銀鬼拳習得のサンプルになるべく修行中。
ライヤ・ウィン 初登場 95話
ブロワの実妹。とても頭がよく、両親からも信頼されている。
サンスイが空間に空けた穴を通って南の島で旅行を楽しんでいたレインたちは、一足先に合流地点で待機していた。
滞在中はブロワとサンスイを二人っきりにしてあげたが、帰りは明かしても問題ないので堂々としたものである。
サンスイはそれを許していたし、娘であるレインやファンがいるのでブロワも怒ることはないだろう。
むしろレインとファンが貝殻を手に楽しそうにニコニコしているので、彼女の機嫌もよくなるはずだ。
ということで、ソペードの若手二人は政争を始めていた。
「今回の遊びでも俺は気働きがよかったんだ。その点をお前からも推してくれよ」
「厚かましい奴だな……年長として当然のことをしただけだろう」
「んなことを言っていると、信用を無くすぜぇ? 俺一人じゃなくて、周りの奴らからの、よ。武門の名家として、都合よく親せきを動かして高みの見物ってのは良くないんじゃねえの?」
「ぐぬ……まあ確かに、ここでお前のことを立てておくのは悪くないな。お前自身も言っているが、こういう時ぐらいしかお前が役に立つことはないからなあ」
「ん? とげがある言い方をなさりますなあ」
「私は銀鬼拳の習得という本道で価値を示せる。ここでお前をほめても何の痛手もない、ということだ」
デトランとステンパーは浅くも荒くぶつかり合っている。
暴力に訴えることこそないが、空気が緊迫していた。
「いかに落ち目とはいえ本家の次期当主としては、分家同士のいさかいを仲裁しなければならない。その意味が分かるな?」
他の面々が緊張していく中で、トリッジが制する。
二人とも己の非は認めるところであり、そこまでガキでもないのでそれ以上もめることはなかった。
「くく……どうだ、俺もかっこいいだろう」
なお本人はカゼインやレインにどや顔をしてマウントを取った。
カゼインは悔しそうにうなり、レインはあきれていた。
「あっ! サンスイさんたちが来ましたよ! そろそろ帰りましょうよ、ね!」
遠くから荷物を持ったサンスイとブロワが歩いてくる姿を観て、ボウバイが空気を換えようとする。
このままだとせっかくの観光が台無しになること請け合いだ。
これ以上悪化しないように話題を切り替えようと頑張っている。
「む……皆さん、お待たせしました」
「ファンとレインも来ていたんだな……サンスイからさっき聞いたが……一緒に……いや、うん。サンスイと二人っきりにしてくれてありがとう」
サンスイとブロワは幾分か空気が和らいでいた。
特にサンスイは切羽詰まった雰囲気がなくなっており、だいぶ余裕を取り戻している。
だがそれでも二人の表情は少し芳しくなかった。
「サンスイさん。まだ本調子じゃありませんか」
「ええ、だいぶマシになりましたが……まだ剣士として戦える状態じゃありませんね。特に次の試合は武神奉納試合。トオンさんを含めて、大八州の凄腕が集まると聞きます」
ここで一瞬、サンスイの表情が緊張した。
「今の私では、彼らの相手にならないでしょう」
「……そう、でしょう!」
調子に乗ったというべきか、安堵しているというべきか。
フデは興奮気味に賛同する。
むしろここで『この調子でも大八州の剣士ごとき楽勝です』と言われたらどうしようかと思っていた。
「貴殿が倒したガリュウ以外にも、大八州には凄腕の剣士が大勢いるのですよ! なにせ貴方のお師匠様であるスイボク様やフウケイ様の故郷なのですし! 層はとても厚いのです!」
「それはトオン様からも聞いています。彼もあそこで私以外の剣士と立ち会い、腕をめきめき上げているとか……」
「ええ! ガリュウ様が武人の意地を見せたことで、誰もが奮起しています! なのでその熱量は貴方すらも食い殺すほど!」
「まったくです。そんな彼らの前に今の私が出ても失望させてしまうでしょう……」
ここでサンスイの考える最悪の状況が、その場の全員に伝播していた。
巫女道の使い手もいるが、それと無関係にもわかるほど具体的だったのである。
「激戦を勝ち抜いた剣士……トオン様かもしれません。最高潮に高まった熱意をもって、私と対峙するでしょう。ガリュウ殿と戦った時の私を期待して、全力で勝ちに来るに違いありません。今の腑抜けた私では期待に応えられず敗北するしかない。その時、他の剣士や師匠をどれだけ失望させてしまうか……」
え、こんなもんなの?
倒れている山水。
ものすごくがっかりしてしまう優勝者(仮にトオンとする)と、他の参加者たち。
さらに面目をつぶされて怒るスイボク師匠。
地獄絵図に違いない。
「そうなれば私が死ぬだけではなく、ソペードにも迷惑がかかるかも知れません」
「やばいじゃないですか!」
「ええ、そうなんです。なので……」
ついついやばいと言ってしまったステンパーにサンスイは近づいた。
「ここからさらに調子を取り戻すにはどうすればいいか、ぜひ相談に乗っていただきたく……」
「……俺の相談結果次第でソペード全体の未来に影響が!?」
南の島にいるステンパーだが、ここで一気に汗が噴き出てきた。
現在ソペードの武威は、サンスイの背中に乗っていると言っていい。
彼が倒れればそのままソペードにも被害が出かねないのだ。
チラッっと、苦楽を共にしている仲間たちを見る。
デトランですらものすごく頼りない目をしており、全員がステンパーに期待していた。
「あの、ブロワさん。スイボク様や大天狗、カチョウ様に相談するって手はありませんか?」
「あの人たちは『時間をかけろ』か『あきらめろ』しかおっしゃってくれないんです」
「ほかに相談できるお人は!?」
「貴方以外には、私の妹のライヤぐらいで……」
「それじゃあそこにも行きましょう! 俺もその人と相談したいので!」
せめて責任を分散させようと、ステンパーはライヤを巻き込むことに決めた。
幸い今のサンスイには最強の刀がある。(試合では使えません)
南の島へ来たように、ブロワの実家にも一瞬で行けるはずだった。
「今すぐ行きましょう! 全員で! これはもはやソペード全体の問題ですから!」
そしてこの場の全員を巻き込み、可能な限り責任を分散させようとする『調子のいい貴族のボンボン』。
彼は理解しているのだ。この状況が自分のキャパシティを越えていると。
「うむ、そうだな……ブロワよ、お前の実家とその妹なら力になってくれるやもしれぬのなら、今すぐ向かうべきだな」
「はい!」
トリッジが判断すれば、もう誰も反論しなかった。
まあ他のメンツはともかく、ソペードの次期当主とか分家とはいえソペードの男子たちがソペード傘下のウィン家に約束なしで乗り込むのはあんまりよくないが、そんなことを言っている場合ではない。
ことは急を要する。サンスイ自身もそう強く思っているため、大天狗から譲り受けた刀で空間を切り裂き、ブロワの実家への道を作るのだった。
フデや巫女道たちはついていくか迷っていたが、よく考えればここに残っていれば実質遭難である。
少し迷った後ついていった。
誰もがついていく。
だが、最後まで残っていたのは……。
「サンスイさん、それは違うんじゃないですかねえ。いや、違いますよ、絶対に」
しっかりと答えを観ている男。
サンスイの生徒のひとり、ボウバイであった。
※
いきなり結構な数の来客(ソペードの次期当主付き)が来たことでウィン家は混乱したが、一番混乱したのはライヤであった。
事態を完全に把握すると、その深刻さにすっかり青ざめていた。
彼女はすぐにステンパーを含めた関係者と相談をはじめ、なんとか打開策をひねり出そうとする。
しかしサンスイの調子を取り戻す方法などわかるはずもない。
なまじ最悪の状況から脱していることもあって、ここから気分を前向きにする方法など思いつきもしなかった。
特に時間制限があるのがキツい。
できるだけ早く復調しなければ、今も修行している剣士たちに負けてしまうだろう。
そうなったら結局同じことである。
大いに焦る彼らは、日が暮れても『あーでもない、こーでもない』と頭をひねっていた。
ブロワやレインも悩んでおり、フデや巫女道たちも寝るに寝られない状況である。
もちろんサンスイも非常に焦っていた。
負けることや死ぬことはまあ仕方ない。
だが負けるにしても死ぬにしても、負け方や死に方がある。
周囲に迷惑をかけていることも心苦しい。
何がソペードの切り札か、最強の剣士か、童顔の剣聖か、雷切か。
これで武芸指南役総元締めなど名乗っていたことなどおこがましいにもほどがある。
全員の頭が煮え切って、いったん寝ようということになった深夜。
サンスイはウィン家の外で星空を見上げながら自分のふがいなさを呪っていた。
「サンスイさん」
そこで話しかけてきたのはボウバイであった。
どこか凛とした雰囲気のある彼は、一切武装していないまま、間合いや機を探るように近づいてくる。
「ボウバイさん。どうかしましたか」
「俺は頭が悪いんで、いろいろ考えていたんです。なんとか考えがまとまったんで、お話を」
彼の顔は『答え』を持っている表情だった。
迷いがないことは姿勢にも現れている。
もしや彼ならば自分の調子を上向かせることができるのではないか。
期待しながら彼の言葉を待っていた。
「もう、試合に出るべきじゃないのでは?」
「……それは、まずいと誰もがわかっているのですが」
「貴方は強いんです。試合に出なかったことで信頼が下がっても、あとでいくらでも取り戻せますよ。調子が悪いのならそれを正直に言って辞退するべきです」
まあまあ正論だった。
ボウバイの表情や姿勢となんら矛盾はない。
だがサンスイが求めていた答えではなかった。
「おっしゃりたいことはわかります。ですが……」
「俺が知っているサンスイさんなら」
ボウバイは悟っていた。
今のサンスイは目指すものが間違っている。
「俺たちを導いてくれたサンスイさんなら、勝つ気もない癖に試合に出るな、とおっしゃったはずです」
言葉にできないほど、胸を打たれる言葉だった。
「今のあなたは、負けることを前提に考えている。このままだと無様に負ける、それでは相手に失礼だ。その考えが志が低くて、相手に失礼です。断るとしても! 今の私では貴方たちに勝てない、と言うはずです!」
自分が指導していた言葉が、生徒から帰ってくる。
それは決して恥ずかしいことでもおかしなことでもなく……。
「では、腑抜けた私に辞退してほしいですか?」
「そうは言いません。できるのなら戦ってほしいです!」
彼は最強の剣士に憧れている目で、しっかりと意思を伝えてくる。
「ガリュウ殿と戦った時のように熱くなっているサンスイさんが、猛者を相手に勝ち抜いたトオンさんと向き合っているところが見たいです! いえ、見えなくてもいい! そういう状況になってほしいです!」
「ガリュウ殿と戦った時のように、ですか」
「何が何でも勝ちたい! 切り殺してでも勝ちたい! 切った後で惜しんでしまうほど熱狂しているサンスイさんは……本気ですごかったんです! その熱をトオンさんにぶつけてほしいんです!」
「トオン様……いや、トオンも、俺にそうしてほしいと思ってるのか?」
「絶対にそうです!」
「そうか、そうだよな。それなら……」
サンスイの表情から焦燥と不安が消えて、代わりに余裕と期待がにじんできた。
「肝心のトオンや他の剣士が、どれだけ仕上げてきたか次第だな。つまらない奴が相手なら、本気なんて出せるわけがない」
「期待以上に仕上げてきますよ……トオンさんは、貴方に勝つことを諦めてないんですから! いえ、貴方だけじゃない、スイボク様にだって勝つつもりのはずです!」
「それじゃあ備えておかないとな……」
出た結論は保留。
実際に祭りが始まっても、本気で戦うかどうかはその時次第。
よくないことに思えるが、それでもサンスイの調子は一気に戻り、そのまま熱が高まっていく。
(そうだ、それでいい。俺の調子が戻らなければ辞退する。トオンたちに興味がわかなくても辞退する。俺が勝てると思えないのなら、試合に出ないのが誠意だ。お嬢様から情けないと言われてもいいじゃないか。……いろいろ囚われすぎていたんだな)
サンスイは腰に下げていた木刀を抜く。
星明りの下で中段に構えていた。
大きく振りかぶって、振り下ろす。
ただの素振り。だがなんの雑念もない。
ボウバイの眼には、サンスイが志を取り戻したことが映っていた。
(トオンさん……サンスイさんの期待に応えてくださいよ!)
祭りは、もうすぐ始まる。
次回が最終回の予定です。




