不調
今回は短いです。
申し訳ありません。
かつてスイボクが海に沈めた島の残り部分でバカンスを楽しんでいたサンスイとブロワ。
すっかり落ち着いていた二人は、夜の砂浜で花火に興じていた。
大八州の職人が作った手持ち花火は、華やかなものもあれば厳かなものもあった。
星明りだけが照らす湿っている砂浜に、色とりどりの火花が落ちていく。
普段は恐ろしい火薬の煙や鼻につくにおいも、今は風情だと楽しむことができた。
悪くない、うん、悪くない。
派手に大騒ぎをすることはないが、それでもゆっくりじっくり、夫妻は南国の夜を楽しんでいた。
近くには宝貝のテントが設置されており、そこで一晩過ごす予定である。
ゆっくりとした、忙しくない休日を過ごすことができている。
それだけで二人には十分だった。
「なあブロワ……その、なんだ……俺は幸せだ」
「私もだ。こういう時間は今までなかったからな……だが、明日からはまたお母さんや貴族の女に戻るさ」
「ああ。俺もようやく最強の剣士に戻れそうだよ」
貴族でも味わえない、飾りのない、安全で、豊かで贅沢な時間だった。
二人は星も花火も観ずに、ただ互いの顔を見つめて笑っていた。
※
翌朝。
朝日がテントの布を明るく照らす時間に、ブロワは気持ちよく起きることができた。
昨晩は青春の時間を過ごしており、三人目ができるようなことをすることなく、ただ仲良く横になってすやすやとすぐに寝ていた。
もう今日は家に帰るのだが、それはそれとしてこうして自分だけの朝の時間というのも贅沢である。
毎日これだと虚無を感じるだろうが、たまには悪くないものだ。
そう思いながら起き上がると、隣に夫であるサンスイがいなかった。
ここで彼女は『ああ』と察する。勤勉なことだと笑いながらテントの外に出た。
案の定。朝の砂浜で一心に木刀をふるうサンスイがいた。
もう少し自分だけの男でいてほしかったが、苦笑する程度のこと。
こういうまじめな男だからこそ尊敬できるし、信頼できるのだ。
「父上や母上もおっしゃっていたが……サンスイが最強の剣士でなければ、私などとっくに死んでいた。我ながら難儀なことだ、最強の剣士がいなければ結婚できないどころか生き残ることもできないとは」
護衛なのにまるでお姫様だな。
内心で願望とこじつけつつ、ブロワは朝日の中で木刀をふるうサンスイを眺めていた。
だがそれも唐突に終わった。
今までサンスイが、なんの理由もなく稽古を止めるところなど、ブロワは見たことがなかった。
何事かと思って、砂浜に足跡をつけながら寄ってみる。
近くで見るサンスイの顔は、今までになく衝撃を受けていた。
「……ぜんぜん集中できない」
「は? なんでだ?」
「わからない……調子が戻らない。それの度が過ぎているんだ……!」
「そんなことは……あ、いや、そうでもないか」
ここ最近、と言っていいのかわからないぐらいには間隔があいているのだが、サンスイの人生観からすれば短い時間に大きな事件が連発していた。
嫌な話だが……。
レインを拾ったとかブロワと結婚したとかファンが生まれたとか、国を滅ぼしたとか竜と戦ったとかはそこまで大きくなかった。
少なくとも衝撃を受けたわけではなかった。今までの人生の延長線上だった。
対照的に……。
ロイドやガリュウとの死闘、解脱寸前からの復活、さらにスイボクが派手な修行をしたこと。
サンスイの人生にとって、それらはとても大きかった。
昨日までの息抜きで、心の中のわだかまりは抜けていたと思う。
だがそれはそれとして、一気に復調することはできなかったのだ。
「だが、そんなに大きな問題じゃないだろう。のんびり復調すればいいじゃないか。それにこう言っては何だが、多少調子が悪くてもお前なら大抵の相手には勝てるだろう? 大天狗から賜った、新しい武器もあるんだし」
竜との戦争も終わり、周辺諸国も悪い意味で安定している。
大八州やマジャン王国、秘境からの援助もあって、アルカナ王国もなんとか持ちこたえている。
この状況でサンスイが調子を崩しても、そんなに大きな問題ではないように思えた。
「いや……今度の祭りで、主催者側として勝ち抜いた剣士と戦うことになっている。尋常に剣士として戦うのは、今の調子だと無理だ」
「それなら辞退したらどうだ。お前が負けた場合はスイボク殿が戦う流れになっているんだろう。それならお前が抜けても問題はあるまい」
少し前までは、サンスイがケガをするなど想像もできなかった。だがスイボクやロイド、ガリュウとの戦いで傷を負ったので少しだけ心配するようになっている。
一方でスイボクへの絶対的な信頼はまったく損なわれていない。
普通に剣士として戦うとしても、誰が何人相手でも負けないと確信していた。
もういっそ彼に任せればいいと思うほどだ。
「そういうわけにもいかない。俺は武芸指南役の総元締めだし、なにより……トオン様も出るんだ。俺が出ないわけにはいかない。あとでお嬢様に何を言われるかわからんし、何よりトオン様本人に不義理だ」
トオンの今回の祭りへの意気込みは聞いている。
彼とあの祭で戦わないというのは、剣士としても師匠としてもありえないことだ。
とはいえ今の調子でトオンと戦うのなら、ほぼ確実に負けるだろう。
そうでなくとも、彼を失望させてしまうに違いない。
「じゃあどうすればいいんだ?」
「わからないんだ。なんとか祭の前には調子を戻さないといけないんだが……」
やはり、あらためて……。
ガリュウとの闘いが大きすぎたのだろう。
自分の持てるすべてを出し切ってもなお勝てず、大天狗の武具を使っても勝てず、小技や騙しまでしてようやく薄皮一枚で勝利した。
あの戦いを越えた今、戦いに情熱を持てない。
トオンと戦うべきだとは思っているが戦いたいとは思っていない。
少なくとも熱量が伴わない。それも、修行に身が入らないほどに。
「こうなったら……」
「こうなったら?」
おそらくこの問題は、スイボクやカチョウでも解決できないだろう。
少なくとも以前の解脱の際には、彼らでも何ともできなかった。
その延長線上にあるこの状況をなんとかできるのは……。
「ステンパー様とライヤちゃんに意見を求めよう!」
「そうだな!」
ーーー本人たちのあずかり知らぬところで、途方もない無理難題が発注されることになるのだった。
毎日投稿とはいきませんが、善処させていただきます。




