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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人の怒りと神の怒り
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危惧

「まあいい。お前はスイボクとは戦わず、竜と戦ったんならそう思っても不思議じゃない。ほかの猛獣どもも、街やら村やらぶっ壊したんだろう? それを怖がる気持ちもわかるってもんだ」


 この大天狗にしてみれば、八種神宝を得てから竜と戦ったことや、新世界にて人類の導き手になったことも、人生の一大事だったというわけではない。

 長く永く生きている彼の主観からすれば、何もかもどうでもいいことだった。


「だが安心しろ、それはもうない。あの連中が一致団結して、この世界を支配しようとか、人類を絶滅させようなんて、できるわけがない」


 そして何より、彼は旧世界の怪物についてとても詳しい。

 戦闘の結果、被害の規模などの印象にとらわれない、正確な把握ができていた。


「どうしてですか?」

「この星のすべての人間が、一致団結してあの連中に襲い掛かるか?」

「……無理ですね」


 アルカナ王国が竜と全面戦争に突入する際、アルカナ王国はほぼ独力で立ち向かった。

 もちろんドミノやテンペラの里からの助力もあったのだが、積極的に諸外国へ救援を要請していなかった。

 そう、襲われたアルカナ王国そのものが、まず周辺諸国にさえ助けを乞わなかったのである。

 戦争が終わった後は、逆にアルカナ王国へ多くの国々が救援を求めてきたが、そのほとんどへまともな対応をしなかった。

 それの意味するところは、そもそも人類は『違う国の人間』を仲間だと思っていないということだ。


「あの連中だってそうだ。今回みたいに切羽詰まってなきゃあ、ああもひと固まりになって襲い掛かってこねえよ。むしろよく頑張ったほうだと思うぜ」


 今回アルカナ王国がかくも被害を受けたのは、単に種の絶滅にかかわる非常事態だったからである。

 このままでは全滅する、絶滅するという危機感を共有していたからこそ、一丸となって襲い掛かってきたのだ。

 であれば、今後はそうなることもあるまい。


「でも、その……旧世界の怪物の中でも、猛獣と呼ばれるような種族は、人間よりもずっと強いのでは……」

「お前話聞いてたか? 一つの種族にとってさえ、一丸になんかならねえっていっただろう。あの連中はもともと、そんなデカい群れなんて作れない。近くにある人間の村を見つけて襲うことはあっても、一国を攻め落とすことさえねえよ」


 個体としては人間より強くとも、大規模な群れをつくることができない。

 人間の縄張りを大規模に、長期間にわたって占領しようとすることができない。

 それが、猛獣でしかない彼らの限界だった。


「いや、でも、その……?」


 話を聞いていると、困惑してくる。

 自分が守りたかったのは人類ではなく、アルカナ王国である。

 だとしても、必死で戦った相手が『どうでもいい存在』扱いされてしまうと、必死に戦った自分が愚かに見える。

 あくまでも国家存続の危機でしかなく、人類の存亡をかけた戦いではなかった、ということなのだろう。


「でも、竜はどうなんですか? 一頭でもきちんとした成体の竜が現れたら……八種神宝がないと勝てませんよ」

「竜だって人類を一匹残らず駆除しようだなんて、面倒な真似はしないしできねえよ。地面から飛んでいるあいつらを見上げたら、黒い点だろう? 向こうだって似たようなもんだ、絶滅させるには無理があるんだよ」


 人間に恨みを持つ竜がいたとしても、この世界は広すぎて、人類は広範囲に繁栄し過ぎている。

 殺しているという実感を得られない竜では、焼き払っているうちに飽きてしまうだろう。

 少なくとも、やる気は維持できないはずだった。


「そもそも母なる世界でだってな、人間は竜の次に繁栄していたんだぞ。人間に勝てるのは竜ぐらいで、他にはまあ……親父殿や兄者達ぐらいだったな」

「でも、もう一万年前の話なんですよね? 一万年経ったんですから、彼らも変わったんじゃ……」

「一万年かそこらで、生き物の脳みそが都合よく成長するかよ! 俺が母なる世界で、何万年他の生き物を見てたと思ってるんだ!」

(この人は、本当にホモサピエンスなんだろうか……)


 大天狗にしてみれば、昔からいた獣が、また出てきたというだけのこと。

 元々非常に強かった人類という生物からすれば、脅威でもなんでもなかった。


「でだ」


 大天狗は、少し真面目な顔をした。

 その表情は、やや面白くなさそうなものである。


「これから起こりうる、大きな変化についてだ」


 どれだけ大天狗が大したことがない、と言っても、旧世界の怪物がこの星の一部を占拠しているのは事実である。

 今まで人類しかいなかったこの世界にとって、大規模な変化であることは間違いない。

 そこから更に、大きな変化が起こりえる。祭我は、生唾を呑んだ。


「そもそも俺の弟分たちは、八種神宝の性能を完全に把握していて、がちがちに対策していただろう?」

「はい、そうでした」


 旧世界の怪物たちがオセオと手を組んだ理由の一つは、間違いなくそれだろう。

 人間に対して八種神宝は全力を発揮できないため、可能な限り人間の仲間を引き入れようとしたのだ。


「だが、仙人や天狗に対しては、そんなに警戒していなかった。サンスイがオセオを半壊させたと知ったうえでな」

「それは……そうでしたね」

「もちろん何でもかんでも対策をとれるわけじゃねえ。直接戦っているところを見た後ならともかく、素人から聞いた話を元に対策を立てることなんてできないしな」


 八種神宝に対しては一万年単位で準備ができても、いきなり剣に長じた長命者と戦うことになったのだから、そうそう無理はきかなかっただろう。


「だがな、あの連中がサンスイを脅威だと思っていなかった最大の理由は、あの連中が仙術やら修験道で、大規模な攻撃ができると思っていなかったからだ」

「……え? あの、指導者である向こうの長命者の皆さんは、みんな長命者、仙人なんですよね?」

「正しくは、天狗だがな」

「なのに、侮ったっていうんですか?」


 祭我の知る限り、仙術は最強の術である。

 山水、フウケイ、スイボク。その三人がそろって仙術を操るということ、その三人全員と戦って歯が立たなかったことを想えば、祭我がそう思っても不思議ではない。


「侮ったっていうか、買いかぶっていたって奴だ」

「……?」

「母なる世界では、そんな大規模な天地法はつかえなかったんだよ」


 大天狗本人にしてみれば、常識を他人へ説明するような、面倒極まることである。

 というよりも、常識ほど他人へ説明することが難しいことはないのだ。


「アレは、俺がまだ天狗になって、しばらくのことだった。下手をすれば、サンスイぐらいのときか?」

「五百歳ぐらいですか」

「誤差数百年ぐらいだが……まあそれぐらいだな。まだひよっこ天狗ってところだ」

(この人のスケールがわからない……)

「母なる世界を滅亡させようとしたんだ」


 少し照れながら、恥ずかしそうに告白した。

 そんなことを言われても、祭我は困ってしまうばかりだった。


「ほら、星の内側って流動しているだろう? それの流れに着目して、上手くすれば星を壊せるかもしれないって思ったわけだ。崩城の応用で、各地に重力の方向を狂わせる宝貝を設置して、百年とか二百年ぐらいかけてゆっくりと崩壊させていくつもりだったんだが……」


 一万年かけて滅びていったという旧世界。

 しかしそれよりもはるか昔に、滅亡の危機に瀕していたらしい。


「各地に宝貝を設置して、起動させて、各地の重力異常を眺めながらニヤニヤしていたら、親父殿が頭をひっぱたいてきてな。親父殿が宝貝の効果を相殺しちまって、しかも宝貝を撤去するように言われたんだ」


 痛かったなあ、と感慨にふけっている大天狗。

 若き日、親から受けた拳骨。それを思い返しているのかもしれない。

 

「……あの」

「なんだ?」

「……なんでもありません」


 祭我は喉元までこみあげていた質問を、なんとか飲み込んでいた。

 なぜ母星を破壊しようとしたのか、という動機への問いである。

 おそらく、母星へ恨みがあるとか、世界に絶望したとか、人類は滅びるべきだと思ったとか、そんな理由ではない。

 多分、できそうだと思ったからやってみたかった。その程度の理由で、実験し実証しようとしただけなのだ。

 その結果、自分が死ぬとは思っていなかったのだろう。他の誰もが死んだとしても、自分だけは生きている。なんとなく、そう思っていたに違いない。

 つまり、深く考えていなかった。聞くまでもないことだった。


「若いころの俺は、それはもう無茶ばっかりでな……くっくっく……」

「そうですか~~」

「いやあ本当、人間てのは愚かなもんだよな!」


 確かに人間は愚かかもしれない。

 しかし、目の前の彼が言うと、かなり意味合いが変わってしまう。

 この場合、人間が愚かなのではなく、彼個人が愚かなのではないだろうか。

 同じ状況になっても、同じ行動をするのは彼かスイボクぐらいだろう。


「でだ、今の話を聞けばわかると思うんだが」

「何がですか?」

「その時作った宝貝が、スイボクのよく作っている社の原型なわけだ」

「……え、そういうつながりなんですか」

「スイボクの奴は慰霊の意味を込めて建造しているが、それだけじゃない。アレは元々、大地の流れを乱すために作ったんだが、その応用として大地の流れを正す宝貝として製造されることになったわけだ」


 天才の行動は計り知れないが、それはそれとして有用なものを製造できるらしい。

 有用性と危険性が釣り合っていないが、何を言っても手遅れである。


「大規模な地動法は、周辺の土地に著しい負担をかける。大地震とか大噴火とか、そんな感じだ。場合によっては生物の大量絶滅を引き起こしかねない。ただでさえ地震やら山を浮かせるやら島を沈めるやらで大勢殺しているのに、なお殺すのはあんまりよくないからな」

「あんまりなんですね」

「そりゃそうだろう」


 あんまりよくない、という言葉。あんまりである。


「もちろん長期間滞在して、その場で大地の流れを調整するのが一番ではあるが、途中で面倒くさくなったり、未練がなくなってこの世を去るかもしれないからな。というか、そういう奴ばっかりだし」

(おもったより、人類は愚かかもしれない)

「その社はいびつになった大地の流れを調整し、元に戻してくれるわけだ。どうだ俺は凄いだろう」


 思えば山水も、生まれたばかりの娘さえ置き去りにして、この世界への未練を失いかけていた。

 それを想えば、自分の術によって生じた歪みを直すことなく成仏することも、そこまでおかしなことではないのかもしれない。


「さて、もうわかっているとは思うが、母なる世界では大規模な地動法は禁止されていた。仮に発動させようとしても、親父殿たちが止めちまう」

「親父殿……仙術を最も得意とした絶滅種、人面樹のことですね」

「その通り」


 ほとんどの人間は魔力を持って生まれ、魔法を操ることができる。

 それ以外の力を持って生まれることは稀で、しかも本来の性能を発揮することはできない。

 仙気による仙術も同様で、どれだけ強大に見えても、それは『本来の仙術』ではない。

 人面樹と呼ばれた植物こそ、唯一『本来の仙術』を操ることができる生物なのだ。


「つまり俺の弟分たちは地動法を習得していても、実際に大地を大きく動かしたことはないし、動かそうと思ったこともないわけだ」

「……なるほど」

「だからさぞ驚いただろうぜ、この世界の大地の状況を詳しく調べたときはな。大規模な地動法が何度も使われている、人間の愚かさに満ちた世界にはな」


 修復され歪みが正されても、痕跡は残っている。

 そして彼らは思い知るのだ、いったいどれだけ修復と破壊が繰り返されていたのかを。


「この世界に親父殿はいない。人間がどれだけ天地を好き勝手に動かしても、誰も止めることはできない。連中の常識から言えば、考えられないことだな」

「……」

「スイボクがこの世界で脅威となっているのも、親父殿がいないからだ。仮に一本でも人面樹があれば、いくらスイボクと言えども大規模な術は絶対に使えなかっただろう。人間が扱える仙術の限界だな」


 なんとも壮大な話だが、今後に関わることとは思えない。

 少しばかり、話が迂遠になっていた。


「でだ、お前らの国ではサンスイの後釜を、どう手配するのか困っているらしいな」

「あ、はい。山水に国が滅亡するまで頑張ってくれなんて言えませんし……かといって、アルカナ王国の民に五百年修行しろとも言えませんしね」


 ある意味では、他でもない祭我こそが、一番それに近い。

 祭我は仙気も宿しているため、長期間修行を積めば、仙人になることもできるのだ。

 問題なのは、それを祭我が嫌がっているということだろう。

 そして、自分が嫌なことを他人に押し付けたくはなかった。


「よし、本題に戻るぞ。いつかサンスイはスイボクから、天地法を完全に伝授される。そうなれば、今度こそスイボクもカチョウもこの世界を去るだろう」


 遠い遠い、時の果ての話である。

 定命の人生を選んだ祭我には、山水がスイボクの下で修業を再開するときに立ち会えるかどうかさえ、定かではなかった。

 しかし遠い時の果てに、いつか必ず起きる、最強の交代である。


「そのサンスイのところに、もしも竜へ恨みを持つ者がたどり着けば、それから千年以内に竜とその下僕は駆逐される」

「……え? は? あの?」

「スイボクが生きている時代に来るかもしれないが、とにかくそうなるだろう」

「それは無理って話じゃないんですか? 千年も恨みを持ち続けられる人なんて、そうそういないでしょう?」

「いるだろうが、遠い遠い、外洋の島にわんさかと」


 あ、と気づく。

 アルカナ王国が見捨て遠い島に投棄した、南側の人々である。


「スイボクはサンスイに技術の伝承を済ませている。それはサンスイから次の弟子に、最強の術を伝承できるということだ。それに俺の刀もあるから、よほど才能がなくてもどうにかなるだろう」

「そ、そうですね……」

「途中でどうでもよくなるってことはないだろうな。元の島に戻れば自分の家族の子孫が困窮しているところを見れるわけだし、竜とその下僕どもは楽な土地で生活しているから、見比べるたびに怒りが燃え上がるだろう」


 アルカナ王国の場合は、五百年間も努力をさせるだけの対価を示せない。

 しかし南側諸国の場合は、五百年間努力を続けるだけの動機がある。

 それこそ、竜とその下僕が奪った土地に住み続ける限り、なくならない恨みである。


「その上、サンスイはその復讐を否定しない。なにせ力づくで奪われた土地を、力づくで奪い返すだけだからな。それを否定する仙人はいないだろう」

「そ、それじゃあ、一万年もかけてこの世界に来た旧世界の怪物たちは、下手をするとあと千年で絶滅するってことですか?」

「詰んでるな」


 けらけら笑っている大天狗だが、祭我は笑えない。

 脅威だと思っていた旧世界の怪物たちが、今度は哀れになってきた。


「それを避けたかったら、奴ら自身も必死に強くなるしかないわけだ。実に健全で、いい話だろ?」


 悠久の時の果てにたどり着いた、勝ち取った、実りある豊かな大地。

 多くの試練と犠牲の果てに安住の地を得たその先には、安住の地を守るという新しい戦いが待っていた。

 しかも、今度は終わりが見えない、負けたら絶滅という戦いであった。

本日、コミカライズが更新されます。

どうかよろしくお願いします。

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