失敗
スイボクの、本当に申し訳なさそうな態度に、誰もが唖然としてしまう。
『なぜだ、スイボク。このあたりが駄目というのは』
唖然としていないのは、スイボクに使われているエッケザックスだけだった。
彼女にとっても、このあたり一帯がどうなっても、どうでもいいことだからだ。
「さっきの地震がきっかけになって、地盤が大いに変動した。このままでは大地が引き裂かれるぞ」
もしも彼がただの学者で、地震による影響を予知したのなら拍手喝さいだろう。
だが彼は自分で地震を引き起こし、その影響を説明しているだけだ。むしろ死罪である。
この後地震が予想されます、ではない。ごめん、地震を起こしちゃった、だし。
「……そうですか」
だがサンキャは、はいそうですか、としか言えなかった。他も誰もが、絶句するしかない。
責任の所在は明らかで、被害の規模も甚大。スイボクも今の状況は悪いと思っている。
だが死んで詫びる気が無いのは、当人の顔を見ることができるその場の全員に明らかであった。
およそ二千年ほど後になって、死んで詫びる気になったスイボクの顔をフウケイが見ることになる。
だがそれは、この場の面々にはどうでもいいことであった。
死んで詫びる気のないスイボクへ死罪を言い渡すには、彼らは非力に過ぎる。
「な、なんとかできないのか?」
『そうだ、貴様は天地を操る術を修めているのだろう。その中には、ある程度大地を鎮める術もあったはずだ』
カプタインとダインスレイフは、当然のことを要求する。
地震を起こせるのだから、地震を鎮めることも出来るはずだ。
「たしかに、大きな地震を小さく連続したものへ変える術はある」
スイボクはそれが出来る。
そうでもなければ、そもそも大地を動かすことができないからだ。
「というよりも、大きな地震を小さいものに変えるのは、地動法では比較的簡単なものだ。そうでもなければ、大地を自在に揺らすには程遠いからな」
まったく何も知らない人間でさえ、何もない状況で地震を起こすのと、起きる地震を小さく連続したものに変えるのは、難易度が大きく違うと想像できる。
ではなぜそれができないのだろうか。
「仙気が尽きて、大きな地動法が使えん」
魔力が尽きたので魔法が使えません、という意味なのだろう。
「今更常識的なことを持ち出すな!」
カプタインの怒りは、全員の嘆きだった。
本当に今更、極めて常識的なことを持ち出すスイボクだった。
天地を自在に操る術を修めているくせに、疲れたのでもう無理と言い出されれば、本当に誰もがどうしようもない。
「怒った勢いで大きく術を使ったからな……心が冷えているので、禁忌の集気も使えんし……すまん」
国を滅ぼした男の、謝罪。
すまん。
果たして三文字で許されるのだろうか。
三文字で済まそうとしている男は、本当に済まないと思っているのだろうか。
想っているから、性質は極悪を通り越している。
「で、では……」
「この辺りは駄目だな」
仙人の言う、この辺り、というのはどのあたりなのか。
まず間違いなく、帝国の領土かそれよりも広いだろう。
誰もが絶望……は既にしていたので、帝国の民は運命を受け入れていた。
「とはいえ、これは俺の未熟。責任はとろう」
「ど、どうするのだ」
「地動法は使えんが、あそこの山にはすでに術をかけている。よってあの山に乗せれば、助けることはできる」
それを聞く周辺の人々は、やった、助かった、とは思わなかった。
ああはいはい、あっちに行けばいいんですね、という惰性の行進だった。
一切の希望は、既に捨てていた。希望も絶望も、心が疲れているとできないのである。
「そうか……だが、まさかあの山で国中を回るのか?」
「流石に間に合わんぞ。日暮れごろには酷いことになる」
スイボクの言う酷いこと。
それが国家滅亡どころか国土消滅に近いことになるのは確実なわけで。
そしてカプタインも、怒る気力もなくしていた。
「出来る限りは何とかする」
「……どの程度だ」
スイボクの場合、出来る限り、が本当にどの程度なのか確認をしなければならない。
その気になれば全員をどうにかできるかもしれないし、ほんの数人かもしれない。
「やってみなければ何とも言えんが……牽牛で引き寄せる。縮地は集中を要するが、仙気はさほどいらんからな」
『まて、お前が習得しているのは天地法だけではないのか? 縮地とはまったく違う系統のはずだぞ』
「俺は大抵の術は使える。縮地だけではなく、虚空法も修めている。神の座に行くとき以外は役に立たなかったが」
『お前……虚空法で、神のところへ行ったのか?』
「話はあとだ。まずは山彦の術で状況を国中に知らせるぞ」
この時代のスイボクにとって、国中にいる生き残った人々を牽牛で引き寄せるというのは、エッケザックスの補助をもってしても困難だった。
仙気が残り少ないということは、それだけ当人が疲労しているということである。
困難な技を疲労した状況で行うのだから、並々ならぬ集中が必要であり、当人の負担は著しいだろう。
一から十まで全部スイボクが悪いので、誰もスイボクのことを同情しなかった。
スイボク本人でさえ自分が悪いと思っているので、一切擁護の余地がない。
自分で滅亡させて、自分でとどめを刺して、自分で生き残りを救おうとしていた。
「我はスイボク、この地に災いを招きし者なり!」
彼の声が、エッケザックスを通じて国土へ広がっていく。
「皆聞くがいい、この地は滅びる! 俺の術が失敗したせいだ!」
一応真実を明らかにしていくが、何の意味があるのかさっぱりである。
「助かりたいものは、家の外に出て動くな。体を固定せず、おとなしくしていろ」
やろうと思えば合理的に動ける。
スイボクはこの時代から『しっかりとした目的』があれば適切な判断が出来ていた。
問題なのは、しっかりとした目的を、自分がやらなければならない、と思うかどうかである。
「そうすれば、助ける。この地から出してやる」
国中へ話をしたスイボクは、サンキャへ声をかけた。
「サンキャ、これからここへ生き残った連中を全員連れてくる。中には怪我をしているものもいるが、カプタインと協力して落ち着かせつつ並べろ。できるな?」
「は、はい」
「怪我は後で俺が診る。とにかく並べれば、後は俺が何とかする」
「そ、そんなこともできるので?」
「時間さえあれば、手足も生やしなおせる。俺のそういう術を求めて、多くの国の王が俺を襲ったものだ」
こまめに自慢しつつ、スイボクは浮かせる予定の山へ向かおうとした。
流石にこの場で縮地をしても、二度手間三度手間になるからだろう。
「……一体いくつの国を滅ぼしたのだろうか」
さらりと明らかになる、スイボクの万能性。
それを知っても、サンキャもカプタインも、国家の滅亡以外の結果を想像できなかった。
※
空に浮かんだ大きな山。
その上に集められた帝国の生き残りたちは、この世のものとは思えない光景を前に呆然自失だった。
空が落ちてきたと思ったら、山が空を飛ぶ。その山に自分たちが乗っかっている。
そして山から見下ろせる下界は、崩壊の一途をたどっていた。
「ああ……帝国が滅びていく」
本来なら数千年かけて変化していくべき大地の営み。
それがあまりにも短い期間で、人間の目でもわかるほど急激に変化していく。
それはまさしく天変地異、帝国の物理的な崩壊だった。
「ほれ、どんどん来い」
そんなことはスイボクにとってどうでもいいことだった。
今回は失敗しただけでよくやるし、自分が引き起こしたことなので不思議でも何でもない。
後悔は後で少しだけするので、今は怪我人の治療が第一だった。
国一つ滅ぼした後なので、沢山の怪我人がいるのである。
「骨が折れているな。鍼灸法で麻酔をかける、髪の毛を毟るぞ」
「いぎゃ!」
「今からお前の骨を正しくつなぐ、破片も取り除く、少し楽にしていろ」
巨大な山を浮かべているスイボクは、自分の行動の責任を取るべく、休むことなく治療を行っていた。
その手際はのちの時代ほどではないが迅速で、速やかに怪我人へ処置が済んでいく。
カプタインもサンキャも、それを見てもなにも思えなかった。
かといって崩壊していく国土を見る余裕もなく、呆然として普段通りの空を仰いでいた。
「……正真正銘、本物の長命者だな」
それでもダインスレイフだけは、まともさを保っていた。
彼女にとっても、長命者が人知を超えた存在であるのは当然のこと。
結果そのものは、信じがたくなどない。
信じられないのは、実際にこんなことをする長命者がいることだろう。
基本的に長命者は、俗世に関わることが無い。なぜならどうでもいいことだからだ。
何百年も修行しているので大抵のことに執着が無く、強く主張して争うということがない。
逆に俗さを捨てきれていない邪仙でも、特に目的が無ければ関わろうとしない。
はっきり言って、見下しているからだ。
自分のことを偉大な存在であり神のごとき存在だと思っているからこそ、普通の人間如きを殺して悦に浸るということはない。
そこでスイボクである。
神のごとき力を持っているにもかかわらず、わざわざ人間を相手にまともな対応をしている。
俗人に対して積極的にかかわるし、真面目に相手もする。
俗人に挑まれて対応をするのは、ある意味では俗人と真面目に向き合っているからだ。
スイボクは異常なほど強いのに、俗人を競争相手として認めているのである。
「無茶苦茶だ……」
自分より弱く、短い時間しか生きておらず、その上争う必要性もない相手なのに、相手にしているのである。
そんな相手しかいないとわかり切っているのに、世界最強の剣を求めて神の座までいって、しかも世界を渡り歩いているのである。
しかも、怒るという情熱を保ったままに。
不毛さ、虚無、徒労、飽きる。
それらのまともな人間性が発揮されることなく、ただただ情熱と勤勉さと信念と克己を保ち続けている。
なんの必要性もないのに、迷いや揺るぎはないのだろうか。
ないのだとしたら、それはもはや人間ではない。
「どうだ、我が主はすごいだろう!」
自慢気なエッケザックスは、鼻高々でダインスレイフに近寄っていた。
今まさに仙術を失敗して、国家が国土ごと壊滅しつつあるのに、そのことをまったく気にしていない。
「エッケザックス……貴様というやつは……」
ダインスレイフは頭を抱えていた。
製造されてから八千年も経過しているのに、なんの成長もしていない同胞に対して嘆きたくなる。
確かにエッケザックスは、最強の英雄を肯定するための道具である。
そういう意味では、まさに最強としてふるまっているスイボクを全肯定するのは正しい。
だがそれは、相手のことをまったく思いやっていないということである。
あまりにも強く、過剰なほど純粋で、理不尽でも不条理でもないが愚直すぎる男。
その彼の、ただの剣としてしか接することができない。それが果たして、双方の為になるのだろうか。
というか、それ以前に周囲への被害が著しかった。二人の為以上に、周囲の為になっていない。
「どうだ、うらやましいか? うん?」
「羨ましくはないぞ、エッケザックス」
ダインスレイフは、既に多くを察していた。
この状況を作ったスイボクという化け物は、自分へ課した『最強』の基準が異常なほどに高い。
仙人になった時点で、既に最強である。
神剣を得ることができれば、さらに強さが増している。
それで世界を回っているのだとしたら、彼はこの状況にさえ甘んじていない。
それどころか、不満さえ感じている。最強の剣を持っている最強の剣士、その最強さにさえ満足できていない。
「エッケザックス、覚えておけ」
「なんだ、偉そうに」
「もしもお前の主がこのままであるのなら、いずれお前は捨てられる」
「何を馬鹿なことを!」
まさに笑い飛ばし、相手にしないエッケザックス。
「もしや嫉妬しているのか、ダインスレイフよ?」
「今は解らずとも、覚えておくがいい。お前が道具の幸せしか考えていないのなら、持ち主さえも不幸にする。そして相手に永遠の時間があるからこそ、何時かはそれにたどり着いてしまう」
何のことかわからない、そんな顔をするエッケザックスに対して、ダインスレイフはただ厳しいことを告げる。
「我らは道具、常に人間に必要とされ続けることはない。そしてそれでいいのだと、お前は思うことができるか?」
「我は最強の神剣だぞ! 他の剣になど浮気されるか!」
「……どうだろうな」
思い返すのは、最初の八人。
その時代の人類の中で、最も強い心をもった、神に選ばれし八人。
そのうちの一人、大天狗。
人類を導く使命を与えられ、二千年もの間統一国家を存続させた男。
そして、流石に面倒になって、統一国家を放り投げた大いなる雷雲。
彼は生きる意志にあふれるがゆえに、生存を約束する聖杯を手放した。
「本当に優れた人間は、神など必要としない。強い心さえあれば、本当に欲しいものをいくらでも手に入れる。手に入れられずとも、求め続けることができる」
復讐の妖刀ダインスレイフは知っている。
自分という宝などなくとも、執念と狂気さえあれば、復讐を成し遂げることはできるのだと。
その可能性を、彼女は何度も見てきた。
「神を求め、必要とすること。それ自体が心の弱さなのだから」
※
「ほんの数年前、スイボクの弟子を見た時は本当に驚いた。だが納得もした」
「ふん」
悠久の時を超えて、スイボクは悟りに至った。
剣の技、剣の心、剣の道。それらのすべてが欠落していたことを認めた。
自分の人生が過ちだらけだったと、何もかもを捨て去った先に見出した。
「奴は一人の人間として、己自身を失敗と認め、弟子にすべてを託したのだ」
「遅すぎるだろう、なんでそんなにかかるんだ」
ヴァジュラの尤もすぎる発言。
一応いい話にしようと思っていたが、ヴァジュラのせいで本題にもどってしまう。
「じ、自分の過ちを認めるのは大変だからな……我が主たちも、己の過ちを認めるのは勇気を必要としていたから……な」
スイボクにも、失敗をしたのなら非があると認める心はある。
そしてそれが敗北につながったのなら、己が間違っていたと思うだろう。
ただ彼の場合、負けたことが一度もないというだけで。
「……我、思うんだけど」
ウンガイキョウは思い出す。
スイボクに挑み、散った、世界で二番目に強くなった、無尽蔵の邪仙を。
そして、スイボクとフウケイの師を思い出す。
「やっぱりカチョウって仙人が悪いんじゃないかしら?」
笑えない結論に至る。
「スイボクの弟子は、スイボクから一番最初にそういう気構えを習ったんでしょう? スイボクの師匠であるカチョウが、一番最初にそういう気構えを教えておくべきだったんじゃないの?」
実際のところ、スイボクは自分の反省を生かしていた。いくら強いからって、好き勝手にしてはいけないと教えたのだ。
しかしそんなことは、他でもない花札の仙人たちがスイボクに対してしておくべきことだったのではないだろうか。
沢山の術を授けることよりも、やれることはあったのではないだろうか。
「まあ、犠牲は付き物だからな! どうせ言っても聞かんかっただろう!」
エリクサーだけが笑っているが、本当に笑えない。
「人間はそういう生き物だ。過ちを乗り越えて、少しずつ前に進んでいく。それは一人の人間で終わるものではなく、次の者へ引き継がれていくのだ! 永遠の命を持つスイボクでさえ、結局は代替わりを善としたのだ! 奴もやはり人間ということだな!」
いや、あれは人間じゃない。
神の宝は、やはりそう思うしかなかったわけで。




