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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人の怒りと神の怒り
485/497

実現

本日、コミカライズが更新されます。

どうかよろしくお願いします。

「なあダインスレイフ。お前が私を見る目は、いつも冷ややかだ。いや、憐れんでいるといってもいいだろう」


 会議を終えたカプタイン・イーゼルは、自室でダインスレイフと話をしていた。

 その話は復讐そのものとは無関係で、何の意味もないことのようである。


「我が主よ、気になったのなら謝る。申し訳ない」

「別に咎めているわけではない、ただ気になっただけだ」

「復讐の妖刀が、復讐を忌避している。そういったら笑うか?」

「お前に軽蔑されるのは辛い、そう思ってしまっただけだ」


 双方が同じ顔をしていた。

 相手を悲しませてしまったことを後悔して、なんといっていいのかわからないようだった。

 しかし先に動いたのは、やはり人生経験の豊富なダインスレイフだった。

 不安そうにしている己の主の手をとって、慰めた。


「私も製造されて八千年ほど経っている。人間の感情には理解があるつもりだ」

「そうか」

「お前の選んだ復讐は、特につらいものだ。圧政を敷く叔父に対して大義を掲げているが、賛同者を得るには同じことをしなければならない。その矛盾をごまかせない程度には、お前も若いからな」


 大帝国に対して、戦争を仕掛ける。

 それはとても危険を伴い、同時に多くの費用を必要とする。

 無償の協力を強いるのは論外だが、空手形には景気のいいものを書かねばならない。

 叔父を討つことに協力してくれれば、大金や地位、要職を約束する。

 つまりやっていることは、嫌悪している叔父と同じだった。


 そんな矛盾を抱えてでも、彼は復讐をしたいのだ。

 憎いから倒したいのであって、筋を通したいから殺したいのではない。

 復讐とはそういうものである。


「我が主よ、復讐とは悲しいものだ。我が知る限り、我を使って幸福になったものはいない。大抵が燃え尽きて、何をしていいのか悩んでいた。今まで情熱をもって目的を目指せていただけに、目標の無い人生に空しさを感じるからだ」

「私は……そうはならない。叔父を討てば、その後は帝国を再建しなければならないのだからな」

「本当にそう思っているのか」


 ダインスレイフは、己の主が見ている甘い展望に対して活を入れる。


「帝国の再建が難しいことは我も知っている。だがそれに対して、そんなに情熱を傾けられるのか?」

「それは……」

「傾けられないとも。復讐の妖刀である我が保証する、そこまで熱中はできん」

「では、どうすればいい?」

「諦めることだ。復讐そのものをあきらめるのではなく……復讐を遂げた後に素晴らしい日々が待っていることや、新しく熱中できることを見つけられることをな」


 復讐はいつも空しい。

 何かを奪われた、何かを失った。

 復讐を遂げたとしてもそれを取り戻せるとは限らないし、やられたからやり返すことそのものが目的になっているので、その後は情熱のやり場を失う。


 ある意味では、復讐とはわかりやすい。

 実行に移すかどうかさえ重要ではなく、どこかの誰かに恨みを持つことができる。

 敵を作るのは精神的に楽である。なにせ何が起きたとしても、そいつのせいに出来るのだから。


 明確な目標に向けて努力する。

 嫌なことがあってもそいつのせいに出来る。

 だからこそ、頑張ることができる。


 だが復讐を遂げた後は、それができない。

 なにか嫌なことがあって、それを誰かのせいにしても、その誰かに何かをすることができない。


「空しくても、力が入らなくても、それでも生きていくしかない。期待してはいけないのだ、復讐する前よりも充実して、幸福で、やりきれないことなどない人生など」


 この時ようやく、カプタインは気づいた。

 彼女が憐れんでいるのは、自分という使い手だけではない。

 復讐の妖刀に手を伸ばす、すべての使い手を憐れんでいるのだ。


「勘違いしてはいけない。燃え尽きた後も、燃え尽きたまま人生が続くのだと。それは決して不幸ではないとも。復讐を成せぬまま、無念の日々を送るよりはな」

「……気遣いは無用だ。私は決して、自分一人の幸福を求めているわけではない」


 私情が無いとは言わないが、大義のことも嘘ではない。

 叔父が重臣を厚遇するために、自分自身の享楽の為に、多くの負担を民に強いていることは真実だ。

 彼を倒すことが、復讐心を満たすこと以外に意味を持つ。


「確かにお前の言う通り、復讐を果たした後には燃え尽きた日々があるのかもしれない。あの暴君の後始末をするために、見返りの無い政務があるのかもしれない。いや、そうなのだろう。だがそれは、皇帝の息子に生まれた私の義務だ。逃げることはできない」


 復讐の妖刀は、決して自分を止めていない。

 どうせ復讐を止めることはできないのだから、早く果たして燃え尽きてほしい。

 そして再起してほしいのだ。虚しさを乗り越えて、捕らわれない生き方を見つけてほしいのだ。


「ダインスレイフ。外を見てくれ、まるで世界が滅びそうな空の色だ」


 ふと外を見れば、暗雲の渦巻く嵐の前兆だった。

 黒い雲海が空を覆い、大地を押しつぶすようである。


「あれはまるで、帝国の前途を……滅亡するのだと暗示しているようではないか」

 

 帝国の方角が、暗い雲に覆われている。

 それがカプタインには、とても悲しく映るのだ。


「神の宝であるお前にこんなことを言っても仕方がないかもしれないが、天をも恐れぬ暴君をのさばらせ続ければ、神の怒りに触れるだろう。雲が落ちてきて風が城郭を噴き上げ塩の雨が降り注ぎ、大地は割れ炎が吹き上がるだろう。豊かな土地は不毛の世界となり、歴史も営みも失われるのだ」


 人の想像する地獄絵図を、さながら神話のように語る。

 もちろんそれが実際になるとは思えない。

 しかしそうなってしまうのではないか、とさえ感じるのだ。


「だから私は……手遅れになる前に、皇帝を討つのだ!」

「分かった……。ならば我は、復讐の刃として助力の限りを尽くそう」

「ありがとう、ダインスレイフ」


 若き青年は、復讐心だけではない情熱を確かに燃やしていた。


「私は口から出した言葉は、すべて現実にする男だ!」



「ふむ……こう言っては何だが」


 ヴァジュラはダインスレイフの話を聞いて、一種の運命を感じていた。

 話の流れからして、このあと何が起こったのか察したのである。


「そのカプタインを黙らせるべきだったのではないか?」

「正直、そうすればよかったと思っている……」


 まさか本当にそんなことになるなんて。

 その時のダインスレイフは、思ってもいなかったのだ。


「んぎゃます、すふぁりっふぁ……(あのクソガキが……)」


 麦も米も育たなくなった土地を思って、ダヌアは神の怒りに呆れを感じていた。

 なんであのバカは、しなくてもいいことを全力で徹底するのだろう。


「はっはっは! ダインスレイフよ、そう気に病むな! たまたまそうなってしまったというだけで、かつての主に非があったわけではあるまい! であれば嘆くことこそあっても、後悔をするのはおかしいことだぞ!」


 天運をもたらすエリクサーは、運命に翻弄されたダインスレイフを慰めていた。

 だってスイボクが関わっているのだもの、笑い飛ばすしかないじゃない。


「我の最初の主だったセルもそうだったが、長命者とは極まるほどに遠慮や配慮が無くなっていくのだ。そういうものだと諦めるしかあるまい?」

「我らは諦められるがな……人間はそうもいかないだろう」


 思い出すのは、大天狗セルの無体さである。

 色物ばかりでかなり濃い集団だった、最初の八種神宝を使った八人の中でも明らかに浮いていた。


『どうせ百億年だとか二百億年だとかすれば宇宙が滅ぶんだから、人類が今滅ぶかなんてたいしたことじゃないだろう?』


 なんとも恐ろしいことに、これは長く生きている仙人にとって共通の価値観である。

 まだ若い山水でさえ、この話にはそれなりに理解を示すのだ。もちろん、それを口にすると反発を招くことは理解しているのだが。


 そもそも永遠だとか不滅だとか、そういうものに憧れること自体が未熟なのだろう。

 生病老死を乗り越えた長命者は、存続することそのものには何の意義も見出さない。

 だから自分で滅ぼすことも、そんなに躊躇しないのである。

 とはいえ積極的に滅ぼそうとは思っていないが、スイボクの場合は基準がだいぶ低い。しかもかなり徹底して激しい上に、使う術も豊富である。


「そういえばアイツ、昔竜を斬る刀を作るとか言ってたわよね」


『俺に不可能はない! ただ今は無理というだけで! あと一万年ぐらいあれば作れる! 作って見せる!』


「まだ作られて間もない我たちは、いったい何時の話なのかと思ってたけど……一万年って早いわねえ」


 ウンガイキョウがしんみりとした。

 まだ製造されて間もないころ、今と違って初心で、人間のことや自分自身のことをまだ知らなかった時。

 竜に追いつめられた人類の為に、神に生み出された使命感に燃えていたあの時……。


「一万年か……」

「一万年ねえ……」

「一万年だよ……」

「一万年……」

「一万……」

「万年もの間、か……」


 失意の敗走と、人間だけの世界。

 人類のためではなく人間の為にあり続けた、一万年という長い年月。

 その日々に、六人は思いをはせていた。


「待て、〆るな」


 エッケザックスだけは、それを許さなかったが。


「我の話は、ここからが本番だぞ!」

「最初から誰も聞いてないんだけど……」


 控えめなノアがあえて口にするほど、わかり切った返答だった。

 現実を見ていないのは、むしろエッケザックスである。


「我は聞いているぞ! エッケザックスがこうも楽し気に話しているのだ、聞いている我も楽しんでいるぞ!」

「エリクサー……!」

「他の者はエッケザックスにつらく当たるな。少しぐらいは気持ちよく話をさせてやれ! 我らは旧交を温めているのだ、時間に追われているわけでもないのだしいいだろう!」


 暇なんだから話ぐらい聞くフリをしてやれ、というエリクサーの提案。

 そういわれてしまえば、他の神宝も黙るしかなかった。


「そうかそうか、全員聞く気になったか!」


 黙っているだけで上機嫌になってくれたのだから、沈黙とは金である。

 なお、実態は考えないものとする。


「双子の将軍を討たれた後皇帝は……」




「さて」


 スイボクは本心から満足していた。

 アトリエに関しては少々残念だったが、スタジオとの戦いには不満はなかった。

 強い敵と戦い、これに勝つ。スイボクにとって、最高の一瞬がそこにあった。

 この城を訪れてよかったと、心の底から思っていた。


「さすがは大帝国の将軍、実に見事な武勇であった。俺に代わって神剣の主になってもおかしくはなかったな」


 最大級の賛辞であるが、それがこの場の全員に届くことはない。

 むしろ嫌味にしか聞こえなかった。

 大帝国の大将軍を二人まとめて殺す俺は、本当にすごいだろう。

 そういっているようにしか聞こえなかった。実際、半分ぐらいは合っている。


「実に素晴らしい相手と戦えたことは、俺にとっても満足だ。だがまだ挑む者がいるのなら、拒みはしないぞ」


 この時、皇帝の想いとその場の貴族の想いは完全に一致していた。


「その男を殺せ!」


 あまりにも短く、簡潔でわかりやすい、皇帝の勅令。

 それを受けて、兵士たちは将軍の仇に攻撃を開始する。

 最初から分かり切っていたことではあるが、この試合会場は皇帝の御前ということで、武装した兵士たちが隠れもせずに包囲している。

 その彼らは訓練している通りに、スイボクへ弓矢や槍投げを行った。


「殺せ! 皇帝陛下の勅令であるぞ!」


 武器が素手に勝る最大の長所は、素手よりも強いだとか殺傷能力があるとかではない。素手よりも遠くから攻撃できることにある。

 相手の反撃が届かないところから、安全に攻撃できる。そしてそれは、相手を包囲し、なおかつ遮蔽物が無い状態で最大の効果を発揮する。


 当然だが、試合会場に遮蔽物はない。

 これこそサンキャの想定していた通りの、スイボクの末路だった。


「どんどん射ろ! 矢の山にしてやれ!」

「槍もだ! いくらでももってこい!」


 いきなり窮地に追いやられたのではなく、奇跡や魔法が発動したわけではない。

 隠されることもなく最初から準備されていて、スイボクがそこへなんの遠慮もなく足を踏み入れただけなのだ。


 もちろん、罠にはまった獲物に対して油断したり、妙な交渉を行うことで失態することもある。

 しかしスイボクの武勇を直接見た上で、皇帝が直接見ている前で妙な感情がわくわけもない。

 スイボクは自らの強さや異常さを示したからこそ、万に一つの可能性さえ自らつぶしていたのだ。


「いいだろう、かかってこい」


 しかしそれは『戦術でどうにかなる相手』にしか通用しない。

 エッケザックスを牽牛で引き寄せていたスイボクは、己に降り注ぐ矢の雨槍の雨をすべて切り払っていた。


「挑むものは、全員切り刻んでやるとも。なあエッケザックス」

『うむ、最強の剣士の力、存分に見せてやろうではないか!』


 約束事のある試合でなくなったなら、スイボクがエッケザックスを使わない理由はない。

 瞬身功を増幅し、目にもとまらぬ速さを手に入れたスイボクは無傷で試合会場に立っていた。


「さあ! 最強の剣をもつ最強の剣士に挑むものはいるか!」


 文字通り雨あられと投じられた武器の数々。

 それらが通じない現状に対して、貴族は息をのみ兵士たちは及び腰になった。

 無理もないだろう。体質はともかく、剣士としては常識の範疇に収まっていたスイボクが、常人をはるかに超える力を発揮していたのだから。


 貧相なスイボクが荘厳なエッケザックスを手にしたことで、その威風は格段に上がっている。

 最強とされていた双子の将軍を普通の剣で切り殺した男が、最強の剣を手にしている。

 それを前にして、怖気づくのは仕方がないだろう。


「なぜ手を止めている!」


 しかし皇帝の場合は、相手が恐ろしいとは思わなかった。

 皇帝の座に座っている彼は、自分が誰よりも偉いと思っている。

 その彼にとって『強い』というのは恐怖につながらない。

 もちろん他国の君主であればその限りではないが、たとえ目の前に虎がいたとしても自分に噛み付くとは思わない。

 皇帝の威風におびえて、猛獣も縮こまると信じて疑わないのだ。そうしていないスイボクのことは、獣以下だと蔑んでさえいる。


「そこの野蛮人を殺せ! 簡単なことだろうが!」

「ほう、簡単だと? 天に千年、地に千年。神をも畏れさせたこのスイボクを、簡単に倒せるとは言ってくれるな!」

「何をわけのわからないことを!」


 本当に二千年の人生を歩んでいるうえで、創造主たる神をしてこんな生物を作った覚えがないと引かせるほどの化け物なのだが、それを真に受ける者はそういないだろう。

 神剣を持っているだけで思い上がっている若造の、適当な大法螺として取り合わない。


「皇帝たる我の前でその狼藉! 貴様とその一族が、この地上に逃れる場所はもうないと知れ!」


 普通なら一族郎党皆殺しという意味なのだが、スイボクの場合親族はとっくに死んでいる。(しかも父親は幼少のころに殴り殺している)

 いるかもわからない親戚の子孫も、天上の大八州で生活しているので完全に無関係である。


「逃れることなどないぞ! この城のすべての兵士を連れてこい! 全員まとめて死体の山にしてやろう!」


 逃げずに皇帝の居城に居座ると言い切る、最強の剣士。

 それを前にして、兵士たちはますます委縮していた。

 相手が逃げてくれればまだ望みはあったが、このままでは今この場で死ぬことになってしまう。

 本来ならそれをまとめる大将軍だが、今この場で地面に倒れている。


「馬鹿め! この広大な帝国において、城一つにいる兵士などほんの一部にすぎん! この皇帝を侮辱するということは、この帝国の臣民すべてを敵に回すということなのだ!」


 それでも怒り狂っている皇帝は、目の前の相手へ居丈高になることを怠らない。

 何が何でも、自分が優位であることを知らしめなければ気が済まない。


「老若男女を問わず、貴賤を問わず! すべての臣下は余の為に喜んで命をささげるだろう! 皇帝とはそういうものなのだ!」


 彼の思い浮かべる皇帝像への美辞麗句。

 それを自ら叫ぶ皇帝に対して、スイボクは同じことを考えていた。


「いいだろう」


 つまり、自分が優位であることを皇帝に教えてやるつもりだった。



「お前の臣民を、大いに喜ばせてやる」

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