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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人の怒りと神の怒り
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不選

 卑怯、という言葉がある。

 取り決めを一方的に反故にする、契約を破棄する、信頼を裏切る。

 それらは褒められることではない、とされている。


 細工を施した剣を渡して使わせる、というのはもちろん卑怯だ。

 仮に露見すれば、スタジオの風聞は悪くなるだろう。他の雑魚相手からならともかく、皇帝から不興を買うことは、彼にとっても脅威である。

 御前試合であるにも関わらず無様をさらしたということで、さぞ嫌われるに違いない。


 そう、バレれば問題だが、バレないようにすれば問題はない。

 サンキャが毒を用いるのに細心の注意を払ったように、小細工にもまた細心の注意を払っている。

 小細工、というのは細やかにやるからこそ意味があり、大雑把にやっては自分の首を絞めるだけである。


 今回用いた折れる剣、という小細工もそれである。

 今回スイボクは毛ほども疑わずに細工された剣を手に取ったが、そこそこ知恵の回る男なら細工を疑うだろう。


 おもちゃのように簡単に折れるようなら、小細工の証拠を相手に渡してしまうことになる。

 しかしこの折れる剣、そう簡単に折れるわけではない。今回スイボクとスタジオが数合打ち合えたように、大の大人が全力で打ち合ってようやく折れる代物である。

 仮に相手が『細工が無いのか確かめさせてもらう』といって試し切りなどをしても、よほど無茶な使い方をしない限り折れることはない。


 簡単に折れないということは、逆に言って簡単に勝てないということではある。

 仮にスタジオが弱いならば、剣が折れる前に斬られて死んでしまうだろう。

 スタジオ本人が強いからこそ、この程度の簡単ではない細工で勝てるのだ。


 また同時に、細工があるもしれないので交換してほしい、という提案にも対応している。

 スタジオは体格も体重も人並み外れており、愛用の剣もまた相応に重量がある。

 仮に彼の剣を標準的な体格の者が使えば、スタジオと打ち合うこともできずに斬られるだろう。

 まさに、強いからこそ成立する必勝法である。

 

 そう、必勝法である。

 試合中に剣が折れた場合、たいていの相手はそのまま斬られて死ぬ。剣が短くなるということは、それだけ不利になるのだ。

 少し間抜けな相手なら、剣の交換をしてもらおうとするだろう。それはつまり戦闘中の集中が解ける、気が散る、気が逃げるということであり、やはりスタジオによって斬られるのだ。


 そして戦闘経験が豊富なものなら、折れた剣を投げるなどの奇策に走るか、あるいは隠し武器などを使うだろう。

 それは実戦ならば褒められることだが、試合では下策である。皇帝の前で試合の様式を崩したことを理由にして、待機している弓兵に射掛けさせればいいのだ。


 とても質が悪いことに、スタジオはその策を成功させるほどに強い。

 まず真っ当に実力があり、それを維持し高めるために努力を怠っていないのである。

 それは凡俗からすれば、一種奇妙に見えるだろう。

 それだけ強いのなら卑怯な手段を使わなければいいとか、逆に卑怯な手段を使うのなら強くなくてもいいのではないかと。


 それを、双子将軍は鼻で笑う。そんなことだから、お前は凡俗なのだと嘲る。

 負けたら死ぬ、傷つけば残りの人生に支障をきたす。

 その危険性を理解し、危機感を抱いているからこそ、万全を尽くすのだ。

 個人の実力には限界があり、策略にも問題が付きまとう。両方を備えるからこそ、必勝足りうる。

 だからこそ、彼らはこの国で一番になれているのだ。


「もらったああ!」

「ぬ……」


 必勝の詰めを行おうとするスタジオに対して、スイボクはどう動くのか。

 一つ言えることがあるとすれば、仙術を用いることはないということである。

 スイボクはスタジオが細工をしているとは思っていなかったし、剣が折れたことを不審に思うことはなかった。

 だからこそ、これは剣術の試合だと信じて疑わず、そのまま試合を続行しようとする。


「やるな、若造」

「なに?!」


 そして、それこそが、スタジオにとって完全に想定外のことだった。


「馬鹿な?!」


 弓兵たちの指揮をとっていた双子の片割れ、アトリエは思わず目をむいていた。

 剣を折られたスイボクは、折れた剣のままスタジオの打ち込みをそらしたのである。

 刀身が半分になったとはいえ、剣は剣。大幅に難易度が上がっているのだが、斬撃をそらすことも不可能ではない。

 しかし、剣の交換を申し出ることもなく、そのまま普通に戦い続けるとは思っていなかった。


「ぐうう!」

「剣が折れたぐらいで、心が折れるほど初心(うぶ)ではないぞ!」


 打ち込み続けるスタジオに対して、スイボクは普通に戦い続けていた。

 短くなっている得物の間合いを把握し、勝負を決めようとしているスタジオの猛攻を悠々と凌いでいる。まるで勝負を急くことなく、平然と試合を続けていた。


 この時代のスイボクは、剣士として極まっているわけではない。

 しかし剣士として極まっていないにも関わらず、長年戦場に身を置いて勝ち続けた怪物でもある。

 その彼にとって使っている剣が折れるという事故は、まったく珍しいことではない。

 戦闘中に使っている剣が折れたぐらいで動揺するのなら、彼はとっくに死んでいる。


「ぐうう!」


 スタジオは焦っていた。

 剣が折れても戦い続けることに驚きはしたが、そんなことよりもおかしいのはそれが成立していることだ。

 折れた剣で戦っている相手に対して、この自分が攻めあぐねているなどありえないのだ。

 必勝の策そのものや、最強の剣士として技量に自信があるからこそ、この現実を認められない。


「もらった!」

「しまった……!」


 如何に偉丈夫と言えども、重量のある武器をふるい続ければ間隔が生じてしまう。

 短くなった剣を持っているスイボクは防御から攻撃への回転が速く、逆に長く重い剣を使っているスタジオは攻撃から防御への回転が遅かった。

 何よりも、動揺しているスタジオは防御への意識が薄かった。振りぬいているため、どうあがいても剣で防ぐことはできない。


 大きく踏み込み、すれ違いざまに切り裂こうとする。

 スイボクの攻撃は、顔を狙っていた。折れた剣でも威力が十分であり、大きな出血を狙うことができ、なによりも目を潰せる。

 まさに必勝の攻撃だといえるだろう。



 カプタイン・イーゼルは、有志の前で敵の脅威を語っていた。

 その表情には忌々しさが、ありありと浮かんでいる。


「双子の将軍、スタジオとアトリエ……天は二物を与えずというが、天は奴らに武勇と知恵を授け、しかし品性を与えなかった! 忠義も、羞恥もだ!」


 一国の頂点に立ち、軍全体を指揮する将軍なのだから、智勇に優れていることは当然である。

 その上で汚い手段も一切問わないのだから、敵にしても味方にしても甚だ厄介と言えるだろう。

 その双子を己の配下とするために、現皇帝は強大な権限や破格の報酬を与え、そのために民へ多くの不自由を強いていることは想像に難くない。


 たった二人の悪魔を従えるために、どれだけの暴政が行われ、どれだけの民が泣いているのだろうか。

 それを想うだけで、青年の胸は張り裂けそうだった。


「皇帝はエッケザックスをこの二人のうちどちらかに与えるつもりなのだが、それは元々イーゼルに神の作った宝が保管されているからなのだ。つまり双子の将軍に揃えた神の宝を与えることで、現皇帝は己が神になったかのようなふるまいをしたいのだろう」


 最強の神剣エッケザックスは確かに強力だが、それに勝るとも劣らない武器は確かに存在しており、それをダインスレイフは知っている。


「我が保証しよう。『アレ』は一国さえ滅ぼしうる代物だ、使えない状況を作りつつ戦うしかない」


 神の作った武器というのも、決して誇張ではない。その強大さゆえに安易に使うことはできないが、それは人間の軍勢など滅ぼしかねない代物だ。

 ダインスレイフが戦慄しながら忠告したことによって、誰もが緊張する。


「民や国を思う皇帝ならば、アレを国内で使わせることはないだろう。だが我らの相手は暗君だ、場合によっては都市ごと我らを滅ぼしかねない。それを常に注意してほしい!」



「……ぬ」


 試合会場は静まり返っていた。

 スイボクの剣が折れたことによって、スタジオが勝つと誰もが期待していた。

 しかし戦闘はそのまま続行し、あろうことかスイボクの反撃を許していた。

 素人目に見ても、スイボクがスタジオを倒したようにしか見えなかった。

 

 すれ違いざまに顔面へ折れた剣を振りぬいたスイボクは、再び折れた剣を構えている。

 打ち合って刃こぼれをしているその剣は、しかし赤い液体で濡れているということはなかった。


「やるな」

「ぐ……!」


 スタジオは、かろうじて無傷だった。

 向き直った彼は、九死に一生を得た安堵と、未だに窮地を脱し切っていないことに対する緊張の入り混じった表情をしていた。


「楽しませてもらうぞ」


 スイボクの剣を、スタジオはいかにして防いだのか。

 何のことはない、長そでの服に仕込んでいた、薄手の小手によってである。

 剣による防御が間に合わないと踏んだスタジオは、とっさの判断で剣から左手を離し、自分の顔を腕で防御していたのだ。


 本当に、なんのことはない話である。

 しかしこれは、実力と備え、そして幸運によって得た無傷だった。


 如何に規定で『防具を着てはいけない』と定めていないとはいえ、完全防御の全身鎧で身を守った上で、布の服を着ているだけのスイボクと戦うことはできない。

 であれば、軍服の下に仕込んでも目立たない程度の、薄手の鉄板や革の防具しか用意できなかった。

 スイボクの剣が折れて軽くなっていなければ、防ぎきれずに腕を一本失っていたかもしれない。

 そしてそれ以前に、スタジオの力量が無ければ、剣から手を離すという判断が間に合わなかっただろう。


(コイツ……本当に強い!)


 スタジオは、改めて戦慄していた。

 何もかも作戦通りにことを進めていたにも関わらず、スイボクはそれを余裕で切り抜けていた。

 自分が失敗をしていないのだとすれば、相手が想定外に強いという可能性しか考えられない。


 自分の有利は動いていない。

 スイボクの剣は折れたままであり、スタジオはほぼ無傷。

 だがしかし、スタジオの『気』が負けていた。

 先ほどまで脅威と思っていなかった相手に、畏怖と恐怖を抱いてしまっている。

 それがどれだけ致命的かわかってしまっているからこそ、スタジオは自分の敗北を濃く感じてしまっていた。



「待て!」



 試合会場に、武将の声が響いていた。

 戦場でさえ敵を圧し味方を鼓舞する武将の声は、閉鎖空間である試合会場では反響さえしていた。


「剣が折れたのだ、交換をするべきだろう!」


 双子将軍、アトリエだった。

 彼の言葉に対して、貴族も皇帝も反論しない。


 確かに剣が折れたまま試合を続ける、というのはあまりよくないことである。

 スタジオではなくスイボクにとって利する話なので、不公平とは言えない話だ。

 むしろ公正ととられることもあるだろう。


「いったん中止とする! 替えの剣を持て! よいか、替えの剣だぞ!」


 それに対して、スイボクは従っていた。

 折れた剣のままで戦うよりもきちんとした剣で戦いたかったし、なによりもスタジオとの戦いを楽しんでいた。

 できるだけ長く楽しみたい、という欲が出ていたのである。


 彼は折れた剣から、何の細工もされていない普通の剣に替えていた。

 そしてその間に、スタジオは呼吸を整えて恐れを散らしていた。

 仕切り直しという、とても大事なことをしていたのである。


 あのまま戦っていれば、そのまま負けていた。

 それをわかっているからこそ、高速で自分を立て直している。


(不味い……このままでは、負ける!) 


 だが彼の中の冷静な部分が、戦術的な敗北を悟りつつあった。

 このまま戦い続ければ、自分は勝てない。

 何もかもが、自分に対して不利に働いていくことを、彼は感じていた。


(このまま戦えば、先にこちらが息切れする! 武器の重量は当然のこと、礼服の下に防具を着込んでいる以上、長期戦は不利だ!)


 最初から長く戦うつもりはなかった、というよりも長く戦うことになるわけがないと思っていた。

 必勝の策があるからこそ、長期戦は想定していないのである。


 とても信じがたいことだが、スイボクは小汚い布の服しか着ていない。

 防御力が無いのは当然だが、その代わりとても動きやすく、軽いのである。

 スイボクが仙人であることを知らずとも、その違いは歴然としている。


 短期決戦をしようにも、それをして失敗したばかりだった。

 それによって、体力を大幅に減らしている。


 では弓兵を使うべきか、という話だが、それはできない。

 もしもスイボクが品のない行動をしていれば別だが、今のところ折れた剣を使って普通に戦っているだけだ。

 これに矢を射掛ければ、わかりやすくインチキとなる。それは立場のある双子にとって、不可能なことである。


 そう、双子には立場があるのだ。ここが彼らの本拠地だからこそ、勝てそうにないから戦闘を放棄することや、武装を替えることや日を改めることができないのである。

 もういっそ、先ほどの一撃で片腕を駄目にしていた方がよかったのかもしれない。そうしていれば、怪我を理由に引き下がれたかもしれないというのに。


「では続けようか」

「当然だ……!」


 そして何よりも、スタジオ自身引っ込みがつかなくなっていた。

 彼もまた一人の武人であり、自分が全力を尽くしてなお勝てない相手がいるという事実を認められなかったのである。


 自分に自信があるからこそ、卑劣な策も実力だと思っているからこそ、目の前の相手が許せない。

 毒が通じず、策を疑わず、裸一貫で真剣勝負に臨む大バカ者。

 そんな男が、自分を圧倒している。純粋な強さ、それ一つによって。


 彼を認めてしまえば、自分は何なのか。

 彼の実績と自負、それらのすべてが否定されてしまう。

 自分たちが限界だと思っていたものは、ただの通過点だったということになってしまう。

 それを認めてしまえば、勘違いをしていただけの世間知らずになってしまう。


 だから、殺すしかない。

 何があっても、目の前の剣士を倒すのだ。

 先ほどまでの自分で勝てないのなら、その限界を今超えるのだ。

 自分が自分であるために。


「いい顔だ……斬り殺したくなる、いい顔だ」


 その気迫が、スイボクに伝わってくる。

 強さにこだわる、最強にしがみつく、自分の同類にして同志。

 男が惚れる、強者の風貌。

 それを見たスイボクは、ますます嬉しそうに笑っていた。


「……不味い」


 対峙して濃密な空間を形成している二人を、アトリエは冷静な視点で見ていた。

 このまま戦って、スタジオが勝てばそれでいい。

 だがしかし、もしも負けたのであれば。


「おい、アレを持ってこい!」


 そのときは、間違いなくアトリエに鉢が回ってくる。

 スタジオが勝てない相手に、自分が勝てるとは言い切れない。


 そして、皇帝が強権で命令を下した場合に限り、あらゆる無茶が通るのだ。

 アトリエが勝つには、その状況を利用するしかない。


「あ、アレ……?」


 あり得ない話だった。

 物によっては国家を滅ぼしうる、危険な兵器を皇帝のすぐ前で使うつもりだったのだから。



「火尖鎗を持って来い!」

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