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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人の怒りと神の怒り
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細工

コミカライズが更新されます。

どうかよろしくお願いします。

 サンキャは優秀だった。

 ここでもしも三流の毒使いなら、スイボクが毒を受けた時点で馬脚を現していただろう。

 だがそんなことをしていなかったからこそ、サンキャの言動でスイボクが機嫌を損ねることはなかった。

 毒殺は失敗したが、それ以上に傷を広げることはなかった。


「申し訳ないが、私では力不足だった。適当な理由をつけて、この城に一晩泊まってもらうようにするのが精いっぱいだった」


 少ない量でも死に至る最強の毒を、一瓶空にされてしまえばできることはない。

 サンキャは素直に自分の無力を認め、スイボクの毒殺をあきらめていた。

 それを認めて報告できるあたりが、彼の人柄を表しているだろう。現在の地位や名誉に対して、まったく固執していない証拠である。


「ほう、サンキャ殿でも殺せなかったか」

「ほう、サンキャ殿でも仕損じたか」


 その報告を受けているのは、二人の男だった。

 双子の仁王という表現が適切に見える、勇壮な体躯をもつ一卵性双生児。

 現イーゼル帝国の軍事を統括する、二人の大将軍だった。


 大将軍、アトリエ。大将軍、スタジオ。

 現皇帝を支える、最強の武人であった。


「で、どうだった?」

「して、どうであった?」


 同じことをあえて微妙に違う言い回しをする。

 しかし表情は不気味なほどに一致していた。


「私は武人ではないので、測りかねますな」


 武官の頂点と文官の頂点。

 本来対等である両者だからこそ、蔑むことなどありえない。

 三人はある程度の信頼感と礼節をもって話し合いができていた。


「ただ、人格に対しては理解できたかと」

「ほほう」

「ふうむ」


 サンキャはよく知っている。

 目の前の大男が、体格に見合った怪力と体力を持つ一方で、それに頼りきるような単細胞ではないのだと。

 自分と同様に、策略を張り巡らせる頭脳も持っている、奸智に長けた策士である。


 ただし、サンキャとこの二人には明確な違いがある。

 サンキャにとって毒はただの手段であり、そこに喜びなど一切見出さない。

 しかし双子の将軍にとって、策略とは愉悦のための手段だった。


「スイボクという男ですが、毒への耐性を除けば普通の武人です」


 彼の人間観察は、きわめて正しかった。

 おそらくこの場にスイボクがいれば否定しただろうが、それはこの時代のスイボクが本当の自分を認めていなかったからだろう。


「自分では名誉や地位に興味がないと言っていますが、その一方で武勇には並々ならぬ拘りがあり、その点には固執するでしょう。おそらく面倒な言い掛かりや挑発をせずとも、試合を申し込めば喜んで受け入れるかと」


 最強の剣を持っている男がいたとして、その剣をかけた戦いを申し込まれたとして、受け入れるとは限らないだろう。

 むしろ、その最強の剣を守るために、その戦いを極力避けようとするはずだ。

 しかし、その最強の剣を持っている者が最強の剣士なら、しかも若い武人だというのなら、受けるのは当然だろう。


「なるほど、それは面白い」

「なるほど、それは簡単だ」


 だからこそ、簡単に倒せる。

 警戒心も恐怖心もない相手を陥れるなど、イノシシを落とし穴に落とすようなものだった。

 なにせ話が通じるのである、獣相手よりも誘導する方法が多い。


「では単純な仕込みでよさそうだ」

「それなら簡単な細工でよさそうだ」

「お二人にお任せいたします」


 この時のサンキャは、当然のように仕事を回しただけだった。

 確かに毒が効かない人間というのは驚きだが、広い世界にはそういう力の使い手もいるのだろうと思っていた。


「ではここは俺が」

「それなら兄者が」

「そのスイボクとやらを殺そう」

「そのスイボクとやらを殺そう」


 サンキャは目の前の二人が勝つと信じていた。

 毒で殺せないのなら剣で殺すだけ、ただそれだけのことである。


 目の前の二人に、卑劣な策しかないのなら敗北をよぎらせていたかもしれない。

 目の前の二人に、優れた体格しかないのなら勝利を疑っていたかもしれない。

 双方が備わっていたとしても、万が一を覚悟するだろう。

 だが、二人には実績がある。同じような野心を抱えた相手を、なぎ倒して引きずり降ろし踏みにじってきたという実績がある。


 そしてもっと言えば、仮にスイボクが勝利したとしても、なんの意味もないことだと思っていた。

 ここは国家の中枢、大量の兵士がこの城には控えている。

 ましてこれから行われるのは、大将軍直々の試合である。それには王も見物に来るだろう、その際にどれだけの兵士が護衛として配備されるのかなど、文官にはわからないことだ。


 一つ確かなことがあるとすれば、スイボクは素晴らしい剣士として武芸を披露するのではなく、珍獣や猛獣として倒れるのだろう。

 それが偉大な将軍の剣によるものか、あるいは忠実なる兵士たちの矢によるものなのかはわからないが、どちらであっても関係のないことだった。



「スイボクよ。端的に言うが、わが国はエッケザックスを欲している」

「ぬ」

「ただし、貴殿が欲しいわけではない。それはわかるな?」

「話が早いな」


 スイボクが城にたどり着いて翌日のことだった。

 サンキャはいくつかの公務の予定を変えて、皇帝御前試合を計画していた。

 とはいえ政務はほとんどサンキャが取り仕切っているため、文字通りの意味で遊んでいるだけの皇帝に、別の遊びを挟んだだけなのだが。


「これから皇帝陛下の前で、試合をしてもらう。こちらが勝てば、エッケザックスはいただく。嫌かな?」

「そういうことなら逃げる気はない。皇帝の前で、そいつを倒してやろうとも!」

「それでこそ、我が主だ!」


 ある意味では、常道である。この形式で直接挑まれた場合、エッケザックスの使用者は拒めない。

 現在の使用者と戦って勝つことこそが、一番確実にエッケザックスに認められる方法である。


「ではしばらく待ってほしい。昨日も言ったが、皇帝陛下は面倒な手順を踏まないと怒る方なのだ。ようするに……今試合会場に向かうと、貴殿は皇帝陛下に頭を下げることになるぞ」

「……やめておこう」

「そうしてくれ」


 スイボクの性格をほぼ読み切っていたサンキャは、見事にもめ事を回避していた。

 そしてそれは、試合を有利に進めるための布石にもなっている。


「今貴殿と戦うスタジオ大将軍が、皇帝陛下に挨拶をしている。それが終わり次第、貴殿は彼と一対一で戦ってもらう。とても単純に、斬りあうだけの試合だ」

「本当に話が早いな! はははは!」

「そうじゃのう、スイボク! 本当に話が早いのう!」


 およそ詐欺の手口というものは、いかに相手へ『自分が得をしていると勘違いさせるか』であるが、ここまで勘違いしているとむしろ今まで死ななかったことに驚く。


「では、この入り口で一緒に待ってほしい」


 城の中にある試合会場は、当然のように華美だった。

 しかしそれは周囲の装飾に限った話であり、実際に剣士たちが戦う場所だけは武骨な石造りだった。


 舞台の上では、椅子に座っている皇帝へ挨拶をしているスタジオがいた。

 皇帝だけではなく多くの貴族が観客となっており、彼らを守るために多くの兵士たちが弓矢や槍で武装している。不測の事態が生じた時には、即座にスイボクを殺すだろう。

 不測の事態が生じた、と判断した場合も同じである。


「おお、偉大なる皇帝陛下! ディスプレイ・イーゼル陛下! 栄光の玉座におわす、真理の冠にふさわしき御方よ!」


 そこにいるのは、武装とは程遠い礼服に身を包んだ偉丈夫だった。

 よく響く声を最大限に生かして、部屋の中へ自分の声を轟かせている彼は、役者さながらに皇帝をたたえている。


「御身の前では我が体躯は縮み上がり、貧民のように惨めであります!」


 あまりにも露骨なごますりに対して、それを見ているスイボクは閉口してしまう。

 それはエッケザックスも同様であり、うんざりして言葉もなかった。


 何がおかしいのかと言えば、そんなおべっかを聞いている皇帝だけが満足そうにしており、その周囲の誰もが呆れつつも拍手をしているのだ。

 これが皇帝のための茶番、お遊戯、芝居なのだとわかってしまう。


「参加せずに済んでよかっただろう」

「ぬ……うむ」


 サンキャの言葉に対して、スイボクは改めて頷いていた。

 サンキャはこの茶番が通じるのが、身内だけだとわかっている。

 だからこそ、無用に機嫌を損ねないように、スイボクは参加させなかった。


 アレはアレで難しいし、仮にスイボクが嫌そうな顔をしていれば、それだけで皇帝は不機嫌になりかねないのだ。

 そうなれば、双子将軍の仕組んだ仕掛けが無駄になりかねない。無意味な危険は、排除してしかるべきであろう。

 というか、エッケザックスを求めていること自体が、そもそも皇帝の機嫌取りである。皇帝を不機嫌にしてしまえば、なんのためにスイボクを連れてきたのかわからない。


「お前も大変だな」

「職務なので」

「ぬ……お前も大変だな」

「俗人とはそういうものらしいぞ」


 そんなサンキャに対して、スイボクとエッケザックスは共感せずに憐れんでいた。

 なにせ常人の原理から遠い二人である、そんなことをしなければ生きていられない彼がとても哀れだったのだ。


「サンキャよ」

「なにか?」

「これから皇帝の前で試合をするが、場合によっては皇帝を怒らせることになるかもしれん」

「……そうならないことを祈っている」

「もしもそうなっても」


 スイボクもそれなりに人生経験を積んでいる。

 場合によっては、皇帝の指示一つで戦争になることもわかっていた。

 サンキャと違うのは、そうと知った上でここに来たことだろう。


「お前だけは、殺さないでやる」

「そうか、それは感謝する」


 舞台の上での茶番も、いよいよ終わりに向かってきた。

 それを前にして、スイボクは闘志を高ぶらせている。

 サンキャはそんな彼に対して、とても適当な空返事をしていた。


「皇帝陛下! この度は最強の神剣、エッケザックスの使い手との試合をお見せします!」


 スタジオの言葉に合わせて、スイボクとエッケザックスが前に出ていく。

 観客の前でエッケザックスが剣の形になり、貴族たちが息をのみ悲鳴を上げる。


 その中で皇帝は満足そうに笑い、肥えた体をゆすっていた。

 とてもわかりやすく、運動不足で過食で、怠惰な体だった。

 もしかしたら、自分の力で歩くことさえ怠けているのかもしれない。

 厚着でごまかそうとしているが、収まっていなかった。それほどの、肉体(・・)だった。


「遠い蛮地よりこの地へ訪れた、エッケザックスの主、スイボク!」


 しかし、スイボクはその皇帝に目もくれない。

 彼が見ているのは、自分のことを紹介しているスタジオだけだった。


「これより私はこやつと剣を交え、エッケザックスの所有者として証を立てさせていただきます!」


 スイボクは、目の前の相手をそれなりに認めていた。

 体つき一つみても、所作だけをみても、それなりに力量を察することができる。

 単純に背が高く大きな体をしているだけでも、筋肉を鍛えて太くなった腕や足だけでも、単純に強さが伝わってくる。


 いかに栄華を極めている皇帝であっても、自分の体を強くすることはできないように、大将軍を名乗ったところで鋼の肉体はついてこない。

 鋼の肉体を得るために、保つために、彼は鍛錬を怠れない。それだけでも、スイボクにとっては十分に評価できることだ。


(俺に挑むだけのことはあるか)


 身長は才能だとしても、鍛錬は自前である。

 恵まれた才能に合わせて、驕らない鍛錬があるのなら、さぞ強いのだろう。

 確かな裏付けのある自信を持つ剣士なら、スイボクは怒ったりしない。


「では、剣を!」

「ぬ?」


 腰に下げていた儀礼用であろう細い剣を、スタジオは現れた従者に渡した。

 その代わりに、実戦用であろう肉厚な大剣を受け取っていた。


 それはいいのだが、スイボクのもとにも鉄の剣をもった従者が現れた。

 どうやらエッケザックスは使わないという規定のようである。


「景品がエッケザックスなのだ。まさか、それが無いと戦えないというわけではあるまい?」


 事前に規定を明確に定めていなかったということは、明言していない範囲で主催者が勝手なことをできるということである。

 確かに『主催者が用意した剣で戦う』とは言っていなかったが、『エッケザックスを使ってもいい』とも言われていない。

 なによりもこうして観客を前にすれば、文句を言うだけでも労力を要するだろう。


「無論だ。エッケザックス、しばらく下がっていてくれ」

『わかった……待っているぞ』

「うむ」


 そして、スイボクはすんなり受け入れていた。

 一対一という前提が変わっていない以上、スイボクとしては受けない理由がない。

 あっさりとエッケザックスと用意された剣を交換し、中段に構えていた。


「では始めるとしよう! この戦いを、皇帝陛下に捧げる!」

「こい、スタジオとやら……最強の剣士の腕前を見せてやろう!」


 貴族たちも皇帝も、入り口から見ているサンキャも、二人が対峙しているところを見ただけで、既に勝敗が決していると思っていた。

 なにせ体格差が歴然としている。素人目には、どちらが強いかなど考えるまでもなかった。


「では……挨拶代わりだ!」


 上段からの、渾身の一振り。

 それを前にして、スイボクは真っ向から受け止めようとする。

 挨拶を前にして、スカすなど最強の剣士がやることではない。


 金属と金属がぶつかり合う、甲高い音。

 それが狭くないとはいえ室内で響き、貴人たちは思わず身をすくませた。


「ぬぅ!」


 仙人の肉体は、狂戦士や神降ろしの使い手ほどではないにしても、見た目よりは屈強である。

 だからこそ受けることができたが、それでも肉体が軋むのを感じていた。


「ほう」


 自分の一撃を受けたことに対して、スタジオはさほど驚かなかった。

 追撃をせずに大きく下がり、剣を構える。


「ははは、そうでなくば面白くない!」


 スイボクがスタジオの力量を察したように、スタジオもスイボクの力量を見極めていた。

 彼の経験上、自分を見上げて臆さない者はほとんどいない。

 怖いもの知らずの若造であっても、己が大上段から振り下ろせば恐怖を思い出し、そのまま絶命する。


 一切動じずに、自信満々で受け止める者。

 滅多に出会うことはないが、自分と対等に近い実力者。

 それがスイボクであると、確かに理解していた。


「こちらもだ、でくの坊ではないらしい」


 来てよかった、スイボクは素直に認めていた。

 意外といないのだ、優れた体格と鍛錬が合わさった、とても普通の強者というのは。

 お世辞にも芸があるとは言えないが、場数を踏んでいる本物の強者を前に喜びを隠せない。


「楽しませてもらうぞ、スタジオ!」


 魔法も仙術も使われない、ごく普通の剣戟。

 明らかに体格の劣るスイボクは果敢にもスタジオに打ち込み、真剣を使った攻防が続いていく。


 文字通り火花を散らし、金属の刃が少しずつ刃こぼれして散っていく。

 その戦闘を見て貴人たちは手に汗を握るが、その中でもスタジオの笑みは一層深まるのみだった。

 そう、彼は体格に甘えない鍛錬を積んだうえで、卑劣な策を講じることもためらわない性根の持ち主だったのだ。


(どんどん打ち合え! そうすれば、俺の勝ちだ……!)


 とても些細でありながら決定的な細工が、スイボクが使っている剣に施されていた。

 なんのことはない。とても単純に、スイボクの剣は折れやすくなっているのである。


「ぬ?」


 打ち合っているうちに、スイボクの持っている剣だけが歪んでいく。

 それどころか曲がっていき、やがて決定的に折れていた。


「もらったああ!」


 優れた体格を持つスタジオの剣は、それだけに分厚く頑丈である。

 それは素人でも明らかであり、だからこそ細工に気づけない。

 相手が細工を疑っても、それはもう遅いのだ。


「ぬ……」


 戦闘中に剣が折れたなら、そのまま切り伏せられるだけ。

 刀身が半分以下になった剣を持っているスイボクに対して、スタジオは再び渾身の打ち込みを行う。


 とても皮肉なことに、卑劣な細工を行ったスタジオの剣筋は、美しいほどにまっすぐなものだった。

仙人、天狗

修行が十分なら、たいていの毒は効かない。

具体的に言うと、集気法を常に持続できる段階に達していれば、何時でも毒を無効化できる。

ゼン君はまだ無理、フサビスは時々怪しい。


ラン

悪血を活性化させているときはほぼ効かない。

毒を混ぜた酒どころか、毒を酒樽に入れて全部飲み干しても無効化できる。

なお悪血が平均的な量の場合、解毒が間に合わなくなって死ぬ。

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