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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人の怒りと神の怒り
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冒険

本日のコミカライズは、更新がありません。

申し訳ありません。

 現在、スイボクはエッケザックスと共に、皇帝の城を給仕に案内されていた。


「しかしスイボクよ、なぜわざわざ俗人の国へ立ち寄ったのだ?」

「ぬ? ああ、そうだな」


 粗末な服を着ているスイボクは、皇帝の居城の中ではいかにも浮いていた。

 その一方で、神々しい服を着ているエッケザックスは、何かの巫女のように思える。

 そんな不釣り合いな二人は、とても親し気に対等そうに話をしているので、案内している給仕は表情に出さないものの、一種の滑稽さを感じていた。


「覚えているか、初めて会った時のことを」

「うむ、お主はとても我を求めていたな!」

「お前を探す日々はとても大変だった。この国の者もお前を探しているというのでな、他人事とは思えなかった。お前をくれてやるつもりはないが、話ぐらいは聞いてやろうと思ったわけだ」

「なるほど……確かに、我が主が持っている限り、手に入れることは無理であるしな!」


 スイボク自身、五百年かけてようやく得ることができた宝である。

 俗人が世界中を探すなど不可能なので、不毛な作業に従事している青年貴族へ憐れみを感じたのかもしれない。


「こちらでございます」


 サンキャの待つ部屋へ案内した給仕は、何も感情を顔に出さないまま扉を開けた。

 部屋へ入ったスイボクとエッケザックスは、その中で待っていた男を見る。


 お世辞にも自分たちへ興味があるようではない。

 無関心が露骨であり、それだけで露骨に顔をしかめてしまう。


「私はサンキャというものだ。この度は遠路はるばる、よく来てくださった」


 それでも、サンキャは居丈高ではなかったことから、とりあえず暴れることはなかった。

 単に相手が無関心だから、という理由で暴れだすほど二人は浅慮でも狭量でもない。

 もしもこれで居丈高だったなら、暴れたか踵を返していたかもしれないが、それは二人に限った話ではないだろう。

 そのあたり、サンキャは心得ていた。


「お二人は陛下に会うおつもりでここへ来たと聞いている。それにはとても感謝しているが、いきなり皇帝陛下と話をさせるわけにはいかない。手間だとは思うが、それが政治なのだ。どうか理解してほしい」


 サンキャははっきり言って、実利を優先する男である。

 目の前の浮浪者や剣を相手に、へりくだることもいとわない。

 そしてスイボクのような人間には、変に媚を売ると嫌われるということも熟知している。

 こうやってある程度顔を立てつつ、対等に近いような話し方をすれば斬りかかってくることはない。


「皇帝陛下は妙な手間を挟まないと、馬鹿にされたと怒りだすのだ。そちらの方が、よほど面倒であろう」

「ぬ……まあそういうことなら」

「まあよかろう」


 スイボクはそれに乗っていた。

 着席を促されると、あっさりと座っていた。


 それを見ても、サンキャは何も反応しなかった。

 椅子にはささくれと変わらない程度の針が仕込まれており、それを介して毒が巡るようになっている。

 スイボクの体には、それが刺さっていた。

 適切な処置をしなければ、彼はほどなくして死ぬだろう。


「お酒は苦手かな?」

「酒? まあ……飲めんことはないが」


 二つの盃が用意されており、それに注がれた酒をスイボクは特に警戒せずあおった。

 その酒そのものは、一切毒が無い。両方の盃に毒が塗られていて、しかも口が触れない部分に塗ってある。

 指で触れた毒が手元、粘膜などに触れた時、その毒は効果を発揮するのだ。

 なお、サンキャ本人は手袋をはめており、しかも口元に持っていかないように意識している。

 これは酒に毒を忍ばせているのではないか、ということへの対処である。


「俺は俗人の酒では酔えないからな……まあ味は悪くないと思うが」

「そうかね」


 拍子抜けするほどに、スイボクは毒を受けていく。

 あとは時間経過をすればすべてが解決する。


「では貴殿の武勇伝をきかせてほしい」

「ほう、そうか……では俺がどこで修行を積んだのか……」


 酒に酔っているようではないが、武勇伝を聞かれれば舌は回るものである。

 サンキャは当然のように聞き上手で、スイボクから話を聞きだしていた。

 もしも三流の毒使いなら、勝ち誇ってうかつなことを言い、余計な反撃を受けることもあるだろう。

 だがサンキャは決して油断しない。致死量の毒を受けても、体質次第では中々死なないこともある。

 スイボクが死ぬまでが仕事であり、それを達成するまでは気も手も口も抜くつもりもなかった。


「それにしてもだ」


 スイボクもそれなりに経験を積んでいる。

 気持ちよく話をさせてもらっているが、サンキャが自分の話を楽しんでいないことは察していた。

 一応記録を取っているが、それが苦痛ではないのかと気にしていた。


 というか、自分の知っている男子と違っていた。

 もちろんサンキャは男子という年齢ではない。しかし男たる者最強の存在を前にすれば、年齢を忘れてはしゃぐものという先入観もあったのだ。


「お前は最強に価値を見出していないのか?」


 スイボクの質問に対して、サンキャは心を揺らさなかった。

 ただ、彼の舌が回っているところをみて、毒が回っていないことを確認するばかりであった。

 その一方で、きちんと話をする。

 彼は決して嘘を言うことなく、本当のことを語り始めた。


 彼はよく知っているのだ。

 真実味のある嘘を考えるよりも、普通に本当のことを話す方が簡単で辻褄もあうものだと。

 無駄に警戒されるよりも、本当のことを語って時間を稼ごうと思っていた。


「昔は私も信じていた」


 二人の男が話し合っているのをみて、エッケザックスはやや退屈そうにしている。

 しかしそれでも、スイボクはサンキャの言葉をきちんと聞いていた。


「昔は、か」

「そうだ。具体的には、先代の皇帝陛下だな。当代の皇帝陛下の、兄にあたるお方だった」


 先代皇帝は、本当に偉大な男だった。

 文武両道とはよく言うが、彼はその言葉では足りない男だった。


「彼は政治家としても偉大だったが、軍人としても無類の強さを誇った。兵を率いても強かったが、個人としても非常に強かった」

「ほうほう」

「彼が死ぬところなど、負けることなど、傷つくところなど、国の誰もが夢にも思わなかった。まさに英雄と呼ぶにふさわしいお方だった」


 前述したとおり、偽りなく本心である。

 役人だったサンキャでさえ、当時の皇帝が最強だと信じて疑わなかった。


「そんな時だ。陛下の弟君、つまり現在の皇帝陛下から、皇帝の暗殺を命じられた」

「暗殺……ふむ、つまらんなあ。俺がそこにいれば、直接相手をしたかったが」

「そうだろう」


 サンキャには、スイボクが強いとはとてもではないが思えなかった。

 先代皇帝は大柄な偉丈夫であり、鍛えぬいた筋肉は年齢を感じさせなかった。

 着こんでいる装備も豪華絢爛であり、まさに絵にかいたような英雄だった。

 その彼が、目の前の貧相な剣士に劣るとは思えなかった。

 とはいえ、どうでもいいことなのだか。


「我ながら間抜けな話だが、それを言われたときようやく、私は陛下が人間なのだと気づいていた。最強という存在であり、別格なのだと思い込んでいたわけだ」


 うんうん、とスイボクは頷いている。

 スイボクとしても、最強とはそうあるべきなのだと思っているのだ。


 彼が理想とする最強の姿とは、『誰が何億人いようと、傷を負うことや息を切らすことさえなく、一方的に虐殺し、それを何兆回くりかえしても絶対に失敗しない』というものである。

 それを完全に達成するのはこの時代からおよそ千五百年ほど後なのだが、それはこの場では関係が無い。

 

「こう言っては何だが、私は毒殺を得意としている」

「ほう」


 警戒させないために、あえて毒の小瓶を机の上に置いた。毒を目の前に置けば、その毒に警戒することはあっても、ほかの場所へは警戒が及ばないものである。

 当然だが、厳重に封をされており、容器そのものもかなり頑丈だった。


「これは陛下の盃に忍ばせた毒と同じものだ」


 当時のことは、サンキャもよく覚えている。

 いかに皇帝の弟から将来を約束されているとしても、皇帝本人を毒殺するなど、試みるだけでも一族郎党皆殺しである。

 はっきり言って、引き受けるだけでも冒険と言っていい。

 それを引き受けた理由を、赤裸々に語り始めた。


「人生であの時ほど、愚かだったことはない。普段の私なら、弟君からそんな話を持ち掛けられた時点で、そのまま当時の陛下へ『毒殺するように命じられた』と報告して終わらせていただろう。だがあえて毒殺を実行したのは」

「挑戦したかったのか?」


 スイボクの合いの手に、サンキャは首を横に振った。


「毒殺の腕に自信があった。だからこそ、皇帝陛下を殺してみたいと思った。だがそれだけではない、本当に死ぬのか試してみたくなったのだ」


 サンキャは自分のことを適切に評価できる。

 はっきり言って、毒殺の腕以外では際立った能力など一切ない。

 出身からいっても、皇帝から見れば塵芥(ちりあくた)だった。


「皇帝陛下は最強にして最高の存在だ、私とは格が違う。であれば、私がどう知恵を巡らせたところで、毒殺できないのではないかと思ってしまった。何かの幸運で毒酒を避けるか、あるいは毒を飲んでも奇跡的に助かるのではないか。若しくは、毒を皿ごと呑んでしまうのではないかとな」


 もしかしたら、そうなるかもしれない。

 毒が入っていることにも気づかず普段通りに過ごして、そのまま皇帝としての責務を果たしていくのかもしれなかった。

 あるいは自分が毒を盛ったことに気づいて、自分に飲ませようとするのではないかとさえ思っていた。


「実際は、簡単に死んだ」

「ぬ」

「その時、私の心は歓喜することはなかった。約束されていた出世をしても、周囲から羨望や畏敬の念を向けられても、凍り付いたままだった」


 最強無敵の皇帝が、自分ごときが毒殺できてしまった。

 矛盾した話だが、そのときサンキャは最強というものに絶望してしまったのだ。

 それどころではない、皇帝にも国家にも、ありとあらゆるものに絶望したのだ。


「最強とは、皇帝とは、もっと特別なものだと思っていた。だが実際には、ただの人間だ。そこいらの下民も、皇帝陛下も、私自身も。生まれや育ちが違うというだけで、一杯の毒酒にも耐えられないのだ」


 さて、そろそろ毒が回らないとおかしい。

 もしもここに至っても全く影響がないのなら、スイボクはたまたま毒をよけていたということになる。


 サンキャは心情というものをさほど重要視していない。

 使い手が毒殺されればエッケザックスは怒るかもしれないが、そんなことは気にするつもりはなかった。

 もともと、エッケザックスのこと自体を重要視していない。手に入れれば皇帝が満足するだろう、という程度の認識であり、彼女が協力的になるかなど全く思慮のほかだった。


「それは修行が足りんな」


 そんな冷酷さなど知らんとばかりに、スイボクはあっけらかんとしていた。

 とてもではないが、体調不良には見えない。


「勘違いするな、お前は何もおかしくない。毒物など俺の好みではないが、毒殺されるなど確かに恥だ。そんな皇帝に呆れ、最強というものに失望するなど、何もおかしくはない」


 サンキャの心情に深く同情し、憐れんでさえいた。


「むしろ、その皇帝とやらが不甲斐ない! 毒ごときで死ぬ分際が、最強を名乗っていたことを恥じるべきだ!」


 誰が相手でも、どんな手段でも、実際に殺されてしまえば最強ではない。

 スイボクはサンキャのことを全面的に肯定している。


「スイボクとやら」

「ぬ?」

「修行が足りない、とはどういう意味かな?」


 俗説ではあるが、毒を幼いころから少量ずつ飲んで、耐性を得る術があるという。

 サンキャ自身実際に目にしたことはないが、伝説程度には自分の体を毒そのものにしている人間さえいるという。

 もちろん眉唾だが、スイボクがそうなのかもしれない。だとするのなら、毒の量を変えなければならないかもしれない。

 サンキャの言葉の調子はとても平常だが、先ほどまでとは真剣さがちがった。


「ああ、俺は花札で修行を積んだ仙人だからな。俗人の調合した毒や酒は効かんのだ」

「効かない、とは? 少量なら効かないということかな」

「いや、まったく効かん」


 サンキャはその言葉に対して、流石に反応ができなかった。

 もしも酒の席の冗談なら聞き流すが、実際に毒を受けているのだ。

 それで何の影響もうけていないのだから、信ぴょう性は極めて高い。


「そうだな……その毒は、どれだけの毒なのだ?」

「一滴酒に混ぜれば、大男も血を吹いて死ぬものだ」

「そうか、では」


 スイボクは机の上に置かれている毒瓶を手に取って、一息にあおった。

 それを見て、流石のサンキャも青ざめる。


 薄めるどころではなく原液を飲み干すなど、命がいくつあってもたりないだろう。

 数千人を殺せるほどの量を飲めば、耐性がある程度では助かるまい。


「どうだ」


 口の周りに残っていた紫の毒液を、スイボクは舌でぺろりと舐める。

 ただそれだけでも、数十人分の致死量のはずだった。

 飲んだふりではない、確実に飲み干している。


「……にわかには信じがたいが、どうやら本当のようだ」

「ははは! 修行しているからな!」


 初めて目を丸くして驚いているサンキャに対して、スイボクはこの上なく得意そうに笑っていた。


「その通り! 我が主であるスイボクは、長い修行を終えた最強の剣士なのだ! 毒ごときでは死ぬことなどないぞ!」


 それに対して、エッケザックスも乗っかる。

 自分の主が毒に負けないところを見て、自慢したくてたまらないようだった。


「……そ、そうなのか」


 しかし、それに対してサンキャはただ呆れることしかできなかった。

 まさかこんな貧相な男が、皇帝などよりもさらに『無敵』などとは、彼の価値観からすれば認められないところだった。

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