毒殺
本日、コミカライズが更新されます。
「ダヌア、お茶頂戴」
「しっかたねえべえ」
ウンガイキョウはダヌアにお茶を要求していた。
八種神宝に食欲はないが、食べようと思えば食べられる。
そして、はっきり言えば退屈をしていたので、それを紛らわせようとしていた。
「おい、ウンガイキョウ! 我の話を聞け!」
「どうせ滅亡するんでしょ? なんで聞かないといけないのよ」
「んだんだ」
露骨に退屈そうにしているので、いら立つエッケザックス。
しかしそれに対して、ほかの面々は退屈さを隠そうとしていない。
「もっとも偉大なる神の宝たる我が提案するのだが」
咳ばらいをしつつ、ヴァジュラが発言をした。
「エッケザックス以外が、何かを話してくれ」
「棒! 何をほざく!」
「こいつの話はうんざりだ」
そして、エリクサー以外の全員がそれに賛同している。なにせ全員同じ顔をしていたのだ、仕方があるまい。
「パンドラの大馬鹿が言っていたが、スイボクの話ほどつまらないものもない。どうせ来た見た勝っただろう? よくも千年付き合えたものだ」
「ふざけるな! 他の宝どもなど、せいぜい数十年の付き合いであろう! その程度しか使われなかった宝が、我とスイボクを馬鹿にするな!」
「あんな化け物を人間扱いするな、人間に失礼だ。特にフウケイがな……」
一時自分を操った、人類史上二番目に強くなった男フウケイ。
その彼と共にスイボクに挑むという、今になって考えると太陽に向かって突っ込むかのような暴挙を思い出してしまう。
「ああ、彼は哀れだった……パンドラの言う通り、救いのない話だ。復讐の妖刀として、本当に哀れに思うよ」
その場に居合わせたダインスレイフは、彼に対して哀悼の意を示していた。
思えば彼こそが、最も人間らしい男だったに違いない。
「なんなのだ、さっきから! パンドラパンドラと! あのガラクタに賛同するなど、お前たちは正気か!」
「そうはいうがな、パンドラの正しさはスイボク自身も認めるところだっただろう」
パンドラ本人が不在のまま、どんどん話が進んでいく。
しかし仮に彼女がここにいれば、きっと昔話に花を咲かせるどころではなかっただろう。
「そういえばダインスレイフ、今のエッケザックスの話はお主とスイボクの出会ったときのことなのだろう? 一体いつダインスレイフが出てくるのだ?」
せっかく話題がそれかけていたのに、無駄に軌道修正してしまったエリクサー。
その彼女へ、エッケザックス以外からの冷たい視線が注がれていた。
「あ、ああ……それはな……なんというか、何と言っていいのかわからないのだが……」
ものすごく嫌そうな顔をしているダインスレイフと、ひたすら得意げなエッケザックス。その表情を見ただけで、エリクサー以外の面々はうんざりした顔になってしまう。
「うむ……別に、当時の我の主と敵対したというわけではないのだ……ただ、その……復讐しようとした相手が、帝国の皇帝だったのだ……」
「復讐しようと準備してたら、スイボクに先を越されたのね」
ウンガイキョウの言葉に、ダインスレイフは無言で頷いていた。
エッケザックスは誇らしげにしているが、以下略。
※
「これは復讐であり、天誅である! 復讐するは我にあり! 我が報復は、神が認めた正義である!」
一人の若き青年が、さながら獅子のように吠えていた。
顔立ちからして気品を感じさせる彼は、軍議の席に座っている同志たちに宣言していた。
その青年に対して厳しい目を向けている男もいれば、生真面目に真摯な目を向けている者もいる。
誰一人例外なく、彼の表情と言葉に目を向けていた。
「現イーゼル皇帝は、血に濡れた帝冠と玉座に座っている、兄殺しの鬼畜生である!」
彼の熱弁には、演技ではない真意があふれていた。
青年は本気で憎悪し、そのために行動を起こそうとしていた。
「イーゼル帝国を、叔父の手から取り戻す! それが偉大なる先代皇帝の息子である、このカプタイン・イーゼルの天命である!」
その彼に寄り添う形で立っているのは、ほかでもない八種神宝の一つである、復讐の妖刀ダインスレイフであった。
人間味の薄い立ち姿をしている彼女の感情をうかがうことは難しいが、仮に彼女のことを詳しく知っている面々がいればいつものように陰気だと思うだろう。
皮肉な話だが復讐の妖刀である彼女にとって、復讐に燃えている使い手ほど悲しい人間はない。
「現皇帝は暴政の限りを尽くしており、国家は大いに疲弊している! 速やかに私が皇帝にならねば、亡国の憂き目をみるであろう!」
だが神宝一つある程度で容易に復讐を果たせるほど、人間の国家は脆弱ではない。
もちろん制限が解放された場合はその限りではないが、人間のために製造されたダインスレイフは人間を殺すために真価を発揮することはできなかった。
「諸君には、私に力を貸してほしい!」
であれば、人の力を借りるしかない。多くの人々と協力して、大願を成就させるのだ。
あるいはこの場にヴァジュラがあれば、帝国から逃げ延びた青年、カプタイン・イーゼルに手を貸していたかもしれない。
それほどに、イーゼル帝国は強大な存在だった。
「この大願を成し遂げるには、一人では不可能だ! 強大な帝国を支配する皇帝に、一人で立ち向かうなど自殺でしかない!」
もしも彼に力があれば、今すぐにでも駆け出していただろう。
恨みで殺せるのなら、いくらでも恨むだろう。しかし、確実に失敗する。
国家という集団を超えるには、やはり同等の集団を用意しなければならないのだ。
「卑しき叔父には、卑しき臣下がそろっている。文武に秀でながらも、それを国のためではなく己の為にしか使えぬ輩だ!」
カプタインの脳裏に浮かぶのは、尊敬する父が倒れた時のことだった。
三徳を兼ね備えた、公正無私にして剛毅なる皇帝。
多くの戦場を乗り越えた父が、血を吐いて倒れる姿が目に焼き付いている。
「特に、父に毒酒を忍ばせた、毒臣サンキャ……奴は許せん!」
如何なる武勇も、どれだけの戦歴も、不断の努力をもってしても、人間が人間である限り毒や病に勝つことはできない。
もちろん毒の種類にもよるが、それこそ一つまみで大男の命を奪うことも可能だった。
「権謀術数の渦巻く帝国を生き抜いてきた父の鼻を欺いた、一つまみの毒……あれさえなければ、叔父が帝位につくなどありえなかったのだ……!」
※
現在イーゼル帝国の政務を取り仕切っているのは、先代皇帝を葬った毒を調合したという男だった。
毒臣サンキャ。
もちろん公式には、先代皇帝は病死ということになっている。彼が政務を取り仕切っているのは、あくまでも当代の皇帝が強く推しているから、有能で忠実だからということになっている。
おそらく嘘ではないだろう、何も矛盾してなどいない。
当時の皇帝へ毒殺を試みたのだから、忠実ではあるのだろう。毒殺を成功させたのだから、有能であることは間違いない。彼のおかげで現皇帝は即位できたのだから、強く推されて当然である。
現皇帝の持つ、皮肉なほどの誠実さの表れであろう。
「わかった」
サンキャは面白くもなさそうに、吉報を聞いていた。
当然ながら、スイボクに接触した青年貴族本人がサンキャへ報告したわけではない。
青年貴族は帝国の首都へスイボクを案内したが、彼本人はそこで門前払いにされた。
よくやったな、とねぎらわれることさえなく、謝礼も報酬は当然なかった。
おそらく、彼がスイボクを連れてきた、エッケザックスを皇帝の懐へ持ち込んだということが、誰かの記憶や何かの記録に残ることもないだろう。
「どうしますか?」
「使い手はすでに決まっている、双子の片割れだ」
「では殺しますか」
「なぜそんなことを一々言うのだ」
そして、サンキャは特に何も思っていなかった。
エッケザックスに対して、普通の意味での『宝』という認識しかなかった。
しいて言えば、現皇帝が欲しがっていた物が早めに見つかってよかった、という程度である。
八種神宝であるエッケザックスさえその程度なのだから、それを持っているだけのスイボクに対して敬意など抱くわけもない。
スイボクを連れてきた青年貴族がそうであるように、スイボクという男もただの邪魔ものだ。
邪魔なものは、排除しなければならない。
「では手はずを」
「私がやる」
「……理由をお伺いしても?」
サンキャは政治家であり、役人であり、毒物の専門家でもあるが、暗殺者ではない。
まず間違っても、たかが剣士一人を殺すのに自らの手を汚す必要はない。
命じる側であって、実行する側ではない。
「ここは帝都、皇帝陛下の治める地だ。下賤な輩の血で汚すことは許されない」
その言葉を聞いて、報告をしたものは素直に驚いていた。
毒臣と呼ばれている男の言葉とは思えない、あまりにも高潔な言葉だった。
もちろん、言葉だけが高潔であり、実際にやることは毒殺なのだが。
「もう一つ理由がある」
「なんでしょうか」
「私は毒を信じているが、人間は信じていない」
毒を使うということは、剣を抜くこととはわけが違う。
剣は抜いても収めることができる、斬らずに済ませることができる。
しかし毒は、一度仕掛ければ、回収は極めて困難だ。
「若い頃の話だ。私は他人に毒を渡した、確実に殺せる毒だった。使い方も詳しく説明したし、危険性も理解させ、復唱させた」
「毒殺に失敗したのですか?」
「それ以下だ。運んでいる最中に毒の封を破ってしまい、そのまま毒を受けた」
思わず絶句する。致死性の高い毒だからこその、あってはいけない失敗だった。
「当然だが、解毒薬も渡していた。だが混乱したのだろう、そのまま死んだよ」
「……」
「その一例だけではない、皮膚に触れると死ぬ毒を仕込ませたところ、毒を塗られていると悟られたことがあった。毒の量を誤る者も多い」
「その、しつれいですが、もしや……」
「先代皇帝の盃に毒を混ぜたのは私だ」
この時、彼はようやく理解した。
毒臣サンキャは政治家であり、役人であり、毒物の専門家でもあり、暗殺者でもあるのだと。
「どれだけ斬れる剣でも、使い手が間抜けでは鈍らにも劣るというだろう。毒も同じだ、使い手が間抜けでは自分が死ぬだけだ」
毒を使う卑怯者、毒は人間を簡単に殺せる小道具、そう思っている男ではなかった。
毒の有用性と危険性と、運用法を研究し実践している男だった。
「血の出ない毒を使う。その代わり苦しんで死ぬが、絨毯を変える必要もないだろう」
まさに、毒のような男だった。
「承知いたしました、死体を運ぶ準備だけしておきましょう」
「そうしておけ」
毒臣サンキャはまず部屋を準備した。
毒殺をするには、まず密室であることが望ましかった。
もちろん密室でなくとも使える毒はあるが、密室の方が大幅に選択肢は増す。なによりも、想定外に人が死ぬ、という可能性が大幅に下がる。
別に不慮の事故がおそろしいというわけではない。単に標的が察してしまうとか、摂取させる毒が減ってしまうことを恐れるが故だ。
毒の中には速やかに死ぬのではなく、ある程度苦しむが猶予を生むものもある。
殺すだけが取り柄ではなく、ある程度加減も効くのがいいところだ。
剣で切られてしまえば、血が大量にあふれ出してしまう。そうなれば自分が助からないと思って、覚悟を決めてしまうこともある。
だが毒なら、解毒剤さえ飲めば助かると思うだろう。助かると思ってしまえば、覚悟を決めることはできない。
とはいえ、それは今回の使い道ではない。
サンキャは全くためらうことなく、ほかの選択肢が思い浮かばないほどに、スイボクと交渉せずに殺すつもりだった。
「何事にも、使いどころというものはある。そして、どれだけ剣に秀でたとしても、毒には無力だ」
当然ではあるが、部屋の内部を毒で埋め尽くすような真似はしない。そんな三流の手口を、彼は使わない。
あくまでもいくつかの要所に、必要な毒を仕込んだだけだ。仕組んだ場所が不自然に思われることはないし、ことが終われば無毒化も簡単である。
「準備はできた、あとは呼ぶだけだな」
小さな部屋の中に、小さなテーブルと二つの椅子。そして酒瓶とコップが二つ。
それらに注目を集めつつ、しかしそれらとは別の場所にも多くの毒を仕込んでいる。
この部屋に入り込んだものは、もはや死ぬしかない。
どこにどんな毒が仕込まれているのか知っている、サンキャを除いては。




