発言
「王女様! 今回の一件、どのようにお考えですか!」
「随分と猛っているな、ハリよ。まるで敵を前にした将兵の覇気だ」
ステンド・アルカナに対して、亡命貴族のハリは声を張り上げていた。
王女自身は冷静そうな顔をしており、少なくとも今回の一件が自分にとって不快そうではないという構えだった。
「君達には感謝している。それが本心だ、この情報は高く買わせてもらう」
「……我らが真に求めているものはお分かりの筈です。帝国の再興を、その為の援助を!」
この国に逃れた亡命貴族たち、或いは国内で雌伏の時を過ごしている同胞、彼らの総意である。
滅びた帝国を再興し、再び故郷に帰ること。それ以外にあり得ない。
「そうか」
そんなことはいちいち確認するまでもない。
冷ややかに受け流すステンドは、彼女へ本心から感謝している一方で、ハリの言葉を受け入れるつもりはなかったからだ。
「確かに、政権の奪取自体は不可能ではあるまい。カプトの切り札を見るに、如何なる軍勢も敵ではあるまい」
「そうです、彼をお貸ししていただければ、叛逆者たちを誅するなどたやすい事!」
カプトの領地に逃げていたハリは、自分の近くにあれだけの怪物がいるとは思っていなかった。
忌々しい反逆者たちが、天罰の様に滅ぼされた。その事実を前に、溜飲が下がり喝さいが上がった。
もはや新政権など案山子同然であると、多くの亡命貴族が凱旋を確信していたのだ。
「それ自体は可能だ。それで、その後は?」
「むろん、レインと名付けられた皇女様を旗印に、再び栄光あるドミノ帝国の再建を!」
「そこまでは問題ない。それで、その後はどうするのだ」
冷ややかにステンドは射抜く。
反乱軍への勝利を確信している彼女に、冷や水を浴びせていた。
「確かにあんな魔法使いがいては、『天罰』の如き男がいれば、戦術もへったくれもあるまい。城にこもろうが街にこもろうが、なんの問題もなく消し飛ばせるであろう」
「そうです!」
「それで、その後はどうするのだ。はっきり聞くぞ、そもそもの問題は全く解決していないが、その点に関してはどうするつもりだ」
食糧問題の解決。それこそがそもそもの発端だった。それこそ、旧政権を打倒した新政権さえ、同じ問題を引きずっている。
そう、未だに食料の不足は全く解決していない。それどころか、どんどん悪化しているのだ。
「そ、それに関しても助力していただきたく!」
「そうか……」
「我らは隣国同士、長く血を交えてきました。どうか、最大限の助力を!」
「つまり、自分では何の問題も解決するつもりはないと?」
ステンドは亡命貴族の事を知っている。
負け犬だのなんだのと、そんな感情的な評価ではなく、数値として保有しているものを知っている。
はっきり言えば、軍隊を組織するほどの力がないことを知っているのだ。
「『傷だらけの愚者』を貸し出せば、苦も無く『反乱軍』は鎮圧できる。我らが食糧を援助すれば帝国を再建できる。それで、我らが何を得る?」
「もちろん、帝国再建の暁には中長期にわたり、感謝として多くの返礼をいたします。軍事面においても、多くの力になりましょう! 百年、二百年先をお考え下さい!」
まあ、そうかもしれない。
確かに、短期的には損をするとしても、中長期にわたれば回収できるのかもしれない。
しかし、ハリは気づいていているのだろうか。その言葉に、何の重みもないということに。
「それで、それは我らアルカナ王国にとって、『現政権』からそれなりの賠償金をもらい、今後軍事や経済面で有利な条約を結ぶことと、どの程度の差があるのかな」
「……冗談はやめていただきたい! 奴らは反逆者です! 現にこうして、この国にも卑しい手を伸ばしていたではありませんか!」
「そうだな、だが我らにとってはもはや脅威ではない。我らはもはや、現政権と戦う必要はないのだ」
戦争が経済であり、他国への援軍が投資であるならば、その見返りは当然数字で表せるものである。
そして、現政権を倒すことにほぼコストが発生しないとしても、リスクすらほぼ無いとしても、それでもリターンがなければするべきことではないのだ。
「我らを見限るというのですか! あの謀反人を王と認めるのですか!」
「それは貴君ら次第だ。貴君らが現政権と和平する以上の良い条件を見つけられるならば、それを検討しよう。空手形でないことを願うがな」
担保を持ってこい、といっている。
労力に値するものを持ってこいと言っている。
「これは王家や国王だけではなく、四大貴族全体の総意と思うことだ」
「そ……それでも国王ですか!」
弱気ともとれる言葉、責任逃れともとれる言葉に、ハリは激情していた。
その点に関して、決定的に双方で認識のずれが生じていた。
「一国を統べる王族が、そのような弱気でどうするというのですか!」
「その辺りは、絶対的な権力を皇帝が持っていた貴国の政治体制故の発言だな。我が国では王家に一歩劣るものの、四大貴族とその当主達には同等に近い発言権がある」
カプトには軍隊を殲滅するだけの切り札がある。
カプトの切り札はアルカナ王国の切り札であり、事実として国防のために使用された。
ならば、そのまま王家の部下にし、さらにそのまま援軍として投入すればいい。
そう強く思うのは、彼女の国では国主の発言権が絶大だったからだ。
「まず国家の利益があり、次に自分の領地の利益があり、最後に他の四つの家の利益がある。その意味では、カプトの行動は極めて適切だ。仮に我らが『傷だらけの愚者』を差し出すように命じたとしても拒否されるであろうし、他の三つの家もそれを支持するだろう」
「馬鹿な! あれだけの力を、王家が管理せずにどこの家が管理するというのですか! 何時王家やその領地が滅ぼされるのか、分かったものではないのですよ! 我が国の失敗をご存知でしょう、国家を乱す力は、すべて国家が管理しなければならないのです!」
ハリの言葉もそれなりには正しい。確かにこの上なくわかりやすいことに、興部正蔵は国家を滅ぼすだけの力を持ち、それを有力貴族とはいえ王家ではない一族が保有している。
確かに狂気の沙汰であるし、いつクーデターが起きてもおかしくはない。だが、それはあくまでも帝国の理屈でしかないのだ。
「……なあ、『小娘』。お前は他人の失敗から学べというが、自分の失敗から学ぶ気はないのか?」
失望している顔ではない。
失望とは、ある程度期待している人間がするものだ。
全く期待していない相手に、失望という表現は正しくない。
最初から見捨てている相手に、正しい対応をしているだけだった。
「どういう意味ですか!」
「力で従えられる人間と、そうではない人間がいる。それを学ばなかったのかと聞いている」
確かに、正蔵はカプトの切り札に収まっている。
しかし、それが王家の切り札になるかというとまた別の話なのだ。
「世の中には、ああいう群を抜いた個人が存在する。そういう手合いには主を選ぶ権利があり、その主は彼らと信頼関係を作る必要があるのだ」
「それは、この王家には彼を御する力がないということですか!」
「そう言っているだろうが、馬鹿め。なぜそれが分からない」
命令すれば人は従う、そう思うのは勝手だ。
だが、そもそもそれができなかったからこそ、ハリの国は滅びたのだ。
「カプトは彼を良く御している。いつでも国を滅ぼせる彼は、その力の使い道をカプトに預けている。だからこそ、ああして我らの前にさらしてきたのだ。『傷だらけの愚者』は、カプト家が完全に手綱を握っていると確信していると示せるからな」
切り札は自分達の部下であり、裏切らない限り裏切らない。
これに関しては、四つの家全体の共通認識である。最も危険な切り札である『考える男』『浮世春』さえも、ディスイヤは自分達を裏切ることだけはないと信じている。
そして、王家も同様の認識だった。四大貴族が、国家を滅ぼせる個人を管理できないわけがない、という確信を抱いているのだ。
「国家の主が命じれば誰もが従う、それを破ったものは必ず裁かれる。それを疑っていなかったからこそ、お前の国は滅びたのだろう」
「では……いいのですか、四大貴族であるカプトが、国主以上の発言権を持つことが!」
「良いわけがない。だが、それも国益の前には些事だ」
ソペードには最強の剣士白黒山水が、バトラブには万能の使い手である瑞祭我が、カプトには最強の魔法使いである興部正蔵が。それぞれ、王家にはない絶対的な存在を保有している。
ディスイヤの浮世春も、明かされてこそいないが重要な役割を担っていた。
王家にだけそれがない。その事実を、ステンドも国王も、誰もが思っている。だからこそ、現政権を維持したままに、ドミノの現指導者を従わせたいと思っている。
だがそれも、国家の利益に反さない範囲でだ。
「滅びた国の娘よ、お前の言っていることは間違っている。なぜなら、お前の国は滅びているからだ」
確かに王家の発言力が強くないことは、王家としては面白い事ではない。
しかしそれでも、目の前の彼女のような亡命貴族や、或いは新政権の手によって処刑されている皇族よりはマシだ。
国主の利益を優先するあまり、国家が滅びた。それがドミノ帝国の終焉なのだ。
「違います! あれは、四つもの神宝を持つあの男が、不遜にも国家を滅ぼそうと思ったからであり……」
「そう思っている限り、何度でも滅ぶのだろうな。お前たちの国は、どれだけ支えてやっても自壊する」
仮に、正蔵や山水が敵にいるのなら、それは理不尽な結果というしかない。
国を滅ぼしかねない魔法使いや、誰にも捕えられない剣士を敵に回せば、アルカナ王国も滅ぶだろう。
だが、少なくとも帝国の民は現政権を支持している。
確かに、政権が変わり国家の体勢が変わってもなんの解決もしていない。
しかし、それでも国民は政治に不満があったのだろう。他に理由はない。
「内戦が起きる、ということは内戦を引き起こす者がいることが問題なのではない。そもそも統治能力がないからだ」
「我らに責任があるというのですか! 反逆者ではなく、統治者が悪だというのですか! 何も知らず、大局の分からぬ国民から支持されているから、なんだというのですか! 我らを倒せばすべてが解決すると、そう甘いことをほざいて、結局この国に攻め込んでいる輩ですよ!」
それも事実だろう。確かに国民に都合のいいことを言って、実際失敗している政権ともいえる。
勢いで革命が成功しても、その後の統治が上手くいく保証はないのだ。そして、現に上手くいっているわけでもない。
「大局を読め、か。我が国の立場に立って大局的に判断してほしいのだが、お前達を助けることで得られる利益と、お前達を見捨てることで失わずに済む損失、どちらが大きいと思う?」
「それは……」
「お前の政治体制が間違っていたとは言わん。しかし、お前達に統治能力がないからお前達の国はほろびた。そんな連中に、我らの貸しを返済する能力があるとは思えんな」
「……」
「統治とはな、つまり国民に支持されるかどうかという形でしか評価できんのだ。反乱が成功しているということはな、お前達に不満があり新しい統治者に期待しているということだ」
確かに彼らは戦争に負けた。ここからどう頑張っても、絶対にアルカナ王国から金銭を引き出すことはできまい。
だが、まだ戦争に負けただけだ。国が滅びたわけではない。ある意味、国家をどう維持するかはここからが本番である。
「さらに言えば……レインを担ぐことも諦めろ。あの娘を守っているのはソペードだけではない。『雷切』が自らの意思で養育している。今更出自をどう言われたところで、あの男は娘を傀儡になどさせんだろう」
「らいきり?」
「ソペードの切り札、シロクロ・サンスイだ。お前の父もその戦いを見たことがあるはずだぞ」
カプトの切り札は、殺そうと思えば簡単に殺せる。
しかし、ソペードの切り札は殺そうと思っても殺せるものではない。
そういう意味でも、亡命貴族たちがレインを担ぎ出すことは完全に不可能だった。
「……強いとは聞いていますが、所詮は剣士なのでしょう? 彼に対してソペードが発言権を与え、王家に逆らってまで抵抗するとは思えないのですが……」
「二度同じことを言うつもりはない。しかし、はっきり言うぞ。奴には発言する権利があり、誰もがそれを認めるところだ。お前達全員と違ってな」