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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
白黒山水といふ男
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解明

 アラビが海の底を目視したのは、今回が初めてである。

 だがしかし、海の底にあるはずもないものが存在していれば、流石に異常であると理解するだろう。


『これ、もしかして……ま、街?!』


 ゆっくりと下降し、海の底を歩く。

 いかに南の島で透明度が高いとはいえ、それなりの深さになればやや暗い。

 それでも近づけば、そこに何があるのかわかる。


『洞窟じゃ……ないよなあ?』


 規則的に並んでいる、四角い何か。それに海藻やイソギンチャクが大量に張り付き、さらに魚や蟹の住処にもなっている。

 一見そういう地形が連続して並んでいるようにも見えるが、近寄って『内部』を見れば話は違う。

 明らかに、『壁』が薄い。もちろんぺらぺらというわけではないのだが、自然の海流や生物がくりぬいているようには見えない。

 それこそ、人間がレンガなどを重ねて作ったものに、ほかの生物などが絡みついているようにしか見えない。そしてそれが大量に並んでいるとなれば、誰がどう考えても偶然の産物ではないだろう。


『うん、これは……街だ』


 アラビは恐怖にも似た胸の高鳴りを感じていた。

 海の底に、文明の痕跡がある。それはまさに、大冒険の予感だった。

 そして、彼は……。

 もちろん、すぐに帰った。怖かったので。



 いっぽうそのころ、砂浜ではいよいよ香ばしいにおいが立ち込めつつあった。

 新鮮な貝類が金網の上で焼かれ、それに醤油がかけられている。


 貝の中身がぐつぐつと沸騰し、さらに醤油の焦げる臭いが加わって、聴覚と嗅覚に美味を伝えていた。

 それがどれだけ美味しいのか知っている大八州のフデは食欲をそそられたが、武士は食わねど高楊枝である。ここで食欲に負けて食べてしまえば、故郷に帰った後羞恥心で腹を切ることになるだろう。

 本当に、何をしに来たのかわからない。


「お侍さん、本当にいらないんですか?」

「結構だ! 私がとってきた分は、どうか皆さんで食べてほしい」


 フデはちらりと、トリッジを見る。

 今も砂浜を荒らしている彼の言葉を、改めて思い出す。


 考えてみれば、フデはブロワを山水の妻としか思っていなかった。

 大八州で最も偉大な仙人であるカチョウの流れをくむ、武神を名乗れる数少ない仙人の一人である山水の妻なのだから、人格など認めてはいけないと思っていた。

 しかしトリッジが言うには、山水と結婚したことは、それ自体がブロワへの報酬だという。

 ブロワという女性が貴人の護衛を長年務め、その報酬として山水との結婚が許されたのだ。

 そのあたりの事情を、自分は知りたいとも思っていなかった。


「ええ~~?」

「ほら、大八州では一応魚とかも食べるらしいし」

「そっか~~海の上だもんね~~」

「いいな~~」


 だがそれはそれ、フデは自分の考えがそこまで間違っているとも思っていない。

 剣士たるもの、自らを律し欲に走るべきではないと信じている。

 他人がどうであったとしても、特に引退している戦士がどうあったとしても。

 今の自分が、そんなことをするべきではないと思っていた。

 自分だけは、自分の信念を貫くべきだと思っていた。


「アルカナの方々とご一緒にどうぞ」

「それじゃあアルカナの人たちを呼ぼっか!」

「早く食べないともったいないしね!」

「そもそもすぐに帰るかもしれないし!」


 ほどなくして、砂だらけになったレインとファン、もっと砂まみれになったトリッジとカゼイン。とくに汚れていない、デトラン、ステンパー、ジョンが集まっていた。


「いっぱい遊んだね、ファン!」


 笑顔で一杯なのはレインとファンだけで、大人たちはそれをほほえましく見守るばかりである。


「貝は結構見つかったが、良いものが見つからん……」

「全部同じに見えてきた……」


 なお、トリッジとカゼインは非常に疲れていた。それはそれで、海に来た甲斐があるのかもしれない。


「それじゃあ皆さん、すぐに食べましょう! もう食べごろですよ!」

「もう待ちきれませんね!」

「あ~~まずいな、アラビのやつ戻ってきてないぞ」


 全員集まっているのだが、アラビがどこにもいない。

 別に集合時間を決めていたというわけではないのだが、見渡して見つからないのは少し不安である。

 山水の気配探知範囲から出ているとは思えないので最悪のことは回避できるとおもうが、山水に負担をかけたくない。


「すみません、泳いでくるというのを止めなかったんです……」

「気にすんなよ、見えないところまで行ったやつが悪い。海の中で呼吸ができるからって、深いところに行ったのかもな」

「お前は残れ、ジョン。もともとはお前が、レインやファンのそばにいるように言われていたのだからな。ここは俺とステンパーで探す」


 心配をしているわけではないが、それはそれとして探しに行こうとするデトランとステンパー。

 しかしその二人が海に向かう前に、アラビが海面から顔を出して、全員のところへ走ってきた。


「ぜ、ぜえ、ぜえ、はあ……はぁ……」

「アラビ、大丈夫か?」

「ジョンさん……す、すみません、心配させましたか?!」


 どうやら悪血も使って全力で泳いできたらしい。

 アラビは悪血の量が少ないので、途中で切れたものと思われる。


「じ、じ、実は……」


 既にデトランもステンパーも、アラビに近寄る気をなくしていた。

 探しに行く前に自分で帰ってきたのだし、今この場の空気を壊してまで怒る気はなかった。

 既にほかの面々と同様に、安心して料理を食べている。


 その一方で、波打ち際まで行って安否を確かめたのは、やはり送り出してしまったジョンだった。

 立場が似ている少年を気遣い、ほかの面々のところまで一緒に歩いていく。


「じ、実はですね!」


 ジョンは気づいた。アラビは疲れているので呼吸が荒いのではなく、興奮しているので呼吸が荒いのだと。

 悪血の副作用による、暴れだすような危険性はないとわかる。皮肉にも頻繁に暴走を目の当たりにしているので、そのあたりは判別できていた。


「じ、実は、驚かないでくださいね!」


 長時間の潜水ですっかり濡れている彼は、それを吹き飛ばすほどに興奮していた。


「海の底に、街があったんですよ!」

「……街?」

「街っていうか、建物ですよ! 海の底に、沢山家があったんです!」


 空の上に浮かぶ島や虚空の中に地底世界を知っているジョンである、彼の脳内に浮かんだ『海の底の街』は、それこそ普通に人々の暮らす街だった。

 実際今の自分たちは水中でも呼吸できる宝貝を身に着けているのだ、海の底で生活している人々がいても全く不思議ではない。


「もしかして、仙人や天狗の暮らす街か? 粗相はしてないだろうな」

「あ、いや、その……そういうのじゃないです」


 少々素面に戻ったアラビは、磯焼を食べている面々の前で、自分が見たものを説明し始めた。


「海の底に、朽ちた家がたくさん並んでいたんです。なんかうねうねしている海の生き物が張り付いていたんですけど、間違いなくアレは家でした。海の底に、滅びた街があったんですよ。きっと、何百年も前から、ずっと海に沈んでいたんです!」


 ふむ、と全員が黙って聞いていた。

 その上で、大八州のフデと秘境の巫女道たちが互いを見合う。


「あの、お侍さん。仙人の方が海の底に街を作ったって話、聞いたことあります?」

「いや、ないな。ということは、天狗の方が海の底に街を作ったという話はないのか」


 この場に大天狗がいれば詳しく聞けたかもしれないが、あいにくとこの場にはいない。

 しかし長命者の支配する地の誰がもが、海の底にある街を知らなかった。


「確か旧世界の怪物のなかに、二足魚とかいうのがいなかったか?」

「いや……旧世界の怪物がこの世界へ訪れたのは、ごく最近のはずだ」

「ですよね、ということは……やはり人間が作った町ということに……」


 海で生活していそうな怪物もいるが、時系列的には合わない。

 もちろん、素人のアラビが『何百年も前』と言っているだけなので、実際にはそうではないのかもしれないが、それはそれで誰もいないのはおかしいだろう。


「海の底に昔の街があるんだ……行ってみたいな~~」

「危ないからやめましょう」

「わ、わかってます。ファンもいるし……」


 危ないところに行ってみたくなる、というのはやはりレインも同じである。

 やはり海は神秘的な場所で、波打ち際で遊んでいるだけでは満足できないのだ。

 とはいえ、レインもお姉ちゃんである。妹の為にも、ここは我慢である。


「海の底にある、謎の街……凄いですね、きっと僕が初めて見つけたんですよ!」


 誰もが信じてくれていることもあって、とても嬉しそうなアラビ。

 焼けている貝を食べながら、とても誇らしげにしていた。

 しかしその一方で、フデはやや冷ややかだった。どうやら、なにか察するものがあるようである。


「もしや、神の怒りに触れ、海に沈められたのかもしれないな」


 フデが言った、神。その名前を聞いて、その場の全員が硬直した。

 旧世界を滅ぼし、切り札たちに力を授け、八種神宝を生み出した、世界の管理者。

 虚空の彼方からこの世界を見守っている、スイボク以外は誰も会えなかった存在である。


「……あ、ああ! すみません、皆さん。そういうのではなく……」


 緊張した顔の面々をみて、フデが慌てて訂正する。


「神というのは、本当の意味の神ではなく……天地法を修めた仙人のことでして……!」


 大八州で神と言えば、たいていの場合は仙人のことである。

 そして秘境と違い、大地を自在に操る術も大八州では一般的だ。


「この場合、神とはスイボク様のことです」


 全員、余計に黙った。

 そう、よく考えてみれば、この島を山水に教えたのはスイボクである。

 スイボクがなぜこの島を知っているのかと言えば、昔訪れたことがあるからにほかなるまい。


「これはソペード家次期当主である私からの提案だが……アラビ」

「はい」

「忘れよう」

「そうですね」


 触らぬ神にたたりなしという。その『たたり』の上に立つ面々は、誰もが忘れることにしていた。

 南の島の空は、相変わらず青い。スイボクが操作した天候が、彼らを照らしている。


 本物の神は一万年かけて旧世界を滅ぼしたが、エッケザックスを手に暴れていた時期のスイボクが、その街を滅ぼすのにどれだけの時間をかけたかなど考えたくもないところである。



 現在、山水とブロワは船を海の上に浮かべていた。

 ゆらゆらと揺れる波に船をゆだねながら、海に餌を撒いて魚を集めていた。


「サンスイ、こんな綺麗な魚を見たのは初めてだ!」

「ああ、俺もだよ」


 この辺りには『漁礁』が多くあり、そのためとても魚がたくさんいる。

 南国の魚はどれも色鮮やかで、しかも生命力にあふれていた。


「本とかで見ただけで、実際に見るのは……うん、五百年生きてきて初めてだ」

「サンスイ……その五百年の自虐はやめてくれ」


 その一方で、サンスイは空元気だった。

 それを察したブロワは、不満そうな顔をする。


「せっかくの楽しい旅行なのに、不機嫌はやめてくれ」

「……ブロワ」


 そのブロワへ、山水は話を始めた。

 とても辛そうで、申し訳なさそうである。


「今回こうやって旅行に来たのは……君に甘えたかったんだ」

「わ、私にか?!」


 夫婦の仲になっているが、この上なく白昼堂々とそんなことを言われるとは思っていなかった。

 もちろん肌を露出している状況ではあるし、文字通り恥ずかしくもない体にしている。

 だがまさか、この会話の流れで本番になるとは想定外である。


「あ、いや、そういうのじゃなくて」

「違うのか……」

「正直へこんでいてね……だから、その……胸の内を誰かに明かしたかった……。君は傷つくと思うんだが、俺は君にしか甘えられないんだ」


 少し前に、マジャン=ハーンは、男は昼に意地をはって、夜は女に慰めてもらうものと言っていた。

 その息子であるマジャン=トオンは、女の前では楽になりたいといっていた。

 それを覚えている山水は、素直に自分の妻へ、弱音を吐こうとしていた。


「俺は、今……精神的に不安定で、弱っているんだよ……」

「そうか……」


 二人乗りの船は、狭く細長い。

 その船の上でブロワは優しく微笑んで、夫の方に少し近寄った。


「君が傷つくと知って……君を傷つけると分かった上で、君に酷いことを言いたい。許してくれるかい?」

「それでお前が楽になれるなら……」


 そして、けっして豊満ではない体で、やさしく温かく抱きしめていた。

 妻が夫にやるというよりは、母親が息子にやるように。

 南の島でやるにしては、あまりにもささやかでこまやかだった。


「私に酷いことを言っていいぞ」


 山水は、それに甘えた。

 胸の内を、素直に口にした。




「この世界になんて、来なきゃよかった」

本日、コミカライズも更新されます。

どうかよろしくお願いします。


http://comicpash.jp/jimiken/

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