菓子
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白黒山水は、ソペード家を通じて王家へ要請をしていた。
他でもない、王家が保有しているダヌアを借りたいというはなしである。
もちろん山水は王家と確執があったので、そんなにうまくいくとは思っていなかった。
何かを要求されるかもしれないし、そもそも交渉に乗ってくれないかもしれなかった。
だが、意外にも快諾された。
それは次期国王であるグラス王子の判断であり、内密に、小規模で、私事の範囲で許された。
もちろん山水は極めて私事で使う予定だったので、その条件に頷いていた。
「で、貸したと。意外だな」
「義兄上殿は私を何だと思っているですか」
「俺の中では、王家って大分山水を恨んでいる気がしたんでな。突っぱねてもいいことなら、意趣返しとばかりに突っぱねると思ったんだが……」
「逆です。どうでもいいことだからこそ、許可をしたんですよ」
からかう右京に対して、グラスはやはり面白くなさそうだった。
自分が正しい判断をしたとは思っているが、心底から喜んで貸したわけではない。
右京の言うように、突っぱねたくはあったのだ。だがそれは、王家全体に共通するとはいえ、ただの私情だった。
そこで『お前嫌いだから貸すのヤダ』と言うようでは、それこそ幼稚過ぎる話である。それでは一国の長たりえない。
「特に若いという仙人の、ゼンの修業風景が学園長から報告された。まだ百歳だというが、軽身功さえままならないそうで」
「気の遠くなる話だ。そういう意味じゃ、祭我が仙術を修業しなかったのは大正解だな」
「ええ、まったくです」
元々仙人の養成には、王家もソペードも否定的だった。
ある意味では、神から恩恵を受けた者よりも揃えるのが難しい。
それが『ちゃんと術を使える仙人』というものである。
全力で探せば数人見つかるのが神の戦士だが、育つのに数百年かかるのが仙人であり天狗である。
そんなもの、俗人が管理している国家では育てられるわけもない。
「五百年修業したことで得た実力を、ソペードに捧げているサンスイはやはり稀有なのだ。その彼が少々憎らしかったとしても、無碍に扱うのは良くないだろう」
「当のソペードが一番無碍に扱っている気がするけどな」
「そこは彼らの信頼関係です。当事者ではない我らにはよくわからないので、同じように接するのは危険でしょう」
山水の情報が明らかになり、その周辺のことも知られていくたびに、誰もが不思議に思うのだ。
なんで山水はソペードに忠実なのだろうか、と。直接の上司だったドゥーウェは、かなり雑に扱っていた。その彼女に忠実なのは、当人の性格を加味しても不思議である。
俗人の感覚から言えば、五百年も修業して超絶の力を得ているのに、生意気な小娘に顎で使われる生活というのは耐えられないと思うのだが。
その辺りも、五百年修業した人間にしかわからないのかもしれない。
「俺も山水とは友人のつもりだが、欲が出たのはいいことだと思っているぞ。今まではなにが楽しくて生きているのか、さっぱりわからなかったしな」
「権力者としても同感ですね。欲がある人間の方が、欲のない人間よりもよほど扱いやすい」
旧ドミノ帝国の亡命貴族は、山水を引き込もうとして失敗していた。
それは山水にほぼ欲が無く、勧誘する口実さえもなかったことが大きいだろう。
食欲のない魚ほど、釣るのが難しいのである。
「それに、元々彼も先の戦争における功労者です。もちろん義兄上やサイガの方が武勲としては上ですが、彼だって国防の為に私情を忘れて奔走してくれたんです。王家としては、彼に恩義がある。それを返せる機会は稀ですからね、返せるうちに返さないと」
「俺らが生きているうちに返せてよかったな」
「……本当ですよ、まったく。そうなれば今度は、近衛兵を壊滅させられた借りを返したいところです」
「……そっちもあきらめてないんだな」
※
山水の中の『楽しい男女のデート』というイメージは、とても貧困で具体的ではなかった。
ただ、白い砂浜に青い海、そんなロケーションでオシャレにスイーツでも突っついていれば、なんかいい感じだなあとは思っていた。
場所や天候は師匠が用意してくれるので、あとはスイーツであろう。
もちろんブロワはスイーツなんて何でもいいだろうが、今回は山水の中にあるイメージに近づけたいのである。山水が想像するスイーツでなければ、意味がないのだ。
そこでダヌアである。食べたことのある料理なら、無尽蔵に出せるチートアイテム。彼のイメージする日本のスイーツを、その力で出そうというのが目論見だった。
だがここで問題が一つ。
山水は『デートで食べるようなスイーツ』を実際に食ったことが無いのである。もしかしたら食ったことがあるのかもしれないが、なにせ五百年前なので記憶にない。
なので、確実に記憶があるであろう面々を頼ることにしたのだ。
「……あがいたんでえ」
「すみません、ダヌアさん」
「我ぁノアと一緒に、開拓地で緩くねえ想いしとる人んとこに行っとるんだば」
「ええ、竜に追いやられた人々の所へ行っているんですよね。もちろん伺っています」
「なしてスイボクの弟子に貸されるんだべさ」
当たり前だが、ダヌアからスイボクへの心証は悪い。その弟子である山水へも、いい気持ちは持っていなかった。
その彼女を抱えて、山水は大八州風の民家が並ぶ農村へ訪れていた。
豊かな農村の証である、労働用の牛を使って田畑を耕しているところへ、彼はふわりと到着していた。
時刻は昼の作業が一段落して、そろそろ空が赤くなる頃合いである。具体的には、オヤツの時間だった。
肉体労働者ゆえに健全にエネルギーを消費し、お腹を空かせている農民が一服しているところへ、彼は参上していたのだ。
「ご休憩中のところ申し訳ありません、少々お時間よろしいでしょうか?」
日本から転移してきた、元高校生の一クラス。
その彼らは久しぶりに再会した山水を見て、微妙に首をかしげていた。
農民らしき少女を小脇に抱えていたので、何事かと思ったのである。
「え、ええ、短い時間であれば構いませんが」
女教師が代表して応対する。失礼をしてはいけない相手だがやはりちらちらと少女を見てしまう。
もちろん山水が拉致してきたとは思わないし、仮にそうだったとしても誰も何もできないのだが、それでも少女が露骨に嫌そうな顔をしているので疑問に思ってしまうのだ。
「こちらの少女なのですが、みなさんもご存知の八種神宝の一つである、慈愛の恵倉ダヌアです」
「んだ」
八種神宝といえば、この世界にあるという伝説の武器のことである。
異世界に来たばかりのクラスへ、早々に日本の味を提供したのがダヌアだという。
その実物だとして目の前に出されたのが、汚れた格好の少女。
教師を含めてクラスの誰もが、どう反応したものかと困惑している。
「論より証拠です。ダヌアさん、お願いしますね」
「おうさ」
神々しさのかけらもない服装に加えて、気品のないしゃべりかた。
どこからどう見ても、生意気盛りの田舎娘でしかなかった。
だが少女が一瞬輝いたかと思うと、瞬く間に巨大化して建造物に早変わりしていた。
道具から人間に、人間から道具に。人語を解し、知性を持つ神の宝。
それこそが八種神宝なのだが、実物を始めてみた日本人たちは驚きで目を見張っていた。
なにせ、自分たちよりもずっと小さかった少女が、いきなり見上げるほどの巨大な倉になったのである。驚かないほうが無理であろう。
『我ぁ、慈愛の恵倉ダヌアばい。おめえらが平らげたことのあるおまんまを、いくらでも出せる宝だべさ』
なんとも雑な方言をしゃべるダヌア。
その説明を聞いて、余計分からなくなる一同。
そんなものを直接ここへもってきて、何がしたいのか。
「大変お恥ずかしい話なのですが」
恥ずかしい話ではあるが、やましい話でもないので山水が速やかに説明する。
彼らにとっても、そう手間のかかる話でもないし、利益もあることなのだから。
「実は今度、妻とデートをすることになったのです。それで、デートの時に日本のスイーツを一緒に食べようと思ったのですが、何分私もこの世界に来て長いので、デートの時に食べるようなスイーツを覚えていなかったのです。というか、そもそも食べたことがあったのかどうかも怪しく……」
五百年も修行した剣聖の口から、スイーツという言葉が出る。
それだけでも大分違和感があった。というか、ものすごく親しみが持てた。
彼も日本人の元高校生なんだなあと、親近感を感じることができた。
「そこで、この世界に来てから日の浅い皆さんに協力をしていただきたいのです。皆さんが日本で食べたスイーツをダヌアで出していただき、それを私にも分けていただきたいのです。一度食べれば、今度は私の記憶からスイーツを出せますので」
「ということは……私たちも食べていいのですね?」
教師と言っても、まだ若い女性である。
山水の言っていることは、とても嬉しい話だった
「もちろんです。というか、女性の方が実際に食べているところを見て、どれにするかを決めたいのでぜひお願いします」
それから起きたことは、特に説明の必要がないことであろう。
女生徒だけではなく、男子生徒も大急ぎで手足を洗って身を清め、脳裏に思い描く日本のお菓子をダヌアに出してもらっていた。
中には駄菓子だとかジャンクフードの類のような、デートで食べるようなスイーツではないものを食べている生徒もいたが、出したものを引っ込めるわけにもいかないので看過した。
それに、そうした物を食べているのはほとんどが男子生徒であり、女生徒たちは山水が欲していた『スイーツ』を食べている。
歩きながら食べられるようなクレープ類を食べる女生徒もいれば、ドーナッツやマカロンのように片手で収まる大きさのスイーツを食べている女生徒もいた。
一応と思ってそれを食べて味を覚える山水であるが、美味しいとか好みではないとか以前に、どこか違うなと首をひねっていた。
もちろん、これを食べればレインもブロワも大いに喜ぶだろう。その光景は脳裏に浮かぶ。
だが山水には、これらを『自分とブロワが楽しく食べている絵』が思い浮かばなかった
「どうしましたか? お気に召しませんでしたか?」
ダヌアから出た日本のスイーツは、まさに昔食べたものを完全に再現している。
はしたない自覚がある一方で、これを逃すと当分機会がないと知っている女教師は、楽しそうではない山水へ尋ねていた。
これらが彼の求めるものではないのなら、また別のものを出したほうがいいと思ったのだ。
「具体的に言えないので心苦しいのですが、なんか違う気がするのです」
「……奥さんとのデートですよね?」
「はい」
山水は今、クレープを食べている。
クレープと一言で言ってもとても多くの種類があり、スイーツとは言い難いような色物もある。
しかし山水が食べているのは、クリームとチョコ、そして果物をつかった一般的なクレープである。
仮にこれを若い学生のカップルが並んで食べていても、あるいは若い夫婦が並んで食べていても、何の違和感もないだろう。
これが『なんか違う』のであれば、山水の求めているものは歩きながら食べるスイーツではないのだ。
妻とデートで食べるスイーツなのだから、部屋でくつろぎながら食べるものでもないだろう。
だとすれば、この状況では食べにくいものであるに違いない。立って食べるのではなく、喫茶店などで腰を落ち着けて食べたいような、そんなスイーツのはずだ。
そう思っていたら、女教師本人も食べたくなってきた。
生徒たちに交じってダヌアの前に並び、中からガラスの皿に盛り付けられたスイーツをとってくる。
それをみて、ようやく山水は大いに喜んでいた。
「もしや、パフェ類ではありませんか?」
「おお、これですよ! これ! 俺はこれを妻と一緒に食べたかったんです!」
バニラアイスやウエハースが、深いグラスに収まっている。
果物の甘いソースをかけてあるそれは、山水が想像するデートで食べるスイーツそのものだった。
とても大事そうにそれを受け取ると、添えてあったスプーンを使って実際に食べてみる。
「うん、美味しいですね」
金丹を服用していないので食欲そのものは乏しい。
しかし、これをもしも妻と食べることができればと思えば、食欲以外の欲求が沸き上がってきていた。
「カットしたホールケーキもいいかと思ったのですが、デートっぽいということだったので、こちらで……」
「はい、まさにこれですよ」
まさに恋愛経験のない男子の想像する、なんとなくデートっぽい料理。しかしそれは、実際に夢そのものだった。肝心の食べる相手も既にいるので、あとは実際に誘うだけでよかった。
アイスを使っているので、南の島ともマッチしているはずである。かき氷とは違う優しい冷たさは、俗人にもきっと喜ばれるだろう
「ありがとうございます」
「お力になれて嬉しいです」
魔法のある異世界にあこがれるのは、非日常の象徴だからだろう。
だが自分のことを好いてくれている人と、特別な場所で凝った甘味を楽しみたいというのも、一種の非日常であることに変わりはない。
楽しいことの準備は、とても楽しい。
山水はもうすでに、本番に負けないほど楽しんでいた。
『あがいたんでえ……甘いもんばっかり、脂っこいもんばっかりたべるでにゃーぞ……』
ダヌアは自分が生産している料理の成分を把握している。
そして今彼らが食べている料理は、とても栄養価が偏っていた。たくさん食べ過ぎると、健康を害する恐れがあった。
加えて、他の必要な栄養素を摂取するための夜食を、食べられなくなる恐れもある。
なので声高に静止したいのだが、やはり大きな声はだせなかった。
この場の面々が自分の恩恵を容易に受けられない立場であるということもそうなのだが、故郷の料理を人たちと分かち合う姿は彼女にとって犯しがたい光景に他ならなかったからである。
ささやかながら贅沢な幸せが、確かにそこにあった。
「コミックPASH!」様及び「PASH!ブックス」様の公式ツイッターから、重大な告知があります。
どうかよろしくお願いします。




