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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
傷だらけの愚者
47/497

勝手

 俺の指導を受けている面々は、ほとんどが見た目だけは俺よりも年上だった。

 つまり成人男性なのだが、その彼らの殆どが目を輝かせていた。

 何が言いたいのかというと、彼らは青春をしていたのだ。


 その事実に悩みながら、俺はバトラブ一行やソペード一行と共に、ソペードの現当主を待っていた。

 既に彼の気配は近く、その感情は余り良いものではなかった。当然の様に、バトラブの当主とも一緒である。


「して、どうだったのだ。お前の戦闘を見て、お前の弟子たちは何かを感じ取っていたか」

「ええ、岡目八目というのかもしれませんが、皆が私の立ち合いを見ることで機というものを理解しつつあるようです」


 お父様から言われた通りだった。正直、その発想はなかった。

 俺個人の機は読めずとも、俺に立ち向かう面々の機は読み取ることができる。

 そして、その機に対して俺がどう動いているのかを観察し、模倣しようとしていた。

 正直試合をやるよりも素振りや型稽古の方が効率的だと思っていたのだが、そうでもなかったようである。


「やはり、熱意がありましたね……私の人生にはなかったものです」


 この世界に来る前の俺、五百年以上昔の俺は、ただ神に願えば最強になれると思っていた。

 しかし、師匠の下で修業していくうちに剣の面白さを学び、上達する喜びを知っていった。


 しかしそれでも、俺は誰かを倒したいとか何が何でも最強になりたいとか、そんなことは思わなくなっていった。

 常々言っていることなのだが、勝ちたいとか倒したいとか、躍起になることは剣を鈍らせ曇らせる。

 常に平常心を保ち、試合や殺し合いであっても練習の時の様に剣を振るう。

 そうでなければ、機を得ても思考によって逃してしまう。


「……俺は、あんなに激しい感情を抱いたことがなかった」


 彼らの人生を思うのであれば、自分の領域など目指すべきではない。

 最強を目指しても機を己の物にすることは難しく、それ故に諦めることが幸福だと思っていた。

 それは、厚かましい事だったのかもしれない。

 明日死ぬかもしれないと、五百年生きてきた俺がそんなことを思ってはいけなかったのだ。


「なあ祭我、ああいうひたむきなスポ根、とは違うけど、がむしゃらに強くなりたいってヤツの事を、俺もお前も好きだったよな」

「……ああ、俺も好きだった」

「お互い、最強を手にして、おごり高ぶっていたのかもな。彼らの人生は彼らのものだ、どんなに苦しくても、どんなに後悔することになっても、熱く生きたいんだろうな」


 それこそが最強の価値。

 それをまた聞きとはいえ師匠から聞かされて、俺は尚彼らを見下していたんだ。


「やっぱり俺の師匠は凄いよ。俺がこう思うことも織り込み済みで、弟子を取れと言ってくれたんだ」

「そうだな、俺もそう思う」

「……祭我、トオン。二人とも、明日からはしんどくなると思うが、それでも俺の弟子でいてくれるか?」


 回答が返ってくることを期待している、馬鹿な質問だった。


「ああ、ガンガンやってくれ!」

「サンスイ殿……その言葉をこそ待っていたのだ!」


 そう言ってくれるのは、とても嬉しくて……。

 ふと、正気に返る。


「……すみません祭我様、トオン様。すごい失礼なことを言ってしまいました」

「そんなこと気にしなくていいって! 実際弟子だし、この場では一番の年長者だろ?」

「然りだ、今の様に接してくれた方が私も嬉しいぞ!」


 いいや、二人が喜んでいることはわかる。

 しかし、そういう問題ではないのだ。


 お嬢様及び、祭我のハーレムたちが凄い眼で俺を見ているのだ。

 このままでは、背中を刺されてしまう!


「サンスイ……貴方は弁えた男だと思っていたのだけど、残念だわ」

「お、お嬢様! 申し訳ありません!」

「私の男を、呼び捨てにしたわね? 心の中ではずっと適当に呼んでいたのね?」

「お許しください!」


 不味い、お嬢様の殺意が凄いことになっている!

 しかも、祭我は祭我で自分の女たちに言い寄られている!


「サイガ! 貴方は私の婚約者でしょう! なにをドゥーウェの護衛と仲良くして、完璧な師弟関係になっているのよ!」

「サイガ、兄上と同門になっていることは喜ばしいが、それでも私をないがしろにするな!」

「サイガ様は……女性の事がお好きなのではなく、殿方の方が……」

「我が主よ、スイボクの弟子に傾倒しすぎるな! 仙気を宿すからといって、そのまま山にでも籠るか?! 冗談ではないぞ!」


「お、落ち着いてくれよ皆! 特にツガー! 落ち着いて!」


 不味い、ブロワもお嬢様には強気になれない! レインは怯えているし、どうしようもないぞ!


「私の男だとぉおおおお?! 貴様、やはり手を出したな!」

「なんという気迫か! しかも老体の身でここまでの剣の冴え、これを鮮やかに倒してのけるとは、流石は師匠! ならば私も影降ろしを使わずに抑えて見せる!」


 なんか前向きにトオンが頑張ってるし!

 まずいぞ、このままだと国際問題だ!


「お嬢様! トオンがピンチです! ここはひとつ、お父様を抑えるべきではありませんか?!」

「大丈夫よ、トオンの腕ならお父様の剣もしのげるわ……その猶予の間に、貴方に罰を!」


 駄目だ、完全にお兄様とかお父様が怒っている時と同じ感じだ!


「……南無三!」



「……ずいぶん部屋の中があれているが、また一騒動あったのか?」

「ここはいつ来てもにぎやかだな。ハピネ、ソペードの屋敷を騒がしくするものではないぞ」


 少々のトラブルのあと、俺たちはソペードとバトラブの両当主をソペードの屋敷の中に迎えていた。

 ブロワとレイン以外の全員、髪型が乱れている。しかし、一応全員五体満足なので、それで良しとしたい。


「なんでもない。それでどうだったのだ、倅よ」

「ああ、少々面倒なことになった。下手をすると、不名誉なことになるかも知れん」


 お兄様はバトラブの当主と一緒に、深刻そうに俺とレインを見ている。

 さっきまでの修羅場でレインが怯えているが、そういう問題ではないらしい。

 他の誰かならともかく、俺とレインが政治に絡むとは考えにくいのだが。


「エッケザックスよ、お前に聞きたいことがある。同じ八種神宝である妖刀ダインスレイフを知っているか?」

「無論だ、今はドミノとかいう国の王が持っているのだろう?」


 今のドミノは共和国なので、王という表現は不適切だ。昔は帝国だったので、その場合でも皇帝である。

 とはいえ、エッケザックスにしてみれば師匠と別れてから成立した国なのだろうし、どっちもそう変わるものではないのかもしれない。

 国があってその頂点に人が立つなら、やはり王なのだろう。


「それの機能を知っているか。逸話ならば、憎んだ相手の血族を探す力があるというが」

「厳密に言えば、一度斬った相手の血の味を覚え、その血統を探る力だな。仙術の気配探知はどちらかというと防御に利するが、ダインスレイフは対象をどこまでも追跡する」

「……なるほど、裏は取れたな。今ドミノの新しいトップは、その力を用いて国内に隠れた皇族を探しているらしい」


 随分物騒な探知能力だ。ある意味便利だが、陰湿すぎる力ともいえる。

 おそらく、こうした政治的な遺恨を断つことが正しい用法なのだろうが、だとしても好ましく思えない機能だった。


「レイン、お前はあの森でスイボクとサンスイに拾われた。それ以前の事は二人にもわからん。そうだったな」

「は、はい、当主さま……」

「いいのか悪いのか、お前のルーツが判明した。隣の国で革命が起きる前に、国内の政争によって逃走した皇帝の一族らしい」


 は? レインがドミノの皇族?

 俺もぽかんとするし、レインは訳が分からないようだし、他の全員もびっくりしている。


「本来、レインのルーツなどどうでもいいことだ。カプトやセイブの様に、血統に由来する魔法があったわけで無し、髪の色や顔立ちぐらいしか判別方法がないからな。知らぬ存ぜぬで済む話だった。だが、ドミノの新しい指導者は復讐心でもって、皇族を殺して回っている」

「おそらく、国内の皇族を殺せば、今度は国外にいる皇族にも手を伸ばすだろう。少なくとも、ダインスレイフの機能なら探すことが可能だ」


 バトラブの当主も心配しているようだった。

 確かに相手が諦めない限り、皇帝の血族というだけでレインに刺客を差し向けかねない。

 そしてそれは、例えソペードの元を離れても同じことだ。レインが死ぬか、ドミノの君主が許すまで狙われ続けるだろう。


「国家の利益から言えば、レインを殺すのが正しいのだろうな。もちろん、そんなことをするつもりはない。例えサンスイ、お前がいなかったとしてもだ」


 俺の事を信頼してくれている現当主様は、ぶっきらぼうながらも絶対的な言葉を語る。

 俺はレインを抱えてあやすが、少なくともレインも怖がってはいなかった。


「そもそも連中は亡命貴族を差し出せと言って、我らはそれを拒んでいる。あの負け犬どもを差し出さぬのに、レインの首を差し出すなど論外だ」

「それに関しては、バトラブとしても見解は一致している。少なくとも今のこの国は、カプトの切り札の関係もあって、被害なく敵を抑えることができる。少なくとも軍勢がこの国に入ることは不可能だ。警戒すべきは暗殺だが、君がいる限り問題にはならない」


 俺はソペードに雇われて、お嬢様の護衛をしている。

 しかし、それはレインを育てるためであって、他の理由はない。

 少なくとも、最初はそうだったのだ。


「その上で、お前はどうしたい。この国の利益を考えないならば、敵の首魁を暗殺することが一番の早道だ。そして、お前を止められる者などどこにもいない。いるとしても、それはディスイヤの切り札であってお前の『敵』ではないがな」


 その言葉には誠意があった。

 俺は気配の察知によって隠しごとがあると察することができるのだが、それを抜きにしても俺へ対等に話しかけていた。

 俺に選択肢をくれていた。その事実が、とても嬉しい。


「本当にどうしようもなくなれば、私はそうするかもしれません。ですが、その前にできることはある。そうなんでしょう」

「……そう言ってくれると助かるな。最後の最後ではそうするかもしれないが、今は堪えろ。お前はレインと一緒に、今日まで本当に良く尽くしてくれた。その献身に対して、主として報いるときでもある。お前に損が及ばぬように、国家に損をもたらすこともない解決を図る。それまでは、お前も極力娘の傍を離れないことだ」


 レインを標的として敵が来る。そんなことは今日までなかったことだ。

 だが、これからはあり得る。怨恨を晴らすために、俺の娘になったレインを狙う輩が出るのだ。

 だとしても、俺のすることは変わらない。レインの出自が何であれ、彼女を育てると勝手に決めたのだ。それを降りる気など無い。


「パパ……私、何か悪いことしたの?」

「大丈夫だ。お前が心配することなんて、なんにもないぞ」

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