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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
白黒山水といふ男
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鏡像

本日、コミカライズの最新話が更新されます。

どうかよろしくお願いします。

「……まあ色々置いておいて、だ」


 山水の趣味として用意された、多くの水着。

 マネキンが着込んでいるそれを前に、ブロワとレインは色々なことを忘れる努力をしていた。


「これが良い水着であることは事実なわけだ」

「そうだね、私も欲しいな~~」

「レインにはまだ早いぞ。そうだ、こういうのはもうちょっと大人になってからだぞ」

「いいな~~」


 母親の気分を盛り上げる努力を怠らないレイン。

 本心でもあるが、ここで萎えられると本人も嫌だろう。


「最高の素材を最高の職人が、最高の芸術家の図案の元に作成したのだ。悪いものではない……」


 自分の夫が自分の為に、沢山の水着を用意してくれた。

 しかも、極めて積極的に、自分が要求したわけでもないのに。

 なんだかんだいって、とても嬉しいことだ。


 水着の素材を大天狗が作っていたとか、水着の図案をアクリルが担当したとか、そもそも露出度の高い水着が山水の趣味だということを忘れれば、こんなうれしい話はないだろう。

 実際、とても上質な水着だった。大天狗もアクリルも、人間性以外は最高峰なので当然だった。だから山水も迷わず二人へ依頼したのだろうし。


「夫婦になって長いような気もするが、こんなうれしい贈り物は初めてだ……他には……他には……いやあ、いい水着だな!」

「そうだね!」


 流石に贈り物を送られていないわけがない。

 山水は常識があるので、妻にはちゃんと贈り物を定期的に渡しているはずである。

 しかし、ちっとも印象に残っていない。おそらく、普通のものを送りすぎていたのだろう。


「それに、たくさん用意してくれたのもうれしいな。選ぶ楽しみはあるし、サンスイを驚かせることもできる。この一週間、とても楽しく過ごせそうだな」

「そうだね~~」


 合いの手を入れることを忘れない娘。

 ドゥーウェ相手に培ってきた技能を、いかんなく発揮していく。


「それにしても、こうして人形に着せているとよくわかるな。これはこれで……ん?」

「どうしたの?」

「この人形……」


 突然青ざめるブロワ。

 そう、非常に当たり前で今更なのだか。

 この水着がブロワのためのオーダーメイドであるのなら、水着を着せられている人形もブロワと同じ体形であるべきだった。

 そして山水は『正確な胴体部』を伝えていたのだった。

 水着なのだから特に必要性はないのだが、腹部のぜい肉も再現されていた。


「ひ、ひゃあああああ!」


 ブロワは元々領主の娘である。加えて、ドゥーウェの趣味で男装をさせられてもいた。

 はっきり言って、採寸されることも服を自分様に作ってもらうことも、とても普通のことだと思っている。

 しかしそれは『下々の者』が作っているというだけで、四大貴族の暫定当主に体型を知られたというのは別種の恥ずかしさがあった。


 そしてそもそも。

 彼女の体は、彼女の人生史上もっともだらしなくなっていた。

 老化だとか、そんなどうしようもない問題ではない。割とどうにかなる、軽度の肥満だった。


「わ、私の体は、こんなことになっていたのか?!」


 剣と魔法の才能を見込まれ、幼少のころからドゥーウェの護衛になるべく鍛錬を積んでいた。

 山水と共に、山賊を殺したり刺客を討ち取ったりした時期もあった。

 しかし、結婚して退職して、出産までしていた。

 如何に老いを意識する年齢ではないとはいえ、『運動不足』はいかんともしがたい。


「……あ」

「あ、ということは本当にそうなんだな?! 私は太っていたのか?!」

「そんなに気にすることないと思うよ、パパは太り過ぎていたら絶対そういうし」


 健康に害を及ぼすほどの肥満は、貴族やそれ以上の階級では決して珍しくない。

 それどころか、農家や商家では太っていることが『豊かさの指標』ですらある。

 とはいえ、山水は妻が不健康ならちゃんと指摘しただろう。よって、そこまで深刻な肥満体というわけではない。


 だが、体形がもろに出る露出度の高い水着を着た場合。

 それは、容赦なく世界に存在を示す。嬉しくない、『脂肪』。


「少し待て」


 ブロワは、その場で裸になる。

 もちろん、不思議な光が室内を突如照らす。


「ば、バカな……」

「毎日見ていると思っていたんだけど……」

「こ、これが私?!」

「なんで今言うの?」


 なぜおめかしをしたときではなく裸になった時に、自分が自分ではないのかと思うのか。

 娘でさえ、母親の正気を疑っていた。


「サンスイは、こんな私に水着を……!」

「だから、なんで今そういうことを……」

「駄目だ! サンスイの前で、こんな裸はさらせない!」

「しょっちゅう晒しているじゃん……」

「そういう問題じゃない! いいか、この格好になって逢引きなんて、流石にあり得ないだろう!」

「そんなことを気にしてないって……」

「私が気にするんだ!」


 如何に出産したとはいえ、開き直れるほど強くなっていない。

 まして、これから女として男に誘われているのなら、それこそ無様はさらせない。


「け、稽古だ! 今から稽古をすれば、一週間後には間に合う!」

「間に合わないと思うなあ……」


 楽しい特訓が始まる。

 そう、人は必要性が無ければ、己を鍛えることができないのだ。

 必要性もないのに勝手に自分を追い込んでいくのは、それこそスイボクや大天狗、そしてアクリルぐらいであろう。


「サンスイが男性として目覚めたのなら、私も女として一定の基準を満たさなければ!」

「……まあいいか、なあ」


 いいようなよくないような。

 いまだに年頃ではないレインは、母親と父親の『焦り』に今一共感できずにいた。



「それで、剣の稽古を再開したと」

「はい、そうなんです」


 夕方になってもレイピアを振るっているブロワを、縁側から眺めるレインとジョン。

 他の面々は稽古を切り上げているのに、彼女だけは鍛錬を続けている。

 体を絞るためというとなんとも『スポーツマン』的だが、実体を知っているレインとしては微妙な心境だった。


「流石はドゥーウェ様の護衛を務めていた方ですね。長く実戦を離れていたとは思えないほどに、剣術が整っている」


 ジョンも悪血を活性化させた関係で、相手の動作に対する観察力が向上していた。

 だからこそ分かるのだ、彼女の動きがとても洗練されているのだと。


「別にそんなことをしなくてもいいと思うんです」

「そ、そうですか?」

「だって、ものすごく辛そうで、ものすごく焦っているみたいで……せっかくのデートなのに」


 みっともないとかではなく、どう見ても楽しそうではない。

 男の取り合いをしているとかではないのに、どうして夫との逢引きで辛く苦しい想いをしなければならないのか。


「もっとこう……きらきらというか、ぽわぽわしているものじゃないんですか?」

「ははは……確かに、無理をしていると思いますね」


 山水にとって稽古とは五百年続けた日課であるが、ブロワにとっては命がけの仕事だった。

 せっかく引退できたのに、わざわざ再開する意味が解らない。


「ですが、いいじゃないですか。別に死ぬわけでもないんですし」

「死ぬわけでもないのに、どうしてあんなに辛そうにするんですか? 私にはわかりません」

「そのうちわかりますよ」

「そうなんですか? 普通なんですか?」

「はい、普通です」

「そうなんですか……」


 レインが一番心配しているのは、両親が世間から逸脱しているのかしていないかだろう。

 彼女の眼には、ブロワの行動は論理的に思えない。山水から『太ったから痩せろよ』というモラハラ手前の発言をされたのならともかく、特に何も言われていないのに自分(が太っていることに今更気づいて)を追い込むことが理解できないのだろう。


「いいじゃないですか。夫に好かれたくて、自分を美しくするために頑張るなんて」

「そうですけど……」

「命がけじゃないのに一生懸命頑張れるのは、命と同じぐらい大事なことのためですよ。今夫に愛されているから、これからも愛してもらえるように頑張っているんです」


 ジョンも同じだ。

 ステンパーが今以上を目指しているのなら、ジョンもまた今を守るために頑張っている。


「ディスイヤ家の騒動はご存知ですか?」

「はい」

「アレは悪い例ですよ。結局のところ『愛されている』から何をしてもいいと、甘えた結果がアレです。現状維持ってのは、何もしなくていいってことじゃありません。現状を維持するために、何をすればいいのかちゃんと考えて、それをできるように努力しないといけない……」


 老いるのは仕方がないとして、ぶくぶくと太っても、身なりに気を使わなくなっても、それでも山水はブロワを愛し続けるだろうか。

 自分が痩せて欲しいと言っても、それを無視して太り続ける相手を尊重できるだろうか。

 そしてそもそも、ブロワは山水の好意に甘える性格をしているのだろうか。


「でも、アレで倒れちゃったら、せっかくのデートが……」

「確かにそれは心配ですね……」


 今回の場合期限が明確であり、目標も目的もはっきりしている。そしてそれは、とても非現実的だった。

 今から頑張って、水着の似合う体型にするのは無理である。もっというと、無理をしなければならない。具体的には、絶食などの極端な食事制限である。

 それが体に良い分けもないので、デートそのものがお流れになっても不思議ではない。


「では噂に聞くフサビス様をお呼びするのは如何ですか? あの方なら、医療も美容も専門分野と聞きますし」

「あ、そうですね! パパに相談してみます!」


 山水と同年代の天狗、フサビス(四百五十歳)。

 美容を目指して天狗になり、そのまま医療の道に入った女性である。

 スイボクも美容には詳しかったが、やはり専門家に勝るものではないだろう。


「ありがとうございます、ジョンさん!」

「お気になさらず」


 去っていくレインと、それを見送るジョン。


「いいなあああああああ……」


 涙目で後ろから恨み言を言うカゼイン。


「うわああ?! カゼイン様!」

「ジョンさん……なんでレインちゃんは貴方と親し気なんですか……もしかして……」

「じゃ、邪推ですよ! レイン嬢とお話をしていただけです!」

「そもそも、どうして話しかけてもらえるんですかぁああ……」


 縋りついてくるソペード分家の少年。

 それを振り払うこともできず、ジョンはただ慌てるのみだった。


 下手に止めると暴走が怖いので、しばらく放置することにした残りの三人。

 その中で、アラビが失笑を漏らした。もちろん、カゼインをバカにしたわけではない。


「それにしても……何にも変わってないですよね」


 少なからず期待や予感があった。

 ソペード家の抱える白黒山水が、アルカナ王国最強の剣士になった時。

 ドミノを実質的に併合し、さらにアルカナが八種神宝をすべて得たとき。

 竜との戦争で辛くも引き分けにもちこめ、大八州や秘境と国交を結んだとき。

 アルカナ王国は、劇的な変化を迎えるのではないかと思っていた。


「アルカナ王国は実質的に世界を征服していて、おまけに不老長寿の天狗や仙人と取引までしている。それなのに、農民や町民の人たちの暮らしは何も変わっていない。それどころか僕たち中流の商人も、上流に位置するソペードの家の方たちも、以前と変わりなく……こうして、人間関係に悩んでいる。それこそ、前と何も変わっていない」

「そりゃあそうだろ。何から何まで、一気に変わるわけじゃねえさ。俺たちが大して変わってないように、国だってそう簡単に、一気に変わったりしねえよ」

「言いたいことはわかるが、それは良いことだ。世界を征服したからと言って、上から下まで王様気分になるようでは数代と持つまい。国家が存続でき、結果として周辺諸国を統治する立場になったとはいえ、すべての問題が解決したわけでもないのだからな」


 あんなに大変な思いをして竜と戦争をしたのに、暮らしはそこまでよくなっていない。

 周辺諸国が貢いでくれるとはいえ、個人個人の暮らしに大きな影響はない。

 自分の所属する国家が、戦争に勝ったり世界を征服したぐらいで、自分まで偉くなると思うこと自体が驕りなのだろう。

 どうせ外国人とかかわらない限り、自分と接する範囲で『下』が増えるわけでもないのだから。


「それにだ、日常生活の範囲じゃ何も変わってなかったとしてもだ、こういう楽しいお祭り騒ぎがたまにでもあるってだけでいいもんじゃねえか? こんなことがなかったら、一生海になんて遊びに行かねえだろ?」

「そうですね、海って言えばディスイヤですから」

「そうそう、俺がディスイヤに行くって言ったら、それこそ実家から勘当されちまうところだぜ」

「それはお前の素行が悪いからだな」


「どうすれば、レインちゃんと仲良くなれるんですか~~~……」

「そ、そうですねえ……私に聞くよりも、ステンパー様に聞くべきでは?」

「もう聞きました~~」

「そ、そうでしたね……」




何時も拙作をご覧になっている皆様へ。


ご愛読いただいて光栄です。

今日まで毎日00:00に投稿させていただいておりましたが、次回から隔週の金曜日に投稿、という形にさせていただきます。

毎日拙作を確認していただいている方には申し訳ありませんが、どうかよろしくお願いします。


明石

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