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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
白黒山水といふ男
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依頼

「最初は余り技を多く使おうとしないことが肝心です」


 銀鬼拳の指導に関しては、座学も行う。

 というか、そうしないと悪血が枯渇した後に何をするのかという話である。

 山水は預かっている五人を前に、戦闘での注意事項を語っていた。


「矛盾しているようですが、一度に多くの術や技を覚えると、戦い方が単調になるのです」


 道場の内部で講義をしていると、道場の外でも興味深そうに話を聞いている門下生が多い。

 山水の講義は歴戦の雄なら無意識に実践しているが、論理だてて説明するとなると難しい。

 山水の説明を、後学に活かしたいのだろう。


「それというのも、自分が習得している技術を己の物にできていないからこそ。ただ詰め込んだだけでは、技術を習得しているとは言えません。戦闘中の一瞬で、あらゆる術を最適に使用できてこそ不惑。逆に言えば、とっさの時に脳裏に浮かばない術など習得しているとは言えませんし、覚えることに要した時間が無駄になる。瞬間的に脳裏で処理できる範囲で技を習得し、処理できる幅が広がるに合わせて術を多くしていくべきでしょう」


 その言葉を聞いて、納得する者も多い。

 五年前まで山水はたった四つしか術が無く、木刀一本しか装備していなかった。

 それでも山水は『どう太刀打ちすればいいのかわからない』と思われていた。


 たった四つの術と貧相な装備。

 たったそれだけにもかかわらず、あり得ないほど広い視野と深い読みによって、近衛兵はおろか狂戦士さえ嬲ってみせた。

 その彼が『たくさんの術を覚えないほうがいいです』というのなら、そうなのだろうと納得してしまう。


「戦いにおいて重要なことは、術の選択に限りません。ただ木刀で打ちあうにしても、機の探り合いや虚実の騙し合い、命を狙うか体を削ぐか。いずれにせよ、立ち回りの妙は多くの局面で求められる。にもかかわらず『どの術を使うのか』しか考えないのなら、相手の『動作』や『話術』によって簡単に意表を突かれます。まったく無警戒のままで意表を突かれれば、どうしても一動作の遅れが生じ、それはそのまま致命傷につながりかねない」


 バアスがそうだったように、他の誰が言っても机上の空論と笑うだろう。

 それを多くの場面で『実演』してきたのが、まさに山水だった。

 ほんの一動作できれば届くはずなのに、一度も届いたことはない。


「もしも貴方がたが名を上げたのなら、それは功名心にはやる者から狙われることを意味しています。それはむしろ誇るべきことですが、それはつまり……対策を練られるということ」


 さんざん対策を練られ、それを一方的に打ち破ってきた山水が言うと一味違う。

 手の内を隠すべきだとか、護衛をつけるべきだとか、そんな軟弱さはない。

 既に晒している手の内だけで、余りにも一方的に打ちのめす。

 ソペードの象徴にまで上り詰めた男は、静かに雄弁していた。


「例えばデトラン様。貴方が『何をしてもいい』と言われた場合」

「はい」

「手に如意金箍棒を持っていたとしても、まずは自分の体術で戦おうとするはず。具体的には、棒術の範疇ですね」


 言われてみれば、と顔が赤くなる。

 それは達人ならずとも周囲の人間でも読み解ける『性格故の偏り』だった。


「ステンパー様は『何をしてもいい』と言われた場合、まずその意図を読もうとして熟慮するでしょうし、一瞬であれ受け身になるはず」

「げ、はい、なると思います」

「カゼイン様はこれでいいのかと悩みながら、おっかなびっくり私の顔色をうかがいながら戦うでしょう」

「……そうかもしれません」

「アラビさんは、直近で習った術や手に入れた宝貝の機能を使いたがるでしょう」

「は、はい……」

「ジョンさんは自棄になって攻勢に徹するでしょうね。勝敗度外視で、試合をしたという事実を求めて」

「……」


 技や術の選択が、心によって読まれている。しかも、とても簡単に。

 全員が全員、互いがそう動くだろうとわかってしまう。


「そして、私がこう指摘したことによって、全員が自分の判断に躊躇を持ち動作がぎこちなくなるでしょう。悪血による興奮作用もあれば、なおのことに。それもこれも、技術を己が物としていないからこそ。こちらにいるボウバイさんならば、そのような未熟さは既に超えています」


 それに頷くボウバイ。仮にも銀鬼拳を習得していると認められている、指導することが許されているだけのことはある。


「大事なことは相手を見ること、相手を知ること。それに対して、適切な行動や戦術を探り続けること。それには一つの間合いや体勢の中で、複数の『動作』ができるようにするべきです。選択肢を己の中に多く持つということは、それだけ相手を迷わせることができますからね」


 迂遠ではあるが、つまりバカの一つ覚えはダメだと言っている。

 どれだけ強力で有効な攻撃手段も、一つしかないのなら対応されてしまう。

 というよりも、対応できない相手なら何をしても同じ。対応できる相手を想定してこそ、武術だと言える。


「これは試合においても同じこと。観客の皆さんを飽きさせないためには、できるだけ多くの選択肢を持つべきです。特定の攻撃に対して、常に複数の対処法を持っていれば『最初は受けたぞ』『次は避けたぞ』『今度はもらいながら前に出た』ときて、『今度はどう動くのだろう』と思わせることができるわけです」


 そこまで言って、苦い顔をする。


「求められていることを、実行できるようにしましょう。そうでなければ、他の方も納得していただけませんからね」


 ドゥーウェの護衛だった男の、切実な言葉だった。



 講義を終えた後山水はジョンへ歩み寄り、全員の前で話を始めた。


「ジョンさん」

「え、な、なんでしょうか?」

「実は今度私は妻と日帰りの旅行をしようと思っているのですが、私の勝手でレインを同行させるつもりがないのです。よろしければジョンさんに、レインと同行して欲しいのです」


 いきなりそんなことを言われて、うろたえるジョン。特にカゼインからの視線が痛い。


「な、なんで、お、私なんですか?」

「レインは貴方のことを信頼しているようでしたので」


 ますますカゼインからの視線が痛い。


「私用での勝手な依頼ですので、もちろん報酬はお支払いいたします。大八州へも向かいますので、その場でなにかお土産を買ってもよろしいですよ」

「で、ですが……」

「同行者を募っても構いませんので」


 そこまで言われれば、流石にジョンも察する。

 同時に、ステンパーからの視線も熱くなっていたことに気づく。


 そう、これは秘境への案内と同じなのだ。

 山水なりに、弟子に新鮮な刺激を味わってほしいのだろう。

 もちろん以前ステンパーが語ったように『他の人ができないこと』になってしまうので、私用での依頼という形にしているのである。


「承知いたしました。では、同行者を募った上で、お嬢様の護衛を務めさせていただきます」

「ご安心ください、たいていの相手は私が処理しますので。あくまでも同行だけで結構ですよ、一人だと寂しいと思いますので」

「奥様とご旅行なのでは?」

「私にはこれがありますから」


 そう言って、腰の刀を叩く。

 即ち、大天狗の作った最強の刀である。


「この無参肆があれば、間合いの内側はいつでも斬れますので」

「そ、そうですか……」

「およそ十日後を予定していますので、どうかよろしくお願いします。本来なら娘も私と同行させるべきなのですが、私の我がままで、妻と二人で旅をしたいのです。意外に思うかもしれませんが、娘も乗り気になると思いますので……」


 レインの場合、山水とブロワがいちゃつくところを見たい、という欲求がある。

 そしてそれは、今の山水と完全に一致していた。

 自分がそばにいたいわけでも参加したいわけでもないが、とにかく見たいのである。


「では、また……」

「はい……」


 去っていく山水とボウバイ。

 道場の外にいた門下生たちも、未練がましく思いながら去っていった。

 そして、それを見計らって動くのがカゼインとステンパーだった。


「ジョンさん! お願いします、私も連れて行ってください!」

「か、カゼイン様、落ち着いて……」

「私もレインちゃんと一緒に、大八州へ行きたいんです! それに、日帰りの旅行でも虚空法を用いるのなら、ノアみたいに沢山色んな所を回れると思いますし!」


 山水は竜との戦争で、正蔵同様に遊撃を行った。

 それは双右腕による連続の長距離移動であり、原理はよくわからないが縮地の上位技だと認識されていた。だいたいあっている。

 今回もそれを使うのであろうし、それこそ様々なデートスポットを巡るのだろう。

 レインと一緒、という点を考えれば逃せない好機だ。


「おいおい、ジョンさんよう。これは大きな借りが出来ちまうなあ~~」

「す、ステンパーさん……」

「カゼインの言うように、こりゃあレインちゃんの同行に合わせた俺たちへのご褒美だぜ。修業の一環というか、俺たちへの配慮だが、お前の許可が無いと無理だろうしな~~」

「そ、そんな大袈裟に考えなくても……」

「それじゃあ一緒に連れて行ってくれるんだよな、レインちゃんと一緒にさ」


 絡んでくるステンパーだが、目がとても真剣だった。

 わかりやすく言って、目が笑っていない。


「ステンパー」

「なんだよ」

「今は、お前が間違っているぞ」

「……へーへー」


 それを止めたのは、デトランだった。自覚もあるのか、ステンパーは引き下がる。

 ジョンの肩に回していた手も、あっさりと引き下げていた。


「ジョン。これは提案だが、まずはレイン嬢のご機嫌をうかがうべきだろう。まずレイン嬢の気持ちが一番大事であり、嫌がられないようにするのは貴殿の手腕次第だ。できれば私も同行したいので、どうか頼む。アラビも一緒に行きたいのだろう?」

「はい! 大八州にも、他のところにも行きたいです!」


 アラビは秘境を思い出していた。

 あいにくとお家騒動によって長く滞在できなかったが、それでも未知の世界だった。

 アルカナ王国に多くの援助をしてくれた、秘境セル。

 四大貴族や王家でも軽々に立ち入れない、山水と一緒でなければ入れない土地。

 その光景は、正に末代までの語り草だった。


 きっと大八州だけではなく、多くの土地を回るに違いない。

 だとすれば、また別の興奮が待つに違いない。

 今からもう、胸がときめいていた。


「デトラン様がそうおっしゃるのなら……」


 流石に『嫌です、レインちゃんと二人で行きます』と言うほど馬鹿ではない。

 その場合全員の顔を潰すことになるし、そもそもカゼインがトリッジと同じような変貌を遂げかねない。

 そうなった場合、仮に命が助かっても今後に差し障る。


「レイン嬢の心証が良くなるように、全力を尽くさせていただきます」


 また面倒なことになった、とジョンはため息をつく。

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