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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
白黒山水といふ男
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由来

 結局、ディスイヤのお家騒動は強引に解決していた。

 親族全員が捨てられたので、親戚から苦情が来るわけもなく。

 ディスイヤを出ていた者たちはただの芸術家なので発言力はなく、アクリル同様に『ディスイヤ家の芸術家』を嫌っていたので助ける気もなく。

 部下全員が裏切っていたので、助けようと思う部下もおらず。


 彼らが期待していた熱狂的な顧客も、あいにくだが救出に向かおうとはしなかった。

 アクリルが流刑にしたこと自体は公表されていたが、流石に具体的な場所は秘密だった。

 海を良く知る者ほど、どこにあるかもわからない島を探す無謀を知ってもいた。

 なによりも、そこまで重要に思わなかった。


 ディスイヤ家の面々は、顧客が狂乱することを期待していた。

 だが実際にはアクリルが言った様に、残念に思う程度だった。

 なにせ彼らが扱っていた物は、良くも悪くも贅沢品ばかりである。

 言い方は悪いが、中毒性があると言っても実際に中毒を起こすわけではないし、他にいくらでも替えは効いた。


 確かに美辞麗句で称賛をしていたけれども、それは半分おべっかだったのだ。

 そんなことはだれでも知っていたはずだが、彼らは自尊心のためにそれを真実だと思い込もうとしていた。

 普通に考えて『お気に入りのレストランがつぶされた』とか『お気に入りの劇場が閉鎖された』ぐらいで、世界最強の超大国にケンカを売れるわけもない。

 第一、罪状が貴族としての仕事を怠ったこと、と言われれば顧客こそが一番納得するのであるし。


 彼らは貴族のはずなのに、何時仕事をしているのだろう。

 そう思っていたら、実際には一切仕事をしていなかったのだ。

 流刑に会ったことも含めて、上流階級である客たちは全員納得してしまっていたのだ。


 もちろん、女子供を含めて全員、というのには不満があった。

 やややりすぎではないのか、そういう声もあった。

 逆に言えば、その程度に収まっていた。



 さて、山水である。

 ブロワとレインを畳敷きの部屋に座らせて、山水は腰を下ろして話をしようとしていた。


「結論から先に言おう。ブロワと二人っきりでデートがしたいです」


 おそらく、これまでの人生で一度も言ったことがない、またいうと思われていなかった言葉だった。

 少なくとも、レインもブロワも耳を疑っていた。


「きっかけは、スイボク師匠が坊ちゃんへ稽古をつけたことだ。燃え盛る溶岩の中で、専用の宝貝を使って『特訓』をした。そのうえで、最強の宝貝である火尖鎗を渡された」


 山水は、そんなことをしてもらったことがない。

 ただひたすら、五百年間素振りだけをしていた。


「はっきり言って、坊ちゃんが羨ましかった。もちろん、理屈としては納得している。火尖鎗が仙人に効かないこともさることながら、補充が面倒だからな。はっきり言えば、無駄な特訓だ」


 確かに、無駄である。少なくとも山水はその特訓を『してこなかった』ことによる弊害はないし、これからする必要性もない。

 スイボクが無駄と切り捨てたように、その後継者である山水にとって無意味なことだった。


 加えて、集気法が乱れればそのまま燃え死ぬ火口での特訓は、宝貝がなければ非常に危険である。

 もちろんスイボクが一緒ならその不安は全くないが、フウケイを倒すまで俗世とも秘境とも大八州とも縁を断っていたスイボクの場合、火尖鎗を与えることがまずできない。


 なによりも、火口の中でしか使えない術など、何の意味もない。

 それは地動法に位置するため、仙術のなかでも上位の難易度である。

 仮にそれを目指していた場合、今でも山水は森の中で終わりの見えない特訓をしていただろう。


「だがそれはそれとして、思い返すとなんの思い出もなかった……森を出た後の十年は、思い出がいっぱいだったのに……!」


 山水の目にも涙。

 今までどんな辛いことがあっても泣かなかった山水の、目から涙があふれて止まらない。

 反乱した農民を老若男女を問わず殺したときも。

 竜が攻め込んできたときも。

 一国を攻め落とせと言われた時も。

 悲しいとか嫌だと思いつつ、しかし文句を言わずに実行してきた男が泣いている。

 自分の人生が余りにも空虚だと、今更のように泣いている。


 しかし、それを誰が咎めることができるだろうか。

 山水は五百年も修行してきたのである、それがつらかったと言っても何も悪くない。

 飲まず食わずで五百年、師匠と二人きりで五百年、修行以外一切抜きで五百年、色恋もなく五百年である。

 そんな生活、五年だって嫌だろう。むしろ、五日と持つまい。


 なんだかんだ言って、山水が同胞である祭我や廟舞たちから尊敬されても嫉妬されていないのは、五百年の修業をやり切ったことだろう。

 真似したい、というのが最強へのあこがれではあるが、山水の場合『絶対に真似したくない』とまで思われていた。

 五百年も修行するぐらいなら、最強になんてなりたくない。他でもない山水自身が、最初からそう思っていたのだから。


「来る日も来る日も森の中で素振りして寝て素振りして寝て……だんだん修業が進むと、寝ても覚めても森の中の気配が頭に入ってきて、食物連鎖があったり世代交代があったり地軸が傾いたり。他人の生涯を観察するばっかりで……そりゃあ気も変になる……」


 ふとしたきっかけで、『正気』に戻って惨めな思いをするのも不思議ではない。


「あのままうっかり解脱するところだったし……」


 自然に帰ることが仙人の解脱なら、今の山水はそれから程遠いだろう。

 文字通り思い出したかのように、人生に悔いを見出していた。


「パパ……きっかけはともかく、気持ちはわかるよな気がするよ、たぶん」

「そうだな。私も似たようなものだぞ、うん。流石にお前ほどではないが」


 つまりは、若者っぽいことをしたい。

 そういうことなら、家族全員の気持ちが一致している。


「それはよかった、それじゃあデートをしよう。予定は一週間後、丸一日だ」

「そ、そうか……お前がそうも食いついてくると、悪くないな……」


 なんだかんだ言って、今までの山水は年上の余裕というものがあった。

 実際年上なので仕方がないが『ブロワやレインが遊びたがっているんだから付き合おう』が先にあった。

 しかしそれは自然と温度差が生じ、どうしてもレインやブロワが白けてしまっていた。

 そこで、今である。今の山水には欲求があった。青春を取り戻したいという、若人の欲求だった。

 今まで全然やる気のなかった夫がやる気を出したのだ、女としては嬉しいだろう。


「ねえパパ、私はお留守番?」

「ああ。勝手で悪いが、今回はファンと一緒にお留守番にしてくれ。二人っきりがいいというか、二人っきりじゃないと駄目なんだ」


 力説する仙人、五百歳。

 なお、妻はそれを聞いて尚浮かれている。


「サンスイがここまで……きっかけ一つでこんなに積極的になってくれるなんて……」

(ただ、ついてきたいか?)

(うん)

(それじゃあ後からついてきなさい。話は通しているから、ジョンさんたちと一緒にな)

(いいの?)


 山水としては二人っきりがいいのだが、お年頃の娘へ配慮をしないほどでもない。

 ブロワが二人っきりだと思っているのなら、それはそれで満足である。


(お前たちの分も用意はしておく。ただ、ブロワにばれないように頼むぞ)

(後でならばれてもいい?)

(……やめてやりなさい)


「それで、サンスイ。具体的にはどんな予定なんだ?」

「ああ、まずは海に行きたいんだ。アルカナだと海にあんまりいいイメージがないが、俺たち日本人にとって青い海と砂浜は、あこがれの遊び場でな……」


 そう言って山水は、隣の部屋との仕切りになっている襖を開けた。

 そこには多くの『胴体だけの人形』があり、それらは女性の形をしていて、下着のようなものを付けていた。


「大変申し訳ないが、俺が勝手に水着を用意した。自分でも気持ち悪い話だとは思うんだが、これの中のどれかを着て、俺と一緒に海水浴をしてほしい」


 自分の妻のために、自分の趣味で水着を準備する。

 客観視できる山水は本当に恥ずかしそうだったが、意外にもブロワは嬉しそうだった。


「お前のことだから、普段通りでいいぞとか言うと思ってたのに……服まで用意するなんて、本当に本気なんだな……」

「肌を見せすぎてる気もするけど、どれもかわいいね! 私も、お風呂の時とかに着たいな……」


 というのも、普通に良いデザインだったからだろう。

 実際に人形に着せてあるそれへ触ってみると、なんともいい生地だった。

 かわいらしくて、女性の肌にも優しい。

 海に行くとか逢引するとかは置いておいて、普通に贈り物として優秀である。


「普通に下着として着たいぞ……どこで仕入れたんだ? 大八州ではないし……」

「あ、マジャンだね? きっとそうだよ」

「いや、作ってもらった。売り物じゃなくて、俺が材料を仕入れてから依頼したんだ」



 秘境セル。

 一万年かけて大天狗がいろいろ作ってためてある、未来の不思議な道具ならぬ、古代の不思議な道具の溢れる土地である。

 そこに山水は顔を出し、おねだりをしていた。


「水着用の布が欲しいのです」

「お前用のか?」

「私のもそうなんですが、主に妻用ですね」

「お前にしちゃあ俗だな。気配もやたら解脱から遠くなってるし、いいことだ。五百で死んだら人生の損だぞ」


 一万年も生きている人間らしい、なんとも人間らしからぬ発言である。

 五百年で死んだら人生を損しているというのなら、一体どこの誰が人生を得しているのだろうか。


「とはいえ……水着用の布か……わざわざ俺のところに来るか?」

「いえ、どうせなら最高の物をと思いまして」

「最高か! 最高が欲しいなら仕方ねえな!」


 膝を叩いて大いに喜ぶ、旧世界からの生存者。

 一万年生きていても、褒めてもらえると大いに喜ぶ純粋さを失っていない。

 なるほど、生命力にあふれていた。


「よしよし、じゃあいくつかあるぞ。例えば、海水に触れると透明になる布とか、海水に触れると溶けてなくなる布とか」

「あの、嫁に着せる予定なんですが……」

「だからだろ? いるだろ?」

「私にそういう趣味はないので……」


 微妙に需要がわかっている大天狗。

 やはり一万年も生きていると『あ、海水に触れると透ける布が作りたいな!』とか『海水に触れると溶ける布を作ろう!』という精神状態になることもあるのだろう。

 たぶん、欲しがる人は欲しがるに違いない。そんな人と、友人になりたくはないのだが。


「それじゃあアレだな。着ると水の中で呼吸できる布とか、着ると日焼けしなくなる布とか、着ると暑さがしのげる布とか、全部の機能がある上で海水に触れると溶ける布もあるぞ」

「それじゃあ意味がないのでは」

「冗談だ。水中で呼吸できて眼が痛くならなくて、毒にも耐性を得ることができて日焼けしなくなる布がある」

「ずいぶん多機能ですね……」

「何言ってるんだ、火鼠の衣はそれでできてるんだぞ?」

「あ、そうですか……」


 考えてみれば、仙人は海水に触れると溶ける以外のすべてを網羅している。

 ならば、その機能をもつ布を作れても、別段おかしくもないのだろう。


「俗人が加工しても大丈夫なように、鋏と糸、針もつけてやる。服は作れても模様とかは苦手なんで、専門家に当たりな」

「はい、ありがとうございます」



「ということで、アクリル・ディスイヤ様。お忙しいところ申し訳ありませんが、私のために、妻用の水着をデザインしていただけないでしょうか」

「いいよ~~、その布に興味あるし、サンスイ君が好きな水着にも興味があるし」


 アクリルの脇に控えている春と廟舞は、山水に対して微妙な顔をしていた。

 気持ちは察するに余りあるのだが、よりにもよってアクリルへ頼まないでほしいところである。

 確かに最高の腕ではあるし、領主としての仕事を終えたあとでの話ではあるのだが、それでも余計な餌を与えないでほしい。

 下手をしたら、春も廟舞も被害を受けかねない。


「それじゃあ、どんな水着がいいの?」

「恥ずかしいのですが、あまり水着のことは知らないのです。ですが、憶えている水着もあります。ビキニですね!」

「へえ、ビキニ! どんなの?」

「こういうのです」


 さらさらさらり。

 山水はそれこそ、アクリル同様の筆さばきで写実的にブロワを紙に描く。

 それはブロワの写真のようであり、まるで封じ込めているようだった。


「わあ、上手! 私以外で、ここまで骨格や筋肉を描けてる人、初めてかも!」

「見たままを描くだけなら、なんとか……」

「才能あるって! だってこれならそのまま体格がわかるもん!」

「いえ、才能というか、ただの努力なのですが……」


 精密な動作には自信がある山水は、まさに写実を極めていた。

 もちろん、相手の動作や急所を把握する延長線上の技術であり、表現をするのが目的ではないのだが。


「で、これがビキニか……露出が高いね、下着みたい」


 とはいえ、一切色気なくデザインを考え始めているアクリル。

 ブロワにどんな服を着せるのか、既に考え始めているようである。


「なんでビキニっていうの?」

「ああ、ビキニというのはだな」


 そこで解説をするのは、やはり女子である廟舞だった。


「元々、ビキニ環礁という南の美しい島があったのだ。そこで非常に強力な爆弾の実験が行われてな、それと同等の『刺激』があるという理由で、その過激なデザインの水着をビキニと呼ぶようになったのだ」

「へえ、宣伝文句なんだ」


 なお、それを初めて聞いた男子二人は微妙に複雑な顔をしていた。

 まさか、そんな物騒な由来だったとは。別の意味で刺激が強い。


「わかったよ~~。じゃあ私が絵を描くから、それをディスイヤの下着職人に渡すよ。その代わり、代金として布の余りをもらっていい?」

「構いません、大天狗からも許可を頂いております」

「やったね!」



「製造工程は、詳しく聞かないほうが良かったな……」

「そうだね、ブロワお姉ちゃん」


 別に隠すことではないのだが、聞いてしまうと心中複雑である。

 最高の布職人と、最高のデザイナーのコラボレーション。

 それは本当なのだが、当人たちを知っていると何とも言えない気分になってしまう。

 まさに、爆弾発言だった。

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