尊重
今更だが、右京はドミノ帝国の皇帝でもある。
多くの有能な内政官を得るに至った彼だが、多くの職務をこなす義務があった。
もちろん宗主国であるアルカナ王国に呼ばれればその限りではないが、基本的に切り札の誰よりも忙しい男なのである。
「さて、諸君。さぞ不満や不快なのだろうと、察しはついている。しかしこれは私の都合なのだ、どうか周囲の者を恨まないでほしい」
多くの移民、労働力を得た彼は、当然内部に不穏な因子を抱えることになった。
その最たる例が革命家である自分なのだが、もちろん棚に上げている。
「こうして貴殿らを集めたのは、貴殿らが同じ要求をしているからに他ならない」
各国から移民してきた、新しい民。
彼らは当然、倫理の基本として宗教を持っている。
もちろん単一ではなく、多くの宗教を崇める民が一気に入ってきたということだ。
それは相互にとって、そしてドミノにとって頭の痛い問題である。
それを解決すべく、右京は『陳情』をしてきた宗教指導者たちを、帝都に集めて一度に説明をしようとしていた。
彼の手腕を見るべく、グラス王子も同席している。
「大まか、三つ。他の宗教を排除すること、布教の自由、国教への指定。まあ全部同じな気もするが、この三つが希望ということだな」
宗教指導者の誰もが目をぎらつかせていた。
周囲の邪教とひとまとめというのは不愉快だが、それでも最高権力者と直接話をする機会などそう多くない。
他の宗教との張り合いもあるが、それを抜きにしても国教の指導者になる機会である。
アルカナ王国の属国とはいえ、周辺諸国がアルカナの属国になっているような現状からすれば、二番目か三番目に偉いと言っていいだろう。
そんな国の国教の、最高指導者。それは私心としてたぎるものがある。
もちろん、信仰心や自分を信じる信徒の安全も含めている。少数派に対して自分がどんなことをしてきたのかを考えれば、自分たちが少数派に回ることは許されないのだ。
「正直に言って、政治家にあるまじきことだが……私は宗教がよくわからない。だが、文化の大切さはよくわかっているつもりだ。だからこそ諸君らの『神殿』へ援助をしたし、要求された資材は極力都合している」
なんのかんのいって、右京は甘かった。
少なくとも彼らへ宗教を捨てろとは言わなかったし、むしろ各宗教を保護するような対応もしていた。
その一方で、布教は明確に禁じていたし、特に必要もなく与えた土地から出ることも許さなかった。
隔離ないし軟禁に近いと言っていいだろう。
もちろんそれでも、彼らには十分な土地とそこで生活するための基盤は与えられていた。南の壁に取り残されている民と比べれば、極めて健全な生活である。
「だからこそ、今日はこの機会を設けた。私は君たちから、宗教について学びたいと思っている。君たちの宗教がこのドミノを良くしてくれるのなら、皇帝として快く受け入れるつもりだ」
なんだかんだ言って、誰もが右京に期待していた。
彼はやると言ったらやるし、しないと言ったことはしない。
てっきり迫害されるかと思っていたら、少々重い税金ぐらいで勘弁してもらっている。
「とはいえだ、事前に説明しているが、この国にはこの国の法律があることを理解してほしい」
しかし、そこは革命家である。
右京は『思想』を持つ者の危険性を、よくわかっていた。
そして、宗教そのものはよく知らないが、勧誘への断り方はよく知っている。
「まず、他の宗教を追放することに関して。なるほど、多くの国からこのドミノへ逃れてきたのだ、今まで隣り合い傷つけあっていた者と隣人になることもあるだろう。あるいは、教義が異なるものと隣あうことが恐ろしいのかもしれない。あるいは、『邪教』が存在することが許せないのかもしれないな」
宗教的というよりは、政治的な理由だった。しかし、切実である。
彼らの懸念は、決して見当外れではない。
「そんなに隣人が怖いのなら、そのまま出国してくれたまえ。南の国境まででいいのなら護送するぞ」
しかしそれは、彼ら自身にも当てはまることである。
ドミノ帝国からすれば、彼ら全員が他でもない『危険分子』に他ならない。
「もし仮に、君たちが他の宗教を信じる者から暴行を受けたとする。それに関してはよく調べたうえで、宗教とは無関係に対応する。異教徒だろうと邪教徒だろうと、同じ信徒だろうと、罰の重さは変わらない。それが受け入れられないのなら、とっとと出ていってほしい」
右京は法治国家の君主として、自分の布いた法律を基準にしている。
それが受け入れられないのなら、交渉決裂というだけのことだ。
「次に、布教の自由。これは受け入れられない。それはつまり、君たちに国内を自由に移動する権利を与えるということだ。大変申し訳ないが、国家の安全上許可できない。どうしても布教しないと信仰に反するとか、布教しないと死ぬというのなら、国外に出るか死んでくれ」
とはいえ、ここまでは想定内。
なにせそもそも、最初の段階で右京は避難民へ説明している。
彼らはその前提を変えるために、自分たちの宗教を国教に据えたいと思っているのだから。
「では、国教への指定だな。これは流石に、頭ごなしに否定することはできない。諸君らの説明次第だろう。色々と教えてほしい」
だがしかし、右京は強敵だった。
「流石に、全員の話を全部聞くわけにはいかない。そこで、いくつか予想される利点への回答を、予め言っておこうと思う」
彼は神の戦士であり、神をあまり敬っていない男でもあるのだから。
「まず、ご利益があるということについて。例えば、諸君らの神を報じると金運が舞い込むとする」
にっこりと、突き放す。
「それを言った場合、援助を打ち切る。それを言った者は誰よりもそのご利益を受けているのだから、援助など不要だろう」
それを言おうとしていた者は、青ざめて震えていた。
「家内安全、無病息災がご利益でも同じだな。もしもそうなら、もしもの備えは不要だろう。安心して援助を打ち切れるな」
青ざめるものは、どんどん増えていく。
「百戦百勝の武運を舞い込ませるというのなら、それは心強い。とっととこの国を出て、故郷を奪還すればいい。信じる神が、それを助けてくれるだろう」
論理的におかしいが、彼らは援助が欲しくてここにいるのだ。
神を祈って実利があるのなら、そもそもこの場に来るまでもない。
「次いで、モラルの向上。ああ、つまり犯罪率の低下や、労働の効率化だな。民が真面目に働き、俺を称えるようになるという効果だ」
宗教の『効能』を右京は笑って突き放す。
「それを言った者には、数字で説明してもらう。まず俺の国の犯罪率と、俺の国の労働者のサボタージュを、まずどうやって調べたのか報告してもらうことになる。なんの根拠もなく俺の国の治安が悪くて、国民が真面目に働いていない、とは言わないだろうしな」
心底から、そんな話を求めている。
「いやあ、どうやって調べたのか本当に知りたいなあ。さぞ信憑性の高い、確度の高い情報収集の方法なんだろうなあ。なにせ一国の皇帝に言うぐらいなんだから」
しかし、そんな数字の伴う営業力を、宗教家に求められても困るわけで。
彼らはあくまでも、先祖から受け継いでいた教えを、清く正しく守ってきただけなのだから。
「最後に、まさか言う奴はいないだろうが」
右京の求める条件を、彼らの信じる宗教は満たせなかったわけで。
「信徒にならないと地獄に落ちるとか言ったら。あそこにいらっしゃるアルカナ王国の次期国王陛下の、その先祖に遡るまで地獄に落ちていると、根拠もなく言い切るわけだ。あるいは、そんなことを言う奴の宗教では、アルカナ王国の住人は全員地獄に落ちていると教えているわけだな」
誰も、何も言えなかったわけで。
「さあ、どうぞ。諸君らの宗教の素晴らしさを教えてくれ!」
※
「義兄上は私まで利用するのか……」
「ははは! 何を言うのかと思ったら!」
右京とグラスは、ステンドのいる部屋で雑談していた。
結局国教化を希望した指導者たちは、当たり障りのない話をして、それで打ち切っていた。
なんとも青ざめた顔で、とても健気に顔色をうかがいながら、恐る恐るありがたい話をしてくれた。
「アレは顔見せですよ。俺よりも偉い殿下の顔を、いち早く国内の指導者に見せてやっただけじゃないですか」
「やめておけ、グラス。そいつは私に頭が上がらないことさえ利用しているほどだ、何を言っても意味がないぞ」
「姉上も大変ですね」
ステンドは現在、天蓋付きのベッドで横になっていた。
断じて、病気ではない。
「だが勉強にはなっただろう。これぐらいふてぶてしくなければ、一国の主など務まらん」
「そうですね……私でも断れたでしょうが、時間がかかったでしょう」
「そんなに大したことじゃないさ。結局のところ、アイツらは少数派であり弱者だ。弱いから強い奴にすり寄ってきているだけだよ。もしも対等に近い立場や下から言われたら、この不心得者めとか言ってぶっ殺されていたさ」
そのベッドに腰掛けている右京は、神宝を差し出したとは思えないほどに快活だった。
「ならば、お前はその権利を行使するべきだろう」
その一方で、ステンドは不機嫌そうだった。
「お前は建国者だ。なぜわざわざ、多くの国から引き受けた移民を、文化をそのままにしている」
「聞いてくれよグラス君。俺の嫁さん、俺に宗教弾圧しろっていうんだぞ。そんな暇ないってのに」
「それが義務というものだろう。後世のためにも、思想は国家全体で足並みをそろえるべきだ」
「弾圧なんてしたら火に油だ、むしろやる気を出すぞ。いいじゃんいいじゃん、俺の国では納税の義務を治めていれば国民だ。弾圧なんてする暇があったら、他のことに予算をつかえばいいだろう?」
国家の運営方針の違い、音楽性の違いという奴だろう。
「お前は宗教対立を甘く見過ぎだ!」
「そんときゃそんときだ。俺たちの子供ならそれぐらいなんとかできるだろうし、そう教育すればいい。潜在的な脅威なんて、そこいらじゅうにあるんだぞ」
右京は能天気にしているが、ステンドやグラスからすると不平や不満なようだった。
「明日のことも考えられないなら不安よりも必死になって、宗教よりも食事になる。だが、それが保障されると不安になる。そういう時に、宗教があると安心する。清く正しく生きているんだから大丈夫って、そういう安心をあたえてくれるのさ」
「だが、大抵の宗教は正義を語るぞ。だからこそ、正義であるために権力とつながりたがるのだ」
「その権力が俺たちだろうが。しかも俺、竜殺しで神の戦士だぞ。その俺と子孫が代々皇帝なんだ、これで数代しかもたないなら、どうせ何をやってもダメだろ」
右京としては、今の国民とその子供ぐらいしか見ていない。
ステンドとグラスは、数百年後の未来を見ている。
文字通りの建国者と、代々続いた王族による視点の違いだろう。
「混乱しても大丈夫、いざってときはアルカナ王家に強権を振るってもらうさ。絶対服従って憲法に書いておくし」
「ふん、甘えているな。子供はともかく、孫の代では搾取されるぞ」
「それぐらい妥協してほしいな。返す当てがある借りなら、むしろ財産だ。今日を俺が作ったから、明日があるんだし」
その話を聞いているグラスは、沈んだ表情で姉を見る。
「姉上、ディスイヤの件はご存知ですか?」
「ああ、もちろんだ。思い切ったとは思っているが、適正だろう。彼女はやるべきことをやっただけだ」
「アクリル本人も、最初に襲われた特区の立て直しをこの前までやってたんだろ? 他よりはましだろ」
如何にアクリルが天才でも、政治の世界はそう簡単ではない。
特に復興作業などは、彼女がどれだけ正しい判断を高速で行っても、実際に行動する現場が高速になるわけではない。
最初の襲撃からひと月の間を開けずに戦争が終結した関係もあって、アクリルは最初の街の復興に専念していたわけである。
もちろん、判断は迅速だし権限は強いので、合間合間に絵を描いていたりもしたのだが。
「私も異論はありません。有事に国民へ手を差し伸べない、自分の娯楽のことしか考えていない貴族など必要ありません。そのまま放置すれば、それこそ国民の反感を買うでしょう」
今回の処罰に関して、ディスイヤの民衆は納得するどころか、全面的に賛同している。
ディスイヤ家の面々が理解していたように、一般大衆にとって芸術など縁遠い話だ。
困っている時にそんなことしているのなら、それこそ自分でぶっ殺したくなるだろう。
「私がディスイヤの領地を受け取っても、似たようなことをしたでしょう。ただ、子供は助けてもよかったのではないかと思ってしまいます」
「そこは彼女の裁量だ。仮にもディスイヤ当主の代行を名乗ったのなら、決して間違いではない。お前が気にすることではないだろう」
「そうそう、俺たちの義父さんも亡命貴族の一族郎党、子供まで俺に差し出してくれたし」
「……甘いですか?」
「甘いけど、気にすることないって。むしろ、アクリルみたいに就任していきなり粛清して、そのまま辞職するほうが怖いって」
アクリルは背水の陣を敷いた。
どんな窮地に陥っても、最後には手を貸してくれるはずの身内を全員始末したのだ。
如何に自分の地位を下げて責任をへらしたとはいえ、何かあれば彼女自身を助けてくれる者はいない。
「それに、合議制だって妥当な線だ。身内が有能なら、特段おかしくもねえよ。アルカナに支援してもらう前の俺なら、絶対選べなかったな。んなことしたら、全員やりたい放題だっただろうな」
「……私は、そんな彼女を御せるでしょうか」
「御せ、それがアルカナ王としての義務だ。少なくとも父上は、そうなさっていたぞ」
仕方がないと言えば仕方がない。
アルカナ王国の王族は、取り立てて特別な血統ではない。
もちろん、マジャンのように強くなければならないとか、王気を宿していなければならないとか、そんなことは関係ない。
それは必ずしも、王にとって重要というわけではない。
だがしかし、常人の身で逸脱者たちをまとめ上げるのは、やはり負担が大きい。
「その通りだぜ。義父さんに限らず、アルカナ王国のトップは全員そうしていた」
だがしかし、それが王の本質でもある。
大国をまとめ上げるということは、意のままに動かせる、自分よりも劣る者たちを導くということではない。
強大な武人、老練な将軍、狡猾な商人、頑固な宗教家。それら、意のままにならぬものとぶつかりながら、国家の命運を握る者である。
国家さえ気を使わざるを得ない切り札を抜きにしても、そもそも国家とは個人では力の及ばない相手なのだ。
それでも手綱を握るのが、王の仕事である。
「いいか、グラス陛下。アンタが向き合わないといけないのは、あくまでも国民であり国家であり国益だ。家臣の一人がわけのわかんない姉ちゃんだとしても、そんなことに一々気を回している場合じゃないだろうが」
彼女自身がそう位置付けたように、結局アクリルは一人の貴族でしかない。
彼女が国家に危害を加えようとしても、周囲が必ず止めるだろう。
「国政において失敗は避けようとしなければならないが、その一方で失敗を恐れてもいけない。成功しなきゃだめってことはなくて、失敗したときにどう修正するかが大事だ」
「お前が言うと説得力があるな」
「ステンド……そんなこと言うなよ……」
「黙れ。偉そうに言っているが、いつも失敗ばかりだろう。どうしてそうも、偉そうにしているのだ」
ごほん、と咳をする。
「何をやってもうまくいく『王様』なんていねえよ。そんなもんは運次第であって、こだわるもんでも目指すもんじゃない。仮に政策を練ったものが却下されても、それが敗北ってわけでもない」
右京は思い出していた。
昔好きだった物語のことを。
『貴方の考えることなら、絶対にうまくいきますとも』
『貴方は神に選ばれているのですから、間違えることなどありえません』
『貴方のおっしゃることに、すべて従います』
ただ賛同してほめたたえるだけの、なんの対案も意見も出せない臣下たちのことを。
議論ができない、いる意味のない、主を増長させ腐敗させるだけの太鼓持ちのことを。
アレは、そういうキャラクターだ。噛ませ犬が主人公に負けるためにいるように、彼らは主人公を称えるためにいるだけの役柄だ。
実際には、良かれと思ったことが、偉大な人物の判断が、正しく結果に至るとは限らない。
そんなことは、たまたま一万年前の世界から現れた怪物たちのように、想定外のことによっていくらでもひっくり返る。
「この世界のすべてを知らなければ、完全に読み切った政策は打てない。そして、一々そんなことをしている暇はない。だから俺たちは、既知の範囲で最善を探る。お前が向き合うのは奇人変人じゃなく、あくまでも政策だ」
「政策……」
「相手の個性なんていちいち気にしなくていいのさ。善人でも悪人でも、犯罪を犯せば罪人で、役に立てば偉人だ。そんなことよりも、国家のためになる政策を考えな」
さきほど無下にあつかった指導者たちのことを思い出す。
全員が善人ではないが、全員が悪人でもなかっただろう。
案外話せば、素晴らしく尊敬できる人がいたかもしれない。素晴らしい教えに巡り合えたかもしれない。
しかし、そんなことを一々している暇はない。個人の個性を尊重するには、皇帝も国王も、かかわる相手が多すぎるのだから。




