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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
はじめてのおつかい
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趣味

 アクリル・ディスイヤ。

 能力のある奇人変人、即ち鬼才天才たる女性。

 ディスイヤそのものと称される、スイボク同様の『この星に生まれた怪物』。


 しかし。

 だからと言って、貴族が務まるかと言えば、それは否であろう。

 確かに彼女は才能があり能力があるが、そんなことは余人にはわからない。


 政治は難しい。

 政治能力のある人間だと、証明することが難しい。


 例えば足が速い人間がいるのなら、実際に走らせればいい。

 例えば力自慢の人間がいるのなら、実際に重いものを持たせてみればいい。

 例えば最強を嘯く剣士がいるのなら、実際に戦わせてみればいい。

 例えば他人を治せる術者がいるのなら、実際にケガ人を治させればいい。


 しかし、政治となると『実際にやらせてみる』は極めて難しい。

 それが才能にあふれている、前例に倣わない政策ならばなおのことである。

 それが本当に画期的で効果的なのか、それともただ前例を踏襲したくないだけなのか。

そんなことは余人にはわからない。

 わからないのなら、国政を任せられない。


 足が速いというものが、実際には遅かったとしても。

 力があるというものが、実際には力が無かったとしても。

 試したところで、誰かが怪我をするわけでも死ぬわけでもない。

 最強を名乗った剣士が負けても、その剣士が死ぬだけだろう。

 治療できると言った術者が誰も治せなかったとしても、そのケガ人が死ぬだけだ。


 だが、政治は無理だ。特に国政は無理だ。

 失敗すれば、国が亡びる。それこそ、南側諸国が滅びたように。

 そんなこと、試せるわけがない。


 アクリル・ディスイヤ。

 如何に後継者として指名されていたとはいえ、彼女が現当主の跡取りになるには、まず周囲に自分を認めさせるしかない。そしてそれには、『普通』の人々を認めさせる、『普通』の手段でしか成立しない。

 だがそれさえ、天才鬼才にとっては何の問題もない。むしろ、その苦境さえ己の楽しみの為に利用する。

 天才にとって、全てが『楽しみ』だった。


「シュン君! 結婚だよ!」

「嫌だ!」

「シュン君、英雄じゃん! 竜殺しの勇者じゃん! シュン君が私と結婚しないと、私お祖父ちゃんの後継者になれないもん! もう結婚するしかないよね!」

「結局脅しじゃねえか!」


 既に全裸直前になっているアクリルは、嫌がっている春にしがみついていた。

 その彼女を振り払おうとしている春だが、中々引きはがせない。


「ああもう、お前苦しんで死ね!」

「一緒にお墓に入ろうよ! 人生にゴールインしようよ!」

「お前と一緒に死ぬぐらいなら、天寿を迎えるまで生き続ける方がまだましだ!」

「やったね!」

「やってねえ!」


 その茶番を見ている、祭我とハピネ、ドゥーウェと山水。

 なんとも言えない、ある種の喜劇がそこにあった。


「私がその気になったって、シュン君が結婚してくれないと、ディスイヤのみんなが私を認めてくれないよ? いいの、お祖父ちゃんが守ってきたディスイヤが滅びても!」

「そういう魂胆か、お前!」


 恐ろしい脅しだった。

 ディスイヤの当主を敬愛している春にとって、もはや究極の選択だった。


「ぐうううううう……!」

「ほら、もうあきらめて結婚して、私に子どもを産ませるお仕事に就職しようよ!」

「ご老体……あんなに頑張っていたご老体の治世を、俺が終わらせることなんて……死んで詫びるしかないのか……!」

「前向きに行こうよ! シュン君、私のありのままを受け入れて、好きになればいいじゃん!」

「それのどこが前向きだ! 死にたくて殺されたくてたまらねえよ!」


 ありのままを受け入れて欲しい。

 その気持ちは万人に共通するが、こうも自分を曲げる気が無いと、もはや図々しいとかそういう問題ではない。


「じゃあアレだ、結婚式だけやろう。仮面夫婦でいよう、別居しよう。それならアリだ」

「じゃあ結婚式でキスはアリ?」

「前言撤回」

「むきいいいいい! ディスイヤが滅びてもいいの?! シュン君は、自分の尊厳とディスイヤの存亡、どっちが大事なの?!」

「う、うぐわあああああ! 誰か殺してくれえええええ!」


 パンドラの完全適合者ということは、破滅願望の持ち主ということである。

 しかし仮に破滅願望の持ち主でなかったとしても、この状況では殺されたくなるのではないだろうか。


「俺を殺してくれえええ!」

「子供作ろうよ~~~がっつんがっつん作ろうよ!」


「サンスイ。あの二人は面白いけど話が進まないし、流石に飽きてきたわ。アクリルを黙らせなさい」

「はっ」


 迷いはなかった。

 アクリルという貴人、次期当主、令嬢、嫁入り前。それら、暴力を振るわれてはならない理由を抱えた彼女を、特に躊躇なく発勁で気絶させていた。

 もっと早くこうしていれば。そう思わないでもない。


「助かった……ありがとう、ドゥーウェ様。それから、山水も」

「礼には及ばないわ、ねえサンスイ」

「はっ」


 アクリルは恥じらいが大事だと言っていた。

 なるほど、ほぼ裸の当人がそれを表していた。まったく色気が無い。

 その彼女は、山水によって部屋の隅に追いやられていった。


「死にたい……」


 浮世春。

 その心中は察するまでもなかった。

 大嫌いな女が、自分を大好き。しかも権力者、なるほどありふれた悲劇である。

 しかも深刻だった。


「春……で、どうするんだ?」

「とにかく落ち着かせてくれ、俺はお前たちと違って強くないんだ」


 当たり前だが、とても弱っていた。

 尊敬している人が意識不明のうえで、その尊敬している人の領地を守るために、大嫌いな女と結婚の危機。

 確かに、弱っていても仕方がない。


「おい、春。連れてきたぞ」


 そんなとき、彼を支えるのはもう一枚の切り札だった。

 複数の女性を連れてきた彼女が、さっそうと部屋に入ってくる。


「ああ、廟舞……ありがとう」

「まったく、お前も難儀だな。この女たちがいないと、気が落ち着かないなんて」

「期待しているからな」


 連れてこられた女性たちは、誰もが死んだ目をしていた。

 その彼女たちをまるで救いの天使のように、春は迎えていた。


「ドゥーウェ様、ハピネ様。申し訳ありませんが、椅子に座ってもよろしいですか?」

「え、ええ……いいわよ。座って話をしましょう」

「そうね。立ち話もなんだし」


 春、ドゥーウェ、ハピネ、祭我。

 四人は長椅子に座り、話を始めようとしていた。

 さあ、建設的な話をしよう。国家の未来を占う話をしよう。

 そう思っていた時、廟舞の連れてきた女性へ春は声をかけていた。


「おい」


 春の、冷えた声。


「わかってるな?」


 魔の、誘い。


「聞こえないふりをするなよ」


 考える男の、恐れるべき表情。

 ドゥーウェは興味をもち、山水は眉を顰める。

 廟舞は呆れ、ハピネと祭我は緊張した。


「さっさとやれ」


 地獄の底の、裁判官。罪深き者へ罰を課す、人外の極卒。

 ディスイヤの切り札、考える男。

 彼は自分の『(もの)』へ命令していた。


 その言葉に、誰もが従う。

 身を震わせながら、部屋の中に最初からあったものを手に取っていく。

 あるいは、取り出して構える。


 百貨。


 彼女たちは、決して武器ではないものを、手にして春を包囲していた。

 椅子に座っている彼の、その背後で振りかぶっていた。


「ああ……」


 灰皿が。

 椅子が。

 釘が。

 鏡が。

 万年筆が。

 傘が。

 女性の細腕でも男を簡単に殺せるであろう凶器として、振りかぶられていた。


「安心する」


 まるで十年ぶりに故郷へ帰ってきたような、安らぎの表情。

 今すぐ、これから殺される。そんな状況に置かれることで、春は心底くつろげていた。


「このまま死にたい、殺されたい……うん、話ができるな」


 ハピネは、苦笑いした口をひくひくとけいれんさせていた。

 祭我もまた、その姿に唖然として開いた口が塞がらない。


「お前相変わらず趣味が悪いな」

「趣味って……廟舞、これは趣味じゃないって言ってるだろう。俺は特に趣味なんてない、パンドラが使えるだけの一般市民だ」


 皮肉ではなかった。

 山水は気配を感じる力を持つが、パンドラの完全適合者たる彼には、それがいっさい通じない。

 しかし、その表情、声色でわかる。誰もが分かる。

 浮世春という男は、本心から自分が普通だと信じて疑ってない。


「チートだけが取り柄な、普通の凡人だ」

「毎度言うが、そう思っているのはお前だけだ。それはどっちかというと、お前じゃなくて僕だ」

「何を言う、お前はどこに行っても大人気だろう。強面のお兄さん方から姐御姐御と、慕われているだろ?」

「僕はお姉さまと呼ばれたいんだ!」

「そう呼んでいるお兄さん方もいるだろう」


 仲よく言い争う二人にとって、この異常事態は日常的な光景と言えるだろう。


「そもそも、お前がお嬢様に気に入られたのも、お前の内装のセンスが原因だろうが!」

「内装とはなんだ、内装とは! アレは凶器をこれでもかと並べているだけだ! 飾っているんじゃない!」

「知ってるんだからな! お前アレ全部自分でやってるんだろ! しかも旅先で新しいのを見つけたら、全体のバランスとか考えて模様替えしているだろ! そう言うところだよ!」

「それのどこがおかしいんだ!」

「そもそも女の部屋を勝手に内装するな!」

「内装じゃないって言ってるだろうが! 凶器を小物扱いするな!」

「凶器を小物並みに並べてどうするんだ! 心が病むに決まっているだけだろう! アレでぐっすり寝れるのはお前だけだ!」

「この根性なしどもを追い詰めるための工夫だって言ってるだろうが! 勇気を振り絞って欲しいだけだ!」

「でるか! 湧き上がるか! 燃え上がるわけないだろうが! むしろ鎮火するぞ!」

「出るね! 絶対勇気が湧くね! 湧き上がること泉の如しだね!」

「干上がること砂漠の如しだよ! お前は砂漠に水を撒いているだけだ! 不毛なんだよ! お前の行動の全てが不毛で頓珍漢なんだよ!」

「なんだとこのゴリラ女が! 俺だってお前のこと知っているんだからな! 実は気になっている男がいて、告白したらフラれただろ! 泣いて逃げられたんだろ! 知ってるんだぞ!」

「なんで知ってんのよ!」

「みんな知ってるぞ! 内緒だと思っていたのは、お前だけだ!」

「むきいいいいい!」

「んだあああああああ!」


「サンスイ、黙らせなさい」

「はっ」


 実は全員似た者同士なのではないだろうか。

 実は全員仲がいいのではないだろうか。

 実は高度なプレイに巻き込まれているだけなのではないだろうか。

 そう思う四人であった。


「それじゃあ、いよいよ頑張らないとね」


 復帰したアクリルが、春の膝の上に頭を置いていた。

 いわゆる、耳掃除の姿勢である。

 なお、顔のむきは春の股間側を向いている。

 大事な場所だ、ちゃんと近くで感じたいのだろう。


「何を頑張る気だ……」


 祭我は戦慄した。

 この世界には、恐ろしいものが存在している。

 触れてはいけない者が、目の前に存在している。

 それはチートだとかバグだとか、そんな不自然なものではない。

 一種の、超自然的な出来事だった。


「そりゃあもう、ディスイヤ領地を私が掌握して支配するための計画だよ! お祖父ちゃんのためにも頑張らないとね!」

「……王家に返上したほうがいいんじゃないの?」

「そんなの、お祖父ちゃんがかわいそうだよ!」

「貴女に支配されて統治される領民の方がかわいそうなんだけど……」


 流石はハピネ・バトラブ。

 グラス・アルカナが右京に言われるまで気づかなかった『貴族の気構え』に、自ら到達していた。


「っていうかアクリル、こっち向いて話しなさいよ」

「え?」

「……見なくていいわ」


 アクリルの笑顔は、他人を不幸にすることができる。

 そして、その鼻息が春のことを責めさいなんでいた。


「死にたい……」


 余りにも哀れな春。

 しかしその背後で凶器を振りかぶっている彼女たちも、複層的な意味で哀れだった。


「まあとにかく、話をすすめよう。いいな、春もお嬢様も」

「殺してくれ」

「結婚して!」

「ああ、もういい! とにかくお嬢様! 早く本題に入ってくれ!」


 もしかして、ディスイヤではこれが普通なのだろうか。

 アルカナ王国が連合王国で、別の領地には別の常識があるとはこういうことなのだろうか。


「それじゃあ、本題だけど。お祖父ちゃんからディスイヤを継承して、私が新しくディスイヤを作っていくよ。シュン君と一緒にね!」


 その彼の股に顔を向けていなければ、きっと素晴らしい言葉だったに違いない。

 言葉は大事だが、姿勢も大事だ。どっちも大事にしてほしいと、切に願う。

 こんなことは言いたくないが、話をする姿勢ではない。

 失礼なので、もうちょっと真面目になっていただきたい。


「みんな、応援してくれるよね! 同じ四大貴族だし!」

「ええ、任せなさい」


 ここで快く、心の底から賛同できるドゥーウェの器量。

 山水は敬服し、ハピネと祭我は驚嘆し、春と廟舞は感謝していた。


「じゃあ私が当主になるのを、バトラブやソペードで認めてね」

「え……」

「それはちょっと……」


 ハピネと祭我は、賛同しかねていた。

 まさに政治的な反応である。


「もちろんよ、お兄様にも話を通しておくわ」

「ありがとう! それじゃあ私は、その間にディスイヤ領地に革命を起こすね!」


 革命。

 それは政治家が使ってはいけない言葉の一つであろう。

 それは既存の政治体制を、荒々しい手法で覆すことに他ならない。

 革命と革命的には、著しい違いがあるのだから。



「親戚全員をこの世から抹殺するんだ!」



 そしてアクリル・ディスイヤは、正しく言葉を使っていた。

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