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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
はじめてのおつかい
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模写

 結論から先に言えば、アクリル・ディスイヤは先駆者だった。

 あまりにも周囲が追い付いていないが、彼女は立派な芸術家であり学者ですらあった。

 彼女が生み出した『作品』は、周囲からは猟奇的な犯罪の成果にしか見えないだろう。

 だがそれは違法行為によるものではないし、脱法ですらなかった。

 人間の倫理に反すると言えばそれまでだが、彼女は別にその『作品』を作ることが特別に好きというわけではない。

 しいて言えば、彼女は絵が好きなのだ。

 常人からすれば意味不明の域に達しているというだけで、彼女の『習作』はちゃんとした絵の練習である。

 ただ、周囲の人間からすれば、そんなことをしても絵が上手になるとは思えないし、仮にそれで絵が上達するとしても実行に移す気にはならないのであろう。


 ノアに乗り込んだ四人がたどり着いた場所は、ディスイヤの中でも特に人通りの少ない場所であった。

 正蔵の住処がそうであるように、本当にただ一つの建物があるだけだった。

 ただ、正蔵の家と違うのは、その建物が巨大ということだろう。ありえないことに、ほんとうにただ広いだけなのだ。おそらく、建築物に興味のない日本人が見ても、この建物の種類を間違えることはないだろう。

 そう、そこは『倉庫』だった。ディスイヤの令嬢であるアクリルが、その財力に物を言わせて建築させた、自分の作品を保管するための倉庫だった。


「……ここが、アクリルの家なのか?」

「そうよ……まさかまた来るなんて……」


 祭我の質問に、青ざめながらハピネが答えた。

 この倉庫に保管されている作品がどんなものなのか知っているだけに、この緊急事態でもなければ入りたくはなかったのだろう。


「……ここって、ほとんどが倉庫なんだろう?」

「趣味が悪いことに、入り口は一つだけ。あの子の作品を見て回って、最後にようやくあの子の部屋にたどり着けるのよ」

「どんだけたくさん描いてるんだ? いくらなんでも、たくさん描き過ぎだろ」

「……本人曰く、練習だからたくさん描いているらしいわ」

「練習作なのに、飾ってるのか?」

「ええ、最悪の趣味よ。何の練習なのか、さっぱりわからないほどにね」


 意味が分からなかった。

 飾っているとしても、広い空間を必要とし過ぎである。

 よほど大きい絵を飾っているのか、あるいはよほどたくさんなのか、それともその両方か。


「そう邪険にするものではないでしょう。練習の方は、そう趣味が悪いわけじゃないわ」

「そうだけれども! こっちはこっちで最悪よ! ああもう、なんでこのアトリエにこもっているのよ!」


 ここには来たくなかった。

 そう思いながらも、ハピネはドゥーウェの言葉を振り払って中に入っていく。


 おそらく作品の出し入れをするためであろうが、とても大きい扉を開いて中に入ると……。


「おお……」

「ああ……」


 山水も祭我も、一種のなつかしさを感じていた。

 大八州とは違う意味で、日本に帰ってきたような既視感を受ける。

 そう、大八州が昔の日本なら、ここは現代日本のような懐かしい空間だった。


「ちょっと、サイガ。これを見て怖くないの?」

「怖いは怖いけど、そこまでは怖くないっていうか……」


 ハピネが怖がっている理由は分かった。

 その一方で、ドゥーウェが怖がっていない理由もわかった。

 なるほど、確かに女性の『趣味』としては余りにも生々しい。


「サンスイ、貴方はどう思う?」

「感銘を受けました……彼女の絵への情熱は、師匠や大天狗に通じるものがありますね」


 ドゥーウェの問いに、山水は素直な心中を明かしていた。

 それこそ、秘境や大八州に訪れたときのような、新鮮な感動が心を揺さぶっている。


「おかしいんじゃないの?! これの、どこが、凄いのよ! 猟奇的なだけじゃない!」

「いや、ここまでくると、ぶっちゃけ博物館にしか見えないんだよ……」


 練習作というのは本当だろう。

 そこには木炭によるデッサンが大量に飾られており、その脇には『見本』が並べて飾られている。

 その見本が大きいからこそ、結果として模写した絵も大きくなっており、それ故に広大な空間が必要なのだろうと理解できた。


「動物の死体を、これでもかって並べてるのに?!」


 そう、ハピネが青ざめているのは当然だ。

 そこには様々な動物の骨格標本と、はく製が並んでおり、さらにそれの模写があるのだから。

 骨や皮だけはなく臓器まで、透明な容器の中で何かの液体に浸されて保存されている。

 ハピネの言うように、これは『動物の死体』であり『動物の中身』なのだ。

 しかも、それを模写している。動物の死体やその一部、中身を写実的に模写している。

 これが『絵の練習』と言われても、常人には理解できないだろう。奇行と言われても、きっと擁護の余地がない。


「絵の練習なら、それこそはく製だけでいいじゃない! なんでわざわざ、骨やら内蔵やらを取り出して描くのよ!」

「ハピネ、少し静かになさい。はしたないわよ」

「う……わかったわよ」


 改めて、四人は『博物館』の中を歩く。

 ハピネは極力見ないようにしているが、祭我も山水も、物珍しさから左右を見ながら進んでいた。


「あら、サンスイもサイガも、こういうのがお好きなの?」

「いや、そういうわけじゃないけど……ただ、上手だなあって」

「ここまでくると、芸術というよりは解剖学の域だと思います。ですが、とても正しく模写されていますね」


 大小さまざまな動物、そのはく製や骨格標本の中を歩いていく。

 後世に残されることがあればそのまま史料として活用されそうな、一つの学術的資料が展示されていた。


「アクリルは昔、罠にかかったネズミを檻に入れて飼っていたらしいわ」


 ドゥーウェがアクリルの『奇行』を語る。

 それは面白がっているようで、しかし軽蔑はしていなかった。

 彼女には読み取れるのだ、彼女が並べている練習作に情熱が込められていると。

 決して、死体を弄んでいるわけではないと。


「餌を食べるところを描いたり、フンをしているところを描いたり、寝ているところを描いたり、走っているところを描いたり、交尾しているところを描いていたり、一日中傍にいたらしいの」


 そんなことを話していると、まさにネズミのはく製を通りすぎた。


「最後まで、観察を全うしたらしいわ」


 そう、これらの模写には興味と観察がある。

 鳥のはく製の脇に、その鳥が飛んでいた時の絵があった。

 今にも動き出しそうな、写真よりも現実に迫っている絵があった。


 大きい鳥と小さい鳥で、翼の使い方が違うことさえ、その絵によって読み取ることができた。

 その絵には、動きが完全に描写されていた。死体をバラバラにしただけではない、生きている時の一瞬が封じ込まれていた。


「この絵を集めたら、それこそ動物図鑑が作れそうだな……」

「……いや、それだけじゃないぞ」


 大分奥まで進むと、なぜかはく製だけが置かれていない『項目』があった。

 だがその『全身骨格』をみて、なんの『動物』かわからない人間はいないだろう。


「解体新書かよ……文明開化し過ぎだ……」

「確かに師匠に近いな……絵の練習ではあるのだろうが、医学の域だぞ……」


 ここだけお化け屋敷、と言ってもよかっただろう。

 そこに置かれているものは、人間にとって死を連想させるものだったからだ。

 流石に実物は保管されていないが、その動物の皮一枚を剥いた筋肉の絵さえ描かれている。

 その緻密さゆえに不快さと感心が同居してしまう。


「早く行きましょうよ!」

「あ、ああ、そうだった、ごめんごめん」


 家畜や野生動物、とにかくたくさんの展示物は、どれもが精巧で精妙だった。

 悪ふざけや悪戯心など感じられない、徹底的な意欲と熱意が伝わってくる。

 絵が好きにしても、これは限界を超えていた。常人をはるかに超えて、絵が好きすぎた。


「サンスイ、貴方の晒し首を思い出すわね」

「お恥ずかしい……」


 山水も人体の構造には詳しいし、戦闘中に骨と骨の合間や筋肉の動きを読み取ってもいる。

 力まかせに頭を叩けば殺せる人間を、そこまで執拗に観察している山水もまた、アクリルの同類と言えるのだろう。


「天才の奇行そのものって感じだな……本当に大天狗そっくりだ」

「早すぎる天才と言ったところか……いや、だとしても限度はあると思うが」

「サイガもサンスイも、怖くないの?!」

「いや、ハピネ……俺、一応沢山切ってるし……殺してるし」

「私も、その、似たようなものはたくさん作っていますから」


 祭我は少し前まで、前線で剣を振るっていた勇者である。

 それはもうたくさんの死体を目にしてきたし、こうした標本を見ても抵抗は感じない。

 現役の戦闘員である山水に至っては、虚空の刀によってありえない死体を量産していた。

 そもそも腰に下げている刀からして、人骨によるものであるし。趣味の悪さで言えば、こうして展示するよりもひどいだろう。


「ううう……私だけおかしいなんてことはないわよね……」

「しっかりしたほうがいいわよ。そろそろ子づくりもするんでしょうし」

「ここでそんなこと言わないでよ……」


 確かに祭我も体が復調してきた。

 竜との戦争で蟠桃を過剰摂取したため棺桶に埋められていた彼も、今では自分の足によって健常に歩いている。

 そろそろ、夜の仕事を再開しても問題はないだろう。とはいえこの空間で口にすると、愛の営みというより生物の行動観察のようにしか思えないのだが。


「よくわからないけど、絵は上手だよ。それで、どんな絵を描くんだ? やっぱり人物画?」

「人物と言えば人物だけど、だんしょくよ」

「だんしょくか」


 聞かなきゃよかった、と後悔する祭我だが、とにかく道にも終わりが見えてきた。

 ここまで情熱を注いで絵の練習をして、本番ではだんしょくを描くというディスイヤ家の次期当主。いやさ、もはやディスイヤの当主となった女性。

 果たして如何なるものなのか。もうすでに、大体察しはついていた。


「あの、お嬢様……いえ、奥様」

「なにかしら」

「先ほどから言おうと思っていたのですが、まだ入らないほうがよろしいかと」

「時間がないのよ、わかっているの?」

「差し出がましいことでした……お許しください」


 いよいよ、禁断の扉が開く。

 そこはアクリル・ディスイヤが一年のほとんどを過ごすプライベートエリアであり、同時に絵を描くアトリエだった。



「ぶひ、ぶひ、ぶひ……」 



 そこには、パンツ一枚を履いた少年たちが六人いた。

 今にも泣きそうで、実際に泣いている子もいた。


 彼らは組体操をしていた。

 柔らかな絨毯の上で這いつくばり、それが三人並んで、さらにその上に二人が乗って……。

 いわゆる、ピラミッドだった。


「いい……感動する! 羞恥がある……興奮があって、恥辱があって……悲哀があって……かわいい! かわいいが、ここにある!」


 その彼らを描いているのは、半裸であるにも関わらず、一切の色気を感じさせない絵の具だらけの女性だった。


「貴族に生まれてよかったわ……ディスイヤ万歳! おじい様、ありがとう……本当にありがとう! 感謝しかないわ!」


 彼らの背後に回って、後ろ側から描いている彼女は、明らかに奇行で収めていいレベルではなかった。


「うおおおおおおお! いっけえええええ!」


 山水も祭我も、英雄という名の人殺しである。

 にもかかわらず、彼女の行動は自分たちのことを棚に上げてでも、悪だと断じるべきではないだろうかと感じていた。


「私の劣情を、この紙に封じるんだぁあああああああ!」


「サイガ、彼女がディスイヤの当主になるアクリルよ。貴方とは長い付き合いになるでしょうね」

「ドゥーウェ……そんなこと言わないで」


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アニメ化不可(笑)
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