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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
傷だらけの愚者
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会議

 童顔の剣聖やその師匠のような傑物が、この世のどこにいるのかわからない。

 少なくとも、ドミノ帝国を打倒し共和国の樹立を宣言した首魁もそうなのだろう。

 この場にいるアルカナ王国の頂点に君臨する五人は、個人の力を決して侮らない。

 しかし、それでも状況から言って確かなことは確実にある。


「ドミノの新政権は内戦によって政権を打倒し、軍隊をもってこちらに戦争を仕掛けた。つまり、奴らにショウゾウのような広範囲を破壊する力も、サンスイのように暗殺する力もない。これは状況からして明らかだ」


 国家防衛の要所、国境にあるカプトの要塞都市。

 重要な拠点であるとはいえ、国家の端であり戦争中の国に近い場所で、国家の要人が集まる。

 それはあり得ざることではあった。しかし、カプトの切り札の力をその目にした面々はそんなことを考えない。

 仮に正蔵がこの国を滅ぼしたいと思えば、安全な地帯などどこにもないのだ。


「故に、連中にできることなどない。新政権とやらは『他に一切手段がない』からこそ我が国に侵攻し、その為の『最善の策』として軍隊を動かしたのだ。それを潰した以上、もうどうにもなるまい」


 ソペードの高圧的な発言を、誰もが認めていた。

 仮に、敵に正蔵や山水のような『切り札』があれば、内戦にならないし戦争にもならないからだ。

 敵は最善の手段として、最後の手段として戦争を選んだ。だとすれば、もうアルカナ王国は負けようがない。

 何度攻めてきても正蔵が一方的に滅ぼすからだ。


「敵の首魁も、個人としては精々バトラブの入り婿程度だろう。国家の安全としては脅威ではない。であれば我々の取るべき道は一つ、放置だ。このまま待っていれば、向こうが泣きを入れてくる」


 ソペードの高圧的な発言は、しかし極めてまともで反論の余地がなかった。

 少なくとも、反転攻勢でそのまま殲滅、というよりは穏やかだった。


「そこから先は向こう次第だ、我々は向こうの動きを見守ればいい。相手は勝手に干上がっていくばかりだろう」


 単純に、敵は多くの兵を失った。

 この世界において、兵隊とは軍隊と警察の双方の役割を持つ。

 例えそれが民兵だとしても、戦争に参加できる何万何十万もの命を失えば、そこからさらに戦力を集めることなどできない。

 それどころから、各地で人が大いに減り、そのまま現政権の維持さえ難しくなるだろう。


「最悪なことはこちらから攻め込むことだ。そうなれば『敵』を得たことによって、反発を得かねない。加えて、敵は冬を越せるかも怪しい懐具合だ。現地調達も望めないまま攻め込むとなれば、補給が面倒になるぞ」


 ソペードの現当主の発言を聞いて、他の当主達は頷いていた。


「然り然り……戦争という取引は、参加費がかかりすぎる故なあ。利潤が望めぬというのなら手を出すのは阿呆のすることよ」


 この場で最も年長者であるディスイヤの老人はそう笑う。

 物事にはリスクとコストが存在し、その上で利益を出さなければならない。

 リスクがなく利益だけ大きい、という取引はない。それは単にリスクを見落としているだけだ。

 加えて、戦争にはコストがかかりすぎる。確実に勝てる戦争、つまり敗戦のリスクが少ない戦争だとしても、勝利することで得られるものが少なければ割に合わない。


「貧乏な土地など切り取ってもうまみがあるまい、そこを復興するのにどれだけ投資が必要な事か。それに、国の反対側に土地をもらってものう」


 ドミノと国境を接しているカプトとは対照的に、ディスイヤは完全に反対側である。

 もし何か不測の事態が起きるとしても、ディスイヤが『ドミノ』から被害を受けることはないのだ。


「恐れながら陛下、専守防衛に徹するのがよろしいかと」


 王家がそれを望むことはあり得ない、と思いながらもバトラブの当主も二人に賛同した。

 そもそもこの戦争、参加するだけ損なのだ。


「もとをただせばこの戦争、亡命した貴族たちが国富の過半を持ち逃げしたという『誤解』によるものです。時間を置けば彼らも冷静になり、国交を正常にするものかと。それよりも警戒するべきは他の諸国。我らがドミノに集中している間に、機とみて国境を侵す危険もございます」


 バトラブの切り札、祭我は万能であり強力である。法術と魔法を同時に操り、エッケザックスで自らを強化できる彼は、親衛隊や粛清隊とも互角以上に戦えるだろう。

 だが、それが限度だった。彼は個人としてはあり得ないほど強く、対応できない状況がほぼない。

 しかし、他の三つの家の持つ戦力ほど尖ってもいないのだ。国境を接している他の国と戦争になれば、彼を失いかねない。


「こちらから講和を申し出るのも、大国の器量かと」


 下手に追い詰めれば何をするのかわからない。それはそれで、十分にあり得ること。

 思わぬ一撃をもらえば、面白くないことになりかねない。


「陛下、戦争とはいかに始めるかも重要ですが、如何に終わらせるかも非常に重要でございます。幸い我らには天と地と人の利がありますゆえ、ここは泰然とされるべきでは」


 カプトもそれに同調する。

 国境を接しているカプトはこの場では一番の当事者であり、最も戦力を出さなければならない。

 そして、聖騎士という希少魔法の使い手で構成された精鋭は、失うと補充が極めて困難になる。


 防衛に徹する分には、正蔵一人とその護衛を動かすだけでいい。

 しかし、征服して占領するとなると、流石に世界最強の魔法使いに全てを任せるわけにもいかないのだ。

 爆撃機に歩兵は勝てない。しかし、爆撃機に歩兵の代わりは務まらないのだ。


「まずは再交渉です。敵もショウゾウの成果をみて委縮し、以前のような強気は失せて居ましょう。そこから再度の妥協点を探るのがよろしいかと」


 四大貴族の誰もが戦うべきではないと言っていた。

 そう、敵には差し出すものがある。八種神宝のうち四つという、降伏の条件として要求するに十分な品だ。

 四つあるのだ、その内の一つや二つでも差し出させれば、十分にメンツは立つ。

 それを王家が得れば、十分であろうと誰もが思っていた。

 その一方で、四大貴族の全員が、王家はそれを嫌がっていることも察している。


「それにしても、カプトよ。中々しつけが行き届いていたな。頭は悪そうだが、恩義というものは知っている。良く厚遇している証だ」

「ソペード……そうおっしゃってくれるのは嬉しいのですがね、中々どうして気が休まらないことばかりです。彼は個人としてはとても弱く、不注意なところもあり、何かあればといつも思っています」

「であろうな、むしろ我が切り札の方が異常なのだ」


 正蔵の破壊の結果を見ても全員がある程度の余裕を持っているが、その中でも一番余裕を持っているのがソペードだった。

 世界最強の魔法使いによる、あり得ざる破壊の痕を見ても、非力な彼への信頼はまったく失われていない。


「力を持てば横柄に振る舞うのが当然だ、それが力というものだからな。個人という枠で見れば、『奴ら』は皆この場の全員よりも優れている。好き勝手に振る舞いたがるものだ。その辺り、サンスイは本当に信頼している。奴との付き合いは五年ほどだが、その五年間奴に失望させられたことは一度もない」


 最も破壊力がないと言い切れる童顔の剣聖は、しかしもっとも『信頼』できる戦力だった。

 彼に何かを頼み、それが失敗するということは想像できなかった。


「奴に頼み、それが失敗するのなら他の誰でも失敗するだろう。奴は油断や慢心から一番遠い男だ。安心してどんな仕事でも任せることができる。力を持っているだけなら利用にとどまり、力と誠意を持っているのなら信用できる。だが、信頼するとなれば理性が求められる。力が大きいほどに、より固い理性がな。奴はそれを持っている」


 盤石の信頼。

 それを聞いて他の四大貴族の当主達は……。

 程度はともかく、羨望の目を向けていた。

 バトラブの当主などまだマシな方で、他の二つの家は露骨に羨んでいた。


「そも、他の家が危うい『切り札』を保有しているのも、サンスイへの対抗意識だろう。本来なら、危うい力の持ち主など殺して終わりの筈だ」


 そして、他のどの家よりも王家こそが彼をうらやんでいた。


「奴は『最強』だ。今この国において、『最強』の基準とはサンスイのことだ。奴にできないことがあり、それをこなせるものこそが他の『最強』として成立しうる。それはつまり、この場の誰もが奴を羨み畏れ、『最強の英雄』と認めている証なのだ」


 そう、自分達のメンツをつぶされた、とは理解している。

 しかし、それと同様に、武人として一切欠けたものを持たない、最強の剣士にして絶対の護衛。

 その彼を欲しいと、誰もが思っているのだ。


「最強の魔法使いにしても同じこと。役割が違うというだけで、サンスイの価値が薄れたわけでもない。奴は最強の存在であり続けている。仮に奴よりも優れ、奴よりも信頼できる切り札がいるのならば、既に明かしているだろうな。そうであろう、ディスイヤの御老体」

「さて……どうであろうな。晒すばかりが切り札ではあるまい。臭わせるだけでも意味はあるであろう」


 少なくとも、バトラブは自分から積極的に祭我の存在をアピールしていた。

 それはつまり、山水に勝てるのではないかという期待もある一方で、単純に表に出しても恥にならないと思っていたことを意味している。

 カプトもそうだが、ディスイヤが所持しているであろう切り札に関しても、あまり表に出したくないのだろうと察しはつく。


「まあ切り札自慢など今することではない。重要なことは、この戦争の落としどころだ。適当に神宝でも差し出させればいい。それで終わりだ」


 神剣をもったあらゆる『魔法』を操る男さえ、あっさりと倒した山水。

 それを手札として持っているからこそ、何の気負いもなく彼はそう告げた。

 そう、例え使えなかったとしても、箔にはなるのだ。


「実は、この場の者に紹介したい者がいる」


 王家は、そう言って一人の女性を呼びだした。

 カプトだけは顔を知っているが、しかし他の三つの家は知らぬ顔だった。


「私はハリ、ドミノ帝国からこの国へ落ちのびさせていただいた、貴族の者です」


 ヌリという男の娘、ハリ。

 先日の騒動の関係上、カプト本家の前に顔を出せない彼に代わって、娘である彼女がこの最高議会に現れていた。


「……なんだ、負け犬か」

「流石に失礼でしょう、国王陛下のお呼びになった方ですよ」


 露骨に蔑むソペードに対して、カプトがたしなめる。

 とはいえ、彼にとっても自分の領地に逃げ出している彼女が、王家に紹介されるのは意外だった。


「……帝国の恥をさらすようで恐縮なのですが、五年前に偉大なる先代の皇帝陛下がお亡くなりになった後、誰が新しい皇帝になるのかで騒動が発生しました。その際、多くの皇族が謀殺されたのですが、一人行方の分からない後宮の女性がいました。もしも妊娠していれば、先代皇帝の孫を宿していたということになります」


 五年前、その言葉を聞いて、ソペードの当主は眉をぴくりとひそめた。


「その女性はとても美しく、銀色の髪をしていました」


 銀色の髪をした、五歳の子供。そのことを聞いて、その場の全員がソペードを見ていた。

 つまり、童顔の剣聖唯一の家族。森の中で過ごしていた彼が下界に降りた唯一の理由。


「その女性の足取りを追わせたところ、深い森の中で出会った『木の枝の上に立つ少年』が、女性は弔い子供は弟子に任せたと……」

「サンスイの師、スイボクか」


 深く、ため息をつくソペード。

 なるほど、それなりに面倒なことである。


「国王陛下。まさか、とは思いますが……サンスイの娘であるレインが、それだと?」


 バトラブは恐る恐る尋ねる。

 誰がどう考えても無茶苦茶な話だったからだ。

 なにせ、世界最強の剣士を敵に回しかねない発言だったからだ。


「その彼女を神輿として担いで、帝国を再建すると?」

「……いくら何でもそれは無謀じゃぞ。皇帝を推す、国主を立てるということは国を丸ごと支援するという事。そんな財源、どこにあるというのじゃ」

「如何にサンスイがこの国最強の剣士であるとはいえ、彼女にはソペードという後ろ盾しかない。その彼女を皇帝に据えるなど……」


 バトラブ、ディスイヤ、カプト。

 各々の当主達は国王の真意を確認していた。

 そもそも、カプトの様に法術の血を伝えているのならともかく、銀色の髪をしているというだけで皇帝に据えるなどどうかしている。

 最強の剣士である山水を敵に回しかねない危険な行為であり、同時になんの利益も見込めないことである。


「それは儂としては決めかねている」


 国王はそんなことなどわかり切っているし、実際にそんなことをするとも思っていない。

 その言葉を聞いてハリは眼を丸くしていたが、しかし発言することもできずに黙っていた。


「しかし……二つ重要なことがある。一つは新政権の者たちは皇族を憎み、国内に隠れている者たちを殺して回っているという事。もう一つは、首魁の手には神宝があるということだ」

「妖刀ダインスレイフか……」

「さようだ、ソペードよ。血族を絶やす追跡者の為の神宝、妖刀ダインスレイフ。あれが新政権の長の掌中にあるということは、国内の皇族を探し出し殺しつくした後は、この国にもその手が及ぶということだ。むろん、最強の剣士であるサンスイが自ら守るのだ、よほどのことなどおこり様があるまい。しかし……殺しに来ることも確実な事。加えて、仮にこのまま講和を要求したとしても、それだけは差し出すまい」


 八種神宝の一つにして、傷を負わせた相手の血を吸いつくすという妖刀ダインスレイフ。

 その刀は、憎んだ相手の血族を持ち主に示す力を持つという。


「であれば、ソペードよ。如何にするか?」


「一度、持ち帰らせていただく」

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