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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
情熱と暴走の間
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顛末

 悪血が暴走するのは仕方がない、若人が暴走するのも仕方がない、試合や稽古に危険が付きまとうのも仕方がない。

 しかしその一方で、年長者、監督役の務めは、その危険性を極力回避することにある。

 危険な稽古をするときは常に監視するし、安全のための防具も準備して徹底させる。

 仮に誰かが怪我をしたときは、速やかに処置できるようにしておく。


 誰がどう考えても絶対に怪我をするようなことをしていれば、事前に止めるのも仕事ではある。

 それに必要性がなく、しかも未成年なら尚のことだ。


「せっかく火山島まで行って、半月も野宿しながらしごかれてきたのに……溶岩を浴びせられたり、溶岩に飲み込まれたり、棒で叩かれたり突かれたりしたのに……」


 トリッジがスイボクの下で如何なる修行に励んでいたのか。

 それを聞いた悪血を宿す五人は、各々で思考を巡らせていた。


「す、すごい……! もらえる武器もかっこいいし、修行もすごいみたいだし、半月で終わるし……!」


 アラビは露骨に羨んでいた。

 試合で使えないのは残念だが、それはそれとして憧れてしまう。

 余人の立ち入れない火山で修業、溶岩で作った最強の武器を得る。

 なんとも盛り上がる展開だった、道場でただ棒を振っているのとはわけが違う。


「坊ちゃん……凄いです!」


 もちろんアラビは馬鹿ではないので、実際にそういう状況に自分が追い込まれたら、即諦めて許しを請うだろう、という想像もできている。

 それを含めて、達成したトリッジにあこがれていた。他人事だからこそ、素直に羨ましいと思えるのだ。

 これが『後で皆さんにも火口で修業してもらいます』だった場合、羨ましいどころではないだろうが。


「アラビ! お前は失礼だぞ!」


 不用意な発言をしたアラビを、デトランは叱責していた。

 デトラン自身、世界最強の男から一対一で指導を受けたこと、特別な修行を付けてもらったトリッジが羨ましいと言えば羨ましい。

 だが、それを言葉にするのはよくない。いま五人を指導している山水とボウバイに対して、不満があるということなのだから。


「お前はもう少し考えて発言をしろ。いいか、もしもお前が銀鬼拳の指導者になったとして、生徒から『ラン様から習いたいです』とか『サンスイ様から習いたいです』と言われたらどうする? 嫌だろう!」

「す、すみません……」

「私に謝ってどうする! サンスイ様に謝れ!」


 さて、山水である。


「俺もそっちが良かった……」


 ものすごく露骨に、トリッジを羨んでいた。

 戦わせるわけにはいかない一方で、トリッジが得た『最強』とそれまでの経緯を羨んでいた。


「なんで師匠は五百年前の俺を、火口に連れて行って火尖鎗を譲ってくれなかったんだろう……そうすれば、俺が最初に求めていた俺ツエーができていたのに、それを無邪気に楽しめたのに……」


 アラビもデトランも、山水へ声をかけることができなかった。

 明らかに普段の山水と様子が違うが、決してとがめることはできないし、幻滅もしなかった。

 なにせ五百年である。五人が体験している修業よりも、はるかに地味で終わりの見えない修行を五百年である。

 それを終えて無双の強さを得て、社会的にも成功を収めて、それでそのあとに師匠が別の生徒へ半月で最強になれる修行をしていた。

 彼の心中を察することは、限られた寿命しかもたない俗人には伺うことができない。

 ただ、その心の闇が深いと言うことしか察せないのだ。


「今の俺はいい、もう修行が生活の一部だし。それに、今のトリッジ様に隙があることも、試合ができないこともわかるし。でもそれは今の俺だからであって、五百年前の俺は納得できるんだろうか。今の俺とトリッジ様を見比べて、どっちを選ぶんだろうか。俺は選択を間違えたというか、選択を間違えられたというか……」


 山水は今までの人生を見直していた。

 修行しかないとは言わないが、ほとんど修行ばかりの人生だった。

 思い返すと、本当に『思い出』がない。

 なにがしかの事件も出来事もなく、ただ日々が過ぎていった。


「そりゃあ面白くもない男になるよな……」


 仙人としては正しいし、人間としても正しいのだろう。だが、一人の男子としてはどうなのだろうか。

 他人には散々偉そうなことを言ってきたが、ただ詰まらない、毒のない男になっただけではないだろうか。


「まさか修行が一定の段階に達してから、師匠ご本人に裏切られるとは……」


 思い返して、やや悪意を混ぜて考えてみると。

 山水が五百年かけて獲得した強さは、スイボクの趣味なのではないだろうか。

 山水が以前に言った様に、縛りプレイをしていただけなのではないだろうか。

 初心者に対して上級者向けの指導をして、できるようになるまで続けていただけではないだろうか。

 もっと手前の段階で、もう少し簡単で、とっつきやすくて楽しい修行があったのではないだろうか。


「……仙人としては師匠の指導に納得しているし、剣士としてはこの上なく合理的だと思っているけども、人間としての精神性がこの状況を受け入れかねている」


 余りの衝撃に、精神年齢が退行していた。

 おそらく、五百年単位で人生を後悔していると思われる。


「いかん、心が折れそうだ。仕事のことを考えよう、うん」


 切り替える山水は、自分程ではないが落ち込んでいるトリッジを慰めた。


「坊ちゃん、そう落ち込まずに」


 若人よりもさらに深く落ち込んでいるのが自分だが、それでも傷心の少年を励ます。

 不惑の境地に至っているので、やるべきことはわかっているのだ。もちろん、自分の心が癒えているわけではない。


「……あんなに怖い目にあったのに……駄目だったのか」

「こう言っては何ですが、別に悪いことではないでしょう。私が試合を許可できないのも、坊ちゃんが悪血を宿すものを殺しうる力を得たからこそです」


 そう、ある意味で当初の目的には近づいている。

 カゼインを殺す、という私的な目標には近づいたのだ。

 近づかれると困るのだが。


「それに、これも最初に言っておくべきでしたが、勝ったところでレインは貴方を好ましいと思いませんよ」


 もちろん、最終的な目標には一切近づいていない。そもそも、目的に近づく手段を選んでいない。むしろ遠ざかる手段を選んでいた。

 だが考え方を変えれば、これ以上悪くなることはなかったのだ。間違えた方法が失敗したので、悪くはならなかったのである。


「……そうか、そうだな」

「別に今すぐ結婚するわけでもないですし、正式な婚姻が決まる前からお付き合いをするようなこともありませんし」


 カゼインを焼き殺してドン引きされるよりは、いい結果になったのだろう。

 ただでさえ悪かった印象が、決定的な嫌悪になる危機は回避されたのだ。

 その場合、昔のドゥーウェが兄や父の暗殺を指示していたように、レインもトリッジの暗殺を山水へ依頼していた可能性がある。


「今回はこれでよかったのですよ。貴方は本家の次期当主としてふさわしい逸話を得ましたし、銀鬼拳よりも示威となる力を掌中に収めたのですから」


 ソペードは武門の名家、その次期当主が分家よりも露骨に弱ければ、やはり批判的な目で見られても仕方がない。

 本家の男子として恥じぬ強さを得るために、スイボクから指導を受けたというのなら、なにもおかしいことではないのだ。


「分かった……父上と祖父様に報告してくる……」


 とぼとぼと馬小屋に向かうトリッジ。

 背中には封印用の布で巻かれた火尖鎗を背負っており、服装も火鼠の衣のままである。

 得たものは多いが、一番欲しかったものが手に入らなかったのだから、失意の帰郷と言えるのかもしれない。


「……あの、師匠」

「ぬ?」

「一応お伺いしますが、これを含めて成功ですか?」

「お主の匙加減まで読み切れると思うか? まあこうなるだろうとは思っておったが」


 実のところもう一つ、ある意味では穏やかで、しかし過激な対抗手段が存在していた。

 すなわち、既にこの世をさった邪仙ゴクの生み出した俗人骨である。

 神降ろしを再現できる黄泉醜女(ヨミシコメ)を使っていいのなら、試合そのものは成立していた可能性が高い。

 禁忌である禁式宝貝、その中でも異質である俗人骨を、子供に持たせていいのかという話になるのだが。

 というか、神降ろしを誰でも使えるようになる宝貝を、ソペードの当主が持っていて、マジャンとの国交に支障が出ないとは言えないわけで。


「憎い相手に絶対勝てないとなれば、なお憎くなるものよ。倒そうと思えば倒せる、殺していいのなら殺せる。そう思えば気も楽になるであろう?」


 フウケイがスイボクによって人生をゆがめられたのも、スイボクに何をしてもかなわなかったからであろう。

 多少でもなんとかなっていれば、あそこまで酷くなることはなかったに違いない。


「ですが、弟子として率直に申し上げて」

「ぬ?」

「私のこともかわいがって欲しかったです」

「はっはっは! なにせ初の弟子だったのでな……」

「それはわかりますが、恨み言ぐらいは言わせてください」

「構わんぞ。如何にお主やレインが世話になっているとはいえ、ソペードへ厚遇が過ぎたのかもしれんしな」


 長命な師弟の会話をよそに、カゼインはひとまず安堵していた。

 これでソペードの本格的なお家争いは、先送りになったのである。

 長期的に見て、カゼインとトリッジが自分の命へ責任を持てるようになった時、再燃しないとは言えない。

 あるいは、レインが本当に惚れこんだ相手が現れたとき、爆発することは確実なわけで。

 この安堵は一瞬のものだと、理解してもいるのだが。


「レインさんと結婚するのは大変ですね……!」

「カゼイン様もトリッジ様も凄いですよ、本当に」


 ジョンはため息をついた。

 半月()必死に努力したのに、スイボクに言われたように努力しただけなのに、土俵に上がることも許されなかった。それでもあきらめないトリッジには、呆れるを通り越した敬意を感じる。

 その一方で、そんな次期当主と今後も張り合っていく、闘志を継続できるカゼインもどこかおかしく感じられた。

 恋は盲目と言うが、限度があると思われる。


「一番大変なのは、レインちゃんだな、うん」


 皇帝一族最後の一人だとか皇帝の祖母になるとか、そういうもろもろよりも、トリッジやカゼインのようなしつこい男に好かれたことが一番の不幸かもしれない。


「……まったく、十かそこらで、自主的に未来を決めなくていいと思うんだけどなあ」

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