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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
情熱と暴走の間
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至宝

 トリッジがスイボクの元で修業を初めて、数日が経過していた。

 溶岩の水面にも慣れてきたが、翌々考えれば水面に立てていること自体が、既にスイボクの術である。

 途方もなく高度で、途方もなく複雑で、途方もなく派手だった。


 一晩を無人島で明かした翌日、スイボクはとってきた鮫をバラバラにしながら、話を切り出していた。

 朝から鮫を食べろという神経もどうかと思うが、その一方でスイボクとトリッジをまとめて一呑みにしそうな鮫を解体して調理していく手際には感嘆してしまう。

 その手際を見ているだけで、調味料が塩しかないのに焼いた鮫だけ食べるという献立も、余り気にならなくなるから不思議であった。


「大地を意のままに操る術、地動法であるが……正直に言って使う機会がほぼない」

「……なぜですか?」

「儂の流儀うんぬん以前に、まず火山近くで戦うことが無い。戦う以前に人が来ん」

「……なぜそんな術を覚えようと思ったのですか」


 深海魚は深海なら最強とか、そういう局地的過ぎる強さだった。

 火山地帯に限らず、過酷な環境下でこそ仙人は強さを発揮できる。

 自然現象と同化できる仙人は、俗人なら生存できない環境でも平然とできるからなのだ。


 だがしかし、『俗人では生存できない環境』にいても誰もこないし、来たとしても戦うことにはならないだろう。

 そりゃあ偶然でも何でも来れば、圧倒できるし一蹴できるだろう。何時来るのか、永遠の寿命を持つ仙人をして、想像できないことだろうが。


「派手だったのでな、不要であることを悟ったのは習得を終えた後であった」

「……失礼ですが、その……」

「俗であろう? まあこうして役に立つこともあるし、試みずに覚えなんだよりは良い」

「どれぐらいかかって覚えたんですか?」

「地動法は内功法や外功法の上位に位置する術故、単純に何年かけたとは言えんな。ただまあ、三百年ぐらいか? 詳しくは覚えておらんが、そんなものであろう」


 圧倒的な超越者だった。

 三百年かけて得た術が役に立たなかったのに、まるで気にしていなかった。


「術をきっちりと会得するには、それだけ時間をかけるべきなのだ」

「……私は、付け焼刃なのですか」


 未熟だった時の祭我が、山水に三度も負けたことは比較的有名だ。

 どれだけ才能があっても、鍛錬の期間が短ければ、本物の強者には及ばない。

 武門の名家の跡取りであるトリッジには、よくわかる話だった。


「確かに」


 スイボクもまた、それは否定しない。

 どこかで子供っぽい仙人は、自分の修業やその成果に自負がある。

 鍛錬したからこそ強いのであり、自分よりもはるかに未熟なものに負けることを良しとできない。


「師を変え、場を変え、学ぶ術を変えたところで、己自身が変わるものではない」

「……」

「しかしだ、それは相手も同じであろう。カゼインとやらは悪血を宿しているだけで、サンスイから指導を受けて日が浅いはず。お主はカゼインに勝てれば、まずは満足であろう?」

「……そうですね」


 とはいえ、相手は正真正銘年下の親戚である。

 修業不足を悲観するほど、鍛錬に差はない。


「悪血を宿し、宝貝を持ち、サンスイから指導を受ける。その程度で『絶対に勝てない』などありえまい。鍛錬を積み重ねるものが、年下を相手に卑屈になってどうする」

「おっしゃる通りです」

「安心せい、試合が許可されるかどうかはともかく、対抗手段はある」

「悪血の弱点を突いた、必勝の型でしょうか?」


 凶憑き、狂戦士は強いが、無敵ではない。

 その劣化である銀鬼拳の使い手にも、弱点が無いわけがない。


「必勝の型か……若く幼いな。お主は『相手の弱みをついて、絶対に勝てる戦い方』で勝って満足か? それが納得できる勝利と言えるか?」

「……失言でした」

「儂も若いころは必勝の型を探っておったが、最終的にそんな『つまらないもの』を追い求めても仕方がないということに至った。考えて見よ、『必勝』の型ということは、どこにいる誰に対しても同じことしかせんということであろう?」


 魔法使いが現われた、必殺最強絶対無敵技をつかった、勝った。

 法術使いが現われた、必殺最強絶対無敵技をつかった、勝った。

 銀鬼拳が現われた、必殺最強絶対無敵技をつかった、勝った。

 迅鉄道が現われた、必殺最強絶対無敵技をつかった、勝った。


 確かに凄い技ではあるのだが、それの何が楽しいのかわからない。

 戦闘でも蹂躙でもなく、ただの作業である。相手にしてみればたまったものではないが、使い手自身は絶対に面白くない。

 それに気づくのに、スイボクは三千五百年かかったわけで。


「それは相手への警戒心を薄れさせる。相手を観察し、推理し推測し……思考しなければならん。結局のところ『必勝の型』など、考えるのが面倒で負けるのも嫌だという者が欲する、探すこと自体が未熟の証のようなもの」

「……では、やはり戦って勝つと?」

「型を教える気があるのなら、儂もこうした追い込みはせんよ。お主は高速にして緻密な猛攻を、真っ向から受けきらねばならぬ」


 まずは防御、ということだろう。

 確かに受け身から逆転するのなら、それは勝利と言えるだろう。

 ただ、それが実現可能とは思えなかった。

 スイボクの技を引き継いでいる山水をして、縮地を用いねば速度域の違う相手には対応できない。

 であれば、その劣化の劣化でしかないであろうトリッジが、受け身から勝てる物だろうか。


「まずは食え、話はそれからである」

「……はい」

「鮫を食っても強くなれるわけではないが、とりあえず活力はつくぞ」


 そうだった、鮫を食べるのだった。

 トリッジはやや気が引けながらも、早朝から切り出されたばかりの焼けた鮫肉にかぶりついていた。



 師を変えたぐらいで、環境を変えたぐらいで、学ぶ術を変えたぐらいで、劇的に強くなれるわけがない。スイボクはそう言った。

 そのスイボクへ指導してほしいと願ったトリッジは、願っておいて同感だった。確かにそんな簡単に強くなれるわけがない。

 もちろん優れた指導者の下で、長期間にわたって訓練を積むことができるのなら、強くなることはできるだろう。

 その程度で生まれ持った気血の、その相性差を超えることはできない。


「さて、二日目であるな」

「はい!」

「多少は慣れたか?」

「……初日よりは」


 ではなぜ、スイボクはわざわざ環境を変えたのか。

 火山地帯が仙人の力を最大限に発揮できる場だとしても、最強であるスイボクがトリッジを相手に地の利を得る意味がない。 


「よしよし。火は恐れるべきものではあるが、怖いものにおびえているのは子供である」


 今二人は、再び火口の水面に立っていた。

 噴煙が吹き上がり、煮立つ岩石が赤く光り、圧倒的な熱量が満ちている。

 如何に宝貝に守られているとはいえ、平静を保てているとは言えなかった。

 だが、二日目ともなれば慣れる。これからスイボクにしごかれるのかと思うと、溶岩などどうでもよくなってきていた。


「火を怖がっていては、とてもではないが本題に入れぬのでな」

「本題、ですか」

「お主が体験したように、悪血に接近戦で対抗できるのは同じ気血を宿す者か、王気を宿す者だけである。それ以外となれば場のすべてへ攻撃し、避ける場を削ぐしかない」

「それはよくわかりました」


 昨日はトリッジに避けることを教えるために、あえて逃げ場を用意した広範囲攻撃をしていた。

 だがそれはむしろ難しいことで、広い範囲をすべて同時に攻撃するほうが、よほど簡単なのだろう。

 それをされていれば、自分もカゼインもそう変わるものではなかった。


「しかし、だ。それがどう難しいのかも知っていよう」

「はい。サンスイを討つため、広く火の粉をまき散らした近衛兵がいると聞いています。その彼は、自らさえ焼いてしまっていたと」

「然り。魔法で広く攻撃をすれば、自らさえ滅ぼす。かといって淡く弱く攻撃を撒いたところで、相手は己を癒せる悪血使い。どちらが先に倒れるのかなど、考えるまでもない」


 もちろん、魔法の中には地面の広い範囲を焼く、レッドカーペットなる術もある。

 しかしそれは自分の前方の地面を焼くだけで、背後や左右までは()が回らない。というよりもそこまで燃やすと、自分が燃えてしまうからだ。

 意図的に作り出された安全地帯、そこに逃げ込まれてしまえば広範囲攻撃の意味がない。たった一人を倒すために広範囲を攻撃するのは、すなわち逃げる余地を奪うためなのだから。


「では、仙術の炎ならば? 仙人の操る炎、仙人自身を焼くことがない自然の炎ならば?」


 今の、この状況こそが答えである。

 修行を修めた仙人や、それに近づく特別な宝貝を用いなければ、生存さえ不可能な自然の地獄。

 そこに相手を引き込むことができるのであれば、悪血をどれだけ宿していても焼け死ぬのみ。


「仙術に……炎を操る術が?」

「あると言えばあるし、ないと言えばない。仙術は自然と同化する術、であれば自然の炎なら操ることは可能。とはいえ、それこそ山火事でも起こすか、火山でもなければ使えぬがな」


 魔法の場合は火を発生させ操るが、仙術の場合は既存の炎を操作する。

 仙術で嵐を操ることと魔法で風を操ること同様に規模が違うが、それでも『即座』に準備無しで使用できるのは魔法の利点だ。


「いつでもどこでも火の仙術を使いたいのなら、それこそ常に溶岩を持ち歩くしかない」


 スイボクが指を振るうと、トリッジの前に巨大な溶岩の柱が立ち上る。

 それ自体は昨日何度も見た光景だ。だが、その柱が収まったとき、明らかな人工物が残っていた。


「如意金箍棒と並ぶ、最強の宝貝」


 柄も穂先も赤々と輝く石でできた、一本の槍。

 尋常ならざる熱気を放つそれは、まさに槍の形をした火山に見えた。


「仙人が俗人と戦うための武具、火尖鎗である」


 もしも俗人がそれを手にすれば、まさに溶岩で自らの骨さえ焼かれるだろう。

 火鼠の衣を着ているトリッジをしてそう確信させるほどに、その宝貝は獰猛な熱気そのものだった。


「かせんそう……」

「然り、火尖鎗である。蓄積している仙気、熱気を消費する宝貝なので疲れることはないが、その分こうして溶岩に浸して(・・・)マメに熱を込める必要があるのが難点でな……なにより仙人には効かぬ。まあ仙人に効くのなら、それこそ四器拳の使い手でもなければ持つこともできぬだろうが」

「悪血を宿す者には、有効だと?」


 おそらく近づくだけで、近くにいるだけで、放出される熱気で焼かれるだろう。

 それはつまり、避ける余地がないということだ。


「そこにあるだけで熱で焼き、一振りすれば剛炎を起こす。最強の宝貝の一つたるそれをもってすれば、如何な益荒男だろうと夏の虫同然よ」

「で、ですが、一方的に攻撃するというのは……」

「まあもっとも」


 スイボクはにやりと笑った。


「仮に、大聖翁のような防御の宝貝を身に着けているのなら、少々離れていれば僅かながら耐えられるであろうな」

「!」

「そして、如意金箍棒をもっているのなら、近づかずとも攻撃できよう」

「そ、それはつまり……カゼインも私へ反撃できると?」

「狭い試合場でなら、互いの間合いは重なるであろうな」


 火尖鎗の熱気で焼かれるのが先か、あるいは如意金箍棒に打ちのめされるのが先か。そういう戦いになることは明白だろう。

 どちらが勝つのかわからない、『優劣を競う』ことができる戦いになるだろう。


「火鼠の衣を用いれば、仙人ならざる俗人でも扱えよう。しかしながら、その俗人が火におびえては流石に使いこなせん。火を手にし、火を纏って戦うには、火を怖れつつ呑みこむ度量が肝要である」


 自分を焼くことがないと知っていても、そこにあるのは高密度の溶岩である。

 悪意や敵意のない自然現象ではなく、自然の猛威を殺意によって加工したものである。

 人間を殺すための、人間に扱えない武器である。


「……ソペードは武門の名家、武器が怖くて武人は名乗れぬ!」

「ほう、よく言った」

「火が怖くて魔法が使えるか!」


 それでも、手を伸ばす。

 この星の熱を蓄積させた、最強の宝貝を両手でつかむ。


「どうだ!」


 ソペードの嫡男として、魔法や剣同様に、槍を操る術も身に着けている。

 見た目に反した槍捌きで、初めて手にした火尖鎗を振るった。


 高熱の波と、それに一拍遅れて炎が迸る。

 さながら炎の嵐、人間を殺すには過剰なほどの火炎が溢れていた。


「はしゃぐのは良いが」


 その炎の中から、仙人ゆえに火尖鎗による傷を負うことがないスイボクが現れた。

 その手には、木刀ではなく如意金箍棒が握られていた。


「火尖鎗で如意金箍棒による猛攻をしのげねば、銀鬼拳に及ばぬ悪血使いにさえ勝つことはできぬぞ」

「……承知!」


 火口内部でなら、火尖鎗は常に供給を受けることができる。

 それはつまり、いくら使っても休止の必要がないということ。


「スイボク殿、お願いします!」




「駄目です」


 半月もの間、スイボクから指導を受けていたトリッジ。

 今なら勝ち目があると踏んだ彼は、瞬身帯を含めて宝貝で武装し、スイボクと共に山水の邸を訪れていた。

 そして試合を申し込んだところ、山水が試合を許可しなかった。


「ぬ、やはりだめか」

「当たり前ですよ、師匠。十歳と十二歳が、こんな物騒な道具で試合をするなんてありえません!」


 皮肉な話だが、前回とは事情が違う。

 前回はトリッジが抵抗もできずに負けると分かっていたので、山水は練習試合を許可していた。

 しかし今回は、トリッジがカゼインを殺せる可能性があったのだ。

 それで試合を許可して、なにかあったら大問題である。


「私は武芸指南役総元締めとして、その試合を許可できません!」


 悪血を宿す者が暴走するのは仕方がない、若い男子が暴走するのも仕方がない、熟練の仙人が宝貝の使い方を教えるのも仕方がない。

 しかしそれはそれとして、監督するとはこういうことであった。



「やっぱり……駄目だったか……」



 反論の余地がなく、トリッジはがっくりとうなだれていた。


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