師事
今更だが、彼ら五人は奉公人でも大罪人でもない。門下生と言うわけでもないが、とにかく隔離拘束しているわけではない。
思想として危険性があるわけでもないので、山水の邸近くの大きな街で休日を楽しむことが許されていた。
息抜きができる状況だと分かれば、普段の稽古でもより我慢が効くという物である。
そういうわけで、ステンパーもカゼインも、アラビもジョンも街を楽しんでいた。
異国情緒があろうが何だろうが、いきなり環境が変わりすぎていたので、さらにうっぷんがたまっていたのだろう。
彼らは普段以上に、普段通りの町を楽しんでいた。
「デトラン様、休むのも修行ですよ」
その一方で、デトランは休日だというのに剣を振るっていた。
訓練用の重い剣を振って、体をいじめていた。
悪血を宿すものであるだけに、そこまで効果的でもないし意味があると思えない。
しいて言えば、体をいじめることが目的のように思える。
「サンスイ殿、私は……迷っています」
山水に話しかけられると、デトランは弱音を吐いていた。
まるで山水に声を掛けられるために、あえて素振りをしていたような気になってしまい、そのまま素振りを続けている。
「迷ったままでは、休みを楽しめません」
「なるほど、そうかもしれませんね。ですが、あえて他の方と別行動をとるほどですか?」
「……いろいろと、言ってしまいましたから」
体から汗を拭きださせている。
汗と一緒に、心の闇が噴き出てくれることを願っているようだった。
「私は、無能です」
少なからず、期待されている自負はあった。
優越感に浸っていたし、抜きんでていることへの安堵もあった。
あの五人の中では、誰よりも鍛えてきた自信がある。
にもかかわらず、天性の素質だけで上回られてはたまらなかっただろう。
鍛錬に意味があった、それは確かだ。
だがその一方で、自分で言ったことができていない。
他人への指導、それができていないのだ。
「私は先ほど、ステンパーを罵倒しました。はっきり言って、教育に悪すぎる。彼の言葉は『具体的』が過ぎるのです」
「……そうですね、それは確かです」
「我ら男には悲しい性質がありますが、女性にもそれが在るのでしょう。ステンパーはそれを良く知っていて……それをそのまま伝えてしまった。これではカゼインもアラビも、女性を愚か者扱いしかねない」
失恋した男子をそのままにするのはよくないが、『そうか、そうすれば簡単に口説けるんだな』と思うのはよくない。
そう言われてしまうと、軽々にステンパーを持ち上げてしまった山水は恥じるしかない。
「問題なのは私もです。彼は間違っているが、私も正解を用意できなかった。それでは同じか、それ以下です」
文句をつけることなど誰にでもできる。そして、デトランはそれを実際にした。
それ自体は正しいが、じゃあどうすればよかったというのか。
「私は軽口であれ何であれ、銀鬼拳を早めに習得できれば、それを他の四人に教えると言いました。ですが、いまだに教えることができていない。興奮したステンパーは、私にその不満をぶつけてきました」
おこがましい発言だった。
同じく指導を受ける立場でありながら、見下したいがための発言だった。
浅ましく、みっともない発言だった。
「できるかどうかもわからないうちから、簡単に口にする。そんな男の言葉は軽く、信頼されません」
「自覚しているのなら十分ですよ。貴方はまだ未熟なのですから、まだまだこれからです」
「……私は、銀鬼拳を甘く見ていたのかもしれません。自分だけできることを誇っていた、幼稚さが恨めしい……」
改めて、ステンパーの言葉を思い出す。
「私は自分のことしか考えていなかった。試験そのものがうまくいくことを考えず、配慮が足りませんでした。武人であり貴族である、ソペードにあるまじきことです」
ステンパーこそが、試験を第一に考えていた。
失敗してもいいとは思っていたが、それでも他の四人へ気を配っていた。
そんな彼へ、正しいからと言って、代案も用意せずに罵倒した。
「私は、恥ずかしい」
「貴方はまず自分が習得することを第一に考えるべきです。他の四人に関しては私とボウバイさんが気にするべきであり、その成否も私たちが背負う責任です」
その彼へ、とても事務的なことをまず告げていた。
「貴方が自分の言葉をどう思っているのかはともかく、他の誰もがそう考えているはずでは?」
「……はい」
「その上で、恥ずかしいと思うのならそれはそれで大事にしてください。自分の言葉に責任を感じているのなら、それを行動に移すべきでしょう」
「それは、一刻も早く習得して……と言うことですか?」
「いえ、まずはステンパー様に謝るべきでしょう。貴方が完全に銀鬼拳を習得するのが何時になるかわからない以上、早急に謝罪するべきではありませんか」
それは、とても恥ずかしいことだった。
確かに自分にも非はあるが、相手は相手で非があるのだ。
にもかかわらず、自分から謝罪するのには……。
「わかりました……今日中に謝罪します」
勇気が必要なことだった。そして、その勇気をデトランは備えている。
「それから、もう一つ。次期当主様のことですが……」
カゼインはもう大丈夫だろう。
おそらく再度トリッジに襲われても、過剰に痛めつけることはなく、かといって勝ち誇ることもない。
冷静に対処して、お帰り願えるだろう。
「次期当主様は、どうなさいますか?」
「私の領分を完全に外れているので何とも言えませんが……先代様と当代様なら、いったん落ち着けば冷静に判断していただけました」
なんだかんだ言って、当主を務める者たち。
彼らは恥を知っているし、自分よりも強い者にはある程度の敬意は払っていた。
陰湿な手段によって実害を山水やレインに与えることはなかった、ちゃんと約束は守られていたのである。
だがそれは、山水と出会った十年前の時点で、既に二人が大人になっていたというだけである。
トリッジは、まだ子供なのだ。
「ですが坊ちゃまは……まだ子供です。だからこそ逆に、周囲が止めるでしょう」
「まだ実権が伴っておりませんし、一人で何かできるわけではないですからね……」
「……非常に今更なのですが、私やレインが大げさな執着を忌避しているのは、先代様や当代様の影響かもしれませんね」
山水がブロワへの愛情表現が苦手なことや、レインが恋愛感情を理解していないのは、現当主と先代当主がみっともなかったからかもしれない。
悪い見本が目立ちすぎて、『ああはなるまい』と感じてしまって、心の深い部分で似たような行動をしないようにしているのかもしれない。
「……流石は当主を務めた方々ですね」
「ええ、影響力をお持ちです」
ともあれ、トリッジは脅威にはなりえない。
彼の癇癪を周囲の大人が止める上で、彼自身になんの力もないからだ。
だが、もしも。
力のある大人が彼の力になれば、その限りではないだろう。
※
「なに、サンスイのところで修業している悪血持ちに勝ちたいと?」
「はい!」
トリッジ・ソペードはある意味最高の選択をしていた。
カゼインが山水から指導を受けているのなら、自分は山水よりも強いスイボクの下で修業をすればいいと思っていた。
とても幼稚な発想ではあったが、スイボクも山水同様に優れた指導者ではある。
アルカナ王国付近では希少な、狂戦士と戦って勝てる人間の一人でもあった。
「ぬ」
そのスイボクをして、魔力を宿す者が悪血を宿す者と、戦って勝つ術となると難しかった。
「そうさな……試合をするにあたって、最初に互いの距離を大きくとって、近づけぬように腐心するよりないな」
仙術の縮地と違い、悪血や王気による高速移動は、一応視認できる。
ある程度距離があれば、一瞬で間合いを詰められないのなら、一応それへ攻撃を仕掛けることはできるのだ。
「遠距離、広範囲の魔法を撃つ。それに徹するよりないな、それさえ難しいが」
悪血の総量が狂戦士ほど無茶ではないのなら、多少の手傷を負わせただけでも悪血を尽きさせることはできる。
そこまで非現実的ではない、相手も自分も人間なのだから。
「それでは、勝ったと言えません!」
その現実的な助言を、トリッジははねのけていた。
わがままで自分勝手、言いたいことを言っているだけだった。
「私は、レインの前で、正々堂々戦って、勝って殺したいのです!」
「うむ、潔いな! それでこそ男子だ」
だがそういう馬鹿を、スイボクは嫌いではない。
これで『闇討ちしてでもぶち殺したい』と言い出したのなら、自分に聞くのは間違っていると突き放すだろう。
だが、魔力を宿す者でも悪血を宿す者に、接近戦で打ち勝ちたいという姿勢は自分に重なる。
第一、スイボクの提案で勝っても『楽しくない』し『面白くない』し、すかっとしない。
戦って勝って殺すからには、楽しくて面白くて、すかっとしなければ意味がないのだ。
「では!」
「まあまて。とはいえだ、難しいことは事実。生半可な手段では、打ち勝つなど夢のまた夢……」
「……無理ですか?!」
「流石に、五百年も待つ気はあるまい?」
賢人の水銀で寿命が取っ払われても、レインはそれを待たないだろう。
長く見積もっても十年以内、できれば今すぐに勝たねば意味がない。
接近戦を得意とする相手に、正々堂々一対一で、戦って勝って殺したい。それも、今すぐに。
無茶な条件ではあるが、そうでなければならない理由がちゃんとある。
だからこそ、スイボクは真剣に考えていた。
ある意味では、統括隊長と同じなのだ。どうしても勝ちたい相手がいて、そのために頼んでいるのは。
少々状況は違うが、真剣さは決して軽くない。ある意味、生物としては健全で切実であるし、仙人であるスイボクは無下に扱わない。
「瞬身帯や豪身帯では駄目なのですか?」
「アレは悪血や王気の劣化した模倣である。悪血を宿す者がすべて強化されるに対して、力や速さなどを一つしか強化できん上に、先に力尽きる」
「そ、そうなのですか……」
誰でも使える宝貝というものはあるし、無強化の相手には優位を取ることはできる。
だがその一方で、悪血や王気には遠く及ばないのだ。
「では……」
スイボクが無理と言うのなら、それこそ誰がどう頑張っても無理だろう。
ここでトリッジが柔軟に『じゃあ暗殺しよう』と思うようなら、それこそここまで思い詰めまい。
トリッジにとっては『正々堂々戦って勝って殺す』か、『諦める』の二択しかない。
とても物騒だが、潔くもあった。だからこそ、スイボクは本気で協力するつもりだった。
「……ああ、そういえば」
「なんでしょうか?」
「お主が納得する試合の条件は、あくまでも近い間合いで始めることだけであるか?」
「はい、そうですが……」
ああ、それならば。
かつて使ったことがある、アレならば。
「よし、であればどうにかならなくもない」
「本当ですか?!」
「然り、サンスイは止めるやもしれんが、少なくとも戦う術を授けることはできるぞ」
「それだけでも構いません!」
「では……」
スイボクは思い出していた。
最愛の弟子が、元々どんな動機で弟子入りを志願したのかを。
「儂の修業は稽古は厳しいぞ、覚悟することだな」
「はい! 全力で頑張ります!」




