友達
「……どうすればよかったんだろう」
理不尽な暴力に対して正当な防衛を行ったら、好きな女の子に嫌われた。
やるせない話だが、男女差を考えると仕方がない。そもそもレインはどっちにも恋愛感情がないので、温度差がすごかったのだろう。
とはいえ、仕方がないことである。無抵抗の場合、高確率で殺されていたわけだし。
「おいおい、カゼイン君がかわいそうなことになってるぜ? 初恋が散々だと、意外と傷つくんだよ」
トリッジが襲撃してきた翌日の朝、軒先で悲し気にしているカゼインに対して、他の四人はとても同情的だった。
年頃の男の子が失恋するのだ、それはもう一大事である。
「俺の知り合いにさ、子供のころに同い年の女の子にこっぴどく振られて、女に対してやたら攻撃的になった奴がいるんだよ。本人も辛そうだけど、周りも迷惑でさあ、誰も幸せにならない。心の傷も応急処置が大事だぜ、ここは親戚のお兄さんとしてだな……」
「ああ、その前にステンパー様」
慰めようとしているステンパーを、ジョンが止めていた。
それを見て、他の二人は露骨に驚く。
お世辞にも社交的ではない、少なくともこの場では悲観的だったジョンが、ステンパーをあえて静止したことが驚きだった。
「実は、昨晩なのですが……」
ジョンは昨晩のことを話した。
つまりは、レインが自分の感情と世間との折り合いを付けようとしている、苦悩の告白である。
ジョンしか知らないであろう、彼女の心の内だった。
「お、大人ですね……! もしかしてレインちゃんも、仙気を宿しているのでは……」
十歳がそこまで真剣に悩めるものだろうか、アラビは大いにおののいていた。
「失礼なことを言うな。考えてみろ、彼女は幼少のころからドゥーウェお嬢様のお傍にいたのだぞ。そんな気構えでもおかしくはない」
五百年の研鑽を積んだ白黒山水と近衛兵に匹敵する天才少女ブロワ・ウィン。その二人を従えたドゥーウェが、特に必要性もなく重要性もない各地の治安が悪い場所へ赴いて、危険地帯を更地にして帰るというのは有名な話だ。
行為自体は特に咎めることはないし、むしろ立派である。だがなぜ二人で行くのか、これがわからない。それにレインも一緒に行くことがあったというのだから、我儘この上ない話だ。
「なるほどな……できれば結婚相手ぐらい選ばせてやりたい親心か……」
今更ながら、皇族の生き残りかどうか以前に、ここまで健やかに成長したことが奇跡のような人生である。ステンパーとしては絶対に味わいたくない、強大過ぎる運命の渦に翻弄された人生だ。当人の努力で切り開ける要素が一切ない。
「もう隠せていないのではっきりいいますが、私はこの境遇には不満があります。ですが、サンスイ殿には恨みなどありませんし、ご息女であるレイン嬢にはできる限り配慮したほうがいいと思います」
ジョンの言いたいことは、三人に伝わっていた。
「なるほどな……カゼインを励まし過ぎないようしようってか!」
ステンパーは前言を撤回していた。
確かにカゼインはかわいそうだが、レインの方がもっと可哀そうだ。
カゼインを励ますあまりに積極的にさせてしまい、レインへ迷惑をかけないようにしよう。
「わかった、任せときな!」
「……なんか、その、カゼイン様がかわいそうじゃないですか?」
「なあに、安心しろアラビ! 俺に任せとけ!」
胸を力強くたたくステンパー。
しかしその彼を見て、露骨にデトランは心配そうだった。
「なんだよ、その眼は」
「一切信頼できる要素がない」
「よし、言いやがったな! 見てろ、俺の話術を!」
割と直球で『ごまかして先送りにする』と言い切る一同だが、具体的にはステンパーだけが動くらしい。
彼は普段通りに笑いながら、落ち込んでいるカゼインの隣に座った。
「よう、カゼイン。昨日は散々だったなあ!」
「ステンパーさん……僕、どうすればよかったんでしょうか……」
「どうしてもだめだったと思うぜ!」
まあそうかもしれないが、実際に言われるとへこんでしまう。
「あのな、カゼイン。もしもお前の目の前に、お前のことが好きだって子が二人現れてだな」
「はい」
「目の前でケンカしはじめたらどう思う? しかも、顔を引っかき合って!」
「……きっついですね」
「だろう?! しかも勝ったほうは勝ち誇って、負けたほうは捨て台詞付きだぜ?!」
「……じゃあどうすれば」
「だから、どうやっても駄目だったって言ってるだろ」
あの状況では、ああするしかなかった。
アレが精いっぱいで、あれ以上は無理だったのだ。
「でもまあ、考えてもみろよ」
「何をですか?」
「アレを仕切ったのは、レインちゃんの親父さんである、シロクロ・サンスイ様だぜ? それにケンカを吹っ掛けてきたのは本家の坊ちゃんで、カゼインはただ受けただけだろ?」
「そ、そうですよね」
「そりゃあまあ、多少は冷ややかな目で見てくるけども、嫌われることはあっても大嫌いってことはないだろ」
「そ、そうかなあ?」
「そうだって!」
言われてみれば、とごまかされていくカゼイン。
確かに一番嫌われるべきはトリッジで、自分はただ巻き込まれただけだ。
そう考えると、顔色もよくなっていく。
「レインちゃんは頭がいいんだから、ちょっと冷静になれば『坊ちゃまはともかく、カゼイン君はそんなに悪くないような気が』ってなるぞ、絶対!」
一番伝えたい時、強弁は大事である。
「そうですね!」
雄弁ほど、勇気づけるものはないのだから。
「それじゃあ、ステンパーさん! 僕はこの後どうすればいいんですか?」
「そこか~~、そこを俺に聞いちゃうか~~?」
「教えてくださいよ……お願いします!」
「どうしよっかな~~」
「これ以上嫌われたくないんです!」
もはや完全にステンパーのペースだった。
「よし、じゃあこのお兄さんがカゼイン君へ、素敵なアドバイスをしようじゃないか! 目指せ、レインちゃんと結婚!」
「はい!」
「いいか、じゃあまずはだな……」
遠くから聞き耳を立てているデトランは、場合によってはステンパーを斬らねばならないと思っていた。
はっきり言って、手際が良すぎたのである。このまま若く純情な少年を、悪の道へ引き込むようならば、手打ちも仕方あるまい。
「レインちゃんを知れ! だぜ!」
「……レインちゃんの好みを探るんですか?」
「違う違う、そういうのじゃない。もっと基本的なことだ。いいか、レインちゃんは今、カゼイン君を嫌っている。そういう時に、積極的になるのは駄目だ」
デトラン同様に聞き耳を立てているジョンは、素直に感心していた。
ごく自然に、レインへ負担がかからないようにしている。
「じゃあどうすれば?」
「いいか、今のレインちゃんは、だ。恋愛に興味がない時期なんだよ」
「恋愛に、興味がない……」
「カゼイン君、レインちゃんが好きかい?」
「はい! 大好きです!」
「真剣かい? 命がけかい? 大真面目かい?」
「もちろんです!」
「それが、わからないんだよ。今のレインちゃんはな」
自分の言葉に頷いて、間を作るステンパー。
やはり、詐術の心得があるらしい。
「今のレインちゃんは『恋愛にまじめになる』がわからないんだ。はっきり言って、ふざけているようにしか見えないんだよ」
「そうなんですか?!」
「そうなんだよ、こっちが真剣でもふざけているようにしか見えないんだ。そういう時は、ガンガン行くほどどんどん逃げていく、嫌われる、引かれるんだ!」
「それじゃあどうすれば……」
「待つんだよ、彼女が恋愛に興味を持つのを!」
「そ、その時に、他の人のことを好きになるかもしれないじゃないですか!」
「逆だ! その時こそ、逆にねらい目だ! 誰かを好きになってるってことは、頭の中が恋愛でいっぱいなんだよ! そういう時を狙え!」
拳を握って強弁するステンパー。
どんどん引き込まれていくカゼイン。
「……おい、もうやめろ」
流石に止めるデトランだった。
「お、おい、今いいところだったんだぞ?!」
「お前は十歳の子供に何を吹き込んでいる。その妙に生々しい話をやめろ」
良識ある武人として、青少年を不純な道に引きずり込むことは止めざるを得なかった。
「そもそもお前、それだけ女を口説きかたが熱弁できるということは、もしや実践したことがあるのではなかろうな!? 仮にもソペードの分家筋だぞ? 種をまき散らして芽吹かせていては、それこそお家騒動にだな……」
「友達から聞いた話だ!」
「仮にも貴族なら友人は選べ! そして、話す相手も選べ! というかだな、そういうふうに匿名の友人を例に挙げるときは、大抵自分のことなのだ!」
「憶測じゃねえか!」
せっかく一丸になりかけていたのに、ステンパーとデトランの衝突が再燃した。
しかし、この状況でデトランを咎めることはできまい。
「あ、あの、デトランさん! 僕はステンパーさんの話を聞いて、勇気が湧きました!」
「その結論は正しいが、過程が間違っている! この遊び人の言うことを真に受けるな! 真に受けない上で勇気を出して、機会を待て!」
「なんだそりゃ! どういう意味だてめえ!」
今まさに、つかみあってケンカをしている両者。
流石に初日ほどの殺気はないが、それでも殴り合いには発展しそうである。
「まあまあ、二人とも落ち着いてください」
その二人を仲裁したのは、姿を現した山水だった。
邸の中で騒ぎがおきていることを察したのか、あるいはその前から潜んでいたのか。
いずれにせよ、デトランもステンパーも拳を治めていた。
「横やりを入れて申し訳ありません、ですが流石に暴力はよくありませんよ。それに、話す相手の年齢を考えるのも大事です。デトランさんのおっしゃる通り、もう少し表現を考えるべきでしたね」
「……すみません」
「では私に指導をしていただけませんか? 妻や娘と関係がうまくいっていなくて」
常に学ぶ姿勢を忘れない、五百歳を超えた剣聖。
その謙虚過ぎて素直過ぎる発言に、五人は思わず苦笑いをしていた。
「ああ、その……奥様とレインちゃんですか?」
「ええ、そうなんです……トオン様から助言をいただいても、なかなかうまくいかず」
「そうですか……それじゃあですね」
流石山水が見込んだ男である。
割とあっさり、山水へ的確な助言をしていた。
「三人目を作ったらどうですか?」
表現に気を使っている、学びを即座に活かす生徒。それがステンパーだった。
「三人目ですか……」
「ほら、一人目はレインちゃんで、二人目の時は妊娠中も出産のときも、マジャンだったって話ですよね?」
「そうでしたが……」
「変な意味じゃなくてですね、妊娠しているときに優しくされたら、女の人はすげえ喜びますよ。っていうか、今でも結構気にしているんじゃないですか? ファンちゃんがお腹にいたときも生まれたときも、そばにいなかったことを。三人目云々はともかく、まずそこから話してはどうですかねえ」
「なるほど……」
頷いている山水とアラビ。どうやら二人は大いに納得したらしい。
「お前は本当にいい加減にしろ」
そのステンパーの頭をひっぱたくデトラン。
「何すんだよデトラン!」
「お前本当に大丈夫なのか?! 故郷に子供がたくさんいたりしないか?!」
「だから、これは友達から聞いた話だって言ってるだろうが!」
「そうは聞こえないから問うているのだ! 本当に実在するのか、その友人は?! いや、実在したとしても縁を切れ!」
「なんでお前に俺の交友関係を管理されないといけないんだ! お前は俺の親か?! 兄貴か?!」
「親戚ではあるだろうが! その親戚が、家名も考えずに遊び惚けていたら、それこそ心配で怒鳴りたくもなる!」
犯罪に対してやたら詳しい男がいて、友人から聞いたんだ、と答えたとする。
それこそ、犯罪者と近しい男だと思われても仕方あるまい。
同様に、女性の心の機微にやたら詳しい男がいれば。
女性との交際経験が豊富だ、と思われても仕方あるまい。
「カゼイン君のことはともかく、結婚している夫婦の関係へ助言しただけだろうが!」
「その知識の出どころを聞いているんだ! お前、本当に大丈夫なんだろうな?! 切り捨てなくていいんだろうな!」
「だから、友達から聞いた話だって! 俺にはたくさん友達がいるんだよ! お前と違って!」
「そんな邪な情報ばかり持ってくるような友人など、こちらから願い下げだ!」
「あの、サンスイ殿」
「なんでしょうか、ジョン様」
「止めなくていいんですか?」
「大丈夫ですよ、手を出すつもりは双方にありませんから」
「そ、そうですか……」
自分が話題を振ったことが発端ではあるのだが、真剣にステンパーの意見を受け入れようとしているカゼインやアラビに対して、どうすればいいのかジョンは悩んでいた。
「……どうしてこうなってしまったんだろう」




