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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
情熱と暴走の間
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愚痴

 かつて、山水と当代の当主が立ち会った。

 山水が戦って勝った時、渋々であれ当主は認めた。


 だがしかし、その時はサンスイがドゥーウェの『護衛』になることを認めたというだけであり、何よりもドゥーウェは娘であり妹でしかなかった。

 トリッジにとってレインは妹分であり、実妹というわけではない。加えてカゼインは護衛になりたいわけではなく、婚約者になりたいのだ。

 

 そして、当主は大人であり、自分の発言には責任をとる。

 だがトリッジは自分の発言に責任をとらなかった。


「覚えてろ!」


 捨て台詞と共に、さっそうと逃げ帰っていった。多分また来るだろう。

 その潔い姿にソペードの未来を映しながら、山水は見送っていった。


「あの……大丈夫なんですか?」


 アラビはジョンへ訪ねていた。

 試合という形式をとったとはいえ、分家が本家へ歯向かったのだ。

 如何に本家が落ちぶれているとはいえ、状況が状況なだけに他の分家が味方になるとも思えない。


「ああ……大丈夫。ソペードはそういうところでは潔いからな」


 ジョンはソペードの傘下であり、だからこそ本家へ信頼を注いでいる。

 仮にトリッジが配下へ『あのガキを殺せ』とか『あのガキの家を潰せ』とか言い出しても、誰もその命令に従うことはない。

 山水が『坊ちゃん、駄目に決まっているでしょう』と言ったように、他の誰もが否定して終わりである。


「第一、そういうことをする気なら、本人がわざわざ一人で来ないだろう」

「そうですね……」


 陰湿な手は使わない、堂々と殺しに来る。ソペードとはそういうものである。

 貴族というか蛮族のようだが、武門なので仕方がない。


「あ、あの! サンスイ殿!」

「なんでしょうか、カゼイン様」

「僕、どうですか?! レインちゃんに気に入ってもらえたと思います?!」

「あちらをご覧ください」


 初勝利に喜ぶカゼインに対して、レインを見るように促す山水。

 得意満面、興奮の面持ちだったカゼインは、その面持ちのまま硬直していた。


「……サンスイ殿。僕にはレインちゃんから、嫌われているように見えるのですが」

「その通りでございます」

「……僕、卑怯なことをしていませんよね?」

「はい」

「僕は挑まれたので応じただけですよね?!」

「おっしゃる通りです」

「では、なぜ……」


 いったいどうすればよかったのだろうか。

 自分はただ、レインと仲良くなりたかっただけなのに。


「僕は、どうすればよかったんでしょうか」

「……私にもわかりません」


 養父である山水が、試合をするように言った。

 トリッジもカゼインも、それに従っただけだ。

 であれば、勝敗に無関係で嫌われるのは、余りにも理不尽だろう。


「これは武人としての助言ですが」

「何でしょうか」

「相手に何もさせずに勝つ、というのは試合では悪手です。殺し合いなら最善ですが、試合ならば裁量の範囲で、相手に見せ場を作るべきでしょう」

「……」

「そして、養父としての助言ですが」


 山水はある程度気配が読めるが、男女の機微が読めるわけでもない。

 よって、その助言も大したものではない。


「程度はともかく、ここで諦める男にレインは任せられませんね」

「!」

「諦める気が無いのなら、レインが迷惑に思わない範囲で次の手を考えてみてください。まだまだ二人ともお若いのですから、初手で躓いたことをそんなに深刻に考えなくてもいいですよ」

「サンスイ殿……!」

「ご安心ください、私も娘や妻から頻繁に失望されていますから」

「……そ、そうですか」



 初めての休日、その夜にジョンはため息をついていた。

 散歩がてらに異国情緒あふれる山水の邸を歩いていると、敷き詰められた砂利の中に異物を見つける。

 白い砂利の中に、赤い石が混じっていた。


「参ったな……」


 そう思って拾ってみると、実際には変色した血のついた小石だった。

 月明かりの下でもわかるほどに、どう見ても血だった。


「……場違いだ」


 ここは白黒山水の邸である。

 アルカナ王国最強の剣士、一国さえ攻め落とす怪物の居城である。

 貴族へも指導を行い、武芸指南役にさえ指導を行う、剣士たちにとって夢の聖地である。


 それは理解している、嫌っているわけでもない。

 だが、自分がそんなことをしたいわけでもない。


 山水やボウバイが自分に気を使っていることはわかるし、試験の目的から言えば自分のような者でも見捨てるわけにはいかないのだろう。

 いい人なことも分かる。だが、それでもやっぱり、自分がやりたいわけではないのだ。


「誰か変わってくれないかなあ……」


 そう思っていると、とことこと歩いてくる少女に気づいた。

 渦中の御姫様、最後の皇族レインである。


「これはこれは……どうかしましたか?」

「お話しても、ご迷惑じゃありませんか?」

「もちろんですよ」


 レインの表情を見れば、誰かと何かを話したいのだとわかる。

 それはおそらく、父親や母親に話せることではないのだろう。

 複雑怪奇な人生を送っている彼女に対して、ジョンは一種の憐れみを感じていた。

 ステンパーも言っていたが、話がデカすぎて利用しようという気持ちが一切浮かぶことが無い。

 それを感じ取ったのか、レインも遠慮なく話をし始めた。


「あの……坊ちゃまをどう思っていますか?」

「……え?」

「私がこんなことをいうのもどうかと思うんですけど……嫌じゃないですか?」


 なんてことを聞く十歳児なのだろう。

 我儘姫の元に長くいたという彼女の処世術は、それだけ過酷だったという証明に他ならない。

 ジョンはそれに自分を重ねてしまっていた。


「まあ……正直どうかと思いますけど、他よりはマシでしょう」

「……おじい様と同じことを言うんですね」

「おじい様? 失礼ですが、貴女の親族は……」

「あ、血のつながっている家族じゃなくて、ブロワお姉ちゃんのお父さんの方で……」

「ああ、ウィン家の」


 山水に血縁がいるわけがないし、レインの親族は右京が皆殺しにしている。よってレインの親族と言えば、必然的にブロワの親族である。


「あそこも災難ですよねえ……」

「災難、だと思っているんですか?」

「そりゃあ災難ですよ。娘に剣と魔法の才能があったばかりに、我儘姫に差し出すことになったんですから」


 長男ではなく次女を、本家の護衛として差し出す。

 それによって、ウィン家は本当の意味で栄転された。

 見ようによってはよかったと言えることを、災難だと言い切った。

 それは、レインの価値観と同じものだった。


「まあ、それを聞いているのならいいですけどね。本家に直接仕えられるのなら名誉ですよ、名誉。それは本当ですし、ソペードはまだ対価を出すし約束は守る。だから、他よりもマシだ」

「マシ……」

「レイン嬢は四大貴族のご当主とよくお会いするのでしょう。悪いところもいいところも、公的なところも私的なところもよくご存じではないですか?」

「……はい」

「マシですよ。公的なところしか知りませんがね」


 長い話になりそうなので、座るように促した。

 敷地の中にある長椅子に、二人はゆっくりと腰を下ろす。


「あの戦争が始まるまでは、ソペードの領地は大体いい感じでした。悪いことが無いわけじゃありませんが、亡命貴族が浮くほどにはまともでしたね。それはつまり滅亡した旧ドミノ帝国よりは、ソペードの当主様が善政を敷いている証です。他のことなんでどうでもいいほどですよ」

「……私も、亡命貴族を知っています。トオン様を相手に騒いでいて、酷かったですよ」

「あそこよりはマシだ。それならそれでいいですよ、どうせ他もろくなもんじゃない」

「そ、そうですか?」

「貴女はソペードの当主様に関してはよくご存じでしょうが、他の方のことはよく存じていないのでは?」


 ソペードの本家は、先代も当代も次代も、全員女が絡むとろくなことをしない。

 なるほど、擁護のしようがない欠点だ。


 だが、それでは分家は? 自分の家は? 他の家は?

 貴族だけではなく商家や農家、豊かではなく貧民では?

 清廉潔白、公明正大、心地光明、公平無私。

 そんな人間(・・)、いるわけがない。


「俺の家も後ろめたいことはしてますし、俺自身実家に帰ればデカい顔をしているわけで。正直偉そうに文句が言えるわけじゃないんですよ」

「それは……そうかも」


 レインは思い出していた。

 短くない期間、学園に通っていたときに、学友から聞いた後ろ暗い話を。

 当人たちが悪気なく話していた、下々の者への蔑みを。


「当時の当主様と次期当主様を倒したサンスイ殿、その娘だった貴女へ不当な扱いをしていない。適当な理由をつけて切り捨てることはできたはずなのに、きちんと教育を施している」

「……感謝しています」

「俺もですよ。今こうしてここにいるのは、正直釈然としていませんが……」


 嫌ではあるが、仕方がない。

 頑張らないと、今の地位を守れない。

 嫌なことをしてでも守る価値が、この地位にはある。


「運が悪かったと思って、諦めるしかないんです。あきらめて、頑張るしかないんです」

「……」

「この程度の嫌なことも我慢できないようじゃあ、俺はどこまでも落ちていくだけです。同じように、我慢できることも我慢できないような、どうしようもない奴らに囲まれて生きていくことになっちゃうだけです」


 どの階級で生まれても、どの家で生まれても、男に生まれても女に生まれても。才能に恵まれても、才能に恵まれなくても。望んだことができても、出来なくても。

 結局そこには、望ましくない我慢がある。


「……」

「どうしました?」


 突然黙ったジョンに対して、レインは顔色を窺った。


「すみません、結局自分の愚痴を言っちゃって……」

「いいですよ。私も、その、弱音でした……」


 レインは前を見る。

 山水が厚遇されている証である、白黒山水の邸を見る。


「パパは、私の好きにしてくれていいって。きっと当主様も先代様も、そうおっしゃると思います。でも、それは迷惑じゃないかなって……我慢した方がいいのかなって、ベッドに入ったら考えちゃったんです」

「我慢しなければいけないこと、我慢しなくていいこと。それを決めるのは私でも貴女でもありませんよ、レイン嬢。我慢しなくていいと言われたのなら、それに甘えるべきです」

「……そうですか?」

「サンスイ殿もおっしゃっていましたが、普段から我慢ばかりしていると、我慢しなければいけない時に爆発することもあるでしょう」


 レインの気持ちはわかる。

 父親がここまで厚遇されているのに、娘である自分が我儘を言ってもいいのかと。

 それは許されているだけで、実際には迷惑なのではないかと。

 だが、いいと言われているのだから甘えればいい。


「どうせ、本当に駄目な時は有無を言う余地ないですし」

「……そうですね」


 二人とも、言葉にするまでもなく悟っていたのだ。

 どうせ、これで終わる話ではないのだと。


「あの、ありがとうございました、ジョン様」

「……俺の名前、憶えてたんですか」

「はい。お話を聞いてくれたおかげで、気持ちが楽になりました」


 とても丁寧なあいさつを見て、ジョンは正直『もしかしてこの子も百年ぐらい生きているんじゃ』と疑っていた。

 もちろん、いい意味である。


「またお話をしてくださいますか?」

「私でよければ」


 山水の邸では、夜が特に長い。

 親密な相手へ話せない話題を、気軽に話せる誰かに出会うこともある。

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