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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
情熱と暴走の間
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客観

 人によって、怒ったり苛立つ基準は様々だ。

 ステンパーは、自分がつらいことを他人が平気で耐えていると嫌な気分になる。

 アラビは、もうできていることを反復し続けると嫌な気分になる。

 ジョンは、やりたくないことを強いられていると嫌な気分になる。

 デトランの場合にも、やりたくないことはあるのだろう。


 山水でさえ、竜との闘いの折にいらだっていた。

 余計な細工、からくりのせいでやたら使いにくい武器。

 妻子の行方が分からぬ緊急事態で、それを多用せざるを得ない状況になった山水は、らしくもなく言葉を汚くしていた。

 もちろん、それで技が鈍るようでは、スイボクから一定の水準に達していると認められることはないのだが。


 さて、先代と当代のソペード当主である。

 彼らはドゥーウェが絡むとやたら沸点が低かった。

 とんでもない速さで怒り、とんでもない速さで行動に移す。

 ドゥーウェ自身はそれは面白がって、わざと怒らせていたりした。


 しかし、それでも別に、二人は周囲から嫌われていなかった。

 なにせドゥーウェを侮辱するか、あるいは彼女へ攻撃をしない限り、二人はまっとうな当主だったからだ。

 二人の前で、ドゥーウェ・ソペードを積極的に侮辱する。そんな自殺行為をしなければそれでいい。

 ドゥーウェ自身も性格は悪かったが、積極的に違法行為に手を染めることもなかったので、我儘で済まされていた。他人の仕事を邪魔することも、口を出すこともなかったし。


 よって、ソペード周辺の人物たちが『ドゥーウェの悪口をあの二人の前で言うな』と気を付けていれば、それだけでつつがなく仕事ができたのだ。

 そういう意味では、カゼインがレインへ手を出したこと自体が悪いともいえる。

 本家の跡取りがご執心の少女へ、分家の小僧っこが手を出す。そう言ってしまえば、さほどおかしいことが起きているわけでもなかった。


「サンスイ」

「はい、坊ちゃま」

「お前は負けられない戦いをしたことはあるか?」

「お嬢様……いえ、奥様から命じられた戦いは、いずれも負けられぬ戦いでした」

「相変わらずだな。だが、絶対に負けられない戦いと言えば、やはり竜を解体した戦いではないか?」

「……国家の存亡がかかっておりました」

「そうだな」


 これは当然のことである。

 なにもおかしいことではない。


「誰にでも、負けられない、逃げられない戦いがある。何をしてでも勝たねばならぬ戦いがあり、殺さねばならぬ敵がいるのだ」


 惚れた女を、誰かに奪われる。

 それは絶対に避けねばならぬことだ。

 一人の男として、一匹の雄として。

 他の雄を排除しなければならない。たとえ、殺してでも。


「俺にとっては、今がそうなんだ!」

「……そんなことはないと思いますが」


 だが、その前にはやれることがたくさんある。

 殺すとか、傷つけるとか、その前にはたくさん段階がある。

 それらを経て、妥協の余地が一切なくなった時だけ、最終手段に移行するべきなのだ。

 そういうものをすっ飛ばしているから、直情で浅慮で短気で馬鹿だと思われている。


「今日この日のために鍛えた剣と魔法で、レインに近づく男を消し炭にしてやる……!」

「そんなことのために魔法と剣を学んだわけではないかと……」

「もう話すことはない! ここからは武で示そう!」

「そんなことはないですよ」


 口では止めながらも、山水は戦う場を準備していた。

 デトランたちを含めた山水の門下が『ああ、しょうがないね』と諦めながら見守る中、カゼインとトリッジは武器を構えている。

 なお、双方着の身着のまま、というソペードの習いによるものだ。

 ちなみに、トリッジは完全武装。カゼインは普段着である。


 同席しているブロワは、ものすごい既視感を感じていた。

 今を去ること十年前、山水がトリッジの父と戦った時と酷似しているのである。


「……ブロワお姉ちゃん」

「なんだ、レイン」

「羨ましい?」

「……そうでもないな」


 一人の少女として、やんごとない身分の男性たちから言い寄られる。

 あこがれの状況ではあるのだが、手に剣をもって実際に戦い始めるとなると、一気に冷めてしまう。

 下手をすると、このまま戦争だ。男らしいかもしれないが、駄目な方向で男らしい。男らしく馬鹿だ。


「パパは両方断ってもいいって言ってたけど……そうしたいな」


 いまだに恋を知らぬ少女、レイン。

 しかし世の中の大抵の問題がそうであるように、正解はわからなくても間違いはわかるのだ。

 そう、この二人は両方とも不正解だ。


 他の雄を倒すことに夢中になりすぎて、肝心の雌へ求愛を忘れている。

 まさに本末転倒、悲しい男のサガであった。

 女には負けてもいいけど、男には負けられない。そういうと恰好がいいが、気のせいである。


 戦う前からすでに負け犬、もうレインの心は離れており『この二人以外にいい人いないかなあ』と思っているのだが。そんなことを知らない二人は全力でぶつかり合おうとしていた。

 敗者と敗者が既に自分たちの者にならない少女をかけて戦う。

 トリッジ・ソペードとカゼイン・ソペード。戦う前から初恋に破れている若き二人の男子こそ、まさに真の敗者であった。


「カゼイン……お前を殺す」

「トリッジ様……貴方に勝つ!」


 もう勝負ついているのだが、二人はそのことに気付いていない。

 ただお互いを倒すことに全神経を集中していた。


「皆さん、若き二人の戦いを見て学んでください」


 審判を務める山水は、二人の命を守るつもりだった。

 元々、今日から休日にしたのは、トリッジが試験を邪魔しないようにという配慮である。ただでさえ五人には負担をかけているのである、政治的な問題は発生させたくないのだ。

 死人を出さないようにするのは難しいが、難しいだけなら山水にとっては問題ではない。


「……何を、とは言いませんが」


 山水は濁したが、それは二人以外の全員が知っている。

 戦いはむなしい。特に、得るものがない戦いは。


「……僕が間違っていました」


 自分の力を試したいと思っていたアラビは、戦いが始まる前から学んでいた。

 力があるから、正当だからと言って、戦うことを選ぶことが正しいとは限らないのだと。


「サンスイ! 戦いを始めるぞ!」


 気高く、雄々しく、力強く叫ぶトリッジ。

 彼は自分たちが冷ややかな目で見られていることに、まるで気付いていなかった。

 そんな次期当主を見て、誰もが『ああ、視野の広さって大事なんだなあ』と山水の教えを理解していた。

 山水やスイボクのような究極の正解例だけでは足りない、完全な失敗例も学習には必要だ。

 『ああなりたい』と同じぐらい、『ああはなるまい』は大事なのだ。

 身を挺してそれを証明する二人は、まさにソペード男子の(悪い)見本だろう。


「サンスイ殿! 私も行けます!」


 カゼインも叫んだ。

 どこに行くつもりなのかわからないが、凄い意気込みだ。


「では……はじめ!」


 開始の声と共に、トリッジが大上段に構えた剣が燃え盛った。

 それこそは、人間が最も得意とする力。魔力による火の魔法だった。


「レインに近づくものに、死を……!」


 現役の当主が幾度となく戦場で示した姿が、まだ幼い彼に重なった。


「バーニング・スピリットぉおおおおお!」


 燃え盛る炎は、まさに必殺の威力。

 人間を殺すには過剰すぎる殺傷力。

 それをためらうことなく振り下ろそうとして……。


「はああ!」

「ぐああ?!」


 機先を制したのは、トリッジではなかった。

 圧倒的な破壊力を前にひるむことなく、銀色に燃え上がらせた髪をたなびかせながら踏み込んだカゼイン。

 彼は背丈の高いトリッジの懐に飛び込み、掌底を浴びせていた。


 ただそれだけ。

 発勁を打ち込んだわけでもなく、宝貝を使ったわけでもない。

 高速で踏み込んで、一撃を叩き込んだだけ。

 それにもかかわらず、トリッジは体を曲げながら吹き飛んでいた。


「そこまで! 勝者、カゼイン・ソペード様!」

「……これが、僕の力」


 砂利の敷き詰められた地面に横たわる、次期当主トリッジ・ソペード。

 その彼を前に、カゼインは勝利に浸っていた。憤怒の感情だけはなかったがゆえに、静止するまでもなく追撃をしてとどめを刺そうとはしていない。


 勝敗は当然のことである。魔力を持った魔法使いと、悪血を持った銀鬼拳の使い手が、近い間合いで戦えばこうなって当たり前だ。

 だがそれはカゼインが銀鬼拳を習得している、習得したことによって強くなった証明であるともいえるだろう。


「が、が……」

「巫女道の方、法術使いの方、お願いします」

「はい!」

「はい!」


 大慌てで治療が開始される。一番肝心な性格は治せないが、一番尊い命は守るべきなのだ。


「凄い……これが銀鬼拳」

「あのね、ブロワお姉ちゃん。人を思いっきり悶絶させて、治療が必要な状態にさせているのに、修行の成果を感じて浸っている人ってどう思う?」

「ソペードは武門の名家なんだ……割り切りなさい。好きにならなくていいから」

「うん、わかった」


 どこかで見た光景である。

 ブロワも山水も、猛烈に懐かしかった。

 多分この場にドゥーウェがいれば、さらにそのなつかしさは加速していただろう。


「祭我がいればなあ……」


 山水は山水で、なつかしさに浸っていた。

 今まで自分にはなんの魔法も使えないと思っていたが、特訓をしたら別の魔法が使えるようになった。

 その力で、粋がっている、気に入らない粗暴な、本家の跡取りをボコボコにする。

 なるほど、一種のテンプレである。だが、見ていて気分がいいものではない。


「現実は厳しいなあ」


 昔の自分と重ねながら、カゼインへ哀れみの目を向けてしまう。

 これから、ちゃんと彼にも指導をしていかねばなるまい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 長い連載だからこその懐かしさっていいですよね。
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