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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
情熱と暴走の間
440/497

血脈

本日コミカライズ、更新です。

よろしくお願いします。

 トリッジ・ソペード。

 現当主の息子であり、前当主の孫であり、次代の当主になることが決まっている少年である。


 もちろん、当代のソペード家当主が前の戦争で、大いに株を下げたことは事実。

 しかしそれまでの仕事がすべて否定されたわけでもなければ、戦争そのもので手落ちをしたわけでもなかった。

 今までのような当主による独断ではなく、カプトのような合議に近い形になるが、それでも当主の座は息子へ引き継がれる。


 そうなると、誰もが心配するだろう。

 トリッジは先代や当代のような、勇壮な武人になれるのだろうかと。

 祖父や父が立派だったとして、その子供が立派だとは限らないのだ。


「ぶち殺してやるあああああ!」


 しかし、今の彼を見れば、きっと誰もが納得するだろう。

 若年の身でありながら、見事な馬術で単騎駆け。

 剣を手に怨敵を自ら討ち果たそうとする姿は、正に父や祖父の生き写しだった。


 怒気をみなぎらせ、魔力をたぎらせ、目を血走らせ、のどがかれるほどに叫ぶ。

 幼さの残る彼だが、武門の名家を継ぐに足る気骨を示していた。


「レインに近づく奴はどこだああああああ!」


 そう、ソペードの魂は、血脈によって継承されていたのだ!



「あの、坊ちゃま。本当に落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるかあ! なんだこの手紙は!」


 山水へ手紙をたたきつける馬上のトリッジ。その姿に凄まじいほどの既視感を感じながら、山水はなだめていた。

 手紙に関しては特に確認しない、どうせ自分が書いた手紙であるし。


「どこの馬の骨とも知れないガキが、レインと結婚したいだと?!」

「いえ、ソペードの分家です」


 自分の親戚に向かって『どこの馬の骨とも知れない』などとは、次期当主にあるまじき発言である。

 それだけ頭に血が上っているのだろうが、よくよく考えると無茶である。

 おそらくトリッジは馬を全力で走らせたのだろうが、それでも一昼夜はかかる距離である。

 馬は今にも死にそうだが、それでもなぜトリッジ本人は頭に血が上り続けているのだろうか。

 一昼夜経っても血管が破裂しそうな怒りを維持できるのだろうか。


「なぜ手打ちにしない! それでも父親か!」

「結婚したいと申し込んできただけですので……」

 

 勿論山水も、レインへ実害が及べばそれなりのことをしていたかもしれない。

 だがカゼインは今のところ、ただ求婚しているだけで手も触れていない。

 それを手打ちにするほど、山水は血気盛んではない。


「どうか落ち着いてください、坊ちゃま」

「やかましい! これで引き下がるようなら、ソペード本家の名が廃るわ!」


 無茶苦茶な理屈だが、祖父と父を知っていると否定できない。確かに看板通りである。

 だがその名は廃らせた方がいいのではないだろうか。

 尊敬する人物の、悪い部分がそのまま引き継がれるのはどうかと思われる。


「サンスイ、ソペード本家の直臣であろう! とっととそのガキを出せ! 誅するとは言わん、尋常に勝負してやろう!」


 隠す気のない殺意、まさに生き写し。

 山水は血脈の恐ろしさを痛感しながら、一種の成長に和やかささえ覚えていた。


「坊ちゃんも、もうそんな御年なんですねえ……」

「黙れ! こういうときだけ爺めいたことを言うな!」


 レインよりも二歳だけ年上のトリッジが、『そういうこと』で怒る。

 なんとも成長を感じてしまう山水である。

 初めてあったときは、それこそよちよち歩きだったというのに。

 もう初めて会った時のブロワぐらいにはなっている。


「そんなことで誤魔化せると思うな! とにかく……!」

「発勁」


 そう思いながら、軽身功で浮いてから気絶させる。

 祖父にも父親にもやったことを、息子にもやる。

 三代にわたって仕えているのだなあ、と思いながら馬の手綱を引いていく。


 とりあえず、馬を休ませてあげたい。

 山水はゆっくりと歩きながら、馬を労っていた。

 この馬も、大概忠臣である。今後も頑張っていただきたい。



 そう。

 もとをただせば、十年ほど前の話である。

 森を出たばかりだった山水が、レインを連れてソペードの本家で暮らし始めた。

 当時はまだ幼児だったトリッジと、まだ赤子だったレイン。

 当然ながら、出会った時にはお互い子供過ぎて、恋愛がどうとかそういう感情はなかった。

 ブロワでさえ山水へ恋愛感情を抱いたのはそれから五年後なので、いちいち言うまでもないことであろう。


 レインとトリッジが急接近したのは、奇しくも山水がマジャンへ行っていたとき、ファンがお腹にいた時のことである。

 暫くドゥーウェの護衛で王都近くにいたブロワとレインが、ソペードに引っ込んだ時のことである。


『久しぶりだな、レイン』

『お久しぶりです、坊ちゃま』

『……アレ、お前レインか? しばらく見ないうちに、女の子になったというか、なんというか……か、可愛くなったな』

『ありがとうございます(営業用スマイル)』

『……うん、可愛くなった。と、ところで、サンスイはどうした? 話すことができたんだが!』

『……その、先代の当主様や、お嬢様と一緒にマジャンへ向かっておりますが』

『そうだった、祖父様や叔母様の護衛だったな……帰ってきてからにしよう、うん』


 とまあ、そんなことがあったわけである。

 なんだかんだ言って、当時のトリッジは段階を踏むつもりだった。

 自分の家の直臣である山水へ許可をとってから、正式に付き合いをするつもりだったのである。

 ただ、その話を父親にしたところ、少し話がズレたのだ。


『……なに、レインと結婚したい?』

『はい。サンスイが帰り次第、話をしようかと』

『……それは、些か問題があるな』

『妻が二人いてもいいのでしょう?』

『もちろんだ。私も父もそうではないが、サイガですら複数の妻がいる。だが……』

『だが、なんですか。身分違いだとでも? それなら、正式な婚姻ではなく……あ、もちろん、ちゃんと愛するつもりです』

『いや、逆だ。少し難しい話なのでまだ話せんが、こればかりはサンスイだけでも、私だけでも決められん。王家とも協議をしなければな……』


 と、話はいったん預かることになった。

 なにせレインの出自や、その婚姻関係はとても複雑だ。

 元々協議はしていたが、流石にソペードの次期当主と結婚というのは想定していなかった。

 息子の希望は聞いてやりたいが、そんなことをいきなり言われても困るのである。


 さて、当たり前だが、トリッジ本人はともかく他の大人たちにとっては優先順位が低い話題だった。

 特にオセオやその後の竜退治などが立て込んで、話が遅れに遅れていた。

 そして、今に至るというわけである。


 本人にしてみれば、後回しに後回しが重なって、後から横やりを入れてきた分家筋にかっさらわれそうという状況である。

 色々置いておいて、当人としては当然の怒りだろう。殺意を抱くのはどうかと思うが。


「お前にレインの何が分かる! 一目ぼれだとかなんだとか、そんなことを認めるものか!」

「ひ、ひとめぼれでも何でもいいじゃないですか、次期当主様! 僕は真剣に交際をですね!」

「黙れ! ぶち殺してやる!」


 流石にシャレにならない、という理由で山水はトリッジを拘束していた。

 具体的には、うなじを掴んで発勁を打ち込み、体を動かないようにしていた。

 その上で、道場の板間で三人で話をしていたわけである。

 なお、その騒動はレインやブロワ、そして他の四人も遠くから見ている。


「……ううむ、羨ましい」

「ブロワお姉ちゃん、本気でそう思ってるの?」

「別に、坊ちゃまやカゼイン様が好ましいというわけではない。ただ、二人の男が真剣に奪い合っている。その状況が羨ましい」


 なるほど、二人の貴人が自分を求めて真剣にぶつかり合う。

 乙女の夢としては、王道と言えるのかもしれない。

 だが、肝心のレインはさっぱりうれしそうではなかった。


「……羨ましいの?」


 当たり前だ。

 自分の親の、その主の息子が、これから殺し合いをするというのである。

 それを喜べる人間は、それこそドゥーウェの同類だろう。大抵の人間にとっては迷惑だ、自分の意志を無視して争わないで欲しい。


「……嫌か?」

「うん、嫌」


 これが自然界なら、勝者がレインと結婚するのだろう。

 だがレインは自然界で生きているわけでもないし、自分のためなら殺人も辞さないような男と結婚したいわけでもない。

 はっきり言って、この状況になっている時点で、既に二人とも嫌いになっていた。


「……どうすんだろう、サンスイ殿は」

「うむ、難しい問題だな」


 本家と分家の、嫁の奪い合い。

 わかりやすくお家騒動になりやすい状況で、デトランもステンパーも固唾を呑んでいた。

 場合によっては、どちらかの味方をしなければならないだろう。

 立ち位置をしっかり決めたほうが、騒動が終わった場合引きずらないからだ。


「……こう言ったらどうかと思うが……取り合っているのが、その、不敬ながらドゥーウェ様とかならともかく、レイン嬢だと滑稽にも見えるな」

「思ってもいったらだめだと思います」


 アラビとジョンは、それよりも一歩引いていた。なにせ問題が大きすぎて、二人には無関係である。

 だからこそ、十歳の少女をかけて、十歳の少年と十二歳の少年がいがみ合っている、という微笑ましささえ感じていた。

 五年後なら笑いごとにならないが、今の時点では完全に笑いごとだ。仲裁している山水が、金丹を服用していないことも含めて、お兄さんが弟たちを諌めているようにも見える。


 とはいえ、それは見た目が、というだけだ。

 実際には、双方が武人として戦う気構えを見せている。


「坊ちゃま。いえ、トリッジ様。如何に本家の次期当主様とはいえ、今回の件はさすがに見過ごせません。カゼイン様はあくまでも、結婚したいと希望を出しただけのこと。それを聞き届けるかどうかは、それこそ我らが考えることではありません。にもかかわらず、勝手に殺し合うなど良くないでしょう」

「良くないことはわかっている」


 現在、ソペードの本家は背筋を曲げて生きている。

 失敗をした責任を取り、競争主義の元に自粛に自重を重ねている。

 そんな状況で、かろうじて次期当主と認められているトリッジが、報酬の請願をしているだけの少年を斬ればどうなるか。


「このトリッジ、廃嫡を覚悟だ! そこの餓鬼を切り捨て、レインをさらってどこへでも出奔するとも!」


 なんでも、覚悟すればいいというものではない。

 むしろ、覚悟していないより性質が悪い。

 ついかっとなって、ではなく計画的な犯意を醸していた。


「さすがは当主様のご子息、先代様のお孫様……」


 懐かしさで涙がこぼれそうな山水は、情けない気分になりながら世を儚んでいた。

 なんでこんな異常事態なのに、既視感があるのだろうか。

 歴史は繰り返すとしても、もう少し間を挟んでいただきたい。


「さりとてここは私の邸、カゼイン様も今は私の生徒。如何にトリッジ様が廃嫡を覚悟されようとも、無法は許しません。何よりもソペードは武門の名家、ましてどちらも男子とくればやるべきことは決まっていましょう。ここは現当主様が私へ課したように、まず立ち会うのは如何でしょうか」

「立ち会う……」

「はい。私もお嬢様、いえ奥様の護衛になる時には、まだ当主の座を継いでいなかったお兄様(おとうさま)と立ち会い、実力を試されたものです。別に結婚を許せとは申しませんし、レインをあきらめろとも申しません。ただ、カゼイン様がレインのそばにいていいのかどうか。それを剣で試されてはどうでしょうか。無論試合ですので、度を超える時には私が制止しますのでご安心を」


 意訳。

 お互い乗り気だし、面倒くさいからとっとと斬り合おうぜ。

 一応死なないように、気を使うからさ。


「良いだろう、ぶち殺してやる!」

「負けません! 勝って見せます!」


 殺意を隠さない伝統芸に対して、負けてなるかと奮い立つ分家筋。

 ある意味下克上ともいえる戦いは、レインの心を二人から離していく展開になっているのだが、それに気づいていないのが若さであった。

 馬鹿ともいう。

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 面白すぎる。
トリッジ好きすぎる 武門の名家のいいとこと悪いところが出過ぎてる笑
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